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【長編版】王子が生まれたので、もう我慢しなくてもよろしいのですよね?  作者: 塩野さち


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第31話 私の新しい職場

【エリアナ視点】


 師匠について歩いていくと、次第に、剣や盾を持つ人が増えてきた。


 革鎧を着た人。

 大きな荷物を背負った人。

 何人かで紙をのぞき込みながら、相談している人たち。


 やがて師匠が足を止めたのは、大きな建物の前だった。


 開け放たれた扉から、賑やかな声が聞こえてくる。


「ここだ」

「冒険者ギルド……ですか?」


 看板を見上げる。


 仕事を探しているとは言ったけれど、依頼を受けに来たのだろうか。


 首をかしげている間に、師匠は中へ入ってしまった。


 慌てて、そのあとを追う。


 中は、外から見るよりも広かった。


 正面には受付があり、壁には何枚もの依頼書が貼られている。その横では、荷物を下ろした人たちが、何かの報告をしていた。


 そして、右手のほうからは、いい匂いがした。


 煮込みと、焼いたお肉。


 そちらには、テーブルと椅子がずらりと並んでいた。


 酒場兼食堂が、併設されているらしい。


「おーい、ブリジット。いるか」


 師匠が声をかける。


 空いた皿を何枚も重ねて運んでいた女の人が、顔を上げた。


 背が高く、肩幅のある人だった。後ろでひとつに編んだ髪が、振り向いた拍子に揺れる。


 まくった袖から見える腕には、古い傷痕があった。


「セヴランじゃないか!」


 ぱっと笑った顔は、驚くほど明るかった。


「あんた、王都にいるなら顔ぐらい出しなよ」

「今、出しただろ」

「そういう口だけは、昔から変わらないねえ」


 女の人は皿を置くと、大股でこちらへやってきた。


 師匠の肩を、ばしんと叩く。


 いい音がした。


「それで? 今日は飯かい?」

「相談だ。こいつの仕事を探しててな」


 師匠が、私のほうへ顔を向けた。


「ブリジットだ。昔、一緒に魔王を倒しに行った仲間でな。前衛をやってた」

「このギルドをやってるんだ。よろしくね」


 私は、慌てて頭を下げた。


 師匠の、昔の仲間。


 セレナさんに続いて、また一人会えたのだ。


「で、こっちは俺の弟子だ」

「弟子?」


 ブリジットさんの目が丸くなった。


「あのセヴランが弟子を取ったって? へえ、ちょっと顔を見せな!」


 言われて顔を上げると、じっとのぞき込まれた。


 なぜか、私まで緊張する。


「ずいぶん、かわいらしい弟子じゃないか」

「見た目で判断すると、痛い目を見るぞ」

「そりゃ、あんたが仕込んだんだからねえ」


 ブリジットさんは、楽しそうに笑った。


 私は、あらためて名乗った。


「エリアナと申します。よろしくお願いいたします」

「ああ、エリアナっていうと、今の王様のお姉さんかい?」


 胸のあたりが、きゅっとした。


 まただ。


 ここまでは、どのお店でも普通に話せていた。


「……はい」


 私は、次の言葉を待った。


 けれど、ブリジットさんは、腕を組んで尋ねただけだった。


「それで、どんな仕事がしたいんだい?」


◇◆◇


「給仕のお仕事を、探しているんです」


 少し遅れて、私は答えた。


「コエンナの潮風亭で働いていたので、注文を聞いたり、料理を運んだりできます。お皿を洗ったり、掃除をしたりするのも……」

「潮風亭? ハンナのところかい」

「はい」

「なら、話が早いね。ちょうど食堂の手が足りなかったんだ。うちに来な」


 私は、口を開けたまま止まった。


「……え?」

「給仕だろ? 昼も夜も客が来るんでね。経験があるなら助かるよ」

「あの」

「なんだい?」

「採用、ですか?」


 ブリジットさんが、今度は不思議そうな顔をした。


「そう言ってるじゃないか」


 決まった。


 就職が、決まった。


 さっきまで三軒も断られていたのに。


「わ、私で、よろしいんですか?」

「あんたが働きたいって話じゃなかったのかい?」

「そうなんですけど、その……王族なので」


 言ってから、少し変な気分になった。


 今までは、そこを気にしないでほしかったはずなのに。


 ブリジットさんは、私と師匠の顔を交互に見た。


 それから、豪快に笑った。


「ああ、それで困ってたのか!」


 師匠が肩をすくめる。


「三軒、断られたんだと」

「なるほどねえ」


 ブリジットさんは、食堂のほうを振り返った。


