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1.あ。思い出した

「――あ。思い出した」

 がたごとと、長閑に揺れる馬車の中。

 車窓に肘つき、彼方まで広がる田園風景を眺めていた俺の脳裏に、ひとつの記憶が転がり落ちてきた。

 無意識に零してしまった呟きを聞きつけて、俺と同じく時間を持て余していたらしき三対六つの視線がこちらを向く。

「いきなり何だよ、気味の悪いやつだな」

 真っ先に刺々しい声を投げつけてきたのは、対面に座る少年――七歳になる次兄マチス。この兄が年の近い弟である俺に喧嘩を売りつけてくるのはいつもの事だったが、今の俺には件の記憶の方が重要過ぎて、その迷惑な売り物を買い上げてやる事が出来ない。

「おい、無視かよ」

「やめなよ、マチス」

 マチスの声が俺の意図を誤解して気色ばむが、すぐに横から穏やかな声が窘めた。上の兄、オスカーである。

「どうかした? セラヴィス」

 こちらは穏やかに、問いかけてくる。

 一歳違いのマチスと違い、オスカーは十二歳と、倍も年が離れているので、幼い末弟にいちいち幼稚な因縁をつけて来ることはない。

「ううん、何でもないよオスカー兄さん。ちょっと考え事をしてただけ」

 俺は六歳の幼児らしい無垢な笑顔をにこりと浮かべて、上の兄名指しで返した。今度は意図的に無視されたと気づいたマチスが野猿の叫びを再開するが、にこにこしながら今度は意図的に無視をキメる。


 俺の名は、セラヴィス・ラングリッサー。一昨日六歳になったばかりの、ラングリッサー子爵家の三男だ。

 さらさら黒髪うるうる黒目、白皙の肌に薔薇色ほっぺの、自分で言うのも憚る気はない紅顔の美少年である。

 家族は五人。前述の通り兄が二人。長兄オスカーと、次兄マチス。今は屋敷で待つ母。それと――

 俺は視線を対面のマチスの隣に座る男にちらりと向ける。ラングリッサー家当主である父、クロード・ラングリッサー子爵。

 最初、俺が声を上げた瞬間こそはこちらに目を向けてきた父だったが、兄弟間の会話から些事と判断したか、既にこちらの喧騒からは視線を外している。

 母さんは貴族ながらも明るく気さくな人柄なのに、この父は必要のないことは全くと言っていいほど喋らない寡黙な男で、何を考えているのか少々分かりにくい所がある。まあ別に、悪い人間ではないのだが。


 それはさておき――

 突然だが、俺には前世の記憶がある。

 それ自体は、ずっと前から自覚していた。それこそ、生まれた瞬間からだ。

 前世の俺は魔術師だった。

 若い頃は魔術研究の傍ら冒険者としてもそれなりに名声を上げ、引退後は乞われて弟子の育成に当たり、そうこうしているうちに食うには困らない地位も資産も得られたので老後はのんびり静かに暮らしていこうと思いきや、隠居後も、なんだかんだと弟子たちが相談事を抱えて俺の屋敷に押しかけてきたりして忙しい日々を過ごす、そんなある意味充実した晩節を謳歌する老魔術師だった。

 記憶にある最後の日もそんないつもの一日だった。朝っぱらから屋敷のドアを叩いて泣きついてきた一番弟子の話を一日中聞いてどやしていくらかは助言して、日も暮れたので追い返しやれやれ全く不肖の弟子の相手は疲れるぜと床についた。そして次に目を覚ました時にはふんわりと柔らかく、なんだかいい匂いのする世界にいた。

 なんだここ。ここは天国か。寝ている間に俺は召されてしまったのだろうか。ぼんやりと白濁した世界の中、若い女に優しく抱かれ胸を顔に押し付けられるとかなんだこれ本当に天国じゃねーかおい。

 ……世界に靄がかかっていたのは新生児の視力ゆえであり、押し付けられる胸はただの食事であることに、授乳後縦抱きでトントンゲプゥとする頃には流石に気づいたわけではあるが、どうもやっぱり寝ているうちに召されてしまったという点については間違いなさそうだと理解した。

 転生などをしてしまった理由なんぞはさっぱり分からなかったが。

 いやほんと何故なのか、心当たりのかけらすらなかったのだ。前世の俺は比較的手広く研究テーマを持ってはいたものの、総じて冒険向けというか……平たく言えば戦闘技術寄りで、生命とか転生とかいう方面の魔法は専門外であったし、人生に心残りなんてものもなかった。有ろう筈もない。悠々自適――と言うには若干忙しない老境だったがその分充実していたし、己の生き様にも微塵も後悔はなかった。翌朝も屋敷にやって来たであろう弟子たちはさぞびっくりしたことだろうが、奴らとてとっくに一人前の魔術師。師匠なぞ、いなきゃいないで自力でどうにか出来る奴らなのだ、本来は。

