第八章: ガーディアンズ
追加報告会議の翌々日、北斗は雅臣と共に乗り込んだ神崎家のプライベート・スペースクルーザー『セイリング』のブリッヂで、出航を待っていた。
セイリングを操縦するのは、雅臣が子供の頃から専属を務めている超ベテランパイロット、桂桃次郎と同じく超ベテラン機関長の相沢金弥の二人で、北斗にとっても昔からの馴染みである。二人とも北斗と顔見知りであり、長旅から無事帰還した事と十年ぶりの再会を心から喜んでくれた。
そして、ブリッヂには雅臣が造り上げた二人……いや、二体のアンドロイドも居た。
雅臣の主席秘書とアリスの主な世話を兼任する、成熟した20台半ば程度の女性の容姿を持つ『マリア』、主にアリスの遊び相手を目的として造られたと言う九歳から十歳程度の愛らしい美少女の姿をした『アンナ』である。
マリアには既に北斗も会っているので、そのアンドロイドとは思えない人間的な自然さを解ってはいた。だが、年齢設定が異なるアンナもまた、その容姿・言動に全く不自然さを感じさせない事に、北斗は再び驚愕させられてしまった。
「おじさん、どうしたのー?」
北斗が間抜けな驚き顔を晒していたせいか、白いワンピースを身に着けたアンナが両手を後ろに組み好奇心満々な様子で訪ねて来た。
「ん? ああ、なんでもないよ」
北斗は笑って答えながら、アンナの様子をじっくりと観察してみる。この『アンナ』は、幼少期のアリスを参考に、アリスの妹が生まれていたら、と言う想定で雅臣がデザイン・開発したアンドロイドだという。
まだあどけなさを残す少女らしい肢体とボブカットにされたブルネット、くるくると良く動く大きなブラウンの瞳が印象的で、しなやかで華奢な体を休む暇なく動かし、パイロットの桃次郎や金弥にもじゃれ付いては和ませている。アリスはこのアンナを実の妹の様に可愛がっていて、アンナも『アリス姉さま』と呼んで慕っているようだ。
マリアとアンナの他にも、百八十センチを越える長身で、十七~十八歳程度の、高校生ほどの容姿でプロアスリートのように無駄のないスレンダーな体形を持つ『マルタ』、二十歳程度の容姿を持つ『サロメ』の二体のアンドロイドが存在し、この船に乗り込んでいると雅臣は説明したが、現在その二体は休眠しているらしい。
セイリングの乗組員は以上のアンドロイド四体+パイロット二人、雅臣、北斗。
そして、今は自室でぐっすりと眠っているアリスで全員である。
セイリングが発進準備に追われている時、北斗は、じゃれついてくるアンナをあしらいながら
「おい、雅臣。アリスとマリアは先週フラビオンへ行ったんじゃなかったのか?」
と、雅臣に誰何する。
「なんだ? お前はアリスと一緒なのが不満なのか?」
「そんなワケないだろうが! そうじゃなくて、なんでフラビオンに行ったはずのアリスがまだ地球に居たのか聞いてるんだ!」
北斗は、雅臣に見当違いな返し方をされ、苛立たしげに再度尋ねた。
「ああ、ちょっとした手違いでな。取るに足らん事だから気にしないでくれ。間もなくアリスも起きて来るだろう。なに、先週一杯、佐久でパトリシアさんと楽しんだのだから今度は婚約者たるアリスをしっかりエスコートするのは当然だろう」
じろり、と北斗を一瞥し、雅臣が辛辣な言葉を吐くと
「ぐぬ」
と、一唸りして北斗が黙った。
そんな二人の様子を微笑ましげに眺めていた桃次郎が、会話が途切れたのを見て
「坊っちゃん、そろそろ出航します」
雅臣に向かって静かに言う。桃次郎も金弥も雅臣の子供時代からの専属パイロットで、呼び方も当時からのままだ。
「坊っちゃん」の響きに思わず北斗は噴き出しそうになったが、北斗自身も先ほど桃次郎から「巳桜のボン」と呼ばれてずっこけているので、藪蛇にならないよう辛うじて堪えた。
「ああ、頼むよ桃さん。さて北斗、お前はその辺の空いているシートに適当に座ってくれ。それとも、アリスの部屋で添い寝するか?」
雅臣は呼び方など意にも介さず桃次郎に答え、ついでに北斗をからかったが、
