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空は青い。

「ではウルバラを無罪放免とする」


 第七天人たちの会議。

 部屋の中に静かな声が響き渡る。


「異論のあるものは?」

「おるまいて。なあ、第四天人」


 うつむいた第四天人がピクリと動く。


「まさか魔王と取引をした者が、ウルバラの罪を許せぬはずがない」

「国を良くするためにやったこと。悪いとは思っておらぬ」

「ほう?」


 ピリッとした空気があちこちから発せられる。

 第七天人は手を打ち、その空気を四散させた。


「それぞれの正義の形は色々とある。だからこそ、我らがそれを正しいかどうか決めるのだ。今回、我らは第四天人に罪はないと判断した。そしてウルバラも。一度そうなったのなら、もう他の者が口を挟んだり蒸し返すことはできまい? それこそ野暮で罪深いことだ。そして我々は等しく罪を償うだけのチャンスが与えられる。そうだろう?」


 その言葉に、みなが口をつぐむ。

 ウルバラが無罪になったのは、魔王からの脅威を取り去ったからだ。

 ハムナが隙を見せたので容易く殺せたとはいえ、魔王を殺したことは魔界にとって大きな打撃。当分は魔界からの侵略はないと見ていい。それを評価しての無罪放免である。

 民もこれであれば納得するだろうと皆が思ったためである。事実、その言葉に異論を唱えるものはいなかった。




 + + + + +




「ウルバラ、こっち」


 街は落ち着き、カムナをこっそり見る者もウルバラについてつぶやく者もいなくなった。

 もとより天人族は善の塊である。一度受け入れてしまえば、それについて悪くいうことはない。一般的な天人族と違うウルバラはそんなところも気に食わないと思っていたが、カムナが特に気にしていないようなので気にするのをやめた。


「全く……そんなに走ると山を転がりながら落ちるはめになりますよ」

「……怖いこと言わないでよ」

「どうしてですか? 滑落死なんてよくある話ですよ。足元に気をつけなさいと言ったのです」

「わかるけど……」


 すっかり気が削がれたカムナは、手に持った花を抱え直して歩き始めた。

 そしてしばらく歩き、ようやく見えてきた丘の上。


「やっとついた!」


 駆け寄ったのは、小さな墓地だった。

 沢山並んだ墓石。草が生い茂っているところもあれば、綺麗に刈り取られて手入れされているところもある。


「えっと……」

「こっちですよ」


 ウルバラが先導した先には、セミセミとハミルダの墓。

 各々の家族には魔王との戦いに巻き込まれたとして報告された。

 今日はウルバラの一件が落ち着いて、初めてここに来たのだ。もちろん家族には内緒で。

 言えるわけもなかった。ウルバラに関わったがために娘を亡くしたのだ。ハミルダの家族は、自分の娘の前世が魔族であったとは知らない。当然、前世の記憶を取り戻したせいで天人族の軍に処分されたのだということも知らない。


「……私だけが、生き残ってしまいましたね」

「そういうこと言わないで」

「ああ、すみません。別にマイナスの気持ちではなかったのですが……」


 カムナが持ってきた花を置くと、墓地内に風が吹き始めた。

 それは非常に穏やかで、温かな風。


「ねえ」

「どうしましたか?」

「…………」


 カムナはふと不安になったのだ。

 しかし、その不安を言ってもいいもの迷った。


「……なんでもない」


 そして、言わないことにした。


「なんでもなーい!」


 空元気で走りだすカムナ。

 その後ろ姿を見てウルバラが顔をしかめているなど、カムナは少しも気づいていない。




 + + + + +




「カムナ、起きていますか?」


 夜。

 暗い部屋の中、狭いベッドで二人は抱き合って眠っている。

 あの時から、ウルバラは別々で寝るのを良しとしなかった。


「……うん」

「昼間、あなたが何を言いたかったのか当てて差し上げましょうか?」

「……いや」


 小さくなって身を丸めるカムナに、ウルバラはどうしようもなく苛立ち、それがすぐに苛立ちではなく“心が潰れそうなほどの愛情”だと気付く。


「カムナ、私はあなたが愛おしくて仕方がないんです。あなたが異形に姿を変えるのなら、その時は私もあなたと共に身を堕としましょう」

「…………」


 ウルバラはゆっくり起き上がり、うつ伏せになって耳を覆うカムナに覆いかぶさる。その背にぴったりと身を寄せ、カムナの耳の縁をなぞるように唇を這わせると、カムナは小さく震えた。


