終章 四十年後の二人
ペンを置いて一頻り回想を巡らせていると、突然ドアが開いた。ノック無しで入って来る傍若無人な奴など、残念ながら俺は一人しか知らない。
「徹夜明けだぞユアン。少し寝かせてくれ」
コンビを組んで今年で四十周年(と言って特に何も祝ってはいないが)。元々宵っ張りとは言え、いい加減体力が無くなってきた。眠ぃ……。
「ああ、勿論。但し、寝るのは船の中でだ」
「へ?わっ、おいこら!?」
毛の薄くなった首根っこを掴み、拒否する間も与えず左肩へ乗せる。
「文献の解読が終わった。行くぞ」
「お前人の話聞いてたのか!?俺、さっき徹夜の原稿をポストに入れてきたばかりなんだぞ!大体最近は腰痛もあって、とても遺跡探索に行ける状態じゃあ」
「机に齧り付いて、つまらん売文など書いているからだ」
軽蔑してフン、と鼻を鳴らす。
「年寄りの体力作りに協力してやろうと言うんだ。感謝しろ」
「手前だって大概爺だろーが!?」
バタン!「ちょっとユアンさん!こんな朝っぱらから何処行く気ですか!?」
去年大往生した父親に代わり、数年前から協会のマネージャーに就いているバラッグ・ビータ・ジュニアが吊り目で入ってくる。度重なる代表の横暴な振る舞いで可哀相に。とうとう目の下の黒い隈が消えなくなってしまった。まだ四十代に入ったばかりだと言うのに酷い(ほんのちょっぴりだけな。俺よりはまだ全然マシだ。もっと苦しめ、くくく……)。
「今日と言う今日は外出禁止ですよ!正午から支部長達との合同会議だって、一昨日あれ程言っておいたでしょう!?」
「そんな物時間の無駄だ。いつも通り誤魔化しておけ。それがお前の仕事だろう?」
「待った!」バッ!唯一の出入口を逞しい両腕で封鎖する。「そうはさせません!ついでにこれ以上余計な仕事を押し付けないで下さい!!」
ご尤も。だが真っ当な常識が通じるなら、この糞爺はとっくに隠居してしおらしくしているだろう。
「―――仕方ないな。おいネイシェ、しっかり掴まっていろ」
「あーはいはい」
俺の意志は完全に無視ってか。ま、最初から分かってた事だけどさ。
奴は老人とは思えない素早さで踵を返し、勢い良く窓を開け放った。
「じゃあな。留守は任せたぞ」「あ、こら待ちやがれ!!」
次の瞬間、二人の老体は空中を舞った。タンッ!カンッ!無事街路に着地成功。七十間際の足腰じゃねえよ、どんな鍛え方してやがるんだ一体。と、感心してる場合じゃないな!
「ユアン、後ろ!」「分かっている」
バシッ!さるお方に頂いた還暦祝いの杖で、待ち構えていた協会員の手の甲を叩き、返す刀でもう一人の脛を殴打。そして奴等の悶絶を確認しないまま(する必要も無いけどな)、相棒は船着場へ向けて走り出した。
「おいこら糞ジジイ止まれ!!」バンバンッ!「だから街中で実弾撃つなって!」
また連合政府と警察が飛んで来て事情聴取されるぞ。って言うかお前、キレて敬語がブッ飛ぶと喋り方が髭そっくりだな。
頭上から降り注ぐ若造の怒声など、当然本人は意にも介さない。老トレジャーハンターは資料と必要な道具を詰めた三代目デイバッグを背負い、息も切らさず協会周辺を離脱する。
「あーあ、カンカンだぞジュニア。いいのか?」
「放っておけ。それより」杖を軽く回し振る。「船に乗る前に、こいつを修理に出してくる」
「また壊したのか?」
肩口から乗り出して観察すると、確かに取っ手の辺りが取れかけていた。
「まあ、あんなにしょっちゅうポカポカ人やら遺跡の魔物やら殴ってりゃ当然か」
体勢を戻し、前脚で老人性乾燥気味の耳を掻く。
「贈ってくれた小晶さんには悪いけど、お前にとっては完全にただのメインウェポンだよなそれ」
しかも老いまでもがこいつにだけは近付きたくないのか、一向に足腰も気力も衰えやしねえ。この杖が本来の仕事を果たす日はまだまだ遠そうだ。
「言うなよ?」
「はいはい、分かってますって。―――で、今度の遺跡は何処だ?あんまり遠い所は御免だぜ」
次回の原稿に取れる執筆時間を計算しながら俺は言い、眩しい朝日に向かって一度大きく欠伸した。




