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すみません、この先も6000〜7000字で続きます。

「んんん・・・・??」

「姫様、あきらめてください。姫様に料理の才能はございません。大体そんなことをおやりにならなくたってよろしいのですよ。私めが・・・」


アーヴが呆れた声を出すので、レティーシアは頬を膨らませた。


「いいの!これぐらいできるようにならないと」

「負けず嫌いですからね、姫様は・・・」


やれやれと肩をすくめられる。


レティーシアが何に格闘しているかといえば・・・林檎の皮むきだった。



***


「りんごの皮って案外難しいけどやっと一人でできるようになったの。すごいでしょう?」


目の前で悪戦苦闘しながらむいた林檎を差し出され、かつ、自慢げに言われて、ベッドの上で眉を寄せたのは赤い髪の青年だ。


「・・・手を切ったと聞いたのにまだやっていたのか」

「今回は平気だったでしょう?」

「なぜお前がこんなことをする必要がある」


非常に不審そうに言われ、レティーシアは心外さを隠しもせずにライザックを睨んだ。


「別に何も盛ってないけど」

「ああ、お前が手に入れられるくらいの毒では俺は死なないから無駄だな」

「そうでなくて!」


ズレた答えにレティーシアの不満は最高潮だ。

せっかくの傑作にいい気分だったのに。

傑作と言ってもだいぶ身が薄く、ガタガタである。


「せっかく看病をしてあげると言ってるのに」

「だからそれが何故なのかを聞いている」

「何故?あなたが私を庇って怪我をしたからでしょ?」

「・・・・・・」


じっと無言で見つめてくる疑いの視線に落ち着かないレティーシアは仕方ないのでボソボソと話し始めた。


「何かされるか気になるだろうから目の前でわかりやすくやってあげるように練習した私がせっかく剥いてあげたのに」


彼の疑いを晴らすためというのが気恥ずかしく早口になる。

意外さに目を見開かれると余計にいたたまれない。

林檎を一つ、強引に彼の顔前にまで持っていった。


「いらないの?」

「・・・そうは言っていない」

「ふーん、じゃあ口開けて」

「・・・は?」


不機嫌そうに眉根を寄せられた。

いや、困っているのだろう。紫の瞳が泳いでいる。

レティーシアは悪戯が成功した時のように少しだけ楽しくなり、弾むような口調で言った。


「怪我人は大人しく食べて。はい」

「・・・自分で食える」

「もう。人が親切で・・・・ライ?」


途中で面白くもなり親切ばかりではなかったが、ふい、と顔をそむけた彼の耳がわずかに赤いのに気がついてしまった。

その態度に意外な可能性が思い当たる。


「えーっと・・・。もしかして照れくさい・・・とか?え?いまさら何が?」

「うるさい。食えばいいんだろう、食えば」


図星だったのだろう。

むっとしたようにライザックが言って、ぱくりと一口で不細工な林檎を食べてしまう。

それからむっつりと黙り込んでしまった。


「ふ・・・ふふっ」


笑いが漏れた。

初めてライザックを可愛いとなんか思ってしまったのだ。

ツボにはいってしまい、ライザックがその鈴の音のような笑い声に驚いて呆然と見つめていることに気がつくのが少し遅れた。


「え、な、なに・・・?」

「笑ったところを初めて見た」

「・・・・・・そう?」


思い返してみて、確かに彼の前では引き攣った愛想笑い以外した覚えはなかった。


「何を笑っている?」

「だって・・・。それは、えっと、ライがなんか、子供っぽいって思ったら・・・」

「子供?・・・・・・犯すぞ、お前」


不満だったのか、ライザックの声は急に低い。

突然手を掴まれ、ずいと鼻先まで寄られて、レティーシアはぎょっとなった。


「怪我!怪我しているんだから安静に!」


レティーシアは間近にあるライザックの顔を押し返す。


「怪我人は安静にしてるのが仕事でしょ?!」

「たいした怪我じゃない」

「たいした怪我でしょ!一歩間違えたら死んでたんだよ!?」


そう。結局レティーシアはライザックの死を望めなかった。


あのとき、刀傷からあふれ出る血を手で押さえつけていた。そうして、護衛兵たちに助けられたのだ。

ベッドに強制的に縫い付けられる羽目になったライザックは、それでも事後処理の指示で忙しいようで、だからこうして気の抜けたやりとりをしているのは事件から10日も経ってからのことだった。


