手をつなげたのはいいけれど
リオが差し出した手を、震える手で、二度と離すものかと握ろうとしたその瞬間。
「あ、リオさん! お久しぶりです」
元気いっぱいのあいさつで、ポニーテールの黒髪を揺らしてとてとて駆け寄る女の子。
「ミレイ……うん、久しぶり」
リオの妹、ミレイ・ドラグナだ。
先日偶然にもダンジョンの中で再会を果たした。彼女の首元には、七大ダンジョンのひとつを攻略した証――小さな『☆』の紋様が浮かんでいる。
「ダリタロスはまだ攻略途中なんだよね?」
「はい。あそこってすごく広くて大変です。あ、わたしは前線じゃなくて、マッピング班なんですけどね。10階層辺りをうろうろしてました」
ダンジョンは攻略直後、および数年ほどの周期で迷宮のかたちを変える。ダリタロスはついひと月ほど前に後者の理由でその姿が変容した。
今の地図を作れば新規攻略パーティーに重宝されて高値で売れるため、お金目当てであえて地図化作業に没頭する冒険者たちもいた。
ミレイが所属する団は大所帯であるので、攻略ついでに財源確保するのが目的だろう。
「最前線はどこまで行ってるの?」
「35階層を拠点にして、40階層近くまでは降りたと聞いてますね」
地下迷宮ダリタロスの最深部は50階層と言われている。
階層だけみればすでに八割を攻略したことになるが、実はここからがまた長い。
広さだけなら七大ダンジョン随一を誇り、一階層降りるだけでも小規模パーティーなら早くても一か月はかかると言われていた。
唯一七大ダンジョンを攻略した最強の剣士リーヴァ・ニーベルクが語った、『あそこが一番面倒くさかった』との言葉は多くの冒険者のやる気を削いだことで有名である。
(まあ、あの人たちなら一か月くらいでいけそうかな)
広い迷宮の探索は数がモノを言う。50人からなるメンバー数と、個々の能力も高い彼らはダリタロスとの相性がいいからだ。
「君は休暇をもらったの?」
「はい。明日にはまた地下に潜らなくちゃですけど」
さほど疲れは見て取れないが、急成長中とはいっても七大ダンジョンに挑むにはまだレベルが心許ない。辛い戦いをしているのは想像できた。
「それで、僕に何か用事?」
「用事と言いますか、リオさんがレベルアップしたと聞きまして。お祝いの言葉を伝えようかなって。おめでとうございます!」
「ありがとう。でもまだ君には遠く及ばないよ」
「いえいえそんな、お互いにがんばってレベルを上げていきましょうね」
にぱっと笑みを咲かせたミレイは、おや? と気づく。リオの背に隠れるように立つ女性に。
(わあ、きれいな人だなあ……。でも――)
どうして頬をぷくっと膨らませているのか? 怒ってる?
「リオさん、そちらの女の人は……? お知り合いですか?」
「ああ、お店のお客さんだよ。名前はエルさん」
女の人がどよーんとうなだれた。「そう、私は客……まだ頼れないお姉さん……」などとぶつぶつ言っている。
ミレイはむむむ、と眉根を寄せた。
彼女が預けられたのは、小さな村だ。
老夫婦と同じ年代の元冒険者たちが隠居するのに最適な土地だった。ミレイのような子どもはもちろん、母親に近い年齢すらほとんどいない。
そこで純粋に育った彼女ではあったが、半年前に現役バリバリな冒険者集団に所属する。
若い男女が集えば、色恋沙汰は日常となる。
(もしかしてこのお姉さん、リオさんの恋人!?)
ゆえにそっち方面の察し具合はそこそこの精度があった。
(そういえば、さっき二人で出てきて、手を取り合うようなしぐさを……)
きゅぴーんと何かひらめく。
「すみません! 今からデートだったんですね。お邪魔してごめんなさい!」
またも高精度に察するミレイ。ぺこりと頭を下げる。
(え、なにこの子、すごくいい子……)
エルディスティアが感動する一方、
「……『でーと』?」
リオはその言葉の意味を知らない。
「お二人でお出かけするんですよね?」
「うん、装備を新調しようとしてて、エルさんがいいお店を知っているそうだから案内してもらうんだ」
なるほどそういうデートもあるのか。ひとつ賢くなったと喜ぶミレイ。
「へえ、素敵ですね。ちなみにどこのお店ですか?」
エルディスティアは大きな胸に手を当てて、得意げに答える。
「ふふふ、本当はお気軽に教えてはダメなんだけど、いい子には特別だ。『リィアン商会』と言ってね、知る人ぞ知る隠れた名店で、なんと――」
「伝説の名匠リトリコの武具を扱ってるお店だ!」
「あ、うん、知ってたの?」
「団長が言ってました。でもあそこって紹介制なんですよね。いいなー、わたしもいつか行ってみたいなー」
ミレイからすれば他意のない純粋な欲求の吐露だったが、
(まさか『自分も連れていけ』ってこと? この状況で? なんて浅ましい……。危うく騙されるところだったよ)
エルディスティアは愕然とする。
が、表情が強張った彼女を見て、ミレイはピンときた。
「あ、お二人の邪魔はしませんから安心してください。わたしは今度、団長にお願いして連れてってもらいます」
(ああ……こんなに純朴で察しがいい少女を疑うなんて、私ってばなんて浅ましい……)
再びどんよりするエルディスティア。
(この子はきっと、リオ君をまだ見ぬ兄に重ねている。リオ君だって、なるべく妹と一緒にいたいはずだ)
本来は仲睦まじく一緒に暮らしているはずの二人を、引き離してしまったのは自分だ。
当時の状況から仕方なかったとはいえ、他にやりようがあったかもしれないとの後ろめたさが女神にはあった。
(私は大人で頼れるお姉さん……を目指す女神。ならここでやるべきは――)
兄と妹がともに過ごす時間を、作ってやることではなかろうか!
「い、一緒に、行かないかな?」
「ぇ? あの、わたしはその、お邪魔するつもりは……」
女神の引きつった笑みにおののくミレイ。
「邪魔じゃない! ね? リオ君」
「えっ? ああ、うん。エルさんがいいなら、僕は構わないよ」
「よし! 決まりだね。じゃあみんなで仲良く出発だー」
涙目で無理な笑顔を作る彼女に、ミレイは居たたまれない気持ちになる。それでも――。
ささっとエルディスティアの背後に回りこみ、隣に並ぶやその手を取った。
「おっ?」
顔だけ振り向いて、リオに目配せする。
(なに……? ああ――)
その意図を察したリオは女神に駆け寄ると。
「ふぇ!?」
彼女の空いた手を、ぎゅっと握った。
(ありがとうミレイちゃん、君ってばホントにいい子……)
感動に打ち震えるエルディスティアはしかし、
(あれ? でもこれ、傍から見たら子どもの手を引くお母さんじゃない?)
なんとも複雑な気持ちになるのだった――。
次回、リオ君が武器を決めます。あと、猫が出ます。