「ふん」
北斗は鼻を鳴らしただけで相手にせず、雅臣の座るキャプテンシートから一番離れた索敵レーダー前のシートに腰を下ろした。管制塔から離陸許可を貰ったセイリングは、離陸後約十五分で引力圏を離脱し地球からグングン離れていく。機関は快調で、順調に雅臣の治める企業国家『フラビオン』への航路に乗り、後はアクシデントがない限りひたすら宇宙を進むだけだ。
地球からフラビオンまでの距離は18億5040万キロメートル、時速0・3光年(3千600万キロ)を誇る『カンザキ・ドライヴ』で約51時間、二日強ほどの旅程となる。ただし、コロニーへのドッキング前に減速する必要などがあるので、正確には二日半程度は掛かってしまう。
航路に乗り、オートクルーズ状態になったブリッヂ内には和んだ空気が流れ、桃次郎と金弥も思い思いに本を読んだり音楽を聞いたりし始めている。
「マリア、アンナ、マルタ……そしてサロメ、ね」
先ほどから、仕事関連の通信をしているらしい雅臣を視界の端に捉えつつ、平時は無用な索敵オペレーターシートに体を埋めた北斗がボソリと呟いた。
「え?」
すると、北斗の膝の上で、まるでそこが専用席だと主張するかのごとくちょこん、と座った可憐な少女が不思議そうに声を上げる。出航直後に目を覚まし、ブリッヂに来るが早いか嬉しそうに北斗に抱き付いたその少女――アリスが、北斗の呟きを聞いて愛らしい仕草で小さな頭を傾げていた。
「ああ、何でも無いよ、アリス」
膝の上の少女の、美しくしなやかな金髪を手で優しく梳きながら北斗が言うと
「えへ」
アリスはにっこりと微笑み、心地良さそうに瞳を閉じた。
「なにか私に言いたい事でもあるのか、北斗?」
幸せそうな愛娘の様子を船長席から微笑んで見ていた雅臣が、通信を終えてから北斗に聞いて来たので、
「いや、お前にしてはアンドロイドの名付け方がロマンチックだなと思ってさ。逆に聞きたいんだが、その名前にはなにか含みでも有るのか?」
北斗は逆に、アンドロイドたちの名前の意味を尋ねた。
最先端技術の粋を集めて雅臣が建造した、アンドロイド四体の名前の由来。それは、かつて人類最大の権勢を誇った、とある宗教の教典に登場する女性達の名前である。
だが、北斗の知る神崎雅臣と言う男は、宗教を信仰し、日曜の礼拝を欠かさないような敬虔な男では断じてない。世界中のあらゆる宗教の歴史と詳細を知識としてその頭脳に納めてはいるだろうが、『神』などという存在を認めた事は一度たりとてないはずだ。
「それは心外だな。私は結構、ロマンチストだと自負しているんだがね」
ニヤリ、と不適に笑う雅臣に
「ああ、お前は確かにロマンチストだったな……アンヌマリーとアリスの前限定だけど、な」
皮肉半分で北斗が返す。
「ふっ。北斗、私はな、自分の愛する妻と娘以外に振りまくロマンなど持ち合わせていないのさ」
「へーへー。アンタにゃ適わんよ」
しかし見事に逆ねじで惚気られた北斗は、早々に白旗を揚げて降参した。
「お父さま、楽しそう」
そんな二人のやり取りを見ていたアリスが、くすくすと可愛らしく笑って呟くと、雅臣は
「ああ、楽しいとも」
笑いながらキャプテンシートから立ち上がり、つかつかと北斗たちの座るシートへ歩み寄る。そして北斗の膝の上からひょい、とアリスを抱き上げ、白く柔らかな頬に口付けした。
「あん、お父さまったら」
頬をピンクに染めたアリスが小さく抗議の声を上げると、雅臣は北斗をじろり、と睨みつけた後
「私の大切なアリスの心を奪った憎い男だが、私の唯一の親友でも有るしな」
含み笑いを漏らしつつ言った。
「そう言う事は、口に出さない方がありがたみが有るんだぜ」
雅臣の言葉に、なんとも言えない気恥ずかしさを覚え、敢えて乱暴な調子で北斗が毒づくと
「北斗はお父さまの事、どう思っているの?」
雅臣の腕の中から、父親によく似た含み笑いを見せたアリスが悪戯っぽく聞いて来た。
「え……?」
