↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

第一話 あんた話おもんないねん

また気分転換にテンプレ話を調理してみました。

「カサンドラ・ヴァレンシュタイン! お前との婚約を破棄する!」


卒業祝賀会の華やかなざわめきが、一瞬で止まった。


王立学院の大広間、その中央で高らかに宣言したのは、

エルドラド王国第二王子ライノルト・エルドラグーンだった。


緩く癖のある金髪に、澄んだ青い瞳。

仕立てのよい礼装を纏った姿は、誰が見ても絵に描いたような王子様だ。


その隣には、茶色いふわふわの髪をハーフアップにした小柄な男爵令嬢、

パウラ・リッケルトが立っている。

大きなヘーゼルの瞳をさらに見開き、まるで自分も今初めて聞いたかのように戸惑っていた。


そして名指しされたカサンドラは、少し離れた場所で黙って二人を見ていた。


小柄な身体を包むのは、婚約者であるライノルトの瞳に合わせて選んだ青いドレス。

腰よりも長い白銀の髪は一本の三つ編みにまとめ、

白と青の小花を丁寧に編み込んでいる。

誰が見ても、楚々とした可憐な公爵令嬢だった。


その金色の瞳が、ゆっくりと瞬く。

そして。


「…………もうええて」


小さく漏れた声に、ライノルトが眉を寄せた。


「……何?」

「もうええてって、言うたんや」


今度ははっきり聞こえた。


大広間が、先ほどとは別の意味で静まり返る。

ライノルトもパウラも、周囲の令息令嬢たちも揃って目を見開いていたが、

カサンドラはそんな視線など気にも留めず、片手をこめかみに添えた。


「いや、ほんまにもうええて。あんた絶対やるやろなあと思てたけど、

ほんまにやるんやもん。しかも卒業祝賀会で。みんなの前で。わざわざ大声で」


「カ、カサンドラ?」


「なんなん? もうちょい演出とか捻られへんかったん?」

「何を言っているんだ、君は!」

「こっちの台詞や!」


ぴしゃりと返され、ライノルトの肩がわずかに跳ねた。

だが、カサンドラはもう止まらない。いや、止まる気がなかった。


前世の彼女は、日本の大阪で生まれ育った、ごく普通の会社員だった。

暇さえあれば異世界恋愛小説を読み漁り、婚約破棄、悪役令嬢、真実の愛、

卒業パーティーでの公開断罪といった定番展開も、飽きるほど目にしてきた。


タイトルも登場人物も忘れた作品まで含めれば、

似たような話をいったい何本読んだことか。


もちろん、今いるこの世界はそのどれでもない。

転生して十数年、原作らしきものに心当たりは一度もなかった。


だからこそ、今さら目の前で始まったあまりにもベタな光景に、

カサンドラの中で何かが切れた。


「そんで?」

「……何がだ」

「そちらのパウラ嬢と真実の愛に目覚めたんやろ?」


ライノルトの顔に驚愕が浮かんだ。


「なぜそれを知っている!?」

「知らんわ! その流れで他になにがあんねん!」


即答すると、周囲の令息令嬢の何人かが口元を押さえた。

笑ったのか、驚いたのかは分からない。

カサンドラは構わず続ける。


「婚約者がおる王子様が、可愛らしい令嬢連れてきて、人前で婚約破棄。

次に出てくるやつなんか決まっとるやろ。

『僕は彼女と真実の愛を見つけた』や。ちゃうか?」


「……私は、パウラと真実の愛で結ばれている!」

「ほら言いよった!」


カサンドラは呆れきったように両手を広げた。


「もうええって! テンプレすぎるねん! おもんないねん!」

「てんぷ……? お、おも……?」


ライノルトの顔が引き攣る。

しかし彼はすぐに気を取り直したらしく、これ見よがしに胸を張った。


「君が何を言おうと、私の決意は変わらない! 

それに、君がパウラへ行ってきた数々の卑劣な嫌がらせも、すでに分かっている!」


その言葉に、カサンドラの眉がぴくりと動いた。


「はい来た」

「何?」

「次それ来ると思ってたわ」


大きく息を吐き、もう好きにせえと言わんばかりに片手を差し出す。


「そんで? 私は何したん?」

「何をしただと? しらばっくれるつもりか!」


「ちゃうわ。具体的に言うて」

「パウラの教本を隠した! 大切にしていた髪飾りを壊した!