「ねぇ、カムナ……私のあなたに対する愛情が薄れたことなど、一度もありませんよ。あなたに愛されなくてもいいんです。私があなたを愛していたいんだ。でも――」


 ウルバラは一瞬息を止めた。


「――願わくば……あなたに愛されたい」


 震える声が聞こえた瞬間、カムナは仰向けになると同時にウルバラにキスをした。

 目の前で見開かれるウルバラの目。その目が驚きやら興奮やら複雑な感情をうつしているのを見て、カムナは少しだけ冷静になる。


「私が死ぬ前……寂しいと思ったの。ウルバラと別れることが。これは夢だから、もう目覚めたらウルバラには会えないんだって思って」


 鼻先が擦れ、ウルバラの荒い呼気がカムナの心をざわつかせる。


「でもそれはただ寂しいんじゃないって気づいた……ウルバラ、私、あなたのこと結構好き」


 困った、とでも言いたげにかすれた声を出せば、あとはもう言葉の要らぬ時間となった。

 ただ闇に紛れ、二人の呼吸が一つになっていく。




 + + + + +




「深い愛というのは理性と知性を失わせ、盲目にさせますね」


 ソファに座りながら、寝間着の下だけはいたウルバラが溜息をつく。

 朝食の準備をしていたカムナは淹れたばかりのコーヒーをウルバラの前へと置いた。


「その格好で言うのやめてくれる? お父さんみたい」

「……お父さん」


 広げた新聞からは真新しいインクの匂いがする。

 キッチンからはベーコンの焼ける匂いが漂ってきて、窓の外は雲一つない青空が広がっていた。


「……カムナは元々大人びた子でしたが、記憶を取り戻してからはより一層そう見えます」

「当たり前でしょう? あの時ですらすでにいい年だったから」

「横で成長を見守るのも一興と思っていたので、少し残念ですね。まあ、あなたのオムツを変えられたので良しとしますか」


 ウルバラがそう言いながら意地悪そうに鼻で笑えば、カムナはやや乱暴にマッシュポテトを皿へ盛りつけた。


「ご飯いらないの?」

「おや、意地悪を言いすぎましたか? あなたの作ったご飯が食べてみたいから今日は一任していますが、それが仇になったようだ。まさか意地悪すら言えないだなんて寂しい関係だな」

「……なんかウルバラ本当に意地悪」


 わざと拗ねたように横を向けば、ウルバラは困ったように笑いながらカムナの横へと移動した。


「ほら、顔を上げて。私のお姫様はキスをしてあげたら機嫌が良くなりますか?」

「そのウルバラの顔をみんなに見せてあげたい」

「……よしてください」


 事実、蕩けそうな笑みを浮かべたウルバラなど見たら、同僚や後輩などは目をむいて驚くだろうと思われた。

 カムナはなんとなくわかっている。ウルバラが職場で変に浮いていることを。それは今回の事件や過去のことが原因ではなく、ウルバラ自体が少し変わった性質を持っているからだ。

 しかしそれが原因で嫌われてはいない。むしろウルバラの隣を狙う女性は未だ多く、まだカムナが子供であるからと安心してコンタクトを取ってくる者もいるほどだ。


「…………」

「おや、どうしました? なぜそんな不機嫌そうな顔をしているのです」


 この間、カムナはウルバラがレストランでの食事に誘われているのを見かけた。

 ウルバラはきっぱりと断ってはいたものの、やはりこの人はモテるのだと再認識して、子供っぽい体型のままの自分が嫌になったのだ。それに、天人族は総じて綺麗な女が多い。カムナは黒髪であることも含め、顔のつくりが非常に薄かった。端的に言えば、自分に自信がないのだ。

 そしてそれをウルバラはよく理解していた。つまり、カムナがどうして不機嫌そうになっているのかも知っている。知っていて、こう言うのだ。


「困りましたね。どうしたら良いんでしょうね」


 意地悪そうな顔で、カムナの唇を見つめる。

 そしてジワリジワリと距離をつめて、カムナが動揺で目をそらすのを楽しむのだ。


「カムナ」


 ウルバラの口から出る名。

 その響きを聞く度に、カムナは胸がギュッと押しつぶされそうな感覚に陥る。どうしようもなく耐え難い衝動に襲われる。

 その感情が何なのか、まだカムナにはわからなかった。


「綺麗な目だ」


 ただ唇にかけられた指が、カムナの唇を割って中に入ってくるのを黙って受け入れるしかなく、そしてそれはカムナの心拍数を強引に上げていく。

 そしてとうとう耐えられなくなり――


「いた!」


 カムナは力いっぱい指を噛むと、真っ赤な顔でキッチンから出て行った。


「ふふっ……私のカムナは恥ずかしがり屋さんですね」


 血の滲む指を舐めると、ウルバラは火にかけっぱなしになっていたフライパンの火を止め、カムナの後を追っていくのだった。


 空は青い。

 どこまでも遠く、澄み渡っている。


The End...

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