506.義弟は訪れ、
「……!よ、エリック。お前も来たのか。」
扉を開けた途端、ベッド傍にいるアラン隊長が俺に手を挙げてくれた。
昼の休息時間になり、救護棟の一室に訪れると昨日と同じように大所帯だった。部屋の外にも護衛以外の騎士や新兵が何人も詰め寄っていたけど、部屋の中は更に密集していた。お疲れ様です、と俺がアラン隊長に言葉を返した直後、他の騎士達からも挨拶され、それぞれに応えながら俺は扉を閉めた。……全員、アーサーを心配して詰め寄った騎士達だ。
「……やはり、アーサーはまだ目を覚ましませんか……。」
「息はしてんだけどなぁ。……全然だ。」
腕を組みながら、ベッドに眠るアーサーの顔を覗き込むアラン隊長に、他の騎士達もそれぞれ俯いた。
二日前の夜、重傷を負わされて運び込まれたアーサーは、もうまる一日以上目を覚まさない。今日も特殊能力を持つ騎士が六人がかりで治療をしたけど、包帯すら取れない傷の方が多かった。単純な腫れや痛みが殆ど抑えられたお陰で、顔が一番癒えたように見える。括られずシーツに広がってるある銀髪に付着していた血も、今は医者によって綺麗に拭き取られていた。潰された喉もある程度は回復し、呼吸音も昨日よりは深くなっているようだった。だけど腹も肩も折れた左腕も腫れが引く程度では誤魔化しきれないほどに酷い状態のままだった。右腕に至っては、……包帯越しですら直視も躊躇われた。目を覚ましたアーサーがどれだけ絶望するか考えるだけで、胸が苦しくなる。
「?アラン隊長、……これは。」
ふと、ベッド横の棚に目が移る。
見れば、そこには昨日まで置いていなかった小さな包みがあった。騎士の誰かからの見舞いの品かと思えば、アラン隊長が「あー……」と小さく声を漏らしてから俺の耳に顔を近付け囁いた。
「アーサーからの頼まれ物だ。……こうなる前にな。」
そう言って顔を離したアラン隊長は、どこか皮肉を感じるかのように笑った。
本当は、起きているアーサーに渡したかったと。……そう、言わなくてもわかる。今朝アーサーの部屋から持ってきたと説明してくれたその包みは、何か大事な物でも入っているのだろうか。アーサーにしては珍しく上等な小物入れが包まれているのが、包みの隙間から見て取れた。
昨日はプライド様が消えた後も城中の敷地内を捜索していたというアラン隊長は、きっと朝一番にアーサーの部屋からこれを取ってきてくれたのだろう。
……プライド様は、未だに消息がわからない。
アラン隊長の話では、衛兵も自身も見張りに抜かりはなかった。だが、突然離れの塔から飛びだして来た侍女や衛兵からプライド様が消えたと伝えられたらしい。既に見つかったのか、それともまだなのか。少なくとも今朝までは一度も離れの塔に戻っていない。
そして、無関係とは思えないほど立て続けに今度は女王から騎士団撤退の命が下された。
ラジヤ帝国の者達を捕縛したからといって、ラジヤが我が国を狙っているなら厳戒体制を解く意味がない。にも関わらず、突然にだ。騎士団長が正式に王室へ抗議したけど、まだ返答は無いらしい。
形だけは通常の演習に戻ったけど、ラジヤ帝国への緊張感は張り詰めたままだ。もし、仮にラジヤ帝国への容疑が誤解だったと告げられても納得できる者は誰一人もいないだろう。現に、……騎士隊長だったアーサーがこんな目にあったのだから。
アーサーが城内で何をしていたかは知らなくても、ラジヤ帝国の脱獄とアーサーの重傷が結びつかないわけがない。ハリソン副隊長以外にも、少なからず怒りを燃やしている騎士は少なくない。
「一体、どうやって……。アーサーが、ここまでやられるなんて……。」
並大抵の相手とは思えない。やはり一番あり得るのはラジヤ帝国の将軍だろうかと思えば、どれほどの強者なのかと思う。
