Dランク昇格と神輿理論
ギルドの朝は重かった。
扉を開けた瞬間、ざわめきが一段落ちる。
止まらない。
だが、質が違う。
《視線集中:高》
《敵意・疑念・好奇心が混在》
(混在って便利な言葉だな)
《説明簡略化です》
昨日の虹色霊花。
新人。
瞬狼同行。
噂の材料は揃っている。
「おい、あいつだ」
「Fだったよな?」
「いきなり目立ちすぎだろ」
声は小さい。
だが、聞こえる。
アクセルが静かに隣に立つ。
腕を組み、何も言わない。
それが余計に圧になる。
「瞬狼がいるからだ」
「功績はあいつじゃねぇだろ」
「どうせ瞬狼が見つけたんだ」
「いや、あの狼は単独主義だ。拾われたって話だぞ?」
「……拾われた?」
言葉が広がる。
「孤高の瞬狼が、だぞ?」
「ありえねぇ」
「弱み握られたか?」
「従属契約でも結ばされたんじゃねぇか?」
空気が、じわりと悪くなる。
アクセルの耳がぴくりと動いた。
「……レイン」
低い声。
危ない。
俺は小さく首を振る。
今はまだ。
そこへ。
ミアの声。
「レイン様、ギルドマスターがお呼びです」
一斉に視線が向く。
《注目率:最大値》
「やっぱり怒られるんじゃ」
俺は内心冷や汗をかく
「だろうな」
アクセルは淡々と言う。
「さすがに伝説級はやりすぎだ」
ざわざわ。
⸻
■ ドランの部屋
昇格の話は、静かに告げられた。
FからDへ。
功績認定。
異例。
《昇格確定》
(外が荒れるな)
《予測:高確率》
(だろうな…気が重い…)
⸻
■ ギルドホール
掲示板に新しい札が打たれる。
【レイン Dランク昇格】
空気が止まる。
一拍。
「……は?」
「D?」
「飛び級かよ」
「ふざけるな」
「実力も見てねぇぞ」
「功績だって偶然だろ」
視線が刺さる。
真っ直ぐな敵意もある。
それでも、理屈が混ざっている。
単なる悪意じゃない。
納得できない、という顔だ。
ひとりが前に出る。
中堅冒険者だ。
「レイン」
名指し。
「お前、自分で見つけたのか?」
正面から来た。
逃げ場はない。
「鑑定しましたが、レベル不足で分かりませんでした」
正直に言う。
「じゃあ、どうして持ち帰った?」
さらに問われる
「綺麗だったので…」
数秒の沈黙。
何人かが眉をひそめる。
「ふざけてんのか?」
「いえ」
言い返す。
「危険は感じなかったし、害もなかった。だから持ち帰ったんです」
そこでアクセルが一歩前に出る。
空気が凍る。
「……彼は、俺を助けた」
低い声。
静かだが、重い。
「命を拾われた」
「……」
場が揺れる。
瞬狼が、庇う。
それだけで説得力がある。
だが、それでも。
「だとしても」
別の冒険者が言う。
「いきなりDは早すぎる」
その通りだ。
俺だってそう思う。
そのとき。
ぴょん。
ここちゃん着地。
ギルドの中央へ。
黒い大きな瞳。
上目遣い。
淡いピンクの鼻。
きゅる。
空気が、変わる。
「……」
「……」
誰かがしゃがむ。
ここちゃんが、そっと膝に前足を乗せる。
ふわ。
「……無理」
別の男が言う。
「なあ」
視線が集まる。
「虹色霊花、森で見つけたんだろ?」
「……ああ」
「森で一番動いてるの、誰だ?」
静寂。
「……兎か」
小さな笑い。
「つまりさ」
男は肩をすくめる。
「見つけたのはこの子だろ」
ざわ、と揺れる。
「瞬狼が守ってるのも」
視線がここちゃんへ。
「レインじゃなくて、この兎なんじゃねぇか?」
一瞬の沈黙。
そして。
「……それなら辻褄合うな」
「瞬狼が従う理由も」
「新人が昇格する理由も」
「神獣なら伝説花見つけても不思議じゃねぇ」
理屈が組み上がる。
嫉妬が、納得へ変わる。
《感情推移:敵意→好奇→受容》
「理論化すんな」
俺が小さく呟く。
誰も聞いていない。
ここちゃんが、くるりとこちらを見る。
黒い瞳。
無垢。
完全制圧。
最初に前へ出た中堅冒険者が息を吐く。
「……Dは早い。だが」
俺を見る。
「お前が実力で落ちるなら、それまでだ」
まっすぐな言葉。
悪意ではない。
「はい」
自然に頭が下がる。
これが街の冒険者だ。
ドランが奥から見ている。
口元がわずかに動いた。
《評価:安定》
くさえもんが淡々と言う。
《神輿理論、定着率78%》
(やめろその言い方)
ここちゃんが俺の足元へ戻る。
黒い目で見上げる。
守られているのは、どっちだろうな。
ざわめきは、もう敵意ではなかった。
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