「本当にもう・・・」


珍しくレティーシアが強気に出ているのは、ライザックがいまだベッドから出ることを許されていないからだ。

動き回れる立場が変わったことで、すこしだけ優位になった気がする。

近づきすぎると危ないのはわかったが。


油断も隙もない、とぶつくさ言っているレティーシアを、背をたてかけたクッションに預けたライザックがまたじっと見つめていた。


先程と違い、居心地の悪い、探るような視線だ。


「・・・なに?」

「いや。・・・どうして、刀を抜かなかったのか分からなかった」


突然の重い話題にレティーシアの表情が強張る。


「死ぬと言ったのを、自由になれると言ったのを嘘だと思ったのか?また俺に裏切ったと思われるのが怖かったか?」

「違う!」


あのときに言った彼の言葉を疑い、踏み切れなかったのではない。


「じゃあ何故。何故まだ俺のそばにいる?何故こんなことをしている?」

「それは・・・」


うまい言葉が見つからず黙りこんだレティーシアから視線をはずして、ライザックは宙を見つめた。


「お前は俺を憎んでいるだろう?」

「・・・・・・そ、れは・・・」

「答えなくてもいい。分かりきった答えだからな」

「・・・どうして・・・」


彼は、今までとはまったく違い、薄く笑みさえ浮かべていた。

レティーシアが彼を拒絶すればあれだけ怒っていたことが嘘のようだ。

そして、レティーシアを見ない。いつも視線を逸らすことを嫌がったのは彼の方が多いというのに。


「いくらお前でも、人殺しの勇気はなかったか?だったら・・・殺さなくても逃げればよかったんだ。そうしたらもう、あきらめがついたかもしれない」


(あきらめ・・・?)


なんのあきらめだというのか。レティーシアはわずかに眉を寄せた。

好きにレティーシアを()()しているくせに、奪えるものは奪ったというのに、これ以上何かを望んでいたのだろうか。


レティーシアが何も言わないでいると、不意に、紫の瞳がこちらを捕らえたのが分かった。

どきり、と心臓が高鳴る。


「今からでも、逃げればいい。俺はここから動けないのだから」

「だって・・・だって、あなたの代わりにいくらでも兵が動けるでしょ・・・?」

「・・・今なら逃がしてやる。誰にも追わせない」

「そんな・・・。そんな、こと言って・・・」


どきん、どきん、と鼓動が嫌な速さを刻んだ。

レティーシアは乾いた笑いを浮かべる。


「そんなこと言って・・・本当に逃げたら、怒るんでしょう?だって・・・私はあなたに黙ってアーヴに会いに行った。・・・逃げたのと同じ・・・でしょう?そうしたらあなたは連れ戻しに来たじゃない・・・」