俺の言葉に何人かの騎士がこちらに顔を向けた。彼らもやはり、それを疑問視している。
アーサーが運び込まれたと聞いた時は心臓が止まった。
しかも生死を彷徨うような重傷だと聞いて、早めに休息時間を得られた俺はすぐ救護棟に向かい、……あまりの惨状に目を疑った。まるで拷問を受けたかのような傷に、……右腕。扉の前でどれくらい絶句してしまったか未だにわからない。手足の指先から温度を持っていかれるようで、カラム隊長に声を掛けられるまで現実だと受け入れるのも難しかった。
「まだわからねぇ。……アーサーが目を覚ましてくれなきゃ、ずっとかもな。」
感情を抑えるように静かに呟いたアラン隊長は、言葉こそ突き放すようだったけど、表情は酷く沈んでいた。
騎士団長や副団長もアーサーのことがあってから毅然と俺達の前では振る舞っていたものの、…顔色は優れなかった。当然だ、騎士団長にとっては自慢の息子であるアーサーがこんな目にあったのだから。
「アラン隊長。……自分は、犯人を許せる自信がありません。」
「大丈夫、そりゃあ騎士団全員だ。」
俺の言葉に、咎めずに受け止めてくれたアラン隊長が肩に手を置いてくれる。
視線を感じ、顔を上げれば騎士達からも強い視線が返された。
アーサーは、……もうきっと騎士には戻れない。それでも、誰もがアーサーが目覚めるのを待っている。
真面目で、才能を持ちながらも勤勉で努力家で、隊長格ではない騎士相手どころか新兵にすら敬意を払う彼を、誰もが慕っている。新兵やアーサーの後から入団した騎士はアーサーを尊敬し、新兵の頃からのアーサーを知る騎士は誰もが彼の成長を喜んでいた。処罰を受けた後も、騎士団でアーサーへの評価は全く変わらなかった。こうして部屋を見回せば、人付き合いの嫌いな筈の八番隊の騎士までもチラチラと見えた。
「…………。」
何かアーサーに声を掛けようと口を開いたが、出てこない。
触れるだけでも息の根を止めてしまいそうなほどに衰弱した彼に、今は肩に手を置いてやることもできない。
騎士として、仲間の死も見てきたし覚悟もある。加齢や病、……怪我で退任なんて珍しくもない。自分が死ぬ事も、今ここで誰かが居なくなることも、騎士は全員覚悟はある。口には出さなくても、アーサーの生死だってこの場にいる騎士全員が覚悟している。右腕のことを知ってアーサーが絶望し、……いっそ騎士としてこのまま死んだ方が良かったと嘆くことも誰もが予想できている。ただ、それでも。
「……早く起きてくれ、アーサー。」
やはり、生きて欲しい。
やっと見つかった言葉は、もう何百何千と他の騎士にも掛けられているだろう言葉だけだった。
誰がどう呼び掛けても返事がなかったアーサーは、やはり何も反応しない。俺も他の騎士達と同じように壁際に移動しようかと考えたその時だった。
窓の向こうから、蹄と車輪の音が聞こえてきたのは。
……
「……問題ない、と言っているだろう。」
馬車の中で不貞腐れたように窓に肘をつき、外を眺めるステイルにジルベールは困ったように笑った。
そうですかねぇ、と穏やかに返してはみるものの、明らかに玉座の間でのステイルの暴走はおかしかった。だが、透明人間が傍にいるかもしれない可能性を鑑みてか、単にジルベール相手だからかステイルは頑なに語ろうとはしない。
二時間後に執務室で目が覚めたステイルは、最初こそ混乱していたもののジルベールからの説明を受けてすぐ理解してしまった。
自分が、とうとう従属の契約に負けたことを。
プライドがアーサーをあんな目に合わせた。
それが真実であろうとなかろうとも、喜々として言い放ったプライドに。そして、女王代理となる為にローザから立場を奪い取ったプライドに。
絶望し、茫然としている内に気が付けば身体がプライドを殺そうと動いていた。
