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【きゅうしょう】 まおうとせいじょとまおう

「じゃあ、街行ってくるけど。杏菜は何もいらないのか?」

「別にいらないわ。田舎町に求めるものもないし」


そう言って見送る杏菜の今日の服装は、白のブラウスにチェック柄のフレアのロングスカートと、中世ヨーロッパの街娘といったところか。

バトラーがどこから仕入れた(あの通販だろう)服が届いて、それを気に入って使っているらしい。


「早めに帰って来るようにするさ。杏菜はあれの続きか?」

「まぁね。魔法結界も今日中には終わる予定よ。一昨日みたいな連中がわんさか来られても困るでしょ。建物を今すぐどうこうは無理だから、最低限の防御はしとかなきゃね」


杏菜曰く、城本来が持つ物理的な防御と、結界や罠が持つ魔法的な防御の2つが組み合わさって初めて魔王城として機能するらしい。

そこらへんは高良は疎かったので(パラディンを知らず、ジンに馬鹿にされるレベルだ)、大人しく杏に任せることにした。


「ま、見てなさい。あと1日2日もあればそこそこは安心できるようにしてあげるわ」

「でも落とされたんだろ、杏菜の城って」

「う、うるさいわね! あれは私がいなかったから防衛機能が働かなかったの!」

「それって、杏菜がずっとここにいなきゃダメってことじゃないか? しばらく置いてくれって言うのは分かるけど、杏菜が出て行ったあとはどうすれば――」

「いいからあんたは街に行ってらっしゃい!」


急に暴れ出した杏菜に、高良は思わず口を尖らせる。


「なんだよ! いきなり!」

「今のは魔王様が悪いです。人間、というより魔女心というのが分かってませんな」

「バトラー、その魔女心っての今度教えてくれ、それ。乙女心とどう違うのか検証したい」

「いいからさっさと行く!」

「へいへい、分かりましたよ」


荷物を再確認して、手押し車を引いて街へ向かう。

高良の家とリンブルの街を結ぶ街道は、ほとんど舗装もされていないあぜ道だ。

手押し車を通すには苦労するが、月に10回は往復する道に流石に慣れて、思考を飛ばしても問題ない程度にはなった。


(しかし、なんだろう俺。こんな尻に敷かれるタイプだったのか……)


などなど結論の出ない問いを宙に浮かしながら歩くこと小1時間。

ようやく見慣れた街が見えてきた。

『ようこそリンブルへ』と書かれたアーチが、まるで自分を歓待するようで街に入るときは少し気持ちがいい。


「やぁ、サラスさん。調子はどう?」


アーチの下、詰所にいる警察官――もとい保安官というらしい――のサラスさん(36歳独身)に軽く挨拶する。


「あぁ、魔王様。相変わらずだよ。なぁんにも起きやしねぇ。暇なもんだ」

「いいじゃないか、平和が一番だよ」

「ちげぇねぇ」


このフランクなやり取りも慣れたものだ。

最初は街の人を避けていた高良だったが、街に来るたびに顔を合わせれば嫌でも打ち解ける。

アーチを抜け、石畳に舗装された道を行く。

道の両脇には白と灰色で出来た民家や商店が並んでいた。

もちろん鉄筋コンクリートなどではない。石組みや漆喰の建物がほとんどだ。

商店に至っては露店と言い換えても良い。

木箱を並べた上に商品を並べていて、天井部は“ひさし”として布を敷いてあるだけの手作り感たっぷりの安仕立てのものだ。


高良は自分が21世紀の日本で暮らしていたことは思い出しているから、鉄筋コンクリートが主体のビル群で暮らしてきた身としては、時代錯誤もいいところだった。

だが、この雰囲気は嫌いじゃない。

ごたごたした排気ガスまみれの都会より、空気の澄んだ、少し閑散とした方が落ち着く。

何より、住んでいる人たちの暖かさが実感できるのだ。


「魔王様、5日ぶりだね! なにしてたのさ?」「あとでうちの新メニュー、見とってくれ!」「新しい本が入荷したんだけど、どうだい?」「ほら、あの執事にこれ渡してやんな。あんなちっちゃいメガネよりウチのが断然いいよ」


