↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/49

第1話 女王様は、ぐうたらでした

「……ん」


頬から伝わる石の冷たさに、私はゆっくりとまぶたを開けた。


身を起こして辺りを見渡すと、そこは長く続く石造りの廊下だった。片側に等間隔で並ぶ窓からは、青白い光だけが静かに差し込んでいる。壁際に置かれた古びた大時計は、その針を完全に止めていた。


手をついて痛む体をなんとか立ち上がらせるが、周囲に人の気配はまったくない。


(ここはどこ?……)


手がかりを求めて最も近い窓へと歩み寄る。


ガラスには、一人の少女が映っていた。年は18歳ぐらいだろうか。首筋で切り揃えた黒髪のショートヘア。涼しげな切れ長の目。動きやすそうなシンプルなシャツとズボン。


挿絵(By みてみん)


おそるおそる、右手を持ち上げてみる。ガラスの中の少女も、同じように手を上げた。指先で自分の頬に触れると、少女もまた、頬に触れる。


(……これが、私……?)


名前を思い出そうとするが、何も浮かばない。年齢も、住んでいた場所も、好きな食べ物すら。それなのに、言葉の意味だけは、不思議なほどはっきりと分かる。「窓」も「廊下」も。


(おかしいわね。自分のことは何も分からないのに、世の中のことは分かるなんて)


私は窓の外へ視線を向けた。


そこには荒れ果てた庭園が広がっていた。花壇は枯れ果て、枝は折れ、噴水は水を失っている。


その上の空に、満月が浮かんでいた。


(……綺麗な月)


視線を横へずらすと、もうひとつ、満月があった。


(……え? どういうこと?)


目をこすって、もう一度見る。変わらない。


(ここは、私の知っている場所じゃない?)


そのとき、頭の片隅に、ひとつの言葉が浮かんだ。


(……いや、まさか。そんな、ゲームみたいなこと)


浮かんだ言葉を、馬鹿らしいと打ち消そうとする。けれど、それ以外に思いつく手がかりもなかった。


人気のない廊下の真ん中で、小さく咳払いをする。


「……ステータス」


何も起きない。


(……恥ずかしい。誰も見てないからまあいいけど)


ため息をついて、窓から離れようとした、その瞬間。


目の前に、半透明の青い画面が、浮かび上がった。


┌──────────────────

│ 【名前】 (未命名)

│ 【種族】 人種(異界)

│ 【職業】 未設定

│ 【スキル】 異界の知識

└──────────────────


「ほんとに出た……! ていうか『異界』って何よ?」


答えてくれる人は、周りに誰もいない。


静まり返った廊下に、私の声だけが小さく反響して消えた。


(本当に誰もいないのかしら……)


画面が薄れて消えるのを見届けてから、私は廊下を奥へ向かって歩き出した。


ほこりを踏む足音だけが響く。並んだ扉の取っ手を試しに引いてみたが、どれも固く閉ざされていた。


そうして進んでいくと、廊下の突き当たりに、ひときわ大きく豪華な扉が現れた。


両開きの、彫刻の施された扉だ。他の扉とは、明らかに格が違う。


ギィ……と重い音を立てて、扉を押し開ける。











そこは、豪華な寝室だった。


大きな窓から二つの月の光が差し込み、部屋の中央にある巨大なふかふかのベッドを照らしている。


その上で、一人の少女が抱き枕を抱きしめて丸くなっていた。


扉の前に立ったまま、私は息をひそめた。廃墟のような城の中で、ここだけに人の気配がある。


私はそろそろと、ベッドへ近づいていった。


銀色の髪に、透き通るほどの白い肌。思わず息をのむほど美しい寝顔だった。

その時、少女が私の足音に気づいたのか、ふあぁ、と小さく可憐なあくびをした。


「……んん……なに?」


億劫そうに、片目だけが開く。真っ赤なルビーのような瞳が、まっすぐに私を映した。


「なぁに、君……? どこから入ってきたの……? 誰でもいいけど、私は寝るから…………」


「誰でもいいって何よ!」


思わず声を上げると、少女は抱き枕に顔を半分埋めたまま、面倒くさそうにこちらを見上げた。


「……まあいいや。おやすみ……」


「寝るなーっ! ちょっと、お願いだから起きてよ! 私だって、目が覚めたら自分が誰かも分からなくて困ってるのよ!」


「ん?……誰かも、分からない……?」


銀髪の少女が、ぴくりと片目を開けた。


「名前も、ないの?」


「ええ。ないのよ。……で、あなたこそ誰なの?」


「私はルーナ。この城の女王で、吸血鬼だよ〜」


「……は?」


唐突に出てきた名詞に、私の思考が一瞬フリーズした。

きょとんとした顔でこちらを見る少女の肌は、確かに太陽を知らないように白く、唇の隙間から小さな尖った八重歯が覗いている。


(吸血鬼の女王……? いやいや、冗談でしょ……? ていうかここ、城なの!?)


情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。だがルーナは、そんな私の混乱など意に介した様子もなく、抱き枕に顎を乗せてぼんやりとこちらを見つめている。


「ふーん……名前も、行くあてもないんだ」


「……まあ、そうなるわね。今のところは」


「じゃあさ、ここに住めば? 部屋はいっぱい余ってるし、お布団もふかふかだよ〜」


「……ちょっと待って。いきなり何よ。怪しすぎるでしょ」


見知らぬ相手に無条件で部屋を提供するなんて、いくらなんでも話がうますぎる。警戒して一歩身を引くと、ルーナは面倒そうにベッドの上で寝返りを打った。


「怪しくないよ〜。……ちょっとだけ、お願いがあるだけで」


「はぁ。やっぱりなにかあるんじゃない」


「たいしたことじゃないよ〜。お風呂を沸かしてくれたり、髪を乾かしてくれたり、ご飯を用意してくれたり……とか」


こてんと首をかしげながら、ルーナは言った。


「それ、全部あなたのお世話じゃない!」


「うん! お世話してほしいの!」


開き直ったように、ルーナは胸を張った。


(……なんなのこの吸血鬼。頭が痛くなってきたわ……)


こめかみを押さえて、ふと窓の外を思い出す。荒れ果てた庭園。記憶もお金も行くあてもない私が、今ここを追い出されたら、行き倒れ確定だ。


選択肢なんて、最初から存在しないのだ。


「……はぁ。分かったわよ。でも『お世話係』は嫌。あくまで『家賃代わりの手伝い』としてならかまわないわ」


「ほんと!? 」


ぱっと顔を輝かせ、ルーナは勢いよくベッドの上に起き上がった。

──が。


「あ、クラクラする……」


次の瞬間、ぐにゃりと力なくベッドの中へ沈没していった。


(……本当に吸血鬼なの? 体力なさすぎでしょ……)


どこまでも怠惰な女王だ。それでも、布団の中から覗く顔は嬉しそうに緩んでいた。


仕方のないやつ、と肩をすくめる。

ひとまず居場所は確保できた。なら、次は一番重要な「現状把握」だ。


「よし、じゃあルーナ。お互い納得したところで、まずは確認から行きましょうか」


私はベッドの上のルーナを見下ろした。


「ここは何という場所で、城には何人暮らしているの?」


「あ、そうだ。思い出したから言っておくね〜」


私の質問に答えるどころか、ルーナは抱き枕をぎゅっと抱き直し、思い出したように軽いノリで──とんでもない言葉を口にした。


「近いうちにここ、攻め込まれるっぽいから、対応よろしくね〜」









「……………………え?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。