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忘年会帰りに死にましたが、うちの子たちを置いていく気はありません


冷たい。


肺が焼ける。


雪道で足を滑らせた瞬間、視界がひっくり返り、次の瞬間には川の中だった。


氷のように冷たい水が肌を刺す。

コートとスーツが水を吸って重みを増し、もがこうとする体にまとわりつく。


(あ、これ無理だ)


水が重い。


身体が動かない。


独身。

一人暮らし。

頼れる家族もいない。


いるのは――


白いふわふわと、小さなもふもふ。


ここちゃん。


白くて、やわらかくて、頬をうずめると干し草の匂いがする。


むぎちゃん。


手のひらにすっぽり収まる温もり。


夜中に回し車で走り回る音。


今日の世話、まだだ。


牧草は朝の分だけ。


むぎの水も替えてない。


(帰らないと)


もがく。


掴むものはない。


冷たい水が肺を満たす。


(まだ触れてない)


ここちゃんの白い毛並み。


むぎちゃんの小さな手。


今日も「おかえり」って顔をしてくれるはずだった。


(まだ、撫でてない……)


息が尽きた。


暗転。



ふっと目が覚める。白い空間。


「……本当に、すまぬ」


その声は重かった。


振り向くと、白髪白髭の老人が深く頭を下げている。


「おぬしは、本来今日死ぬはずではなかった」


空間が微かに震える。


「管理領域の誤差。わしの責任じゃ」


怒りより先に出たのは、焦りだった。


「死ぬはずじゃなかった……? 誤差って……どういうことですか」


一拍置いて、絞り出す。


「戻してください」


神はゆっくり顔を上げる。


その瞳は、底知れなかった。


「時間は巻き戻せぬ」


「肉体は既に崩壊した」


「神界の理は、神であろうと破れぬ」


重い。


冗談ではない。


本当に無理なのだと分かる。


「……じゃあ俺は終わりですか」


「いや」


神は一歩近づく。


空間が歪む。


「補償はする」


神は右手を持ち上げる。

その手のひらには、青く輝く小さな星が浮かんでいた。


「異世界メギドへ転生させる」


「記憶は保持」


「加護も与える」


普通なら喜ぶ話だ。


だが。


「……残してきたペットは?」


神の眉がわずかに動く。


「魂の転移は原則一体じゃ」


「ペットは生きておるのであろう」


「連れていくのは難しい」


その瞬間、迷いは消えた。


「無理です」


神が目を細める。


「能力は手厚くする。強くなれるし、困らぬよう管理AIもつけよう」


「興味ありません」


「俺、独身で一人暮らしなんです。家族は、ここちゃんとむぎちゃんだけ」


神は黙る。


「今日の世話、まだなんです…」


「ここちゃんの白い毛に触れてない」


「むぎちゃんの小さな温もり、感じてない」


声が震える。


「あの子たちを置いていくくらいなら、転生なんていりません」


空間が静まり返る。


神は、長く息を吐いた。


「……なるほど」


その目が、ほんの少し柔らぐ。


「能力より家族を選ぶか」


「当然です」


沈黙。


やがて神が言う。


「特例を通そう」


空間に無数の光の文字が浮かぶ。


「魂三体同時転移」

「加護枠縮小」

「管理AIは簡易型」

「未解放スロット発生」


「それでも良いか?」


「お願いします」


即答。


神が小さく笑う。


「面白い」


背後で天使が震えた声を出す。


「本当に……?」


神は肩をすくめる。


だが声は、軽くない。


「合理だけで世界は回らぬ」


「だから、面白いのじゃ」


世界に光が溢れる。


意識が沈む。


その瞬間。


《基礎鑑定:開放》

《生活補助最適化:開放》

《無属性魔力制御:制限開放》

《管理補助AI:起動準備》


最後に神の声が届く。


「最適化するなよ、全部は」



森。


腕の中の白。


胸の小さな重み。


「ここちゃん……」


ふわりと撫でる。


「むぎ……」


小さな温もり。


涙が滲む。


《管理補助AI起動》


「管理補助AI…名前は?あるのか?」


《くさえもん》


「……ポンコツ臭しかしない」


《誤った認識を検知。最適化を推奨します》


「俺の感情は最適化するな」


森の奥で唸り声。


俺は立ち上がる。


能力はある。


だが。


守るものは、もうある。


だから進む。



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