9.家は住むもののために
――こつん。
次の瞬間ーー屋敷が唸った。
ぎぃぃぃぃぃ――――。
石や木が軋み合う低い音が、床の下から這い上がってくる。
リュカの足元が震えた。
「ーーな、何!?」
リュカが辺りを見回すと、壁が動いていた。
いやーー壁だけではない。
廊下そのものが、奥からこちらへ向かって、恐ろしい勢いで縮んでくる。
「え、え、えーー!?」
遠くにあった扉が、ものすごい速度で近づいてくる。
階段がぐにゃりと折れ曲がり、二階が沈み、三階が消えた。
天井が少し低くなり、窓の位置が変わる。
ガタガタガタガタ――!
食堂の方から食器の動く音が聞こえた。
「シ、シルヴェイン……!」
リュカは反射的にシルヴェインの服を掴んだ。
本人だけが平然としている。
肖像画の中では人々が大騒ぎしている。
『また始まったぞ!』
『何事だ!』
『壁を動かすなら先に言え!』
「うるさい」
シルヴェインが杖を一振りする。
肖像画の声が全部消えた。
屋敷はなおも縮んでいる。
最後に、どこか遠くで扉が一枚閉まった。
ーーパタン。
その音を境に、静寂が訪れた。
リュカはしばらく動けなかった。
シルヴェインの服を掴んだまま、恐る恐る顔を上げる。
先ほどまで果てが見えないほど続いていた廊下は、もうそこにはなかった。
目の前には、たった一本の廊下。
右手には、リュカの部屋。
星の飾りがついた扉まで、ここからきちんと見える。
左手には、シルヴェインの部屋らしき部屋があり、その少し先に書斎があり、突き当たりには一つだけ階段が残っている。
階段を下りれば、そのまま食堂へ続いているようだ。
どこをどう歩けばいいのか、一目で分かる。
昨日まで迷宮のようだった屋敷は、今では少し大きな一軒家ほどの大きさに収まっていた。
「……」
リュカは呆然とした。
「……小さくなった」
「ああ」
シルヴェインは何事もなかったように杖を下ろし、周囲を見回した。
「こんなに狭いところに住むのは、私も初めてだが……、お前はこれがいいんだろう?」
「……いいの?」
「何がだ?」
「こんなに変えちゃって」
「戻そうと思えば、いつでも戻せる。問題ない」
「……でも、シルヴェインは広い方がよかったでしょ?」
「構わない。使っていない部屋の方が多かったしな」
「……魔法、いっぱい使った?」
「魔力のことか?たかがこのくらい、どうってことない」
心底分からないという顔をされた。
千年の魔法使いにとって、屋敷一つ縮めることなど、椅子を移動させるのと大して変わらないらしい。
「家というものは、住む者に合わせるものだろう?住む者が、家に合わせる必要はないさ。今はお前の家でもあるのだから」
リュカは顔を上げた。
――『お前の家でもある』その言葉が、胸の中へゆっくり落ちていく。
リュカには、もう帰る家などないと思っていた。
「……ありがとう」
リュカは本日二回目のお礼を言った。
シルヴェインは返事をしなかった。
「食事が冷める」
そう言って、階段のある方へ向かっていった。
リュカもシルヴェインの後を追って歩き出した。




