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ずっともだまだしてましたが、事実がようやく明らかになり始めます。

()()()()は突然訪れた。


「レティーシア様」


掃除を終えたシンファが、そっと駆け寄ってきた。

最近は部屋の外で兵が聞き耳を立てている。

たとえ、シグルンの侍女といえどもレティーシアに余分なことを言わないか、気にしているのだろう。


「シンファ?」

「これ・・・」


囁くような声でシンファがそっとレティーシアの手に四つ折の紙を握らせた。


「レティーシア様の侍女の方に・・・頼まれて・・」


差出人を見ればアーヴだった。

レティーシアは意外さに目を見開く。


「シンファ・・・どうして?」


シンファはライザックを慕っているようだった。

だからその彼を裏切るようなことは絶対にしないと思っていたのに。

目の前で灰色の瞳が、戸惑ったように揺れた。


「・・・ライザック様は・・・こんなことを望んでする方じゃないんです・・・こんな事、一度としてしてないんです。ただ、レティーシア様だけはどうしても、あの・・・その、特別で・・・どうか、わかってください」

「・・・・・」


彼女はレティーシアがアーヴに会えなくなって、ライザックを恨んでしまうことを恐れたのかもしれなかった。


「失礼します」


ぽつりと呟いて、シンファが逃げるように去っていく。

一人きりになったレティーシアは、それでも警戒して扉から一番離れたところで、そっと紙を開いた。


内容は簡潔だった。

話したいことがあるから、明日の昼すぎ、隠し扉のある西の間に来て欲しい。


「・・・西の間・・・?」


兄の部屋だったところだ。明日の昼ならばライザックは王都のはずれに行くと愛想のないシグルンの年嵩の侍女に聞いた。アーヴもそれを知ったのだろう。

ライザックの目がなければ、少しくらいごまかすことはたやすい。

だが、ここでアーヴの誘いに乗ったことがばれたならば、ライザックをますます怒らせることになる。

それは避けたかったが・・・。


(でも、アーヴが下手に見つかったら、問題だ・・・)


レティーシアは元通り手紙をたたむと、棚の引き出しの奥にしまいこんだ。


(もうしばらく待っていて、とそれだけ伝えにいこう)


ライザックの怒りが解けるまではわかってくれ、と。


自由のない生活がレティーシアからまともな危機感を奪っていたのかもしれなかった。


***


次の日。

予定通りライザック出かけて行った。

さすがに国王が亡くなってから初の外出ということで、護衛兵も多かった。つまり王宮内は手薄ということだ。


レティーシアは花を摘み、兄の部屋に飾りたいからといって、時間通りに西の間へ向かった。

もちろん兵はついてきたが、供養だから静かにしてほしいと願うと、不審がることなく、部屋の外で待っていてくれるという。

部屋が3階にあるから逃げ出せないというのもあるだろうが、そんな彼らに嘘をついたのは少し心苦しかった。


少し待つと、アーヴが等身大のタンスの奥から姿を見せた。


もしものために城外へ通じる隠し扉があることは知っていたが、まさかそんなところにあるとは思ってもいなかった。


「姫様、御無事で・・・」

「アーヴ、私は大丈夫。だから、こんな危険なことはしないで」


レティーシアの姿を見つけた途端、アーヴは瞳を潤ませた。

数日のことだというのに、彼女は憔悴しているかのように見えた。心配してくれていたのだろう。

レティーシアはアーヴの手をそっとつかんだ。


「ライザックを怒らせてしまった私が悪いの。でも、またきっと分かってくれる。しばらくすれば前のようにアーヴと自由に会えるようになるわ。だから、そのときまで待っていて。私は大丈夫だから」

「いいえ、いいえ。姫様・・・あの男が姫様のお気持ちを分かることはありません。将軍は恐ろしい方なのですから」

「アーヴ、またそんなことを・・・」

「いえ、姫様!私は、戦場から戻っていらっしゃったジスト様の近衛だった方々に聞いたのです。将軍は、最初からこの国を手に入れるおつもりだったのだと、先の戦争もシグルンがこの国を狙っているから起こったものだと・・・」