階段で背中を押したこともあったそうだな!」


「出た! お決まりの階段!」

「何が出たんだ!」

「こっちの話や!」


カサンドラは片手を振って切り捨てると、今度はライノルトではなく、

その隣に立つパウラへ視線を向けた。


「なぁ、パウラ嬢」

「は、はいっ!」


突然話を振られたパウラが、びくりと身を縮める。


「ちょっと確認してええ? 私が今言われたことしたって、

あんたがライノルト殿下に言うたん?」


その瞬間、パウラの顔からさっと血の気が引いた。


「い、いいえ!」


今度はライノルトが勢いよく彼女を見る。


「……は?」


カサンドラも目を細めた。


「言うてへんの?」

「はい……。わたくし、確かに教本を隠されたり、髪飾りを壊されたりはしました。

でも、誰がしたのかは分からないと申し上げました」


「階段は?」

「後ろから押されましたけれど、振り返った時には誰もおりませんでした」


「ほな、私の名前出した?」

「一度も出しておりません!」


パウラは今にも泣きそうな顔で、何度も首を横に振った。

カサンドラはしばらく黙ったまま彼女を見つめ、

それからゆっくりとライノルトへ顔を向ける。


「……ライノルト殿下?」

「な、なんだ」


「あんた、何してん?」

「何とはどういう意味だ!」

「いや、『どういう意味だ』ちゃうねん!」


ついにカサンドラの声が、大広間いっぱいに響いた。


「パウラ嬢、誰がやったか分からん言うとるやん! なんで勝手に私に決まってんの!?」

「だが、君には動機がある!」

「何の!」

「私とパウラの仲を妬んだのだろう!」

「どんだけ自意識過剰やねん!」


間髪入れずに吐き捨ててから、カサンドラはふと眉を寄せた。


「……そもそもあんたら、いつから付き合ってんの?」

「いつからだと?」

「真実の愛なんやろ? ほな恋人やんな?」

「当然だ!」


自信満々に言い切るライノルトを横目に、カサンドラは再びパウラへ視線を向ける。


「パウラ嬢?」

「…………」


ところが当のパウラは、ひどく困った様子で視線を泳がせていた。


「その……わたくし、殿下から好意を寄せていただいていることは存じておりますけれど……」

「うん」

「お、お付き合いすると申し上げたことは……一切ございません」


今度こそ、大広間が完全に静まり返った。


カサンドラも、パウラも、周囲も黙った。

ライノルトだけが、何を言われたのか理解できないという顔をしている。


カサンドラは片手で額を押さえ、深く息を吸った。


「……ちょい待って。そっからなん?」

「何がだ?」


「真実の愛、あんた一人で完成させてるやん!」

「な……!」


「パウラ嬢の話も聞かん! 誰が嫌がらせしたかも聞かん!

付き合ってるかどうかすら確認してへん!

そんで一人で全部決めて、人集まってる卒業祝賀会で婚約破棄宣言!?」


「私は彼女を守るために――」

「人の話は最後まで聞き!」


びし、とカサンドラが人差し指を立てた。


「今、私が喋っとるやろ!」


第二王子が思わず口を閉じる。

その光景に、大広間のあちこちから息を呑む音が聞こえたが、

カサンドラにはもうどうでもよかった。


「まずな。婚約破棄したいんは分かった。

好きな人ができたんも、まあ百歩譲って分かった」

「ならば――」

「まだ喋っとるやろ! 話し終わるまで黙って聞いとき!」


またしても遮られ、ライノルトが黙る。


「でもな、あんたと私の婚約、公爵家と王家で決めたもんやろ?

なんであんた一人で、今日ここで『破棄する!』言うたら終わる思てんの?」


そこで初めて、ライノルトが言葉に詰まった。


カサンドラはそんな彼をしばらく見つめたあと、すっと背筋を伸ばす。

次に口を開いた時には、先ほどまでの勢いが嘘のように、

いつもの公爵令嬢らしい微笑みを浮かべていた。


「婚約を解消なさりたいのでしたら、後日、

王家とヴァレンシュタイン公爵家との間で正式に協議いたしましょう。

わたくしも、無理に婚約の継続を望むつもりはございません」


発音も、声音も、微笑みも完璧だった。

周囲に安堵したような空気が流れる。


「せやけど、こっから先の話は別や」


一瞬で口調が戻り、金色の瞳がすっと細められる。


「私がパウラ嬢に嫌がらせした言うんやったら、証拠出しーや」

「証拠? パウラが被害を受けたという事実が――」

「それは嫌がらせがあった証拠であって、私がやった証拠ちゃうやろ」


カサンドラは指を一本立て、そのまま順に問い詰めていく。


「誰かが、私がやってるところ見たん?」

「……いや」


「私の名前が入った手紙でも残ってた?」

「それも……」


そこで一度言葉を切り、さらに畳みかける。


「隠された教本が、私の部屋から出てきたん?」

「……出てはいない」


「ほな何を根拠に私や言うてんの?」

「だから、状況から考えて――」

「考えてへんからこうなっとんやろ!!」


とうとう会場のどこかで、ぶふっ、と吹き出す音がした。


誰や。

カサンドラは一瞬だけそちらへ視線を向けたものの、

もう犯人捜しをする気力もない。


一方のライノルトは、ついに顔を真っ赤にしていた。


「カサンドラ! 先ほどからその無礼な口調はなんだ!