皆が皆、気楽に話しかけて来る。

ここに来た当初の歓迎ぶりを見ればそれも分からなくないが、それを抜きにしても嬉しい限りだ。

自分がそこまで求められている、ということが実感できる。

正直、まんざらでもないのだ。

だから高良は一人ひとり丁寧に反応を返し、それが落ち着いて自分の買い物に精を出そうとした、そんな折だ。


「あの、ちょっとすみません」


声を賭けられ振り向いた拍子に、ドンっと誰かにぶつかった。


「あ!」


その拍子に高良のポケットから財布が落ち、中身がぶちまけられた。


「あぁあぁぁぁぁぁ!!」


散らばった銀貨を飛びつかんばかりに拾い集める高良。

その背後で男――黒衣にフードをかぶった眼鏡の――は、構わずに問いかけてきた。


「この辺で娘を知りませんか? 金髪で、背は……そうですね、あなたより少し小さいくらい」

「いや、ごめん。それどころじゃないんだ。そことそこと! って、え?」


高良の動きがピタッと止まった。

その条件を聞いて思い当たる人物が1人、いや正確には2人いたからだ。


(杏菜のことか? それとも妹の方? っつっても妹はどこにいるのか知らないし……)


素直に言うべきか。

ただ、今の高良は明らかな反応を見せてしまっている。

とはいえ推測だけで答えるには情報が曖昧すぎると判断した。

それ以上に、今の高良には余裕がない。


「ごめん、ちょっと分からない。それよりちょっと足どけてもらえる?」

「…………そうですか」


さして気落ちした様子もなく、そう男はつぶやくと、ふらふらとどこかへ去って行った。


(ふぅ、これで全部か。危ない危ない。しかし変な人だな。あんな人、ここにいたっけ? ま、いっか。買い物買い物、と)


気を取り直して、高良は買い物を再開する。

立ち寄ったのはパン屋だ。


「あら、タカラ魔王様。今日もお買いもの?」

「やあミレーヌさん。ちょっと人が増えてね。消費が激しいんだよ」

「あら。あらあらあらあらあら。もしかしてお嫁さん? あんたも隅に置けないねー」


噂好きの火がついたのか、ミレーヌは身を乗り出して聞いてくる。


「とんでもない。ただの居候ですよ」

「あらそう? それは残念ね」

「現実なんてそんなものですよ。えっと、今日はミルクにパン、それとこれとこれ。あとこのチーズに、香辛料ももらっとこうかな」

「あらあら、随分買い込むのね。えっとチーズと……」

「あ、ちょっと! それじゃなくて奥のチーズ! パッと見、そっちの方が大きい。あ、ミルクはギリギリまで入れてよね!」

「全く、あんたは男のくせに細かいね。はい、全部で千2百レンだよ」

「それまかんない?」

「まかんない」

「分かったよ。こっちも臨時収入あったし」


杏菜の金貨。

その半分が今、高良の財産となっている。

高良は要らないと言ったのだが、無理やり受け取らされた。

バトラーが向こうに寝返ったのもあった。まぁ、家財を扱う執事としては当然か。


「だったらもっと買ってってよ。ま、いいけど。その奥さんによろしくね。サービスしとくから」

「だから違うって!」


その後、5分ほど必死に弁解して、ようやくパン屋から離れた高良は、すでに手には荷物で一杯だった。

左手に食物類の袋を抱え、右手に手押し車の形だ。

胸ポケットから取り出した買い物リストを、袋越しに見る。


「あとはミンチとリキュールと胡麻と……あ? 魔法通販本ってあれか? 新刊? 知るかよ!」


ぶつくさ文句を言いながら、街の中央、噴水広場を横切ろうとしたところで、


「うぉっと!!」

「きゃあ!」


前方不注意。

本日二度目の正面衝突、フードをかぶった少女とぶつかった。

少女が小柄で速度もなかったため、高良は踏みとどまることが出来たが、そうでなければ大参事を起こすところだった。


「っとと、危ない。ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ」


2人して頭を下げて、謝罪を示す。

そして同時に顔を上げた途端、


「あっ! あの時の!」

「あの変態!」


お互いが目を見開き、口を大きく開けたまま、お互いを指差す。

ほんの数日前のことだ。忘れるわけがない。


(今も目をつむれば思い出す。あの川での出来事……)


高良の脳裏に映るのは、あのとき見た金髪のしなやかな裸体。


(じゃなく!)


