エピローグ
白いSUVが、車通りの激しい幹線道路の路肩にぽつんと停まっていた。運転席の男はスマホの画面を親指でゆっくりとスクロールしている。
コンコン、と窓が叩かれた。
男は驚いたふりをして顔を上げ、窓の外の警察官に軽く会釈したあとにゆっくりと窓を開けた。
「運転手さん、ここは路上駐車禁止ですよ」
「あぁ、すみません。すぐに移動します」
「何度も通報されてるの、分かってますよね? 」
「はい、はい。ほんとごめんなさい」
男はエンジンをかけながら、バックミラー越しに警官の動きを注視した。警官は道路脇で立ち止まったまま、なかなか動かない。車が動き出すのを待っているようだ。男は小さく舌打ちを落とし、仕方なく車をゆっくりと発進させた。
車が動き出した拍子に後部座席に置かれたカバンが傾き、口の開いたカバンから『オレオレ詐欺マニュアル』と記載された紙束がこぼれ落ちたーー。
道路向かいの歩道で白いSUVがゆっくりと昼のオフィスビル街へ向かう様子を 、スマートフォンで撮っている男がいた。画面を軽くタップし、カシャ、カシャと小さなシャッター音を鳴らしている。
柔らかい茶髪が風に揺れた。鍛えた肩まわりのラインが、黒いパーカー越しにも分かる。どこにでもいそうで、どこか目を引く雰囲気の男だった。
「次のターゲット発見……」
男はそうつぶやいたあと、ふっと何かを思い出したように笑った。
埋めた場所とはかけ離れた植栽の根元に、彼の探し物が転がっていた。犬が掘り起こした時に、蹴り飛ばされたのだろう。酷く汚れた小さなジップパックの土を払うと黒いUSBメモリが姿を現した。
中身は言わずもがなーー、佐伯の金の流れと隠し場所の暗号化ファイルのコピーだ。
それだけではない。成功率の統計、受け子たちのシフト表、通話内容のメモ書き……そして「次のターゲット候補」のリストまで入っている。だが、それは単なるおまけにすぎない。
「ホント、誰もコレに気づかなくて良かった。もしも美緒ちゃんに見つかってたら……完全にアウトだったな」
男は白いSUVが消えた先を眺めながら楽しげに笑い、胸ポケットからネームプレートを取り出した。。
「トレーナー:三浦圭介……か」
男はそれをしばらく見つめた後……無言で排水溝の中に落とした。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
美緒が見たもの、見えなかったもの、そのすべてが物語の形になりました。
エピローグで描かれた影は、彼女の知らないところで動いていた“もうひとつの物語”です。この世界の余白を、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