私はこの国の第二王子だぞ!」

「んなこと、言われんでも知っとるわ!」


即座に返され、ライノルトがさらに声を荒らげる。


「ならば――」

「こちとら十年以上婚約者やっとんねん!

今さらあんたが誰か忘れるわけないやろ!」


カサンドラは一歩、ライノルトへ近づいた。


小柄な身体を包む青いドレスに、花を編み込んだ白銀の三つ編み。

見た目だけなら、

どう考えても声を荒らげて王子を追い詰めるような令嬢には見えない。


それでも今、その場にいる誰もが完全に気圧されていた。


「第二王子やから余計あかん言うてんねん。人の話も聞かんと勝手に犯人決めて、

公の場で公爵令嬢を加害者扱いしてええ立場ちゃうやろ?」

「……っ」


言葉に詰まったライノルトから視線を外し、カサンドラは今度はパウラを見る。


「パウラ嬢かて被害者や。嫌がらせされたうえに、

知らん間に私を陥れたみたいな形にされて。

あんた、この子のこと守る言いながら全然話聞いてへんやん」


パウラの大きな瞳が揺れた。

ライノルトは何か言おうと口を開いたが、

カサンドラはそれを制するように片手を上げる。


「もうええ」


最初と同じ言葉だった。

けれど今度は、ひどく静かだった。


「婚約破棄の件は、家同士で話つけたらええ。パウラ嬢への嫌がらせは、

ちゃんと調べたらええ。そんで、誰がやったか分かったら、

その人に責任取ってもらう。それで終わり」


そこで一度言葉を切り、カサンドラは小さく息を吐いた。


「せやけど私、前からあんたに一個だけ言いたかったことがあるねん」


ライノルトが警戒するように眉を寄せる。


「……なんだ」


カサンドラは、まっすぐ彼を見た。


「あんた、話おもんないねん」

「…………何?」


思いもよらない一撃だったのか、ライノルトの顔から一瞬すべての表情が消えた。


「自慢話長いし、同じ話何回もするし、人の話途中で遮るし、オチないし」

「な、何を……」


「去年の剣術大会で二位になった話、七回も聞いたで」

「七……」

「『決勝戦で惜しくも』から始まるやつ」


ライノルトの顔が見る見る固まっていく。

だが、カサンドラは止まらない。


「あと父上に褒められた話。馬術で教官に才能ある言われた話。

外交使節に挨拶したら感心された話。全部おもろないのに無駄に長いねん」


一つずつ指を折りながら数え、最後にじろりとライノルトを見る。


「そんでな。こっちが笑わんかったら毎回、『少し難しい話だったかな?』

みたいな顔すんの。あれほんま腹立っててん」

「私はそんな顔など!」

「してた!」


カサンドラは間髪入れずに言い切った。


「分かっとるわ! 話の内容は全部分かっとる!