力ずくで王宮の外に連れ出されたにせよ、アーヴの誘いに乗ったことは事実だ。

ライザックから見れば、レティーシアが逃げ出したのに等しいだろう。

裏切りに変わりはない。


「あれは・・・正直迷った。お前が本気で逃げたのかと思った。だが、踏み荒らしたような土足の足跡と・・・これが落ちていたから、事情が違うのかもしれないと思ったんだ」


そう言ってライザックは、サイドテーブルから何かを出した。

レティーシアに渡したそれは、指輪だった。


「・・・・アリオル様の・・・」


形見だった。

兄について戦場に行く前に、くれたものだった。

どんなときでも身につけていたそれは、レティーシアが最近やせてきたせいで少し指から緩くなっていた。


だから彼らに乱暴にされたときにでも落ちたのだろう。


「絶対に外さないものだから、おかしいと思ったんだ。・・・婚約者からもらったものなのだろう?」

「・・・っどうして?」


知っているのか。婚約者の存在を感じるたびに、ライザックの苛みがひどくなるので黙っていたのに。

そしてもう一つの意味。心だけは屈しないという、無言の抗議だったから。


「名前が彫ってあった」

「・・・・・」


もともとは彼のものだったから、指輪の内側にアリオルの名前と公爵家の文様が彫ってある。

身を硬くしたレティーシアだったが、ライザックはため息を一つついただけだった。


「俺のもとから逃げ出すのに、反抗してつけていたものを落としていくわけがないと思った。だから・・・探した。今思えば、そいつがお前を守っていてくれたのかもな」


レティーシアが危ないと教えてくれるために。


「・・・まあ、ここに連れ戻されては、意味はないのかもしれないが」


皮肉気に頬を歪めたライザックは、彼らが企んでいたようにロワールに行くのも、ここでライザックに囲われているのも同じだと言いたいのだろう。


だが、レティーシアはそこだけは強く否定した。


「違う!あんな奴らに・・・あんな奴らの言うなりになるほうがずっと嫌だった。だから・・・だから、ライはやっぱり助けてくれたことになるんだよ!」

「やめろ。そういうのはいい」

「・・・ライ」

「俺は結局あいつらと同じだ。お前の意志を無視して、力ずくで従わせた」


ライザックは嫌悪しているような表情だった。

おそらくそれは自分自身に。


「あいつらがお前に触れているのをみたとき、猛烈に腹が立った。だが、その姿が俺にかぶった。同じことだと・・・思ったんだ。お前にしてみれば俺もあいつらと同じだと。だから逃がしてやろうと思った。これ以上はもう・・・」


それからどう続けるつもりだったのか、ライザックは唇を引き結んだ。


沈黙が場を支配する。

レティーシアはぎゅっと膝の上で拳を握り締めて、震える声で言った。


「私は・・・・・・ライのこと・・・確かに許せない。だってそうでしょう?こんな・・・憎みたくも、なるでしょう?・・・でも。でもね・・・仕方がないってあきらめてもいた。敗戦国だから、仕方がない。戦争をおこしてしまった私たちが悪いんだ・・・って」

「・・・・・」

「でも・・・。あの人たちが言ってた。この一件にはロワールが絡んでいたって。それは本当?国内の腐敗が、あの戦いをけしかけてしまったのなら・・・私はますますあなたを憎むわけにはいかなくなる。だから、本当のことを教えて」


レティーシアはようやくまっすぐに顔をあげた。

兄の死をなぞる結果になることは悲しいけれど、真実を知りたかった。

女だからと何も知らず、ただ状況に流されて、結果だけ知らされるのはもうたくさんだった。


「王家の生き残りとして、真実を知る権利くらいあるはず。それがどんな事実であっても、私はこれ以上あなたを憎んだりはしないから」


じっとにらむほどの強さで瞳を見つめていると、ライザックはあきらめたように語ってくれた。


「・・・事の全貌を知ったのは俺も最近だが・・・。兄君については本当のことだ。交戦地となるだろう場にいたのは、クリデミア軍ではなく、ロワール軍だった。こちらの姿を見つけると、すぐに撤退していったが。残されたのは無数のクリデミア軍の死体だった」

「・・・・っ」

「旗印でクリデミアの王子だということは知れた。どういうことかと不審に思いながらも軍を進めた。こちらとて、侵攻してきた国を放置するわけにはいかないからな。途中幾度かクリデミアと交戦したものの、斥候がその背後にロワールの軍旗を見つけたりもした。わが国とクリデミアを戦わせておき、あわよくば漁夫の利を得ようとしたのだろうと思い至り、見つけた軍は片っ端から叩き潰した。ここで力をしめさなければ、また魔手を伸ばしてこないとも限らないからな。そうして王都にまで来たというわけだ」


