翌朝のエマ
朝の陽光が、カーテン越しにふんわりと差し込んでいた。
目を覚ますと、エマは見慣れぬ天蓋付きのベッドの中にいた。隣には、ぴしりと整った白いシーツ。セイルの姿は……ない。
昨夜のことを思い出し、エマはひとりで顔を覆った。
やってしまった……!
覚えているのは、伯爵様の頬をべたべたと撫でていたこと。それも完全に清一さんと混同して。
そしてそのまま寝入ってしまうなんて……!
恥ずかしさで身悶えしているところへ、部屋の扉がノックされた。
「おはようございます、奥様」
侍女のローラが入室してきた。彼女は落ち着いた仕草で支度を整えてくれるが、その目元がほんのり笑っているように見えるのは……気のせいだろうか。
「ローラ……昨日は、ありがとう」
「いえいえ。……よくお休みになれましたか?」
「え、えぇ……とても……ぐっすり」
なぜか頬が熱くなった。
きっとローラは、何か察しているに違いない。
(……いっそ、穴があったら入りたいわ)
早々に身支度を整えると、エマは椅子に腰かけ、心を落ち着けた。
「ローラ。今日から、私もお仕事を始めたいの」
「……お仕事、でございますか?」
驚いたように目を見開いたローラの反応をよそに、エマは微笑んだ。
「ええ。まずは、伯爵夫人としての執務室を見せていただけるかしら?」
「……少々お待ちくださいませ」
ローラが慌てて部屋を出ていく。
ほどなくして、執事のモーリスも同伴してやってきた。二人とも、エマの申し出に対してどこか困惑した様子だった。
「お嬢様、いえ……奥様は、まだお体も……」
「ご心配ありがとう、でも私、大丈夫よ。寝ていても落ち着かないの。それに……伯爵家のことをきちんと把握しておきたいわ」
エマの静かな言葉に、モーリスもローラも顔を見合わせた。
深窓の令嬢。守られて、控えめに、誰かの後ろに控えているような存在。
彼らはエマのことをそう思っていた。
けれど実際は――
前世で何十年も働いて、誰かを支え、守り、立ってきた。
エマには夫の名代として、政務を支える覚悟があった。
「ふふ……驚かせてしまったかしら」
「……いえ。むしろ、頼もしく思っております」
モーリスが口元をゆるめた。
ローラも、控えめにではあるが微笑みを返してくれた。
「では奥様、執務室へご案内いたします」
エマは頷き、背筋を伸ばした。
新婚の朝、少し照れくさく、少し気まずく、でもとても晴れやかな気持ちで、エマは夫人としての一歩を踏み出した。




