第46話 誤解と小さな謎
「そこを曲がったところに、小さな救護室があります」
王の側近の一人である灰白の猫の言う通り進むと、そこには小さな救護室があった。
救護室の中は少しまたたびの匂いがして、猫の紳士は鼻をヒクヒクさせた。
薬品類が詰め込まれたガラスの戸棚に、クリーム色のカーテンに囲まれた、ベッドのみの簡素な救護室である。
緊急避難用のシェルターだと考えると、その使用頻度もほんの一時的なもので、多分これだけあれば充分なのだろう。
二人の側近の猫が見守る中、猫の紳士は抱えていた猫の王の体を、そっとベッドへと寝かせる。
「うぅ……ん……」
すると猫の王は気がついたのか、小さく呻いた。
「王、気が付かれましたか?」
猫の紳士の問いかけに、猫の王はスッと目を開く。
もう一人の王の側近である縞三毛の猫は、その様子を見て少し安堵した表情を浮かべると、水の入ったコップを猫の王に差し出しながら言った。
「伯爵はんが運んでくれはったんですよ。王はここ最近、張り詰めてて全然寝てはりませんでしたやろ? 確かに国の事は大事や。せやけど無理し過ぎで体壊してもあきまへんで」
王は縞三毛の猫の差し出した水を飲み干し、申し訳なさそうに言った。
「……ほんと貴方の言う通りね。伯爵にも見苦しい所を見せたわ、ごめんなさい」
「いえ、滅相もございません。わたくしめも緊急とはいえ、御身に触れたことをお許し下さい」
「ふふ、ここまで運んでくれて感謝するわ」
猫の紳士はその王の言葉を聞き、その場で跪き畏まった。
「彼は? どちらに?」
その王の問いに答えたのは、側近の灰白の猫だ。
「はっ! 大臣と共に、研究施設に向かわれました」
「そう。なら後は博士に任せるべきね……彼の弟の方は見つかったかしら?」
「いえ、その件についてはまだ報告が来ておりません。保護出来次第、弟様の方も研究施設へお連れするようにと指示は出しております」
「ありがとう。それで……城の被害状況はどうかしら?」
「申し訳ありません。これから確認致します」
「ええ、お願いね」
灰白の猫は王に一礼をし、すぐに救護室を小走りで出て行った。
「わいはどないしましょ? なんや必要なもんあれば言うてくれはったら」
「そうね……伯爵と少し2人きりにして頂けるかしら?」
「おっと、それは気が回らんですんまへんでした。直ぐそこにおりますさかい、何かあったら呼んでください」
そう言うと縞三毛の猫は王にヘコヘコしてから、救護室の外に出て行った。
その後ろ姿を確認した王は、ふぅっと一息ついて猫の紳士を見て言った。
「伯爵。もう楽にしていいわよ」
「はっ!」
猫の紳士は少しリラックスした様子で、ベッドの脇にあった小さな椅子に腰かけた。
「貴方、いつもの白スーツはどうしたの?」
王は猫の紳士の着ている、サイズの合わない少しばかり大きめの甲冑を見て言った。
「はい。その、牢にぶち込まれた時、剥がされました」
「あらそうだったの……それはごめんなさい。大臣が気を利かせたつもりで、勝手に緊急指名手配を出したのだけど、まさかこんなことになるとは……」
それを聞いて猫の紳士は、少しムッとした。
「それについて一体、どういった経緯でわたしに指名手配がかかったのか、お聞かせ願えますか?」
「そうだわ。説明がまだだったわね……」
王は猫の紳士の目を、じっと見つめて言った。
「貴方が案内していた彼は、私たちが綿密に立てたプランによって、まさに護送中だったの」
「護送……」
「ええ。貴方はそれを知っていて、敢えて彼を誘拐したのだと、私はそう思ってた。だって貴方のことだもの」
王がそう言うと、猫の紳士は王をじっと見つめて言った。
「……わたしにもプライドはある。父君と先代の国王が交わした約束を果たすまで、わたしはわたしのやり方で国に尽くす所存だ。そのわたしが誘拐など目論むはずもない。全くの濡れ衣だ」
それを聞いて、王は安堵した表情を見せた。
「そうよね。うん、確かにそうだわ」
そう言うと王は少し不思議そうに続ける。
「しかしそうなると、なぜ今回のような騒動にまで発展したのかしら。大臣の報告には、貴方が彼を積んだ舟で岸を離れるのを見たと、そう聞かされていたのよ」
「岸を離れるも何も、わたしは一等水先案内人の身。当たり前の仕事をこなしていたまでだ。しかしその時ばかりは、なかなか渡し守が捕まらなかったが」
「でもその渡し守は彼の弟だったのよね? 記憶を全て無くしているはずの彼の弟が、渡し守として居合わせるってすごく偶然にしては出来過ぎてるわね」
「はい。わたしも後から聞かされ、驚きました」
「本当に……偶然だったのかしら?」
「と申しますと?」
「貴方を貶めるための罠。もしくは彼の弟が、実は記憶を取り戻していた……とかね」
「まさか。何のメリットがありましょうか」
「そうね。考え過ぎかしら」
ドォーーーン!!
突然、シェルターの屋根に何やら大きな物がぶつかったような音がして、その衝撃でシェルター内の物がカタカタと音を立てて振動した。
すると灰白の猫がバタバタと、救護室に戻ってきた。
「王っ! 北門はもう壊滅してしまったようですっ!」
「……そんな…………伯爵、お願い」
王はその灰白の猫の報告を受け、渋い表情を見せながら猫の紳士に言った。
「貴方は研究施設に急いで向かって。そして大臣と博士に手を貸して欲しいの。お願い……じゃないとこの国は……」
「畏まりました……」
そう返事をした猫の紳士は、スッと立ち上がる。
「防御システムを起動しないとこのシェルターは持ちませんっ! 外に出るならば……急いで下さい」
灰白の猫はとても、少し慌てた様子で続ける。
「一度防御システムを立ち上げると、この領域は隔離状態になり、黒き者に有効な絶対的不可侵の領域となります。そうなると私たち猫もしばらくの間、シェルターから出る事も、入る事も不可能になります」
灰白の猫は申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「貴方がシェルターから出たのを確認したら、すぐに起動させて頂きます……ご了承ください……そして、御武運を」
灰白の猫の話を聞き、猫の紳士は静かにコクリと頷いた。
救護室を出たところで縞三毛の猫が、猫の紳士に声をかけた。
「伯爵はん! 使いの者にあんさんのお召し物持ってこさせたで!」
白のスーツだ。
猫の紳士は縞三毛の猫からそれを受け取り、ガチャリと甲冑を脱いだ。
おもむろに白のスーツをひらりと羽織り、猫の紳士はシェルターの出口へ走り出す。
「気をつけていきなはれや!」
縞三毛の猫はぴょんぴょん飛び跳ねながら、シェルターを出て行く猫の紳士の背中にそう声をかけた。