目の前にいる少女は、もちろん服を着ている。私服のようだ。

両肩を露出したホワイトのトップスにレースのベスト。その上には無骨な白銀の胸当てと一見、不釣り合いに見えるが、どこかしっくりと収まっていた。

下はスカートドレープ付きの幅の広い薄緑のスカート姿。

困惑する高良に対し、金髪の少女はフードを取り、身をひるがえすと、腰に差した剣の柄に手を伸ばした。


「あんた、こんなとこで何してるの……?」

「何って、見て分かんないのか。買い物だよ」


嘘をついても始まらないと思った高良は、正直に言うことにした。


「買い物……? 随分家庭的な魔王もいたものね」

「最近流行ってるんだよ」

「何の話?」

「いや、こっちの話」

「ふーん……」


少女が値踏みするように高良を見る。

その目から猜疑の色は消えた――と思ったが、


「まぁいいわ。ここで会ったのも何かの縁。覚悟っ!」

「ちょ、ちょっと待てよ! 今ここでやるのか!」

「そんなの関係ないっ!」


剣を鞘から抜きはらい、左手には光――魔力が集い、一直線に高良に向かってくる。


「よ、よせ!」

「覚悟ぉ!」


高良は迷い、ついに自分の死を確信した――が、


「あっ……」


少女の呆気にとられた声が響く。

荒れた石畳にブーツがひっかかったらしい。

少女の身体が前へ投げ出された。


「あ、あっ」


手足をばたつかせるも、残念ながら人間に空気を掴むことはできない。

ビタンっ、と派手な音を立てて、受け身なしで地面に激突した。

次いでと言わんばかりに、左手に溜まっていた光が爆発してフードが燃え始めた。


「きゃ、きゃあああ!!」

「ばっ! とりあえず脱げ!」


高良は急いで紙袋を地面に置き、少女のフードを剥ぎ取ると、地面に何度も叩き付けた。

なんとか延焼は食い止め、少女自体も無事だったが、


「うぅ……」


ドジを踏んだ上に、敵に助けられた少女は早くも涙目だった。

少女は自分の髪の毛をいじり、


「髪の毛、燃えてない?」

「だ、大丈夫。綺麗……だよ」


あからさまなお世辞だったが、他に言うセリフも見つからない。


「本当っ!」


が、それでも花が咲いたように、少女に笑顔が浮かぶ。


(なんだかんだ言っても、姉妹だなぁ……反則だろ)


見ているこちらが恥ずかしくなるような満面の笑みに、高良は少し視線を逸らした。

その先に見つけたのは街の中心にある噴水広場。

昼下がりの今、街の人の憩いの場となり、ホットドック屋とかアイスクリームの屋台も出ている。

そちらからも今のやり取りは見えたのだろう。「魔王様ー、だいじょうぶかー!?」などと心配してくれる声も聞こえた。

高良はそれに小さく手を振って応える。


「一応冷やしておくか。フードも洗えばまだなんとかなるだろうし。ほらそこの噴水で」

「う……敵から情けは受けないけど。そうしとく」


すごすごと噴水広場へ向かう少女。

高良は荷物とフードを持ってその後に続いた。


「あ、ちょっと待ってて」


噴水の腰かけに座り、水面を鏡にして自分の髪の毛を手入れし始めた少女に、高良はそう断るとその場から離れた。


「魔王さん、もしかして彼女、これかい?」


アイスクリーム屋が小指を立ててきたが、下世話な話に花を咲かせるつもりはない。


「相手は勇者だよ。そのバニラとチョコとあとオレンジ。ミントはつけるなよ! あ、バニラにちょっと緑成分が入ってるじゃないか! ちょいまけてよ!」

「まぁまぁ。ミントは初恋の味ってね。ほら魔王さん、サービスしてやるからファイトファイト!」

「だから違うって! あ、ついでにタオルとか余ってないかな?」


アイスを2つ、タオルを1つ受け取って少女の方へ戻ると、少女はまだ噴水で髪を洗っていた。


(よほど髪が大事なんだな。あんま長いってわけじゃないけど……髪は女の命って言うし、確かに綺麗な金色だ)


噴水の飛沫と水を吸った黄金色の髪が、陽光を浴びてきらきら光っている。


その光景は、まるで絵画に出てくる聖女のようで、見るだけで心洗われるような心地だった。


(聖女ジャンヌダルク。なるほど、良い得て妙だな)


それと対する自分は魔王という身分。なんとも複雑な状況だった。


(って、そうなるとうちにいるジャンヌは何だ? 昨日はなんか納得しちゃったけど、同じ人物と評される人間が2人もいていいものなのか?)