これがもし、他の誰かからの問いならば、北斗は躊躇無く『宿敵』とか『怨敵』などと答えていただろう。だが、そんな冗談を言うには少しばかり相手が悪い。
じっと見詰めてくる無邪気かつ意地悪な蒼い瞳のプレッシャーに耐えかね、
「ああ、雅臣は俺にとって、最高の悪友だよ!」
と、北斗はヤケクソ気味に答えた。
2時間ほど後、北斗は膝の上で安らかな寝息を立て始めたアリスをそっと抱き上げると
「アリスをベッドに寝かしてくるよ」
雅臣に言い残してブリッヂを後にした。
アンナが付いてくるかと思ったが、桃次郎に纏わりつき何やら話し込んでいる様子だ。
「アリスの部屋は、と」
通路に出て、宙に投影されたエアロ・ディスプレイで検索するとアリスの部屋は二階の最後尾近くである。このクルーザーは最上階にブリッヂや食堂、サロン、大浴場などの共同施設が位置し、その一つ下の二階に船室と会議などに使う大部屋、各アンドロイドの待機室と言ったプライベートスペース、そして最下段に倉庫および格納庫がある。
「フロアをひとつ降りて格納庫のほぼ真上、か」
北斗は部屋の場所を頭に叩き込み、アリスを起こさぬように注意して無重力状態の通路をゆっくりと進み出した。船体中央のエレベーターに乗り込み、二階のボタンを押すと、
「二階に止まります」
女性の機械音声が流れる。
エアロ・ディスプレイに表示されている案内図をみると、最下段の格納庫はこういった類のスペースクルーザーとしてはかなりの容量を持たせているようだ。
「インター・セプターの一機や二機は入ってるんだろうな」
北斗は格納庫の大きさを見て、無意識に呟いた。北斗は手近にインター・セプターが無いと妙に落ち着かないのであり、北斗所有のインター・セプター『ウイング』は、ひと足先にパトリシアとともにフラビオンへ向かっている。
常識的に考えると、旧々型の軍払い下げとはいえ個人でインター・セプターを所有するなどあり得ない。いや、法人であっても警備会社や傭兵会社など特殊なもので無ければなかなか許可も下りないし、管理維持や整備に相当なコストが掛かるので業務上どうしても必要でなければよほどの好事家、それもかなりの資産を持ったものしか所有しようとも思わないだろう。
だが、北斗にとってインター・セプターが手元に有ると言う事は一種の精神安定剤の様なものなので、軍属時代のコネと貯蓄を最大限に利用して個人所有しているのだ。
ゆえに、自分の『ウイング』をパトリシアと共に先に送った北斗にとっては、セイリングの格納庫の中にインター・セプターが入っているかどうかがずっと気になっていたのだが、雅臣に尋ねる機会を逸していた。
もっとも、人類最大の企業国家、神崎リヒト・グルーヴは宇宙船やクルーザーなどの民生用の他、連邦地球軍用の武器・兵器の多くを開発・生産している。この船はその総帥たる雅臣のプライベート・クルーザーなのだから、最新鋭のインター・セプターが格納されていてもなんらおかしくはない。
北斗がそんな事を考えながら通路を進んでいると、アリスの部屋のドアが見えて来た。
(よし、アリスを部屋に寝かせたら格納庫の中を確認してみよう)
北斗はそう思い、ドアに据え付けられた生体認証システムに掌を当てアリスの部屋に入室した。入室後、ドアが閉まるとゆっくりと人工重力が掛かり、北斗の足が床に着く。同時に、アリスの軽い体重がクン、と北斗の両手に掛り、その心地よい重さに北斗は微笑んだ。
アリスの専用室と言っても、船であるからこれと言った装飾や特別な家具が有るわけではなく、広めでは有るが簡素な造りの部屋だ。宇宙空間が透けて見える強化カーボネイド製のウインドウの手前に置かれたセミダブルベッドにアリスをそっと寝かせ、薄くて軽い羽毛布団を静かに掛けてやる。
「ん……ほく、と……」
桃色の唇から漏れ出た寝言を聞き、声を出さずに笑った北斗は、アリスのつん、とした形の良い白い鼻先に軽くキスをして
「アリス、ちょっと待っててくれよ」
と呟き、静かに部屋を出た。
「さて、格納庫は、と」