やはり兄と婚約者はシグルンの手にかかったのではなかった。

その事実にレティーシアはぎゅっと歯をくいしばった。


いずれにせよ、彼らは戦地で命を落とすことになっただろう。だが、騙され・・・裏切られて死んでいったと思えば、余計に悲しみが胸を突いた。


「・・・どうして・・・言ってくれなかったの?」


だが、次に沸いて出たのは理不尽な怒りだった。


「どうして、教えてくれなかったの?シグルンではない、兄様たちを手にかけたのはロワールだって。そうすれば私だって・・・敵の情けにすがっていると身をやつさなくて済んだのに!ううん、私だけじゃない。叔母様も義姉様も・・・あれほど心を痛めなくて済んだかもしれない!父様だって死ななくて済んだかもしれない・・・っ」


無茶なことを言っていると思う。

ライザックとてロワールの企みなど知らなかったのだから。


ただ、この国をめちゃくちゃにした者たちへの怒りをどうにもできなくて、ライザックにぶつけているだけだ。


「・・・結果的には同じことだ」


悔し涙を浮かべるレティーシアに、ライザックの静かな声が届いた。


「ロワールがいなかったら、俺は向かってきたクリデミア軍と戦っていた。そうしたら、お前の兄君や婚約者を殺したのは俺の軍だろう。・・・悪いが、クリデミアごときでは相手にならない。それに、俺は他のクリデミア軍を殲滅させた。ロワールが関わっていようがいまいが、シグルンはクリデミアの敵だった」


高ぶっていた感情に冷や水をかけられた気がした。


結局あるのは勝者と敗者。

ライザックが言いたいのは、どのような形だったにせよ、シグルンがクリデミアを支配したことに変わりがないということだろう。

そして人の感情もそう単純に割り切れるものではないということ。

どちらに転んでもクリデミアはなくなる運命だった。だが、それならば・・・。


「・・・でも、ライザックは従妹弟達を、叔母様を、義姉様を助けてくれた。民を大切にしてくれた。だから、やっぱり・・・ロワールよりはあなたでよかったと思ってる。ロワールを遠ざけてくれただけでも感謝しなければいけないと思う。私だけでも、そう思うから」

「・・・何故?」

「え?」

「何故、他人のためにそこまで割り切れる?何故、俺を憎みきらない?」


ライザックの瞳が責めるようなものに変わった。


「機嫌取りのつもりか?もう必要ないと言っただろう。憎みたいなら好きなだけ憎め。そこに余計な感情をかけるな」

「機嫌取りだなんて・・・。そうじゃなくて私は・・・っ」

「もう、いい。どうせ憎まれることの方が慣れている。だからもう訳の分からない情けを入れて俺を振り回すな。お前に期待して、その度に裏切られるのにはもう疲れた」

「え・・・」

「だったら最初から憎しみだけでいいんだ。その感情が一番わかりやすい。それしかいらない」


暗い声に、レティーシアは言葉を失った。

ふっとライザックが嘲笑を浮かべる。


「お前は、ロワールを遠ざけてくれた、と言ったな?」

「・・・うん。だ、だって・・・、ライザックのことを知ったからロワール軍がひいた・・・って」

「確かに。ならば俺がそこまで恐れられる理由を知ってるか?何故、俺に“血の将軍”と名がついたのか・・・」

「え?し・・・らない・・・」

「なら教えてやる。・・・俺は14のとき、父親に裏切られ、敵国・・・ロッソ国で殺されかけた。そして、そのとき敵の将軍の首を持って帰り、小隊一軍を与えられて今度は王族全員を皆殺しにした。たった20人足らずで一国が落ちた」


ライザックが虚な表情でレティーシアではなく、どこか遠くを見ていた。昔を思い返すように。


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