などなど、考えながら少女の傍へ。

アイスのついでにもらったタオルを少女に渡す。


「ほら、髪拭かないと風邪ひくぞ」

「うるさいわね、分かってるわよ」


口うるさく罵るも、そこは素直にタオルを受け取り髪を吹き始める。

ようやく人心地ついたらしい少女に、今度は手にしたアイスを渡した。


「ん」

「ほ、施しは受けないわ」

「頑固だな。じゃあこれは報酬だ。俺の荷物を見ててくれた」

「じゃ、じゃあ……しょうがないわね」


しぶしぶと受け取った少女を見て、やはり姉妹だなぁ、と思わざるを得ない高良だった。

少女は一口ペロリと赤い舌で舐めると、一瞬目を見開いて、夢中にアイスを舐めはじめた。

その様子を見て、高良は自然と笑みを浮かべてしまう。


「なんか君を見ていると、お姉さんを見てるみたいだよ」

「姉さ――あいつを知ってるの!?」


がばっと顔をあげた少女。

そこには必死という2文字が浮かんでいる。


(これは、素直に言っていいものか)


河原でのやり取りやこの反応を見る限り、剣呑なことになりそうだ。

今はまだ黙ってた方がよさそうだった。


「出てったよ。昨日ね」

「……そう」


残念、というより寂しさを匂わせる反応に、高良は少し踏み込んで聞いてみたくなった。


「ちょっと聞いていいかな」

「何よ」

「なんで君はそんなにお姉さんを憎んでるの?」

「あんたには関係ない話よ」

「そうかもしれないけどね。でも気になるじゃないか。いくら立場の違いとはいえ、姉妹で争うのはおかしいよ」


何故食い下がるのか、何故踏み込もうとしたのかは分からない。

記憶のある時の性分なのかもしれなかった。

それは人に優しくというよりは、身内で争うのを見ると、いてもたってもいられなくなる、と言った方が正しい。


「別に。あいつは魔女だから倒さなきゃいけない。それだけよ」

「本当にそれだけ?」

「しつこいわね! それ以外何があるのよ!」

「とは言ってもねぇ。えっと、玲美れいみちゃんだっけ」

「ちゃんづけで呼ばないで! そもそも何で名前知ってるの!?」

「それもお姉さんから」

「あいつぅぅ……」


恨み言を言いつつバリバリとコーンの部分をむさぼる少女に、先に見た聖女の輝かしさはなかった。


「とにかく!」


コーンの最後の部分を咥えたまま立ち上がり、高良に向き直りながら一気に頬張った。


「私の名前はジャンヌダルク、フランスを解放した聖なる少女よ。これからはジャンヌと敬意を払って呼びなさい!」

「呼びなさいって……」


初対面(正確には2回目だが)の女性に命令口調で呼び方を強要されるのもレアなケースだった。

だが、高良は思う。


「……言ってて恥ずかしくない?」

「っ!! ないもん! そんなことないもん!」


駄々をこねる子供のように、両手を振り回し体全体で否定する少女に、高良は少し意地悪してみたくなった。


「へぇ、じゃあ今後どこに行っても君はジャンヌで通すわけだ。日本に戻ったら戸籍とか登録しなおさなきゃな。それだけじゃない、免許証にパスポート、その他いろいろ大変だ。それにきっと周囲も放っておかないだろう。平成のジャンヌダルクとか言われて、有名になるかもな!」