ドアが閉まったのを確認し、先ほど覚えた船内図を脳裏に呼び出す。
「あっち、か」
記憶では船体最後尾に位置していた、格納庫行きのエレベーターに乗るべく北斗が床を蹴り宙を泳ぎ出した時。
アリスの部屋から数えて四つ目の船尾側ドアが開き、青いパーカーと膝までのスポーツパンツに身を包んだ女性が姿を現した。
「ん?」
一瞬、北斗はマリアかと思ったが、彼女はアンナとともにまだブリッヂにいるはずである。パーカーの女性の顔や頭髪などは深く被ったフードに隠され確認することが出来ない。
と、女性は北斗の方には来ず、背中を向けて船尾のほうへ向かいあっという間に飛び去って行く。そして、最後尾のエレベーター手前の大部屋のドアを開け、すっと中へ消えた。
しばらく廊下に浮きながら考えていた北斗だったが、
「もしかして、今のがマルタかサロメ、なのか?」
まだ見ていない二体のアンドロイドの名前に思い当った。
「いや、だが……」
何か、違う。マリアにしろ、アンナにしろ、その動作や仕草はアンドロイドと言う事を全く感じさせなかったが、今の青いパーカーの女性は、その二体ともまた何かが違っている様に思えたのだ。
「……後で、雅臣に聞いてみるか」
北斗は、大部屋を覗いてみようかとも考えたが、なぜかあまり気乗りがしなかったので止めておくことにした。
テロリストや何らかの工作員などの可能性も疑っては見たが、蟻も通さぬ程の超絶セキュリティを誇る、フラビオン総裁専用機であるこの船に密航するほどの腕をもった者がうかつに姿を見せるとは考えられない。
「ま、蟻は宇宙船には乗れないだろうけどな」
自分の思考に突っ込みを入れ、北斗は格納庫を目指して廊下を跳んだ。
「ただいま、と……」
十分後、アリスの部屋に戻って来た北斗は小さく呟きながらアリスの様子を確認した。
「ん……おかえりなさい」
「ありゃ、起しちゃったか」
だが、眠っていると思ったアリスは薄らと瞳を開け、北斗に微笑みを向けている。
「ううん、北斗が来るちょっと前に起きたの。でも、まだ眠いの……」
「アリス、俺も一緒に寝かせてもらって良いかな?」
ふわ、と可愛い欠伸をしながら体を起こそうとしたアリスを手で制し、北斗が尋ねる。
「うん、もちろん。嬉しいな」
アリスの返事を聞き、上着を脱いだ北斗がベッドに滑りこむと、眠っていたせいか熱く火照った体でアリスがぎゅ、と抱きついて来た。
「甘えんぼだね」
北斗はそう言いながら、アリスの白い額にキスをする。
「えへへ」
アリスは照れた声で笑い、北斗の首筋にキスを返した。
「ね、北斗。今どこに行っていたの?」
北斗の首筋から唇を離したアリスが尋ねると
「うん、格納庫を見て来たんだ」
北斗は、アリスの小さな頭を自分の右肩に導きながら答えた。
「この船に積んでいるインター・セプターを見て来たんでしょ」
「へえ、良くわかったね」
くすくすと笑うアリスに、ピタリと行動を当てられた北斗が驚く。と
「だって、北斗は昔からそうだったもん」
北斗の行動なんてお見通し、とばかりに言われてしまい
「はは、参りましたよお嬢様」
北斗はアリスの頬を優しく撫でて降参した。
「そういえば……」
北斗は、アリスの蒼い瞳を見て、青いパーカー姿の女性を思い出して無意識につぶやく。
「そういえば、なあに?」
すると、不思議そうな表情で北斗を見上げるアリスが尋ねて来たので
「いや、さっき格納庫に行こうとしてこの部屋を出た時にね……」
北斗は、先ほど青いパーカー姿の女性を見掛けた事を話した。
「あ……それはね、きっと『サロメ』だと思う」
「『サロメ』?」
アリスの発した名前に、北斗はブリッヂで雅臣から聞いた話を思い出す。
そうだ、四体のアンドロイドのうち、雅臣が名前しか言わなかった四体目のアンドロイドの名前が『サロメ』だった。
「なるほど。でも、もう一体、『マルタ』って名前のアンドロイドも居るんだろ?」
なぜ、アリスが『マルタ』ではなく『サロメ』だと即断したのか?
