溺愛
収穫祭を境に、セイルの“溺愛”は誰の目にも明らかになった。
食卓を共にするのは当たり前。政務の合間を縫ってはエマの執務室を訪れ、彼女が忙しくしていれば手伝いを買って出る。だが、ときにはただ椅子に腰掛け、嬉しそうに彼女の横顔を眺めているだけということさえあった。
寝室も、いつしか一つに。
夜毎セイルは必ずエマを抱きしめ、その温もりを確かめながら眠りについた。
彼女の体調が優れぬときには、人一倍大騒ぎをした。治癒の力を惜しみなく注ぐだけでなく、領内の医師たちを片端から呼びつけては診せ、徹底的に気を配った。
セイルの胸元にはいつも、エマから送られたブローチがエメラルド色に煌めいていた。
独り身の堅物として長らく知られてきたリーリエ伯爵の豹変ぶりは、領内に衝撃を与えた。
「骨抜きにした夫人は何者だ」と話題になり、年の差夫婦の恋物語は劇や書物となって世間に広まり、飛ぶように売れた。
使用人たちも最初は微笑ましく見守っていた。
だが――
「エマはどうしている」
「エマのところへ行く」
「エマに贈り物を」
「エマは」「エマは」
四六時中その調子で、最も振り回されたのは執事モーリスだった。セイルの用事を受けてエマのもとへ何度も往復し、すっかり疲れ果てていた。
ついに堪忍袋の緒が切れたのは、侍女長ローラだった。
「奥様の体調も、少しはお考えくださいませ、旦那様」
執務机に立ちはだかるローラの眼差しは、静かでありながら鋭かった。
セイルは思わずたじろぐ。
「……私はただ、夫婦として接しているだけだが」
「毎夜あまりに求められては、か弱い奥様のお体に障ります」
正論で一刀両断され、セイルはぐっと言葉を飲んだ。
ローラはさらに追い打ちをかける。
「仲睦まじいのは結構ですが、どうぞ、奥様をもう少し労わってくださいませ」
その声音には、主を思う優しさが滲んでいた。
しばしの沈黙ののち、セイルは髪をかきあげ、ばつの悪そうにうつむいた。
「……侍女長の言う通りだ。少し慎もう」
ローラが安堵の笑みを見せると、セイルは深いため息を落とし――
「……でも今夜は許して欲しい」
「旦那様」
ぴしゃりと叱責され、セイルは眉を下げて肩を落とした。
まるで、お預けを食らった子犬のように。
*
「全く旦那様は加減をお知りにならないんですから!」
寝室で髪を梳かれながら、エマはローラの憤慨を正面から浴びていた。
「こんなにもいたいけな奥様ですのに、こう毎夜のごとく求められては、奥様がいつか壊れてしまいます!」
ローラの声音には本気の心配がこもっていた。それがよく分かるだけに、夫婦生活について明け透けに苦言を呈されても、エマは真っ赤になるだけで何も言い返せないでいた。
「……いいのよ、ローラ。私だって、セイル様をお慕いしているのよ」
どうにか小さく告げると、ローラはさらに眉を吊り上げた。
「そうは言っても限度があります!この間だって、奥様はお倒れになったばかりではありませんか!」
あの時のことが頭をよぎる。絵画を見て腰を抜かし、床にへたり込んだ瞬間、セイルが大騒ぎをしてあっという間に寝室へ運ばれたのだった。
「もう元気になったから、心配しないで。ね?」
エマが笑ってみせても、ローラは頑なだった。
「私は、もう二度と奥様がお倒れになるところを見たくないのです!」
その真剣さに、エマは返す言葉を失った。恥ずかしさに戸惑いながらも、ローラの愛情がひしひしと胸に迫る。だがこのままではセイルが完全に悪者にされてしまう。
エマはそっと助けを求めるように、傍らでお茶を用意しているルーナに視線を投げた。するとルーナはにやりと微笑み、エマの耳元に顔を寄せて囁く。
「奥様には、とっておきのランジェリーをご用意しております! お試しのときは、いつでもルーナにお声かけくださいね!」
最後にウインクまで添えられて、エマは真っ赤になって俯いた。声など出せるはずもなく、ただただ唇を噛んでしまうのだった。




