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尚哉先生、〇〇な毎日





「ぱぱ、おっき」

 今日も一番早起きの息子が父のお腹に登ってきた。

 今日も息子に起こしてもらった尚哉はすぐにベットから起き上った。


「おはよう、咲哉」

 膝の上の小さな身体をぎゅっと抱きしめると、そのまま隣に視線を向けた。


「まま、ねんね」

「もう少し寝かせておこう。さあ、朝ごはんだ」

 今もぐっすりと気持ち良さそうに眠っているので毛布を掛け直すと、息子を腕に抱え寝室から抜け出した。




「そろそろだな……」

 すでにお腹を空かせた息子に先に朝ごはんを食べさせながら、壁の時計を確認する。

 尚哉の呟きと同時に廊下からドタバタと騒がしい足音が響き始めた。


「すまーん! 寝坊した――――――!」

「まま、おっき」

「走るな、お前は身重だ」

 今日も慌てふためくあまり膨らみのない腹の子をうっかり忘れてしまったらしい、爆発頭でキッチンに飛び込んできた。


「すまーん! やべえ! すっかり尚哉遅刻だー! 朝メシ!」

「落ち着け、もう作ってある。お前は後でゆっくり食べろ」


「すまーん…………あ! やべえ! うっかりワイシャツにアイロン!」

「落ち着け、昨日掛けといた。問題ない」


「すまーん…………あ! やべえ! さっぱり尚哉の弁当!」

「落ち着け、さっきついでに作った。大丈夫だ」


「すまーん…………あ! やべぇ! ぽっかりゴミ捨て!」

「落ち着け、もうさっき捨ててきた。安心しろ」


「すまーん…………」

 最後はとうとうがっかりと床を見つめてしまった。

 傍に近寄ると、爆発頭をやさしく手櫛で直してあげる。


「おはよう、桜」

 ずっと床を見つめる妻をぎゅっと抱きしめた。

 ようやく尚哉を見つけた妻がぎゅっと抱きしめてくれた。


「ぱぱ、まま、ぎゅ――――」

 いつの間にか傍で息子がじっと羨ましそうに見つめていた。

 手を伸ばし持ち上げると、妻と息子をぎゅっと一緒に抱きしめた。







「みんな、おはよう」



「せーの!」

「尚哉先生、おめでと―――ございま――――――――す!!!」




 朝いつものように教卓前に立った途端、突然クラスの生徒全員から一斉大声でお祝いされた尚哉は、意味がわからず面喰った。


「……なにが?」

「決まってまーす。尚哉先生の2人目の赤ちゃんでーす」

「お前達、一体いつの間に……」


「ねえねえ、尚哉先生の奥さんって「桜さん」でしょ?」

「つまり、1人目の赤ちゃんは尚哉先生の「哉」と「桜咲く」で「咲哉くん」ってわけね?」

「じゃあ2人目の赤ちゃんは尚哉先生の「尚」と「春の桜」で「尚春くん」なんてどうかな?」

「さんせ――――――い!!」

「お前達、一体なぜそれを……」


「ねえねえ、そういえば桜さんって昔学校近くのコンビニのお姉さんだったんでしょ?」

「尚哉先生とは昔馴染みで、偶然そこで再会したんだよね?」

「お前達、一体なぜそれを……」


「尚哉先生、ずーっと昔から桜さんにウジウジ片思いしてたんだって」

「あ、でもさ、尚哉先生すでに昔3回も桜さんにフラれてるらしいよ」

「お前達、一体なぜそれを……」



「せーの!」

「尚哉先生、無事桜さんと結婚おめでと―――ございま―――――――す!!!」



「ていうかさ、尚哉先生ちょっとしつこいよね……」

「……ていうか、ちょっと諦め悪いよね」

「ていうか、ちょっと執念深くない?」

「ていうか、ちょっと怖いよね…………」

「…………ハッ! ていうか、もしかして尚哉先生、スト……」

「さすがにそれはないよ。ちゃんと桜さんに結婚してもらえたんだから」

「どうにかね……」

「ていうか桜さん、仕方なくなんじゃない?」

「ていうか桜さん、諦めたんじゃない?」

「ていうか桜さん、責任感じちゃったんじゃない?」

「ていうか桜さん、かわいそうになっちゃったんじゃない?」

「ていうかつまり、桜さん…………同情?」



「せーの!」

「尚哉先生、どうにか無事桜さんGETおめでと―――ございま――――――――す!!!」




「お前達…………ハア」

 どうやら最近気が緩み過ぎていたらしい。生徒の情報網をあなどってはいけないと嫌というほど実感させられた尚哉は、教卓にガックリと肩を落とした。






「いやー尚哉先生、結婚後はますます輝きが増してますねぇ」  

 昼休憩中、隣の席の同僚男性教諭が爽やか笑顔で尚哉の顔を覗き込んだ。


「……そうですか? いや、特に変わったつもりは……」

 つい表情に出てしまったかと思わず顔を引き締める。


「ピッカピカですよ、ピッカピカ」

「ピッカピカ……」