「え・・・?」


さっと血の気が引いた気がした。


「どういうこと?」

「シグルンがこの国に攻め込むという確たる証言が得られたと・・・ジスト様がおっしゃって、国王様はご決断なされたそうです。わが国が野心のために起こしたものだとは、とんだ濡れ衣だと、遺臣の方々はおっしゃっていました」

「遺臣?遺臣って・・・兄様のまわりにいた者は皆、お亡くなりになられたと・・・」

「確かに、ジスト様の側近の方々のほとんどは前線で命を落とされましたが・・・カタール伯とユファルカ男爵がこの国にお戻りです」


それは兄が信頼していた重鎮の名だった。


「でも、ライザックはそんなこと・・・」

「身を潜めていらっしゃるのです。見つかったら、戦争の責任を負わされかねませんから。王宮へ入れず途方にくれていたところ、お二人の使いが私を呼び寄せてくれました。そして姫様をあの男から助け出してくれると、伯爵方は約束してくださったのです。そして今日を迎えました」


さあ、逃げましょう、と手を引っ張られてレティーシアは混乱した。


「ま・・・待って・・・。そんな、そんなことはできるはずが・・・」

「大丈夫です。身を潜めているのはお二方だけではありません。生き残った兵もおりますし、身を寄せるだけの援助も他国から得られると自信を持っておいでです。姫様は何も心配なさることはありません」

「でも・・・・」

「姫様、何を気にしていらっしゃるのですか?国王様たちはこの国を守るために戦いになった。やはりシグルンこそが侵略者ではありませんか。決着が早かったのも、もともと兵を揃えていた証拠でしょう!」

「・・・・っ」


レティーシアは息を詰めた。

確かに、シグルンが攻め込む準備を整えていたならば、先の戦争の責任はクリデミアにあるとは言い難い。

レティーシアの寄っていた根底が覆されることになる。


動揺したレティーシアに、アーヴはさらに残酷なことを告げてきた。


「あの男・・・ライザック将軍は姫様が思っているような方ではありません。捕虜の話によると、将軍はこの争いの討伐を自ら進んで買って出たのだと。あの男は、王位継承権3位の、シグルン王の従弟だと聞きました。それが王都ではなく、この地にとどまるなどおかしいと思っておりましたが・・・最初からこの国が目的だったのです」

「・・・シグルンの・・・王位継承?」


レティーシアは呆然としてしまった。アーヴは畳み掛けるように言う。


「そうです。王は違う将軍に討伐を命じたのに、あの男がそれをさえぎったのだそうです。この地に眠る鉱山は武器への転用がまだできると言われているそうです。そこにでも目をつけたのでしょうが・・・。もしや現シグルン王家に反旗を翻すつもりで、ここの民を利用するつもりでは・・・・」

