【じゅっしょう】 まおうのしっぱい
あれから2日。
街でジルドレと名乗る魔王に出会ってから過ぎた日数だ。
『ごめん、ちょっと1人にさせて』
それはジルドレが去った後、慌てふためく周囲の雑踏の中、消え入るような声で頼んできた玲美の言葉だった。
『今日は……色々ごめんね』
『ごめん、か。勇者が魔王に言うセリフじゃないな』
『ホント……』
彼女の心中を思って、高良は優しいセリフを言ったつもりだった。
それに対する玲美の回答は哀しげな笑みだけ。
そして次に聞かされた彼女の声は、ある意味決定打となって高良の胸に残っている。
『最後にお願い。“あいつ”のこと……姉さんには言わないで。お願い』
彼女の言葉をどう取るべきか、高良は悩んだ。
余計な心配をかけたくない、妹なりの気遣いなのか。
それとも自分だけで蹴りをつけるという、覚悟の表れなのか。
考えても分からない。
それきり、彼女とは会えていないのだから。
「あの姉にしてこの妹あり、か……」
鍬に頬杖つきながら高良はつぶやく。
今日中に手入れをしておかないと、明後日出荷分の作物が育たない。
いくら成長促進魔法と言えど――いやだからこそか、日ごろから手入れを怠れば作物はたちどころに枯れてしまう。
しかし、玲美たちのことを考えれば、作業に全く身が入らないのは仕方のないことだろう。
(でも、どうする……俺に何が出来る)
バトラーに調べさせようと思ったが諦めた。
杏菜にいらないことを吹き込まれては困るからだ。
せめてあのジルドレを名乗る魔王の居城さえつかめればと思い、バトラーのパソコンをいじろうとしたが、パスワードでロックされて調べられず終わった。
玲美の元に行こうとも思ったが、頻繁に街に行けば怪しまれる。
正直八方ふさがりのまま、時間だけが過ぎていった。
「なーに昼間っから黄昏てんの?」
背後、頭上から女性の声が聞こえた。
振り替えるまでもない。この周囲に女性といえば杏菜しかいない。
「……いや、ちょっとね」
本当は話すべきだと思った。
しかしそうなると、玲美との約束を破ることになる。
この次に彼女に会う機会があるのか分からないが、その時に何て言えばよいか。
「ふーん。ま、いいけど。はい、これ手紙が来てたわよ。こんなとこにも郵便が来るのね」
「手紙? 俺に? 誰から?」
「知らないわよ。名前も書いてなかったし、人様の手紙を覗く趣味はないしわ」
変なところで律儀なやつだ、と高良は思う。
(ま、それが普通なのかもしれないけど)
杏菜から渡された手紙は、白無地の一般的なものだった。
厚みはなく、蝋で封をしてあるが、確かに差出人の名前はない。
(俺に手紙を出す奴なんていたか?)
そう疑問に思いながらも、高良は封を開けた。
出てきたのは一枚の手紙。
曰く、
『拝啓 サイモン=デル=ヴァッテンシュタイン様。
昨日はお騒がせしました。
あの男のことを少し話しておきます。
あの男は、私の昔の恋人でありながら、私と姉さんを天秤にかけた男です。
このことについては、もはや気持ちの整理がついているので、未練はもうありません。
ただ、あの男が過去にこだわるあまり、暴走して他の人を傷つけるというのであれば、それは私の責任です。
いえ、それはもう起きてしまっているのでしょう。
あの男が魔王という立場にいる以上。
そこに“罪”が存在しないわけがないのですから。
私と姉さんとあの男。
ここにその3人が、しかもジャンヌ・ダルクにまつわる形で出会ったことを、運命と私は受け取りました。
私は、私とあの男、そしてあの男が行った“罪”の分、過去に決着をつけようと思います。
貴方に黙って出立させていただきますことお許しください。
ただ、これは私個人の問題ですので、お気になさらぬよう。
愚姉のこと、どうぞよろしくお願いします。
アイスクリーム、とても美味しかったです。
一ノ瀬玲美』
最後まで読み終えたところで、手紙がぐしゃっと音を立てて潰れた。
高良は腕をわなわなと振るわせて、思わず叫ぶ。
「なにがよろしくだ。勝手なことして!」
「ちょ、どうしたの?」
高良の突然の豹変に、杏菜が驚いて声を上げる。
「……少し旅に出てくる」
「は、旅!? いきなりどうしたのよ」
高良は一瞬、話してしまおうか迷った。
だが、玲美の望みを考えると、とてもそれは言えなかった。