 完全に気が緩み過ぎたらしい、まさか後光まで放っていたとはまったく気付けず隠すように顔に手をあてた。


「いやー今日は特にピッカピカ輝きまくりですねぇ。ワイシャツなんてピッカピカ! 皺1つなくビシッと決まってるじゃないですかぁ」

「あ…………ワイシャツですか」

「いやー素晴らしい! アイロン上手な奥さん、まったくもって羨ましい!」

「はは…………それはどうも」

 どうやら後光を放っていたのはワイシャツらしい、昨夜自分で掛けたアイロンの腕を褒めちぎられ苦笑して誤魔化す。


「……ん? いやー今日の弁当は特に美味しそうだ。素晴らしい! 料理上手な奥さん、いやーまったくもって羨ましい!」

「はは…………それはどうも」

 自分の弁当を覗いた同僚教諭から朝食ついでに手早く作り上げた自分の腕までべた褒めされ、適当に笑って誤魔化す。


「それに比べて……うちの女房なんて最悪、どうしようもないですよ。朝は必ず爆発頭で寝坊するし、朝飯はいつも俺任せ。ワイシャツにアイロン掛け忘れなんて当たり前、ゴミ出しはいつの間にか俺の仕事。最近じゃ朝の子供の面倒まですべて俺任せですよ。いやー本当、尚哉先生は素晴らしい奥さんに恵まれて羨ましい! まったくもって羨ましい!」

「はは…………どうも」

 うちもすべてあなたと一緒ですなんて同僚教諭の夢を壊すことは言えず、とりあえず再び笑って誤魔化した。






「よし、今日はここまで」

「ありがとうございました!」

 中学の柔道部顧問でもある尚哉はこの日の部活も無事に終えると、急ぎ足で柔道場を抜け出した。

 さっさと帰り支度を済ませ、車に乗り込みすぐさま走らせる。

 5分程度で自宅近所のスーパーまでやってくると、素早く店の中へ駆け込んだ。

 適当に買い物を済ませ、再び車を走らせた。



「ただいま」

「ぱぱ。まま、ねんね」

 玄関まで迎えに来てくれた息子を抱え、部屋の中へ入る。

 床に転がった妻が大の字で爆睡していた。

 明らかにまったく起きる様子がないので、そのまま寝かせておく。

 抱えた息子と一緒にキッチンへ向かった。




「咲哉、先に食べてろ」

「いたーきましゅ」

 すっかり腹を空かせた息子に作ったばかりの夕食を先に食べさせる。

 

「そろそろだな……」

 向かいに座る息子を見守りながら、壁の時計に目をやった。


「すまーん! いつの間にか寝てた―――――!」

「まま、おっき」

「興奮するな、お前は身重だ」

 寝起きはうっかり腹の子を忘れる妻が尚哉の呟きピッタリに慌てふためきキッチンに駆け込んできた。

 妻の頭はまた爆発していた。


「尚哉お帰り! あ! やべえ! すっかり買い物」

「安心しろ、さっき俺が寄ってきた」


「すまーん…………あ! やべえ! うっかり洗濯物」

「安心しろ、さっき俺が取り込んだ」


「すまーん…………あ! やべえ! さっぱり風呂の水」

「安心しろ、さっき俺が止めた」


「すまーん…………あ! やべえ! ぽっかりメシ準備」

「安心しろ、さっき俺が作った」


「すまーん…………」

 最後はとうとうどっぷりと床に項垂れてしまった。

 椅子から立ち上がり傍にしゃがみ込むと、妻の爆発頭をやさしく手櫛で梳かす。


「桜、何を落ち込んでる」

 よくよく顔を覗き込むと、妻の目からポロリと涙が床に零れ落ちた。


「尚哉…………私は本当に駄目な馬鹿妻だ」

「どうして」

「何一つまともに出来ない…………気が付けばいつも寝てる」

「疲れたら寝ればいいんだ」

「メシもまともに作れない…………気が付けばいつも爆発してる」

「爆発しても食える」

「アイロンもまともに掛けられない…………気が付けばいつも黒くなる」

「黒くなる前に教えてやる」

「化粧もまともにしたことがない…………髪がいつも爆発してる」

「爆発したら俺が直してやる」

「何一つまともに出来ないポンコツ馬鹿妻だ…………いつか嫌われてしまう」

「嫌われても何度も俺が好きになる。俺はいつもそうだったぞ。お前はそうしてくれないのか」


 ずっと床を見つめた妻がようやく尚哉を見つけてくれた。

 妻の涙に尚哉はやさしく手で触れた。



「尚哉…………私はいつもお前が好きになる」

「桜…………偶然だな。俺は毎日お前を好きになる」


 涙をすべて拭き取られ、ようやく妻が笑ってくれた。

 妻の涙を拭き取ると、尚哉もやさしく笑いかけた。



「ぱぱ、まま、ぎゅ――――」

 いつの間にかぎゅっとしている2人を傍で息子が羨ましそうに見つめた。


 2人は笑って息子を見つめた。

 3人笑ってぎゅっとみんなを抱きしめた。


 

 


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