北斗の感じた疑問に、
「うん。でもね、マルタは休眠状態に入ると緊急事態でもなければ絶対起きないし、青い服を着ていたんならきっとサロメだよ。マルタは赤い服しか着ないから」
アリスは、簡潔かつ明快に答えてくれた。
「なるほど。ありがとう、アリス」
「どういたしまして!」
北斗のお礼に、にっこりとアリスが笑う。
北斗はアリスの頭を撫でながら、何か引っ掛かるものを感じて
「ふうむ……」
と唸った。青い服の『サロメ』、赤い服しか着ない『マルタ』……あと二体、マリアとアンナは確か……
「どうしたの、北斗?」
アリスが北斗の首筋に手を回し、むぎゅ、と抱き付きながら聞いて来て、アリスの温かな体の感触で思考の渦から引き揚げられた北斗は
「ん、なんでもないよ」
と答え、アリスの柔らかな体を抱きしめ返した。
(何か、引っ掛かる。まあ、重要な事ならばそのうち解るだろう)
北斗は、くすくすと笑うアリスの、甘い匂いのする首筋に軽くキスをして頭を切り替える。このパターンだと、迷えば迷うほど思考の迷路に嵌り込む事を知っているからだ。
その後、十分ほどじゃれながら他愛もないおしゃべりをしていると、アリスが静かに寝息を立て出した。
「おやすみ、アリス……」
北斗が、柔らかい頬を優しく撫ぜてやりながら囁くと、
「ほく、と……だいすき……」
小さくアリスが呟いたので、まだ眠っていなかったのかと焦ったが、少し様子を見ているとただの寝言のようだった。
「……俺もだよ」
北斗はもう一度囁くと、アリスの頬にキスをしてから自分も眠る為に瞳を閉じた。
「ん……?」
どれほど眠っただろうか、北斗は右腕に着けた腕時計型の端末が振動し始めたのに気付き目を覚ました。
「ブリッヂから通信?」
自分を抱き枕にして眠っているアリスを起こさぬように苦労して、静かにベッドを抜け出し部屋の外に出てからブリッヂに連絡を入れる。
『北斗か、アリスは眠っているか?』
端末から聞こえて来る雅臣の声に、
「ああ、ぐっすりだ。起こさないようにベッドから抜け出るのに苦労したよ。今は通路に出ているが、どうした?」
と、聞き返す。
『そうか。では至急ブリッヂに来てくれ。面白くなるかもしれん』
雅臣はなにやら楽しそうな声で言うと、一方的に通信を終わらせてしまった。
「面白くなる、だって? 何だよいったい」
北斗はまだ寝起きでいまひとつシャッキリとしない頭を数回振って首をコキコキ鳴らすと、部屋から持って出たジャケットを羽織ってブリッヂへと向かった。
「おはようございます、北斗」
ブリッヂに入ると、マリアがにっこりと微笑みながら北斗を迎えた。
「マリアか、おはよう」
その微笑の余りの自然さと、かつて恋した女性の面影を色濃く感じて北斗は柄にも無くドキッとしてしまう。
(しかし、やっぱアンドロイドとは思えない、よな……)
北斗はそんな事を考えながら、優しげな微笑を向けるマリアの顔をじっと見つめてしまっていた。
「おじさん、コーヒーだよ!」
と、足元から元気な声とともに湯気を上げるカップを差し出され、
「あ、ああ。ありがとう」
芳しい香りと湯気を上げるカップを受け取り、礼を言って声の主に視線を向ける。
「えへへ、どういたしまして!」
すると活発そうなショートカットの可愛らしい少女は、小柄な体を北斗の足に纏わり着かせて嬉しそうに返事をした。
(この子も、アンドロイドか)
その姿、表情、仕種。どれをとってみても九~十歳ほどの人間の少女にしか見えない。
だが、アリスの事を『姉さま』と慕うこの『アンナ』もまた、雅臣によって造られた少女型ロボット、なのである。
アリスの寂しさを少しでも紛らわそうと、雅臣によって擬似人格を与えられ生み出された、偽りの生命……いや、生命ではない。
いくら人間らしい感情と反応を見せても、それは恐ろしく精緻に組み上げられたプログラムの結果でしかないのだ。この、北斗を見上げて微笑む愛らしい少女も、あの、かつて恋した女性と同じ笑顔で北斗を見詰める女性も、全てはコンピューターによりコントロールされている機械、なのである。
北斗は、インター・セプターに搭乗している時、学習機能は有れど思考回路すらもたない完全な無機体である愛機から、何らかの意思の様なものを感じた事が幾度と無くある。