「……玲美でいい」


あっさりと折れた。

少し意地悪が過ぎたかな、と思ったが、流石にジャンヌとは呼ぶ方が恥ずかしい気がした。


「不本意だけどあんたの名前も聞いておいてあげる」

「高良だけど」

「本名じゃなくて、魔王名の方よ。あたしが聞きたかったのは」

「あぁ。なんかあったな。サイなんとかっつー長い名前だったか」

「魔王名くらい覚えておきなさいよ。てか何よ、サイなんとかって。そんなのそうあるわけが……って。まさか、サイモン=デル=ヴァッテンシュタイン?」

「あぁ、そんな長ったらしい名前だった気がする。よく知ってるな」

「知ってるも何も、その魔王って言ったら最強の魔王軍団を持ってるとかって噂の……」

「はっ、最強の魔王軍団? 冗談きついぜ。うちにいるのは変態な執事と3匹のハムスターだけだよ。それについこないだもザコ呼ばわりされたし」

「そんな馬鹿なこと。でも、もしかして……」


少女――玲美は何事かぶつぶつと呟いていた。

が、急に背筋を伸ばすと、びしりと高良に向かって人差し指を向けてきた。


「ふ、ふん! 今日のところは勘弁してあげるけど、4日後があんたの命日よ。サイモン=デル=ヴァッテンシュタイン、首を洗って待ってなさい!」


月並みなセリフを恥ずかしげもなく言う玲美に、高良は肩を落として聞く。


「よく名前噛まずに言えるな。てか4日後って、えらく半端だ」

「しょうがないでしょ! 精霊はやられると1週間は休養とらないと駄目なんだから」

「精霊って?」

「あんたそんなことも知らないの!?」


玲美は小ばかにするように高良を見下ろし、声高々に宣言する。


「仕方ないから、サービスで教えてあげる! 精霊っていうのは勇者が契約した聖なる存在よ。あんたにやられたジルドレがそれなんだけど、あれは本気じゃないから調子に乗らないで。ふふん、無学なあんたはしらないでしょうけどね。聖女と呼ばれたジャンヌダルクとジルドレと言えば、かなり有名な勇者なのよ」


(それくらいは知ってるぞ)


そう思ったが、得意げに語る邪魔をしてはいけないと思って黙っていた。


「敵を動けなくするジャンヌダルクの正義の剣。一撃で敵の心の臓を貫くジルドレの忠義の剣。この2つの剣から繰り出される同時攻撃は防ぐ手立てはないわ」

「へぇ、そいつは凄いな」

「そうでしょう? あたしの強さが分かった?」

「……で、それを俺に言っちゃっていいわけ?」

「あ……」


誇らしげな表情から一転、玲美は自分の迂闊さに顔を固まらせた。

何か色々と考え込んでいたが、やがて思いついたらしくわざとらしくポンと手を打って高良に指を向ける。


「そうよ! ただあっさりと倒したんじゃもったいないから教えてあげたの! そう、騎士道よ! ジャンヌダルクは騎士道を重んじるの!」

「へーえ、そいつはすげぇや」

「完全に棒読みな反応しない!」


またも涙を浮かべた玲美は、詰め寄ってくると高良の胸倉をつかんできた。

とはいえ身長差があるため、そこまで苦しくも怖くもないわけだが。


(なんかこうやって我がまま放題って感じを見ると、妹って感じだよなぁ。っと、今度はどうやってなだめようか)


眼下で騒ぎ立てる玲美を見ながら、高良がそう思っていると、


「玲美!」


広場に声が響いた。


「玲美! 玲美だろ!」


声のした方向、玲美の頭越しに見える1人の男がこちらに近寄ってくる。

先ほど金髪の少女を探していた男だ。

近くで見る男は、先ほどとは違いどこか異常だった。

何より異様なのはその目だ。

小さい瞳孔を真っ赤に染めるように男は目が血走っていた。


(こいつ、普通じゃない)