「やめて・・・っ」


想像が恐ろしかった。レティーシアはアーヴの手を振り払い、耳をふさぐ。

そしてすべてを拒絶するように、うずくまってしまった。


「・・・姫様、逃げましょう。今ならそれができます。そして、クリデミアを再興なさってくださいませ」


そっとアーヴのしわが刻まれた手が、レティーシアの肩にかかった。

レティーシアは首を振る。

何がなんだか分からなくて、その場から動けなかった。


「姫様、どうか、立ってください。お早く・・・なっ、あなたたち・・・?」


だが、突然アーヴが不審そうな声をあげたので、レティーシアはそろりと顔をあげる。

目の前に数人の男たちがいた。

文様はカタール伯爵家のものだ。私兵だろうか。


「こんなに大勢で・・・。気づかれたらどうするつもりなのです?」


非難するようなアーヴの声に、隊長格の男が答えた。


「時間がありません。失礼」

「きゃ・・・ぅ・・・っ」


どすん、と鳩尾に鈍い衝撃が走った。それと同時に意識が薄れていく。

まさか、という思いだった。


「何をするのです?!」


アーヴの怒った声が、遠くで聞こえた。



***


「・・・ん・・・?」


ぱちりと目を覚ましたとき、どこか薄暗い場所にいた。


「お目覚めですか?」


蝋燭の光が揺らめく方から、声が聞こえる。

そちらへ顔を向けると、兄の側近だった中年の男性がそこにはいた。

カタール伯爵とユファルカ男爵だ。

そしてその他、兵士たち。

正規の軍服ではないので、彼らの護衛兵たちだろう。


「手荒な真似をして申し訳ありませんでした。シグルンの者に気がつかれるわけにはいかなかったので・・・」


伯爵はお腹を庇いながら体を起こしたレティーシアに、そう言った。

ただ、臣下のくせに膝を折ることもせず、本当に悪いと思っているのか疑ってしまうようなどこか傲慢な口調だった。


「・・・ここは、どこですか?」

「伯爵家の地下です。私は表向き死んだということになっておりますゆえ、ここに身を潜めて参りました」

「何故、私を?」

「愚問を・・・。あなた様をあの牢獄から助け出しただけのこと。やり方が強引になってしまったのはお詫び申し上げますが、そのような非難の目で見られるとは思ってもおりませんでした」


レティーシアが不審そうな目を向けてしまうのは、彼がにやついた視線を送ってくるからだ。

なめ回すように全身に向けられる視線は、耐え切れるものではなかった。

これは幾度となく夜会で知っている色欲を含んだものだった。

ぐっと唇を引き結んで、レティーシアは彼に問いかけた。


「アーヴはどこですか?」

「小うるさい老女でしたら、外に放ってありますよ」

「な・・・!」

「もう、用済みですからな。あなたを手に入れることさえできればそれでよかった」

「なにを・・・言って・・・」


レティーシアは瞳を見開いた。彼は味方ではなかったのか。

カタールのかさついた手が、レティーシアの頬に触れようとした。

レティーシアはそれを振り払う。

寝かされていた台座から立ち上がると、彼女は毅然とした態度で立ち向かった。


「無礼者!アーヴのところに案内しなさい」

「これはこれは・・・いつまであなたは王女きどりなのか」


嘲笑が、カタールの口元に浮かんだ。

ぱちん、と指を鳴らすと、周りにいた兵たちがレティーシアの体を拘束する。

レティーシアは狼狽した。


「・・・どういうことですか?!あなたは、何のつもりがあってこんなことを・・・!」

「気の強い姫だ。所詮、将軍の囲われ者のくせに。日々の糧をその細腰で与えてもらっているのでしょう?」

「・・・っ!」


侮辱に赤い瞳がその鮮やかさを増す。

にらみつけたレティーシアに、カタールはひるんだフリを見せた。

しかし相変わらず慇懃な態度だった。


「そんなにねめつけないで頂きたい。あの男から解放して差し上げたのだから」


レティーシアは吐き捨てるように答えた。もう王族らしい言葉遣いなどしていられない。

これは敵だ。


「・・・魂胆があってのこととしか思えないわね。ライよりもあなたの方がよっぽど信用できない。そんな目をしている人間は、大体自分のことしか考えていないものだわ」


堰を切ったかのようにカタールが声を上げて笑い出す。

つられて、控えていた男爵も笑った。


「潔癖な姫君だね。あなたが王子でなくて本当に良かった。王権を利用しづらくなるからな」

「・・・利用・・・?」

「あなたにはこれから、ロワールに行っていただく。何、今と変わらぬ優雅な生活は保障されよう」

「どういうこと?」

「ロワールでも男の情にすがって生きるとよい」


くい、と指先で顎を持ち上げられ、不快さにレティーシアは顔を背けた。くくく、と男が笑う。


「ふざけないで!」

「ふざけてなどおらんよ。説明をさせていただいただけだ」

「何の説明にもなっていないわ!ロワールはもともとシグルンと対立していて、クリデミアとも友好な関係にない国でしょう?何故、あなたがロワールの人間と通じているの?!」