完全に『乗れている』時には、機の手足は自分の手足の延長の如く感じ、またそれ以上の自在さを持って扱えた。だから、機械には心など無い、などとは思ってはいないし、むしろ機械とだって心を通わせ、相棒となる事は出来ると頭よりも体で知っている。
だが。いや、だからこそ。
彼女達のように、あまりにも自然に人間らしく振舞う機械に対して、言葉には言い表せない微細な『何か』を感じるのかもしれない。
北斗が少しの間、思考の淵に佇んでいると
「北斗、起こしてしまってすまなかったな。だが、あれを見れば目も覚めるだろう」
照明が暗めに抑えられたブリッヂの中央、船長席に座る雅臣が北斗へ声を掛けて来た。
「ああ、起こされたのは別に構わないが、一体何が有ったんだ?」
現実に引き戻された北斗は、アンナから貰ったコーヒーを一口啜り、雅臣に向かって尋ねる。
「うむ。あれ、だ。なんだか解るか?」
雅臣が北斗に頷き、手元のコンソールを数回叩くとメインスクリーンの一部が船長席の目の前の空間にアップで投影された。その画面の中央付近を、何かが蠢きながらこちらへと向かって来ているのが見て取れる。
「ん? あれは……」
見覚えの有る異形の物体を視界に捉え、北斗は記憶の中からそいつのデータをコンマ1秒でたたき出した。
「雅臣、あれは『プレシオ』だ」
北斗の額に汗が滲んだのは、その怪物の危険さをイヤと言うほど知っているからだ。
数え切れない程の命を、宇宙空間に散らした恐るべき異形の怪物。
「ほう、やはりか。珍しいな、この宙域でプレシオに出遭うとは。『回遊型』だろうが、攻撃してくるかな?」
「ここまで近付いて来たのなら、明らかに敵意をもっているだろう。雅臣、格納庫に有るインター・セプターで俺が出る」
いくらこの船の足が速くても、今から回避したのではプレシオ本体からは逃げ果せてもヤツの吐き出すビームブレスに襲われる可能性が高い。
インター・セプター一機でプレシオを倒せるのは、連邦地球軍の現役パイロットを含めても片手で数えられるほどと言われている。その内の一人に数えられ、実際に数度、一対一で倒しているのが北斗なのだ。
だが、そんなものは参考程度にしかならない。今までに倒した事が有るとしても、その時の体調や精神状態、そしてインター・セプターの性能など、こちらの状況にも左右されるが、それ以上にプレシオの個体差による強弱が激しい。
今、こちらに向かって来ている『プレシオ』の強さは、実際に戦闘してみるまでは解らないのである。
認識番号O・S・A・D・O(アウト・スペース・エリア・デンジャラス・オブジェクト)‐A012。
通称『プレシオ』と呼ばれているこの宇宙生物は、人類が宇宙へ乗り出してから遭遇した危険現象及び危険物体のうち、『怪物』に分類された初めての物体である。
太古の地球の海に生息していた首長竜に良く似たシルエットを持つ事から『プレシオ』と名付けられた炭素系物質構成生命体で、涙滴型の胴体から長く伸びた首、その先にちょこんと乗った小ぶりな頭部が特徴だ。
ただし、実際のプレシオサウルスのような足鰭と尾は持たず、推進力を何で得ているかは全く不明だ。頭部には、額の辺りに赤く光る一つ目らしきものと、常時青白いプラズマビームの余波が零れ落ちる口らしきものを持ち、主な攻撃は口を大きく開いてビームの束を吐き出す『ビームブレス』と呼ばれるものだ。この攻撃は非常に強力で、電磁コーティングされている宇宙船の外壁も易々と貫いてしまう。
もっとも、必ず攻撃してくるわけでもなく、また攻撃して来たとしてもある程度逃げ切れば追跡を諦める事も多いので、連邦地球政府発行の『銀河航行ガイド』によれば可能な限り戦闘は避けて逃げるように推奨されている。
また、プレシオは行動パターンによって二種が確認されている。
テリトリーらしきものを持ち、そこに近付くものは何者であれ必ず襲ってくる『定住型』と、テリトリーを持たず気まぐれに宇宙空間を彷徨う『回遊型』に大別され、攻撃性の強い定住型が比較的穏やかと言われる回遊型より危険とされる。とは言っても、あくまでも『比較的』穏やか、なだけであり、襲って来られた時の危険性は全く変わらない。
連邦地球軍の決死の戦いで太陽系の主要航路付近に棲む定住型のプレシオは十五年前までにほとんど駆逐されている。だが、回遊型はまさに神出鬼没で、予想もしていなかった航路や宙域で出くわす事も多いのだ。