 配偶者も子もなかったが、親のように慕ってくれる弟子たちがいて、そいつらからちょっとでも惜しんで貰えるとなりゃあ、満足な生涯だったという以外の感想など持ちよう筈もない。だというのに、何を未練たらしく前世の記憶などを引きずったまま生まれ変わっとるんだ俺は。

 そう。ついさっき思い出した事実とは、誕生以降全く思い当たらなかったその部分、転生した理由についてだった。


 あれは、死亡時点よりも更に五十年くらい遡った昔。

 前世の俺が冒険者として円熟期にあった頃。とある大口顧客からの依頼で暴竜とかいうケダモノを討伐しに行った時に起きたほんのささやかな出来事だった。

 竜というケダモノは何やら宝物を集めては巣に貯めておくという、冒険者にとっては中々美味しい習性がある。例に漏れずこの日の現場も宝の山で、対象を討伐後、満面の笑みで戦利品を回収していたそんな時、財宝の合間からきらきらと虹色に光り輝く玉がころんと転がり出て来たのだった。

 その玉は唐突にこんな事を言い出した。

「私は輪廻の神。私を獣の巣から救い上げてくれた礼として、私の司る理の中より、あなたに一つ祝福を授けよう」

「え」

 唐突な声に俺は目を丸くした。いや宝玉が喋る程度では別に驚きはしないのだが、その胡散臭さにナチュラルにびっくりした。輪廻の神て。

 玉を拾い上げ、しげしげと眺めて、鑑定する。魔石に封じられた魔物なんぞがそういう甘言を弄して、それを手にした人間に封印を解かせようとかするのはよく聞く罠だ。でなければたちの悪い魔術師による呪具か。どの道ろくなもんではないだろうが人の手による魔法であったら術者まで解析してふん捕まえて金一封でも頂こうかと思ったのだ。きっと詐欺師か何かだし。

 しかしながら驚くべきことに解析結果から導き出せたのは、これが本当に神聖系統の力による術式構成、俗に言う神の奇跡であるらしいという事実だった。

 俺は――

 ふっと目を背け、何も見なかった風を装いぽいと玉を放り投げた。玉はかつんと洞窟の岩盤を跳ね、傷一つつかなかった様子でころころと転がる。

「何をする!」

 あ、文句言われた。

「いや……祝福?とか別に要らないんで。つい」

「な、なんだと……? 神の祝福ぞ」

 信じられないとでも言わんばかりに愕然と呻く玉に俺は肩を竦める。視覚に当たるものがこの玉にあるかどうかは分からなかったが。

「だって輪廻の神って、死んだ後担当って事だろ。俺死んだ後の事とか興味ねえし。現世の幸せを追求する男なんで」

「何かあるだろう何か! もし生まれ変わったら名声を得たいとか大金を得たいとか」

「その辺はもう間に合ってるし」

「貴様はこの私に忘恩の謗りを受ける恥辱を与えるのか! であれば殺せ! いっそこの場で暴竜と共に滅ぼせ!!」

「えええー……」

 なにそれそこまでの事なのこれ? 神様めんどうくせーなー。

 流石の俺もこんなことでそれではと人様(?)を殺す程えげつない性根は持ち合わせていない。俺はぼりぼりと頭を掻いて嘆息した。

「分かった分かった。じゃあもし生まれ変わったら今度はのんびり平穏な人生を送りたいわ。平和な世界平穏な環境平凡な能力で落ち葉に埋もれたキノコのようにのんべんだらりと一生楽しく暮らさせてください」


 そう、俺は、若い頃から研究に戦闘に探索にとひたすら興味の赴くまま、駆け抜けるように生き続けてきた。それは間違いなく自ら望んだ人生ではあったのだが、何の気なしにそんなことを答えたってことはまあ、それなりには疲れも溜まっていたんだろうな。

 あーうんうん、思い出した思い出した。言ったわー確かにそう言った。

 願った当人すらすっかり忘れてしまっても、神の契約は有効であったらしい。

 平和な世界。――今この時代は大きな戦乱もなく、世界の魔力も乱れておらず、魔物の被害も少ない。

 平穏な環境。――田舎貴族の三男とか、権力も高過ぎず低過ぎず、食うに困ることもなく、最高の安寧ポジションだ。

 そして、平凡な能力。

 ああー、成程な、だから今このタイミングで思い出したのかな。

 なんとなく納得し、再び外の景色に意識を戻す。俺たちを乗せた馬車はちょうど街道の終端に達し、御大層な拵えをした神殿の門をくぐっていくところだった。

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