鍛錬開始、そして終了
レベルアップしてもすぐにステータス値は上がらない。
またレベルアップ時に上昇するMAX値は10前後で少なく感じるが、戦闘をしたからといってさほど上がらず、逆に日常生活レベルを続けていれば下がってしまう危険を孕んでいた。
そのため特にレベルの上がる間隔が短い低レベル帯では、レベル内MAXを目指して集中的に鍛錬するのが一般的な冒険者の在り方だ。
リオは今回、一気にレベルが12も上がった。並大抵の努力ではふた月、下手をすれば三か月はかかってしまうだろう。
拠点に戻った彼は、その日の内から鍛錬を開始する。
店でお昼の繁忙時間帯を手伝ったのち、町を出た。
比較的魔物が寄りつかない開けた場所を選ぶ。人にも魔物にも邪魔されたくはない。特に人目につけば彼の異常な鍛錬に眉をひそめ、中には強制的にやめさせようとする者も現れかねなかった。
準備体操もそこそこに、腕立て伏せを始める。
呼吸を合わせたり力加減を考えたりは一切ない。ただひたすらにハイペースで両腕を酷使した。
「ぐ、ぅ、ぁぁぁ……」
体が持ち上がらなくなったら今度は腹筋。こちらも異常なハイペースだ。
続けてスクワット。背筋、肩など体の各所を痛めつけては休憩なし水分補給もなしで、また腕立て伏せに戻る。
「はっ、はっ、はっ、はっ、ぅぁ……、はぁっ」
すでにふらふらながら、気絶するのにも耐えて鍛錬を続けていけば、当然――。
バチンッ、と。腕のどこかが切れる音。直後、
――固有スキル【女神の懐抱】が発動しました。
脳内で響く声。身体が淡い虹色の光に包まれた。
極度の疲労に加えて動けないほどの傷ができれば、完全復活の固有スキルが発動する。だがダメージを受ければいい戦闘に比べると、発動させるのは難しかった。
「ふぅ……、やっぱりキツイな」
ステータスを確認すると、筋力と体力が1増えていた。
筋肉は壊して回復すれば増加する。超回復という現象だ。
通常は回復に一日や二日かかるものだが、この世界では回復魔法で短縮できる。
リオの場合はそれに輪をかけての超短縮だ。
なにせ体が壊れるまで延々と酷使し続けるのだから、その効果はふつうの冒険者に比べて数倍。場合によっては十倍近くにまで達する。
彼がまだ冒険者になりたてのとき、レベル1でのMAXまでステータス値を上げるため、すでにこのやり方を確立していた。
完全回復したリオは、再び初めから鍛錬を開始する。
それを時間の許す限り繰り返した。
回復魔法では、効果の高いものは多くのMPを消費し、それが尽きれば使えなくなる。
しかしリオの固有スキルは回数制限なし。一日の効率が段違いだった。
夕方になって一度店に戻り、夜の忙しい時間帯を手伝ったのち、再び同じ場所にやってきた。
もちろん眠らずにやる。
これもまた彼のスキルの為せる業だ。
そうして朝がやってくるころには――。
「筋力が22、体力が13か。俊敏は12も上がったのか。でも……まだ足りないな」
常人からすれば異常なハイペースだが、リオは納得していなかった。
今は筋力を中心に上げているところなので、体力や俊敏が一週間では追い付かない。
「自重トレーニングだと効率悪いな」
レベル1のころはそれでも事足りたが、筋力が上がってくれば自然と効率が落ちてしまう。
砂袋を使って負荷を上げた。
ちなみに知力や魔力、器用さはリオの固有スキルを利用しても異常ペースまでは望めない。『休まず寝ないで』がせいぜいだ。
これらは焦っても仕方がない。とはいえ日常生活で鍛錬はできる。
「お会計は合わせて金貨一枚、銀貨七枚、銅貨四枚です。一人あたりは銀貨五枚、銅貨八枚になりますね」
店の手伝いでの計算はもちろん、注文は店内すべての客のものを覚え、どのテーブルにいつ何が運ばれたかも順に記憶していく。
頭が重く熱くなるが、さすがにその程度では【女神の懐抱】は発動してくれず、精神的にかなり辛い。
それでも知力はそこそこ上がってくれた。
魔力は端から捨てている。