「おい、雅臣」
船長席に座ったまま、楽しげにプレシオを眺めている雅臣からの返事が無い事に若干苛立った北斗が雅臣を呼ぶ、が
「まあ待て、北斗。お前の事だからもう見て来ただろうが、この船に積んであるインター・セプターは『ウイング・カスタム』だ。船外作業程度に使うつもりで積んでいるから武装も大したものがないし、お前の所有しているV1Eウイングに毛が生えた程度の性能しかない」
雅臣は、まるで北斗が格納庫を確認した事を知っていたかのような口ぶりで答えた。
インター・セプターCXシリーズはかなり古い前世代のモデルで、初代機のV1A型は現在の最新型である第五世代機、VF-Rシリーズより三世代前の機体だ。
第四世代機以前のモデルは有機コンピューターによるフルサポートが装備されていないので、相当な技術や熟練度が無いと性能を活かし切れず、一部の限られたパイロット以外には不評の機体も多い。
特にCXシリーズはエンジンの配置方法が他の一般的なモデルとは違ったり、駆動系が特殊だったりと独創的な構造を持つのでパイロットによってはまったく受け付けない場合もある。
だが基本設計の優秀さ、旧世代モデルの特徴でもあるオーバークオリティな耐久性と、ピーキーだが最新型にも負けないパワーによってシリーズ最終型のV65T『ウイング・ターボⅡ』、愛称『ブルドッグ』は、ベテランパイロットに未だ人気の高い機体でもあるのだ。
また、北斗が外宇宙探査任務で使用していた愛機も、このウイング・ターボⅡのカスタム機であった。
「……ああ、さっき格納庫は見て来たから解っている。ブルドッグなら楽だったんだが、無いものねだりをしても仕方ないだろう」
北斗も、雅臣に行動が読まれている事など承知していたかの如き調子で返すと
「まあ、そういうな。50V2CもCXシリーズの基礎となった銘機だ。我が神崎リヒト・グルーヴ内……いや、この宇宙でも最高のエンジン屋、誉田技研の出世作だぞ」
「解ってるさ。大丈夫だ、プレシオ如きウイング・カスタムで充分だ。じゃあ、すぐにスタンバって……」
雅臣の言葉に頷き、北斗がブリッヂを飛び出そうとした時。
「待てと言っているだろう、北斗。お前に出てもらう必要は無い」
船長席から微動だにせず、相も変わらず楽しそうな調子で雅臣が北斗を制した。
「はあ? ヤツは一直線にこっちへ向かってるんだ、今更逃げても間に合わんぞ?」
お前は何を言っているんだ、とばかりに言う北斗に
「回避? そんな必要は無い。それに、乱暴に動いたらせっかく眠ったアリスを起こしてしまうだろう。まあ、見ていろ北斗。面白いショーを見せてやる」
不適な笑みを浮かべた雅臣が、不適に言い放った。
「ショー、だと?」
雅臣の真意を図りかね、さすがの北斗も戸惑っていると、
「マリア。アンナとマルタを連れて三人で行ってくれ。ああ、さっきも言ったがアリスを起こさないように、静かに、な」
「イエス、マスター」
「はあい!」
雅臣から指示を受けたアンドロイド二体が、呆然とする北斗の横をすり抜けてブリッヂから飛び出して行く。
と、マリアがドアの向こうで立ち止まり、楽しそうに走り去ったアンナを見送ってから
「マスター、サロメは出撃させなくてよろしいのですか?」
控え目に、雅臣に尋ねた。
「……ああ、あれは気が向けば出るだろうし、出ないならそれで構わん。好きにさせておいてくれ」
「イエス、マスター。失礼しました。北斗に彼女を見せた方が良いかと思い、差し出がましい事を申し上げてしまいました」
雅臣の返答に、さっと優雅に一礼しマリアが謝罪する。
「私としては、その謝罪の方が余計な一言に思えるな、マリア。まあいい、行きたまえ」
先ほどまでの微笑を消した雅臣の言葉に、今度は何も言わず一礼したマリアは、一瞬北斗の顔に視線を向けた後、通路へと消えた。
「雅臣、マリアやアンナに砲撃手でもさせるのか?」
マリアが向けた視線に、何か心がざわつくものを感じた北斗だったが、それは敢えて無視して彼女らに何をさせるつもりなのか尋ねる。
現在最高の技術で造られたハンドメイドのアンドロイドなので、船に積まれている防御攻撃用AIよりも彼女らが端末を介さず直接接続した方が確実な敵の撃破が期待できるのだろうか?