ジルベールに止められ、枷で瞬間移動を封じられていて良かったとステイルは心から思った。そのどちらかがなければ、今頃は確実にとんでもない事態を招いていた。それに気が付いた瞬間、自身への焦燥と恐怖が入り混じり、湧き上がる感情を抑えつけるのに精一杯だった。
ガタン、と馬車の動きが緩やかになっていく。
窓の外を睨みつけていたステイルは、馬車がとうとう騎士団演習場に入るのを目で確認した。門の前で門兵のチェックを受け、馬車がとうとう演習場へと入った瞬間。
二人は、同時に息を吐ききった。
「どうやら、例の透明人間は付いてきていないようですね。」
「……そうだな。」
脱力するように背凭れに体重を預け、荷が下りたように腕を伸ばす。「それで、先ほどの問いにはやはり答えて頂けませんか」と改めて尋ねるジルベールにステイルは「断る」と一言返した。だが、馬車が潜る時よりも肩の力が抜けた様子のステイルに、それだけでもジルベールは少し安心できた。
「いっそ、付いてきてくれれば良かったんだがな。そしたらこの場で拘束して吐かせてやったものを。」
無感情を意識しながらも、最後には僅かな殺気を滲ませながらステイルは呟く。
ジルベールもその言葉に同意しながら、馬車の扉が開けられるのを待った。従者によって扉が開けられ、馬車に気付いた騎士達が左右に列を成す。更にその先には騎士団長であるロデリックと副団長のクラークが待っていた。
訪れることだけで時間までは指定していなかったにも関わらず、多くの騎士が整列し待ち構えていたことにジルベールは苦笑した。それだけ騎士団が説明を待ち望んでいたということだろうと思いながら最初に馬車を降り、次にステイルを促した。段差を降りる前に手を貸そうとしたが、羽織に隠れた自分達の腕がどうなっているか思い出し躊躇う。ステイルも理解し、手元は出さないように少しだけ足元に注意しながら馬車を降りた。
「お待ちしておりました、ステイル第一王子殿下。ジルベール宰相殿。」
落ち着いたロデリックの声に、クラークも続いた。
ステイル、ジルベールからも挨拶を返し終えた後、騎士団長室へと案内しようとするロデリックにジルベールは丁寧に一度断った。それよりもと言葉を切り、整列する騎士達を見回した。
「……念の為。九番隊のドミニク殿をお借りできませんでしょうか。」
是非、と一人の騎士を名指しするジルベールに、ロデリックは僅かに眉を寄せた。
ステイルへ目を向ければ、彼もまた真剣な眼差しをロデリックに返していた。整列する騎士から「ドミニク」とロデリックが名を呼ぶと、勢いの良い声と共に一人の騎士が列から前に出た。ロデリックとクラークの背後に控えるように姿勢を正した騎士が頭を下げると、ジルベールは「突然申し訳ありません」と笑み、言葉を続けた。
「ドミニク殿。貴方の特殊能力では私達がどう見えますか?」
見やすいようにステイルと並んで見せるジルベールに、ドミニクと呼ばれた騎士は目を丸くし、数回瞬きを繰り返した。それからジルベールとステイルを順々に見つめ、首を捻った。「異常はありません」と告げるドミニクに、今度はステイルが馬車とこの辺り周辺も確認して欲しいと言葉を重ねる。
ステイルの言葉にドミニクは頷き、明らかな不穏に騎士達も互いに目配せをしあった。ジルベール達の意図を確信したロデリックは、更に九番隊と他の隊からも数名の騎士を名指しして前に出させた。ドミニクに助力するようにと命じられた騎士達は駆け足で馬車の中からその周辺までも細かく調査し、全員が「異常ありません」とロデリックへ報告の声を上げた。その途端、ジルベールとステイルは
羽織を、脱ぎ去った。
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