一瞬にして異常を感じ取った高良。

だが声がでない。足が動かない。手がでない。

それは玲美も同じだったのだろう。

だからこそ、次の男に対する反応が遅れた。


「痛っ!」


何が起きたか分からなかったが、どうやら男に突き飛ばされたらしい。


「おお、玲美。無事だったかい。噂を頼りに来てみれば、こうしてまた会えるのはまさに運命だ」


高良を突き飛ばしたことなどなかったかのように、男はただ玲美に詰め寄っていた。


「ちょ、誰よあんた! あんたなんか知らないわ!」

「ひどいなぁ。僕だよ、秋彦だよ。君の恋人だった、葛葉秋彦くずはあきひこだ」

「あき……ひこ?」


明らかに戸惑いの表情を浮かべた玲美は、しどろもどろに答える。


「あなた……どうしてここに?」

「君らを失ってから、失意の日々だったよ。だけどここでまた会えるなんて、これは神のお導きか。そうだ、杏菜は? 杏菜も近くにいるのかい?」

「あいつは……」

「ふふふ、いいさ。それより僕の屋敷に招待するよ。ここから2日くらいは歩いていくんだけど、大丈夫。すぐに着くさ」

「やめて! あの時、何もしなかったあなたが今更! あなたについては、愛想が尽き果ててるの!」

「あの時は悪かったよ。でもね、僕はこの世界で生まれ変わった! だから一緒に暮らそう!」


興奮したかのように、男が玲美の両肩に掴みかかる。

最初、知り合いと思い様子を見ていた高良だったが、玲美の反応にこれ以上傍観はできなかった。

男の顔にロックオンすると、手にしたアイスを振りかぶって――投げた。


べしゃ


見事、男の頭にヒット。


「っと、手が滑った。すまないね」

「ぷっ……ちょ、あなた。何してんの!?」


そう文句を言いつつも、玲美は思わず吹き出しそうだった。


「…………なんだ、君は? いつからそんなところにいた?」


男が玲美から手を放して高良に振り向いた。頭にアイスが乗ったまま。

まるでその時、初めて高良に気づいたような反応だ。

どうやら男は高良と会ったことも、突き飛ばしたことも覚えていないらしい。


「やめろよ、前の恋人か知らないけど、嫌がってるじゃないか」

「ふん、嫌がっているものか。彼女は僕と会うためにこの世界にやってきたんだ。君に難癖つけられる筋合いはないね」


自信満々に答える男。

高良はちらっと玲美の方を見る。

視線の意図をくみ取ったのか、玲美は小さく首を振って応えた。


(あー、昔の男で一方的に追いかけるってやつか。めんどくさい関係だなぁ)


とはいえ、もう首を突っ込んだ後だ。

街の連中も遠巻きに聞き耳を立てているようだし、ここは退けない。


「あんたも日本人だろ? そういう思い込みから来る犯罪教えてやろうか? ストーカーっていうんだよ」

「はは、僕と彼女は愛し合っていた。ストーカーなんかの一方通行の愛とは同じにしてほしくないな」

「違うわよ! あんたがあんな薄情なやつだって知ってたら、付き合うなんて考えなかった」


今度は高良が確認を取るまでもなく、玲美が否定した。


「だ、そうだけど。これも愛の形ってやつ?」

「……さっきから君は偉そうに説教垂れてくれるが、一体誰なんだい? 玲美の知り合いかい?」

「別に、通りすがりの魔王だよ」

「なら消えてくれないか? 僕は彼女に用があるんだ」

「残念ながらこっちが先約でね。昔の恋人はお呼びじゃないみたいだよ」


ぎりっ、と男から激しい歯ぎしりの音が聞こえてきた。


「玲美、こんなさえない奴と付き合ってるのか!?」

「つ、付き合う!? なんでこんな奴と! 冗談じゃないわ!」


玲美の痛烈な一言が高良の胸に刺さるが、元々そういった関係ではないのだから当然か。


「なら僕らに口出しする義理はないだろう?」

「だから彼女が嫌がってるって……くだらない水掛け論するつもりはないんだけどな」

「確かにこれ以上は時間の無駄だ。ならば力ずくで消えてもらう」


男の身にまとう空気が変色し、その背後に黒い影が伸びた。


「やるか?」


売り言葉に買い言葉。

とは言ったものの、内心では心臓破裂寸前まで高鳴り、頭は台風のように荒れていた。


(どうする? どうやって戦う? 相手の魔法は? それとも体術を使うのか?)


さらに不安要素として、まだ一昨日の傷は癒えてない。

主力と思っていたインスタント魔法は、所詮こけおどしでしかなく、それ以上の魔法となると金額が跳ね上がって手が出せない。


(勝てる、のか?)


