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犬猿の仲の公爵家同士ですが、覚悟を決めたら僕の人生が決まりました  作者: 白波 いつき


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番外編:完璧男が理解する

 放課後の多目的室は、静かだった。


 来週の試験に向けて、マティアスは机に向かっている。

 家に帰ると姉たちが煩くて、とてもじゃないが勉強どころではない。

 だから最近は、ここが定位置だった。


 ……あー、ここ分かんないな


 問題文を睨みつけたまま考え込んでいると、ふいに机の上に影が落ちた。


 辿るように顔をあげると、そこに立っていたのは――


 げっ


 エドワード・キングズレーだった。


 学園内で知らぬ者はいない。

 顔よし。成績よし。運動神経よし。

 礼儀も完璧で、将来有望。

 爽やかで、非の打ちどころがなくて、

 近寄ると自然と背筋が伸びるタイプの男。


「ここ、いいかな?」


 嫌だ。


 そう言う暇もなく、エドワードは当然のように椅子を引き、完璧な角度で腰を下ろした。


 ……何なんだよ。


 座るだけで、どうしてそんなに様になるんだ。

 姿勢か?

 足の長さなら負けてないはずなのに、何かが違う。角度か? 空間の使い方か?


 思わず、マティアスは自分も少し斜めに座り直す。


 ――うん。何か違う。


 だがエドワードは気にした様子もなく、じっとこちらの顔を見ていた。


「……え? 何?」


 何でそんなに見るんだ。


「ああ、ごめん」


 エドワードは一瞬だけ視線を外し、そして、ごく自然に言った。


「ヘレーネ様は、君の顔が好みだったのかなと思って」


 ――は?


 いきなり何を言い出すんだ、この完璧男。


 お前に言われても、それ、嫌味でしかないんだけど。


 ……いや、でも。


「そうなんじゃない?」


 自分でもよく分からないまま、そう返していた。


 エドワードは、わずかに目を見開く。


「あっ……本当にそうなんだ」


 いや、知らんけど。


 きっと、ヘレーネが俺のどこを気に入ったのか、それが純粋に気になっただけなんだろう。


 残念だったな。


 そんなん――

 俺のほうが知りたいですから!


 マティアスは、ノートに視線を落としながら言う。


「何? 自分が振られたのが不服なわけ?」


「んー……不服というより」


 エドワードは少し考えてから、穏やかに続けた。


「君には、他にも女性がいるから。ただ疑問だっただけ」


 そのまま、ちらりとノートを覗き込む。


「あっ、ここ間違ってるよ」


 ……は?


 長い指が、迷いなく答えを指す。


「えっ、これ間違ってるの?」


「うん。説明文は合ってるけど、式の立て方が違う」


 喋りながら、しかも一瞬で間違いを見つけるとか。


「あ……本当だ。ありがとう」


 羨ましすぎる。

 完璧すぎるだろ。


 エドワードは続けて、何気ない調子で言った。


「リディアさんやカトリーナさんは、怒ってないの?」


「え? 怒る? 何で?」


「だって、君のこと好きなんでしょ。入学してから、ずっと一緒にいるし」


 ……ああ、なるほど。

 そう見えるらしいよね。


「いや、友達だけど」


 マティアスは即答する。


「それに、リディアはヨナスと、カトリーナはオスカーと付き合ってるし」


「……は?」


 初めて見た。

 エドワード・キングズレーの、人間らしい顔。


 驚いたように固まっている。


「結構前からだよ。

 俺が一緒にいるときも、大体あいつらの相談か愚痴だし」


 ……愚痴八割だけど。


「……知らなかった」


「別に隠してるわけじゃないのに、何故か皆知らないんだよな」


 何でなんだろう。


「でも、君の周りには、いつも女性がいるよね」


「来るけど、すぐいなくなるし。断るのが下手なだけだからなー」


 マティアスは、ため息混じりに言った。


「ていうか、それ、アンタに言われたくない」


「俺は、基本きっちり断ってる」


 すみませんね。

 断るのが壊滅的に下手で。


 そう思っていると、エドワードが小さく呟いた。


「……意外だな」


 何がだよ。


 そう言い返す前に、彼はもう一度、ノートに視線を落とした。


「そういえば、これも意外だな」


 エドワードが、俺のノートを指差す。

 勉強時間が削られていることに、若干の苛立ちを覚えつつ、顔を上げる。


「勉強、真面目にしてるんだね。しかも、こんな場所で」


 してるよ。

 勉強、真面目に。

 ちょっとでもヘレーネに釣り合いたいし。

 結果は、伴ってないけど。


「ここでやってから帰らないと、家に帰ったらやる気削がれるしな」


 ペンを持ったまま答える。


「それに、週末は予定あるし」


「ああ、ヘレーネ様とデート?」


「いや、サッカー」


「……サッカー!?」


 何?

 なんかさっきから、完璧男、驚いてばっかじゃない?


 思わず眉をひそめる。


「普通だろ」


「君が?」


「俺が」


 エドワードは、しばらく黙り込んだ。


 いや、するだろ。

 サッカー。

 普通に楽しいし。


「ヨナスとオスカーも来るし」


 続ける。


「応援にリディアとカトリーナも来るって。……それで、珍しくヘレーネも」


 最近、ヘレーネはリディアやカトリーナと仲がいい。


 どんな話をしているのか気になるけど、楽しそうにしている彼女を見ると、口を挟む気にはなれない。

 ああいう笑顔は、止めたくない。


「……サッカー……」


 エドワードが、噛みしめるように呟いた。


 そんなに驚くことか?


