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第19話 喫茶 雨やどり

 外に聞こえてた馬の蹄の音がやがて小さくなり、幌馬車が止まるのを感じた。

 すると、前に座っている猫の案内人が、こっちを向いて言った。


「少年。目的地に着いたぞ。降りたまえ」


 おじいさんは名残惜しそうに、幌馬車を降りる僕の背中を見送った。


「あまりに早い別れだのぅ……。しかし縁があればまたどこかで会えるじゃろうて」

「そうですね……何だかすみません。ありがとうございました」

「あまり気負うでないぞ。弟くんに宜しくなぁ」

「少年よ、さらばだ」

 ぬっと割り込むように、猫の案内人は別れの言葉を言った。


 関所へと走り出したその幌馬車の姿を、僕は見えなくなるまで見送った。

 僕の背中にのしかかっていた重い荷物のようなものが、なぜだか少し軽くなったような気がした。

 ちょうど、4度目の鐘が鳴り響いた。


 振り返ると、猫の紳士が待ち合わせ場所に指定した、大きな傘の形をした屋根の建物があった。

 建物の入り口には年季の入った木製の扉があった。

 そこには『喫茶 雨やどり』と書いてある、カエルがモチーフのプレートが中央に掛かっていた。

 僕は少しずっしりとしたその扉を開いた。


 中には猫。さらに猫。あっちにも猫――。


 どこを見渡しても、所狭しと猫がいた。

 テーブルを囲んで猫まんまのようなものを貪る猫や、ジョッキを合わせる猫など、外の静けさから想像できないほど賑わっていた。

 奥のカウンターにはここの店主であろう、少しでっぷりと恰幅(かっぷく)のいい、それでいて妙に貫禄のある三毛猫が、透明なグラスを白い布できゅっきゅと磨きながらこっちを見ていた。

 カウンターの横には黒い大きなピアノがあり、綿あめのようにふわふわした白くて綺麗な猫が、JAZZ風にアレンジした『猫ふんじゃった』を軽快なリズムで弾いていた。

 僕は猫の山をかき分け、奥のカウンターの空いている席に腰かけた。


「いらっしゃい……」


 目の前に置かれたグラスには、真っ白なミルクが注がれていた。

 ふわふわの白い猫の演奏が終わり、店内でちょっとした歓声が上がっていた。

 その白い猫はふりふりと手を振りながら、くねくねと客の猫に愛想を振りまいていた。

 その白い猫のしっぽの先に少しだけ黒い毛が生えていて、白い毛との境目にピンク色のリボンが結んであった。

 僕の視線に気が付いたのか、白い猫がカウンターの僕の席の方に寄って来た。


「あらぁ、いらっしゃいぼうや。ヒトのお客さんなんて珍しいわねぇ」


 僕の隣の席に腰かけたその白い猫は、妙にカラダをくねらせて密着させてきた。

 僕はそのふわふわの毛並みに、少しウットリしてしまった。


「ぼうや、今日はひとりぃ?」


 リボンのついた長いしっぽで、僕の頬を撫でるしぐさは妙に艶めかしかった。

 その瞬間、周りからの刺すような視線を感じ、急に店内の雰囲気が嫉妬のようなもので包まれたのが分かった。


「あ、あの……、僕は待ち合わせを……。その、白いスーツの猫と、待ち合わせしてるんです!」


 白い猫の表情が、明らかに嫌悪の色に変わった。


「なぁんだ、アイツの連れかぁ」


 カウンターの中のでっぷりした三毛猫の店主が、にゅっと僕の目の前に顔を出した。


「おい、今白いスーツの猫って言ったか?」

「マスタぁ、その前にあたしもミルクちょうだぁい」


 店主の問いかけを遮るようにして、白い猫は舌を出して飲み物を催促した。


「……」


 三毛猫の店主は少し不服そうに、カウンター内に引っ込み、グラスに注いだミルクを白い猫の前に置いた。


「じゃあアイツここにくるのねぇ。どれくらいぶりかしらぁ」


 ぐびぐびとミルクを飲みながら白い猫は言った。


「まったく。しばらく顔見せないと思ったら……ツケがたまってんだよなぁ」


 店主も困った顔をして言った。


「そうよ、聞いてよ! アイツ、前にさぁ……」


 そうこうしているうちに僕の隣で、あれよあれよと次から次へ猫の紳士の愚痴を吐き出し始めた。

 もちろん店主の愚痴も負けじと応戦。

 白い猫と店主による、猫の紳士こ愚痴合戦が勃発し始めたのだった。


 どうやら猫の紳士は、お世辞にも評判は良くないのが伺えた。

 既に4度の鐘は鳴ったはずだが、その空気を察したのか、一向に猫の紳士は現れない。

 僕は出されたミルクを、たまらず飲み干した。

 既にミルクはすっかりぬるくなっていた。

 猫の紳士を待つこの時間が、なんだかとても居心地が悪くて、時が流れるのが遅く感じたのだった。

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