魔物に対しては連戦連勝だったが、勇者や魔王レベルとなれば勝てる由もない。

高良は確かに自信というものを無くしていた。


「ちょっと、やめなさい!」


だから玲美が、高良を庇うように間に入った時は、情けないながらも内心安堵したものだ。


「玲美。その男を庇うつもりか」

「そういうわけじゃないわ。……ただここで2人が戦ったら街に被害が出るわ。それを見過ごせない」


先ほどは自分が“そんなこと”と切り捨てたにも関わらずそれを言うか、と高良は思ったが黙っておく。


「僕には関係ない話だよ。君が大人しくついてきてくれれば、そうはならないと思うけどね」

「やっぱ……あんたは魔王なのね。人を犠牲にする。そんな人じゃなかったのに、あの時から変わってしまった」

「玲美は勇者か。人のために己を犠牲にするその心、まるで聖女ジャンヌ・ダルクのようだ」

「そうよ。私の勇名はジャンヌ・ダルク。あんたが街を犠牲にするって言うなら、あたしが相手になるわ」


玲美は鞘から剣を払うと同時、光が彼女の姿を包む。

それも一瞬。

光りが収まった後には、先ほどまでの清楚な布服ではなく、先日河原で見た白銀のアーマープレートに変わっていた。

その敵意を受け、男はぴくっと体を震わせた。


「ジャンヌ……ジャンヌ、ダルク?」


初めは自分に向けられた敵意が信じられず、身を震わせたのだと思った。

だが、それは違った。


「く……」


男から言葉が漏れる。

それは続き、


「くははははははは、あっははははははは!」


大きな笑声に変わった。

目を見開き、大きく口を開け、背骨がおれんばかりにのけぞり、周囲構わず狂ったように笑いを飛ばす。


「これは傑作だ。これは愉快だ。これは喜劇だ。これは――最高だ」


がくっと、のけぞった体を反転させ、背を曲げてうずくまった形の男。

笑みを隠すように両手で顔を覆いながらも、言葉をはき出し続ける。


「神様も粋な計らいをしてくれた。まさかそういった役割を与えてくれるとは。あの男に従って、よくよく死んでみた価値があったもんだ。そうさ、これは運命だ。間違いなく、僕とキミらとは運命の赤い糸で結ばれている!」


男の笑いは狂気を含み、同時に神経を侵す毒となった。


「何を……笑ってるの?」


ようやく玲美が口を開く。

それでも声は少し震え、それを隠すかのように、烈火のように怒声を発した。


「何がおかしいの! あ、あたしのこの姿がおかしいというの!?」

「ちょっと待った玲美。たぶん違う」


高良がやんわり否定すると、男もそれに同調したように首を大きく振るう。


「いや、いやいやいやいや。そう、そんなんじゃない。玲美のその姿、おかしいということなんてない。むしろ素晴らしい。この僕にとっては夢心地のような花嫁衣装だよ。氷結魔法で永久保存したいくらいの神々しさだ。もちろんそんなことはしないけどね。くくく」


まだ笑いが足りないらしく、口の中でひとしきり笑った後、男は辺りを見回して人々の奇異の目を見ながら肩を落とす。


「こんなしけた街じゃあ僕とキミとの出会いには盛り上がりに欠ける。そうだ。僕の城においでよ。さぁさぁ忙しくなるぞ。上を下へ、右を左へ、生者を亡者への大忙しだ。まさかこんな奇縁が転がってたとは。さすがは僕とキミだ。もしかしたら杏菜の方も、なんてこともありえる。そうなったらもう大変だ。今の内から準備を勧めなくては。いやいや、この世界は本当に素晴らしい」