せやけど、どこに笑うポイントがあるんか教えてほしいわ!」


カサンドラは胸いっぱいに息を吸い込んだ。


「あんたの話、ほんまにおもんないねん!」


卒業祝賀会の大広間に、決定的な一言が響き渡った。



「…………」


大広間は、完全な静寂に包まれていた。

誰も何も言わない。いや、言えるはずもなかった。


エルドラド王国第二王子が、

卒業祝賀会のど真ん中で婚約者である公爵令嬢へ婚約破棄を宣言した。


その公爵令嬢は突然聞いたこともない口調で喋り始め、

王子の主張を片っ端から論破したあげく、

最後には――話がおもんない、と叩き落としたのである。


そんな歴史的瞬間を目の当たりにして、一体誰が最初に口を開けるというのか。

ライノルトの顔は赤を通り越し、もはや青くなりかけていた。

震える指をカサンドラへ向ける。


「き、君は……! 王族たる私に向かって、なんという――」

「まだ喋る気力残ってたん?」


「なっ!」

「いやもうええって。終わったやん。これ以上なんかある?」


「あるに決まっているだろう!」

「あんの!?」


カサンドラが心底嫌そうな顔をした、その時だった。


「――何の騒ぎだ」


低く、よく通る声が大広間に響き、一瞬で空気が変わる。


集まっていた令息令嬢たちが一斉に姿勢を正した。

入口に立っていたのは、数人の騎士を従えたエルドラド国王だった。


「父上!」


ライノルトの表情がぱっと明るくなる。


助かった。

そう思ったのが、カサンドラにもはっきり分かった。


「父上、お聞きください! カサンドラが――」

「黙れ」

「……え?」

「黙れと言った」


国王の声は冷え切っていた。


ライノルトが呆然と口を閉じる。

どうやら誰かが、かなり早い段階で騒ぎを知らせに走っていたらしい。

国王は大広間を一度見渡し、まずカサンドラへ目を向けた。


「カサンドラ嬢」

「はい、陛下」


カサンドラは即座に背筋を伸ばし、優雅に一礼する。

つい数秒前まで「あんたの話ほんまおもんないねん」と

第二王子を喋りしばいていた人物と同一とは思えないほど、

完璧な公爵令嬢の礼だった。


「此度の騒ぎについては、こちらで調査する。

婚約についても、ヴァレンシュタイン公爵と改めて正式に話をさせてもらいたい」

「承知いたしました」


「また、君がリッケルト男爵令嬢へ危害を加えたとの主張についても事実確認を行う。

先ほど聞いた限りでは、息子の思い込みによるところが大きいようだが」

「わたくしからも、厳正な調査をお願いいたします」

「無論だ」


国王は短く頷き、それからライノルトへ視線を移す。

先ほどまでとは打って変わって、その目には厳しい光が宿っていた。


「ライノルト、お前は、王家と公爵家の間で正式に結ばれた婚約を、

両家への相談もなく公衆の面前で一方的に破棄すると宣言したのだな」

「それは、私が真実の愛を――」

「しかも、相手の令嬢から交際の承諾すら得ていない」


ライノルトの口が止まる。


「さらに、彼女が受けた嫌がらせについて十分に話を聞かず、

証拠もないままヴァレンシュタイン公爵令嬢を犯人と断定した」

「ですが、状況を考えれば――」

「お前はまだその話をするのか」


さすがのライノルトも、今度こそ黙った。

国王は疲れ切ったようにこめかみを押さえたあと、傍らの騎士へ視線を向ける。


「連れて行け」

「父上!?」


左右から騎士が近づいてきたことで、

ライノルトはようやく事態の深刻さに気づいたらしい。


「お、お待ちください! 私はまだ話を――」

「もう、せんでええって」


思わず漏れたカサンドラの声に、ライノルトが勢いよく振り返る。


「カサンドラ!」

「いや、もうええやろ。ほんまに」

「君は――」


「殿下。参りましょう」


なおも言い募ろうとしたところを、今度は騎士が遮った。

両脇を固められたライノルトは、

信じられないものを見るように騎士たちを見回した。


「私は第二王子だぞ!」

「存じております」


「ならば手を離せ!」

「陛下のご命令ですので」


ライノルトが縋るように父王を見る。


「父上!」

「連れて行け」


無慈悲だった。


「カサンドラ! 私はまだ君と話が――!」

「私はもうない!」


カサンドラが即座に言い返す。


そのままライノルトは騎士たちに囲まれ、大広間から連れて行かれた。

やがて扉が閉じ、騒がしかった会場にようやく静けさが戻る。

本当に、ようやくだった。


国王は深々と息を吐くと、改めてカサンドラへ向き直った。


「……すまなかった」

「陛下がお詫びになることではございません」


「いや。王族の一員が起こしたことだ。

後日、改めてヴァレンシュタイン公爵家へ正式に謝罪する」

「恐れ入ります」


カサンドラが再び優雅に礼をすると、国王は今度はパウラへ視線を向けた。


「リッケルト男爵令嬢」

「は、はいっ!」


小さな身体がびくりと跳ねる。


「君が受けた嫌がらせについても騎士団に調べさせる。

今夜のことも含め、詳しい話を聞かせてほしい」

「も、もちろんでございます!」


「怖い思いをさせたな」

「い、いえ、その……」


パウラは一瞬、ライノルトが連れて行かれた扉へ目を向けたあと、

今度はカサンドラを見る。

それから意を決したように唇をきゅっと結んだ。


「陛下。ひとつだけ、今ここで申し上げてもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「カサンドラ様のお名前を、