魔法を使って伸ばすものだから、今のリオではどうしようもない。ただ瞑想でも上がっていくものであるため、時間が取れたらそれこそ一週間ぶっ続けで寝ずに瞑想すればいいのだ。
問題は器用さ。
武具を扱ううえで重要となってくる。ただこちらの準備はある程度整っていた。
「おー、また腕を上げたんじゃないかい?」
女将のアデラが目を細める。
リオは巧みな包丁捌きで野菜を細切れにしていく。厨房での仕込み作業は器用さを上げるにはうってつけだ。【料理】スキルのおかげで女将の信頼も厚い。
開店前と閉店後の掃除でもわずかながら器用さは上がっていった。
ただやはり、MAX値との差は大きい。これは武器を扱う練習で集中的に上げざるを得ないだろう。
四日が経ち、筋力がかなり高まった。
リオは体力と俊敏の向上に鍛錬をシフトする。(同時に筋力も鍛えられる)
背負子に岩を括りつけ、砂袋を持ってひたすら走る。
ときおり今まで出会った魔物を思い起こし、その攻撃から避けるようにステップを踏んだ。
疲労で足がもつれ、岩に押しつぶされることしばしば。
これを店の手伝い以外でまるまる二日続けたところ。
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HP :320/320
MP : 70/ 70
STR:251/273
VIT:273/290
INT:134/223
MAG: 66/147
AGI:259/288
DEX:133/215
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筋力、体力、俊敏が実質レベル10~11ほどにまで向上した――。
約束の日がやってきた。
自称『エル』こと女神エルディスティアと一緒に隠れた武具の名店に赴く日だ。
女神はこの一週間、リオと顔を合わせてはいなかった。
会えば無茶な鍛錬に苦言を吐き出しまくりそうなのと、デート(と本人は思いこんでいる)前に気持ちを最高潮にしたかったがゆえだ。
しかし店内に入るや、じとーっとリオを見下ろした。
「たった一週間でそこまでに至るなんて……本当に驚きだわ」
固有スキルを利用した破天荒なやり方はたしかにあるが、それでもステータス値の上がり方が異常すぎる。
(やっぱりこの子、【進化極致】を〝隠し〟で持ってるのかな……)
あらゆる面で急激な成長を遂げる、シンプルながら至高のスキル。ステータス画面上に表示されないのは本来あり得ないが、ステータス・システムの不具合なのかもしれなかった。
「ん? ……なにかしら? 私の顔になにか付いていて?」
リオは真剣な目つきで女神を見つめていた。やがてぼそりと言う。
「その話し方、どうにも違和感があります」
「うぇ!? あのそのえーっと……変、かな?」
「いえ、変とかじゃなくて、無理しているのがわかってしまうと言いますか……」
「うぐっ! ま、まあ、たしかに、そうだけど……ってそれを言うならリオ君だって、なんだか話し方が他人行儀じゃないかな? いやまあ他人なんだけど」
もっとこう、親しみを感じさせるような、かつて二人で住んでいたときのような会話をしたかった。
「うん、そうだね。僕もこっちのほうが話しやすい。いいかな? エルさん」
「ハイ喜んで!」
頼れる上品なお姉さんを演出したかったが、これはこれでぐぐっと距離が縮まった感がすごい。
「そ、それじゃあそろそろ行こうか。二人っきりで!」
がぜん調子が乗ってくる。
(て、手を、つないじゃったりしちゃおうかな?)
でも以前だって自ら進んでのスキンシップは皆無だった。だが新たな関係を築こうとする今、勇気を出さなければ!
それでも迷いに迷ううち、リオはすたすたと店から出た。
「あ、ちょ、待っておくれよぉ~」
やっぱりどうにも締まらない、と肩を落としたのも束の間。
リオは振り返ると、
「案内、お願いするね」
すっと手を差し出してきた。
(好き……)
嬉し涙があふれそうになる女神だった――。
油断するな女神さん。まだ手をつないでいないぞ。
次回、あの子再び。




