清一の回想_出征(清一視点)
それからひと月も経たずして、俺のもとに赤紙が届いた。
そのうち順番が回ってくることは解っていたので、とくに驚きはしなかった。
俺に限っては、即死でない限り何度でも立ち上がれる。俺には生きて帰る自信があった。
問題は、身重の百合子さんを置いていくことだった。
早川の両親がいるとはいえ、夫のいない初産はさぞ心細く思うことだろう。
それに、食べるものがいつ尽きるとも言えない、この時世だった。
彼女のことが、俺には何より気がかりだった。
少しでも彼女の心の支えになればいいと思い、俺は彼女に、写真を撮ることを提案した。
隣町の松林にひっそりと佇む写真館。そこで俺と百合子さんは、寄り添って写真を撮った。
出来上がった二枚の写真を、俺たちは一枚ずつ分け合った。
「肌身離さず、持っています」
「……ええ、私も」
涙ぐむ彼女を見るのがつらかった。
決して死んだりしない。
俺は確信していた。
必ずこの人のもとに帰ってくる。
この人のために生きると誓ったのだから。
*
出征の日の朝、俺は使い古した手帳を箪笥の奥へ仕舞い込んだ。新しい手帳の後ろに、先日撮ったばかりの写真を挟み込む。
願掛けのようなものだった。
この古い手帳を再び手に取るとき、きっと俺は、百合子さんと子に武勇伝でも聞かせていることだろう。
俺は静かに引き出しを閉じた。
その日は重い雲が空を覆っていた。
汽笛が遠くから低く響く。
この汽車に乗って行く先に何があるのか。わずかな緊張と恐れがよぎる。
いよいよ出立というとき、百合子さんは震える唇を開いた。
「……どうぞ、お国のためにご健闘くださいませ……」
無理をしてそんな言葉を口にしなければならない彼女が、不憫でならなかった。
俺は努めていつも通りの笑みを浮かべた。
彼女の耳元にささやくように、言葉を残す。
「百合子さん……必ず、生き抜いて」
俺が望むのは、それだけだった。
生きてさえいてくれれば、必ず迎えに行く。
どうか、生きて待っていてほしい。
彼女は堪えきれずに涙をこぼし、絞り出すように言った。
「清一さんも、お願い、生きて」
心臓が抉られる心地がした。
俺はこの人を置いてどこに行こうというんだ。
こんなに心細く涙を流している最愛の人を、どうして置いていかなければならない。
この時代が、悔しい。恨めしい。憎い。
俺は彼女の手を力強く握りしめていた。それに気づいて、ゆっくりとその手を離した。彼女の手の温もりを忘れないように、俺は静かに拳を握る。
汽車に乗りこむと、中はむっとした熱気が立ち込めている。ホームから聞こえる、見送る人々の万歳三唱の声。
百合子さんは遠くで不安そうに俺を探しているようだった。
俺は百合子さんにほほ笑んだ。
僕のことは心配しなくていい。
必ず貴女のもとに帰ります。
それまでどうか、生きていてください。
どうか……どうか、死なないでください。
そう伝えるために。