 思わず声が漏れる。


「なに? 来る?」


「……え?」


「興味あるなら、来てもいいよ」


 自分でも少し意外だった。

 こんな誘い方をするとは思わなかった。


 どうせ来ないだろう。


 そう思いながら、場所だけを簡単に伝え、マティアスは席を立った。


 残されたエドワードは、少し考えるような顔をしていた。





 当日。


 来ないと思っていたエドワードが、グラウンドの端に立つ姿を見つけたとき、正直少し驚いた。


 エドワード・キングズレーは、学校では見たことのない軽装だったが、

 それでも立ち姿のせいだろうか。

 場違いなくらい整った姿に見えた。


「……ほんとに来たんだ」


「約束しましたからね。マティアス様の冗談かとも思いましたが、本当にサッカーするんですね」


「マティアスでいいよ」


「ここ、学校じゃないですけど?」


 そういえば、学校には身分に関わらず交流を、という校則があったな。


「いいよ、別に。メンバーも平民から俺みたいなのまでいるし」


 それだけ言って、俺は「付いてこい」と伝え、メンバーのほうに向かった。

 エドワードは静かに周囲を見渡していた。


 土の地面。

 騒がしい声。

 身分に関わらず楽しそうに話しながら、準備運動もそこそこに、もうボールを蹴り始めている連中。


 ゲームが始まると、最初、エドワードはまったく噛み合わなかった。

 動きはいいのに、間が合わない。


「そっちじゃない!」

「今の戻れ!」


 遠慮のない声が飛ぶ。


 誰も気を遣わない。

 完璧男だからとか、伯爵家の嫡男だからとか関係なく、扱いは変わらない。


 エドワードは戸惑った様子だったが、文句は言わなかった。

 服が汚れるのも構わず、俺たちの動きに合わせようと動いている。


 ……慣れてないんだな。


 しょうがない。

 俺が誘ったんだから、ちゃんと面倒見なきゃな。


 そう思って、いくつか声をかける。

 正直、完璧男にアドバイスするのは、かなり気分がいい。


 なんて思っていたのに……


 しばらくすると、こちらの動きに合わせてくるようになった。


「今の、いいな! 次こっち!」

「そっち詰めろ!」


 数分後には、完全に流れに乗っていた。


 いや、悔しいが、驚くほど上手くなっている。

 本当に初めてだよね!?


「……なんで、サッカーまで出来るんだよ」


 完璧な人間は、スポーツまで完璧らしい。

 思わず言うと、エドワードは困ったように笑った。


「真似しただけだよ」


 嘘だろ。それだけでこんなに出来るの?


 試合が終わる頃には、全員同じように泥だらけだった。


「……こんなに汚れたの、初めてだ」


 エドワードが、袖を見て呟く。


「帰ったら、ちゃんと落とせよ」


「ん? あぁ」


「泥汚れは、一回乾かしてから叩き落とせ。いきなり水桶に突っ込むなよ」


「……ん?」


「水桶に浸けるにしても、二回は水変えろ」


 一瞬きょとんとしてから、エドワードは声を上げて笑った。


「はは……君、本当に想像と違うな」


「なぁ、それ何なの。俺、その言葉もう聞き飽きたんだけど」


 完璧男も、女子たちも。

 何だよ、想像と違うって。

 勝手に想像すんな。


 そのときだった。


「だめよ」


 腕に、軽い重み。


 見下ろすと、ヘレーネが俺の腕を、両手で抱きしめるようにして立っていた。


「マティアスは、私のだから」


 静かで、迷いのない声。


 えっ、何。

 可愛い。

 可愛いんだけど、どうしたの!?


 エドワードは一瞬目を見開き、すぐに納得したように頷いた。


「……なるほど」


 そして、俺を見る。


「君は、ちゃんと選ばれているんだな」


「貴方に譲る気はないわよ」


「ははっ、彼といると、随分表情が豊かなんですね。ヘレーネ様」


「貴方も、随分今日は気の抜けた表情ね」


 ヘレーネのその言葉に、エドワードは目を丸くしてから、自分の顎を軽く撫でた。


「そう、ですか?」


「えぇ」


 うん。

 よく分からないけど、俺を挟んでの言い合い、やめてもらっていい?

 二人とも笑顔なのに、微妙に怖い。


「マティアス」


「ん?」


「また、来ていいかな」


「おう。次は別チームでもやってみようぜ」


 認めたくはないが、今日の試合はかなり白熱していた。

 その一端を担っていたのが、このエドワードなのは間違いない。


 俺の言葉に、完璧男は一瞬きょとんとしたあと、素直に笑った。

 いつもの作られた笑顔じゃない、少しだけ気の抜けた笑い方で。


「……楽しみにしています」


 そう呟いて、彼は帰っていった。


 その日以来。

 学園で顔を合わせれば、自然と声をかけ合うようになった。


 完璧男と、俺。


 どういう縁だよ、と思いながら――

 悪くない、と思っている自分がいた。

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