 ちょうど、一組のお客さんが空いた席についたところだった。


「でもね、あんたが王族だろうが、注文は入るし、食べ終わった皿は片づけなきゃならないだろ?」

「……はい」

「それを手伝ってくれるんなら、歓迎するよ」


 それだけだった。


 特別な席に案内されることも、お茶を出されることもない。


 私は給仕ができると言って、この人は、ちょうど給仕が必要だと言ってくれた。


「本当に、いいんですね?」

「何度も聞くねえ。もちろん、働いてもらうからには給金も払うよ」


 私は、勢いよく頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


 頭の上で、また明るい笑い声がした。


◇◆◇


 給金と休み、それから仕事の時間について、説明を受けた。


 私がうなずくと、ブリジットさんは棚からエプロンを出してきた。


「いつから来られる?」

「今日からでも、大丈夫です」

「そうかい。じゃあ、さっそく――」


 そこで、ブリジットさんの言葉が止まった。


 私のお腹が、小さく鳴ったのだ。


 聞こえなかったことにしてほしい。


 そう願ったけれど、師匠がこちらを見た。


「お前、昼飯は?」

「……まだです」


 仕事探しをしていたら、食べそびれてしまった。


 ブリジットさんはエプロンを私に渡すと、空いている椅子を引いた。


「それじゃ、先に食べな。働くのは、そのあとだ」

「でも」

「ここの煮込みを食べとけば、客に味を聞かれても答えられるだろ」


 そう言われると、断れなかった。


 運ばれてきたのは、豆とお肉の煮込み、それから厚く切ったパンだった。


 湯気と一緒に、香草の匂いが上がってくる。


 ひと口食べると、お肉がほろりと崩れた。


「おいしい……」

「腹が減ってるやつが多いからね。量もあるよ」


 たしかに、大きなお皿だった。


 けれど、食べ始めてみると、ちゃんと食べきれそうだった。


 師匠も、向かいで同じものを食べている。


「どうだ。身分なんか気にしなかっただろ」

「はい」


 私はパンをちぎりながら、うなずいた。


「師匠、ありがとうございます」

「礼なら、ちゃんと働いてから言え」

「そこは素直に受け取りなよ、セヴラン」


 通りかかったブリジットさんに言われて、師匠は黙って煮込みを口に運んだ。


 私は、少し笑ってしまった。


 師匠にも、こういうふうに遠慮なく言う人がいる。


 なんだか、それも安心した。


◇◆◇


 食事を終えて、エプロンをつけた。


 後ろでひもを結ぶと、ようやく実感が湧いてきた。


 また、働けるのだ。


「食器はここ。パンは向こうの籠。注文を聞いたら、まずこっちへ伝えておくれ」

「はい」

「わからなかったら、その場で聞きな。最初から全部覚えようとしなくていいからね」


 私はひとつずつ、場所を確かめた。


 潮風亭とは、置いてあるものも、料理の種類も違う。


 でも、温かい料理を、お客さんのところへ運ぶのは同じだ。


「じゃあ、この煮込みを二つ。窓際の席に頼むよ」

「はい!」


 お盆に載せ、両手で持ち上げる。


 人が通るところを確かめてから、歩き出した。


 窓際には、旅の荷物を足元に置いた二人組が座っていた。


「お待たせしました。煮込みです」


 皿を置くと、一人がうれしそうに身を乗り出した。


「おお、腹が減ってたんだ。ありがとう」

「パンも、すぐお持ちしますね」


 厨房へ戻る途中で、食べ終わったテーブルが目に入った。


 空いた皿を重ね、ついでに持っていく。


 ブリジットさんが、受け取りながらうなずいた。


「うん、助かるよ」


 そのひと言が、うれしかった。


 師匠は食事を終えると、席を立った。


「じゃあな。俺は道場へ戻る」

「はい。ありがとうございました」

「こいつのこと、頼むわ」

「任せときな」


 ブリジットさんが、ひらひらと手を振る。


 私も頭を下げて、師匠を見送った。


 その背中が扉の向こうへ消えるより早く、食堂から声がかかった。


「すみません、注文を!」

「はい、ただいま!」


 返事をして、そちらへ向かう。


 今度は、お客さんとして座っているのではない。


 私を呼んでくれる人がいて、運ぶ料理がある。


 次に何をしようかと、自然に目が動く。


 ついさっきまで、仕事が見つからないと落ち込んでいたのに。


 私の再就職は、拍子抜けするほどあっさりと決まった。


 王都アルヴェの、冒険者ギルド。


 その賑やかな酒場兼食堂が、私の新しい職場になった。


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