噛み付くような勢いで言ったレティーシアに、ユファルカが嘲笑して笑った。


「伯爵、王家に対する最後の礼でしょう。お話して差し上げては?」

「・・・そうだな。姫の屈辱に燃える顔は噂以上に美しいからな」


感情が高ぶると、瞳の色がより赤くなることを揶揄しているのだろう。

喜ばせまいとは思いつつも、レティーシアは瞳をきつくすることをやめられない。


「どうせ二度とこの国に戻れないのだ。哀れな兄君の最後もお伝えしておこう」

「・・・っ」

「すべては計画通りだったのだよ。この私の」


穏やかに話し始めた伯爵に、レティーシアは視線で問いかける。

口を開けば罵声が出そうだったので、ぎゅっと唇をかみ締めていた。


「お忍びでいらしていたロワールの公爵に私の上の娘が見初められてね。そこから交流が始まったのだよ。公爵はロワールで、政治的権限も強い。やがて、娘を側室として上げる際に、公爵は約束してくださった。わが国に来ればより多くの地位と富を約束する、と」


カタールは恍惚とした表情だった。


「だが、条件があった。それはクリデミアの鉱山を手に入れること。だから私は、ユファルカ男爵とともにひそかにロワールと通じ、ジスト王子・・・つまりあなたの兄君に進言した。シグルンは代替わりし国内が落ち着いてきたこのタイミングでこの国を直轄としたいとの意向だとの情報をつかんでいると。なかなか信じていただけなかったがな。王家の間者を入れ替え、少しずつ情報をすり替えていった。兄君の苦悩した顔と言ったら面白かったな。ああ、今のあなたにそっくりだ。信じていたものに絶望したその顔、王家の人間は美しいからな、歪んだ顔がたまらない」


ニヤニヤと笑う男に吐き気をもよおす。しかし、話を聞かなければとレティーシアは黙って睨むに止めた。

本当はすぐに思慮深かった兄を馬鹿にするなと叫んでやりたかった。


「ロワールがシグルンの代わりに後ろ盾になってくれる。ロワールならば今以上の援助を約束してくれる。もっと豊かな生活を期待できる、シグルンとは手を切るべきだとそう言い続けて・・・三年来の計画だった。ようやく重い腰をあげた王子は兵器の増産を秘密裏に許可してくださった。そして、ついに・・・最後の一石を投じたのだ」


シグルンがこの国を狙って戦争の準備をしている、と。

偽の書状も用意された。これを伝える瞬間のために利用してきた間者たちも全員秘密裏に始末された。

カタール家は伯爵という地位ながら、いかがわしい商会で得た財力と国防を統括する公爵家の娘婿がいる家柄だったため、間者への干渉がしやすかったのだという。それは公爵家が先代の跡目争いで疲弊、腐敗していたというところにも要因があった。

そしてさらに次々と情報をもたらした新しい間者はロワール伯爵が用意したロワール人すら入っていたのだという。

そして、偽の情報が国王に伝えられ、王はやむなく先んじての争いを決断した。ロワールが援護してくれるという話が出ていたことも起因していた。


「兄君は私の言葉を疑わなかった。前線で援軍を待っていた。だが、ロワールはもともとジスト王子を助ける気などなかった・・・いや、むしろこの機に乗じて王位継承者を抹殺にかかったのだ。そうして手薄になった王国内にロワールが攻め込む手はずだった」

「・・・・!?」


レティーシアはあまりのことに唇を震わせ真っ青になっていた。


ではすべて・・・ロワール国とこの男のせいで、家族は死んだのだろうか。兵は、民は、こんな男のくだらない計略のせいで、たくさん死んだのだろうか。


絶望と憤りがない交ぜになって、レティーシアは拘束されたままの腕をふりはらおうと必死になった。

殴ってやりたかった。だがそれは叶わない。


「売国行為をしただなんて!恥知らず!!」


涙がにじんできた。だが、カタールは余裕で笑っているだけ。


「私はより利益の多い方へついただけのこと。甘い言葉と偽の情報に惑わされたあなたの兄君が愚かだったのですよ」

「兄様を侮辱するな!この・・・っ」


レティーシアはもう我慢ができなかった。

口汚く罵ると、うるさいことにいらついたのか、男はレティーシアに猿轡をかませた。


「うーうー・・・っ!」

「顔と体は美しいが、きゃんきゃんとうるさいものだ。こんな跳ね返りを相手にするとはあの男も酔狂な・・・」

「しかしこれでようやく一泡吹かせることができますな」


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