両手を広げ、くるくると狂った笑顔を振りまく男は、もはや高良は元より玲美の姿も見えないらしい。

その時だ。

高良には閃光が走ったとしか見えなかった。

高良の1千レン魔法の数百倍も激しい稲妻が、横合いから飛んできて高良たちのいる地面を吹き飛ばした。


「くっ……なんだ!?」

「また会ったね、魔王のお兄さんたち」

「ジン……!」


声のした方向に目を向けると、フードをかぶった3人の少年たちがこちらを向いていた。

先日、高良を襲った3人組だ。


「こんなところで獲物が2匹も飛び込んでくるとはね。幸い、あの炎の女もいないみたいだし。この強運、さっそく使わせてもらうよ!!」

「待て、ここには関係ない人も――」

「魔王が泣き言を言うなぁ!!」


ジンが叫び、突進してくる。

高良は玲美を庇うようにして迎撃態勢を取る。

勝ち目は限りなく薄い。


それでも、玲美や街の人を犠牲にするなんてことは、高良には考えられない。

だから、


「うるさいなぁ」


そう言って男がけだるそうに動いたのは驚いた。

それも高良に向かったわけではなく、ゆっくりと、ジンの方へ向かう。


「まずは貴様か!!」


ジンが楽しそうに男を標的にする。

指をパチンと鳴らすと、後ろの兄妹らしき2人が呪文を発射する。

高良にやって見せた光の矢ではない。

それよりも数が多く、七色に光る高速弾。


ひょっとしなくても、それで勝負が決まるんじゃないか、と高良は考えた。

だが、結果はその予想をはるかに超えたものだった。


「なにこれ」


男がつぶやく。

さも退屈そうに。


「はっは! 驚いているな、怯えているな! 当然だ。昨日2人が習得した光の矢の進化系、七色の矢は魔王ごとき――」

「邪魔」


男が手をかざす。

そして次の瞬間、信じられないことが起きた。

男に向かって飛ぶ七色の矢が、男の手に触れることなく、空中で霧散したのだ。


「なっ!?」


ジンの顔が驚愕に見開かれる。

驚いたという意味では、高良も玲美も同様だ。

それだけでは終わらない。


男の右手が黒く光ったと思った刹那。

黒い波動がジンの脇をすり抜けて飛ぶ。


「なにっ!?」


一瞬だった。

叫びも悲鳴も発する間もなく、フードの兄妹が黒の波動に飲みこまれる。


「リン!! ヤエ!?」


ジンの叫びも虚しく、黒の波動が大気に散った後には、2人の姿は塵ほども残っていなかった。


「く、そおおおおおおお!!」


ジンの叫びがこだまする。

彼はすでに剣を振っている。後戻りはできない。

消えた仲間の無念を背負い、男に向かって全力で切りかかる。


が、


「うるさいハエだなぁ」


男が触れたわけではないのに、ジンの剣の刀身の、鍔から上が消えていた。

ジンは刀身のない剣を空ぶりして、前につんのめる。


「せっかくとてもいい気分なのに、邪魔しないでくれよ」

「がっ……かはっ!」


男の腕が万力のように伸び、ジンの首を絞める。

男の細腕にもかかわらず、人間1人を宙吊りに出来るとはどのような魔法か。


「そ、そんな……僕たちは3人の魔王を屠り、今や新しい勇者に一番近い勇者候補なんだ――」

「知らないよ。消えて」


男の言葉が終わると同時、ジンの身体が部分的に黒く変色していく。

いや、それは闇に浸食されていくと言った方が正しいか。

身体の一部一部が欠けたように黒く塗りつぶされていき、わずか数秒でジンの姿は影ひとつなく消えてしまった。


「あ、あんた……なにしたのよ!?」


金縛りが解けたかのように、玲美が男に掴みかかる。


「あれ、玲美。どうしたんだい? そんな怒って? せっかくの美貌が台無しじゃないか」

「なんで――なんで殺したの!?」


玲美の言葉が、高良の胸を射抜く。


(殺、した?)


「おかしなことをいう玲美だなぁ。魔王と勇者は殺し合う関係だろう? 最初に教わったはずだ。僕はそれを実行しただけに過ぎない。あ、安心してよ。玲美は魔王とか勇者とか、そういうの関係ないから」

「そういう問題じゃないでしょ!」


玲美が軽くステップを踏み、左足を前に。右手は後ろに。

そこから体をひねって放たれるのは、高速のビンタ。

男はそれを見て右手を動かそうとして、


パンっ


玲美のビンタが男の左頬を打った。

男はそれを痛がる風でもなく、ただ微笑みを玲美に返す。


「ふふ、その気の強いところ。昔そっくりだ」


男の右手がゆっくりと玲美に伸びる。

そこに黒いゆらぎを見た高良は、


「よせ!」


思わず叫んだ。

玲美が、杏菜の妹が消される。

それを黙って見過ごすわけにはいかない。


「くっ、くくくく。馬鹿だな。僕が玲美を消すわけないだろ」


笑いながらポンッと玲美の頭に手を乗せる。

何も起きない。

それが分かってか、玲美がうるさそうに男の手を払う。


「冗談さ。僕は今気分がいいんだ。さて、久々に運動したら服が汚れてしまった。そうだな、玲美を迎えるのにこんな小汚い格好じゃあいけない。魔界の仕立て屋に最高の生地で作らせよう。そうだ、それがいい」


手を打って喜ぶ男は、指を指揮者のように振りながら今後の予定を語る。


「それじゃあ今日のところはこれで。また会おう、玲美」


玲美は答えない。

敵愾心のこもった目で、睨み返すのみだ。

それを男は苦笑で受け流し、高良たちに背を向ける。


「お前は――」


高良は男の背中に対し、咄嗟に聞いていた。


「お前は、誰なんだ」


それは半ば答えの決まった問い。

予定調和の通過儀礼のようなもの。


「あぁ、そうだ。自己紹介が遅れてしまっていた。最初にしたと思ったが、ついつい興奮で忘れてしまっていたよ」


男は高良ではなく、玲美にだけ視線を向け、そして恭しく礼をしながらこう言った。


「僕はジルドレ、魔王ジルドレ。我が姫ジャンヌダルク。また日を置いてお迎えに参上しよう」


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