わたくしからライノルト殿下へお伝えしたことは、一度もございません」


声は小さかったが、言葉ははっきりしていた。


「誰から嫌がらせを受けているのか分からないと、何度も申し上げました。

それだけは……どうか」

「分かった」


国王は静かに頷いた。


「その点も含め、きちんと調べよう」

「ありがとうございます」


パウラはようやく少しだけ表情を緩め、深く頭を下げた。



国王と騎士たちが事情聴取のためその場を離れると、

大広間には少しずつざわめきが戻り始めた。


とはいえ、祝賀会を再開しようという雰囲気ではない。

当然だ。開始早々、第二王子が婚約破棄をぶち上げ、

そのまま騎士団に回収されたのである。


今日はもう、何をやっても全部その話に持っていかれるだろう。


「……あの」


控えめな声に振り返ると、そこにいたのはパウラだった。


近くで見ると、ますます小動物じみている。

ふわふわした茶色の髪に、大きなヘーゼルの瞳。

今はすっかり萎縮して、両手を胸元でぎゅっと握りしめていた。


「カサンドラ様……本当に、申し訳ございません」

「なんでパウラ嬢が謝んの?」


「え……」

「嫌がらせされたん、あんたやろ?」


パウラは戸惑ったように目を伏せる。


「ですが、わたくしが殿下に相談したことで、このようなことに……」

「いやいや」


カサンドラは、それは違うとばかりに片手を振った。


「被害に遭った人間が相談したんは悪ないやろ。

話聞かんと勝手に暴走したんがあかんねん」


パウラは何も言えずに俯いている。

その様子を見て、カサンドラは少しだけ声を和らげた。


「それに、ちゃんと私の名前は出してないって言うてくれたやん。それで十分や」

「カサンドラ様……」


みるみる潤んでいく大きな瞳に、カサンドラは困ったように眉を下げた。


「ああもう、泣かんでええって」


どうもこういう顔には弱い。

前世でも、後輩に泣かれるとどうしていいか分からず困っていた気がする。


「嫌がらせのことはちゃんと調べてもろたらええ。

犯人見つかったら、その時考えよ」

「……はい」


「今日はもう疲れたやろ。座ってなんか飲み」

「はい……!」


パウラは何度も頭を下げたあと、

侍女に付き添われて休憩用の椅子へ向かっていった。

その背中を見届けた途端、カサンドラの肩から一気に力が抜ける。


「…………はぁぁぁぁぁ」


疲れた。ものすごく疲れた。

身体ではない。喉と精神が。

近くに並んでいた飲み物から、果実を絞った冷たいものを一杯取り、

一気に半分ほど飲む。


「はぁー……生き返るわぁ……」


それから周囲に誰もいないことを確かめ、小さく呟いた。


「ひっさびさに関西弁でまくしたてたから、疲れたわー……」


転生して十数年、頭の中ではいくらでも使っていたが、

これほど長時間、声に出して関西弁を使ったのはいつ以来だろう。


公爵令嬢として育てられ、周囲には当然この世界の人間しかいない。

幼い頃にうっかり妙な言葉遣いをして、母や家庭教師に直されたこともあった。

それ以来、人前ではずっと、この世界の貴族令嬢として話してきた。


別にそれが苦痛だったわけではない。

十数年も生きれば、今の話し方だってもう自分のものだ。

それでも、久しぶりに思い切り喋れば喉は乾く。


「……喉カラッカラやわ」


もう一杯手に取る。


「ほんま、どんだけ喋らすねん……」

「確かに、相当な勢いでしたね」

「うわっ!」


突然すぐ隣から声がして、カサンドラは危うくグラスを落としかけた。


いつの間にいたのか、一人の青年が立っている。

背が高く、黒い髪はきちんと整えられていた。

細身の四角い眼鏡の奥には落ち着いた色の瞳があり、

華美ではないものの仕立てのよい礼装を身につけている。


顔には見覚えがあった。

オールステッド侯爵家の次男。


「……ラルフ・オールステッド様?」

「覚えていてくださったのですね。光栄です」


穏やかに微笑むラルフを見て、カサンドラは慌てて令嬢の顔を作った。


「失礼いたしました。少々驚いてしまって」

「こちらこそ、突然お声がけして申し訳ありません」


「何かご用でしょうか?」

「ええ」


ラルフはそこで一度、カサンドラの顔をじっと見つめた。

妙に真剣な目だった。


「先ほどのお話を聞いて、どうしても確認したいことがありまして」

「……先ほど?」


嫌な予感がする。

まさか、さっきの関西弁について何か言われるのだろうか。


内心で身構えたカサンドラだったが、

ラルフの口から出てきたのは、予想していたどんな言葉とも違っていた。


「カサンドラ嬢」

「はい」


ラルフは至って真面目な顔で言った。


「たこ焼き、作りませんか?」

「…………」


カサンドラの思考が止まった。


たこ

やき


今、この男、

なんて言った?


「…………は???」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。