「君には関係ない。バトラー! バトラー、どこにいる!? 至急調べてもらいたいことがある!」
「ちょ、待ちなさいよ!」
食い下がる杏菜を背に、高良は急いで小屋に戻った。
「バトラー! いるのか!?」
「は、はい! 魔王様どうしました!?」
突然入ってきた高良に驚いたのか、慌ててノートPCを半分閉じた。
その挙動不審な行動に、高良は黙ってノートPCを開ける。
そこにはいろいろと触手の生えた魔界の美少女(?)らしき2D絵と「バトラーくん。本当は、マモンちゃんのことが好きなんでしょ?」と書かれた文字ウィンドウに、ボタンなどUIが並んでいる。
さらに机の下には、その外箱らしい開封済みの箱が。
『ドキドキハート+ 魔界学園編』というタイトルと、複数の魔界美少女(?)のキャラたちが目を輝かせてこちらを見ている。
「あ、いえ。これはあれです。資料です! いかに相手の心理状態を理解し、攻略するかのシュミレーションソフトで――がふっ! アイアンクロぉぉぉぉ」
「……すぐにジルドレという魔王の城を調べろ。それとそれを言うならシミュレーションだ」
「ひ、ひぃぃぃぃ! わ、分かりました!」
ガクガクと激しく首を上下させるバトラーを解放する。
「ねぇ、一体なんなの!? どうしたって言うのよ!?」
杏菜が追い付いてきた。
「いや、本当になんでもないんだ」
「なんでもないわけないでしょ。何かあったからそんなに慌ててるんでしょ!」
「頼む。もう何も言わないでくれ」
高良は向き直ると深々と頭を下げた。
それが彼の出来る唯一の答えだと言わんばかりに。
案の上、杏菜は渋い顔をする。
「……なんかそれ。すっごい不愉快なんだけど」
両腕を組んで、高良を見下す杏菜は冷めた目線を送る。
「ねぇ、あなたにとって私はなんなわけ?」
「え?」
質問の意味が分からず、高良は思わず顔を上げた。
「ただの同居者? ただの同族? 無理やり強引に押しかけてきた迷惑な相手?」
「それは……」
何? と言われても困る。そのどれもが正しく、どれも何かが物足りない。
「これでも私は感謝してるんだよ。私を助けて、何も文句言わずにここに置いてくれて。だから、あなたが困ってるならその力になってあげたいって思うの。間違ってる、私?」
「いや、そういうわけではないけど」
「じゃあ話しなさいよ。それともそうやってのけ者にして、私を恩知らずの女にしたいのね?」
多分な自己主張もあったが、高良を心配して言ってくれているのはその声音、そして真摯な瞳から察することができた。
「魔王様……」
バトラーが小さく服の裾を引いてきた。
さすがの高良も皆まで言われなくても分かる。
「分かったよ。話す」
小さく一息つくと、観念した高良は話し始めた。
玲美に会ったこと、その経過。そしてジルドレ。手紙に書いてあったこと。
「…………そういうこと、ね。私が話すなって言ったから」
「いや、それより妹さんの意思を尊重しただけ、なんだけど」
言いながら不安になった。
想像していたより反応が薄い。怒鳴るなり激しい答えがあると思ったからだ。
だから、その直後に起きることが予測できなかった。
パンっ
頬の響く痛み。
スナップの効いた強烈なビンタが高良の右頬を打ったのだ。
高良は頬に手をやり、ようやく自分がぶたれたことに気づく。
「次、私に黙ってたらこれじゃ済まないから」
「あ、あぁ……」
さばさばとした口調で言う玲美に、高良は反応に困る。
「それと――」
一歩踏み出してきた玲美。
高良はもう1発来ると思い、咄嗟に目をつむる。
と、左頬に何かが触れた。
その柔らかな感触に、高良は思わず目を開けた。
「これはあの子を心配してくれたお礼」
すぐ近くにある杏菜の顔は小悪魔のような笑みを浮かべている。
ビンタされた時より衝撃的で、脳が起きた事態を理解することができない。
「なによ。子供じゃあるまいし、初めてってわけじゃないでしょ」
反応のない高良を揶揄するような杏菜の言葉に、高良はようやく声を出す。
「あ、あぁ……」
(っつっても、そんな過去があったか覚えてないし。てか、右の頬をぶたれたら左の頬にキスをしなさい、なんて初めてだけど)
ポリポリと感触の残る左頬を掻いてみる。
「ほら、いつまで呆けてるの! さっさと準備するわよ! バトラー、位置特定早く!」
「は、はい! ラジャです!」
杏菜とバトラーの威勢の良い声が、広くもない小屋に響いた。