「いや、そんなまどろっこしい事はしない。まあ、見ていたまえ、北斗。『アリス・ガーディアンズ』の活躍を、な」
「アリス・守護者……?」
意味不明な雅臣の言葉を疑問に思った北斗だったが、それはなんだ、と尋ねなかった。
なぜか。今の雅臣を見て、北斗は今までの経験からそれ以上彼が説明をすることはない、と悟ったからである。
そしてこう言うときには、尋ねるまでもなく雅臣の言葉の意味が実体験で知らされるからだ。
「まあ、座っていろ。すぐに終わるさ」
雅臣に促され、北斗は手近なシートに腰を下ろす。
『彼我の距離、1万キロを切りました』
すると、コンピューターの報告が響いた。
1万キロを切れば、プレシオの吐き出すビームブレスの射程距離だ。だが北斗の経験からすれば、射程を切ったからとすぐに撃ってくるような知性はプレシオにはない。
しかしながら、サブスクリーン上に映し出されているプレシオは相当大型の固体であるのは明白だ。
宇宙空間を棲みかとするプレシオも、やはり地球上の生物と同じく体の大きさは攻撃力の高さに比例し、また性質の凶暴さもそれに比例する。
雅臣の余裕を見ていると必要以上に警戒しなくても良いのは解るのだが、北斗自身がプレシオの恐ろしさを体で知っているだけに心穏やかではいられない。
グングン近づいてくるプレシオの威容につ、と北斗の額を冷や汗が一筋伝った時。
『マリア、出ます』
『アンナ、行っきまーす!』
『マルタ、出るぞ!』
三つの、それぞれ個性ある女性の声がスピーカーより響いた。
「出る、って……まさか、彼女たちは戦闘用でもあるのか?」
北斗の口を衝いて出た疑問の言葉に雅臣が答える。
「ああ、そうだ。あらゆる状況下で、いかなる脅威からもアリスを護るために私が造り上げたのがマリア、アンナ、マルタ、そしてサロメ……これら四体のマルチパーパス・アンドロイド、『アリス・ガーディアンズ』だ」
雅臣が不敵に笑ったその時、出撃した三体のアンドロイドがマリアを中心としてメインスクリーン上に並んだ。
マリアは先ほどまで着ていた黒いスーツは脱いでおり、代わりに漆黒のナイトドレスの様な形状のプロテクターを身に着けている。ただし、肌が露出している部分はそのままで、時折光の加減で艶やかに輝くのを見るとなんらかの透明な物質でシールドコーティングされている様だ。
頭にも複雑な形状のガードを付けているが、長い金髪は露出しており、星明りを受け煌いている。
背中には甲虫の羽の様に幾重にも折畳まれた、縦に長い六角形……と言うより亀甲状の装甲を背負っているが、ボディと繋がるアタッチメントらしきものは確認出来ない。
アンナもやはり船内で着けていた可愛らしいワンピースは脱いでおり、背中の亀甲状の装甲は無いものの、ほぼマリアのミニチュアと言えるドレス状のプロテクターを身に纏っている。
ただし、その色は白銀であり、短めなスカート形状と相まって元気な少女の雰囲気はそのままだ。
だが、両腕、特に袖のプロテクターはゴツく膨れており、何かを内蔵しているようにも思える。
そして、初見のマルタと言うアンドロイド。マリアやアンナの華やかにすら見えるドレス状の装甲とは異なり、競泳水着のような形状の、メタリックレッドに輝く薄いプロテクターを纏ったその肢体は細くしなやかで、さながらアスリート、といった雰囲気を漂わせている。
頭部のガードはジェット型ヘルメットに近く、目部分を覆うシールドでその視線は確認出来ない。
背中には鷹が翼を広げた時に似た形状の、虹色に輝くウイングを装備しており、スピード、瞬発力に優れていそうだ。
北斗が三人のアンドロイドを注意深く観察していると
『マスター、ご命令を』
ブリッヂのスピーカーからマリアの静かな声が響いた。
「注文は一つ、アリスを起こさないように、静かにな。あとは任せる」
『イエス、マスター』
雅臣がごく簡素な命令をマリアに出すと、彼女はちら、と振り返りそれに答えた後、
『アンナ、あなたは船の正面左前方5キロの地点へ。マルタは同じく右前方5キロの地点で、両者とも指示あるまで待機。以上よ』
二体のアンドロイドに指示を与えた。
『はーい、マリア母さま!』
『まだるっこしいな、さっさと片付けてしまった方が良いだろうに』
『マルタ、指示通りになさい。良いわね?』
『ちっ、了解』
だが、素直に返事をしたアンナに対し、マルタと呼ばれた紅い装甲のアンドロイドはなにやら反抗的な態度を取っている。
「雅臣、あのマルタってヤツ態度悪いな」
普通、ロボットに限らず機械ってヤツは立場が上位の存在からの指示には絶対服従なものだろ?
北斗がそんな疑問を雅臣にぶつけようとした瞬間。
『悪かったな、私はそんな安い女じゃないんだよ!』
マルタの怒声がスピーカーから響いて来た。
「そりゃ失礼。頑張ってくれ、お高い女さん」
うは、と肩を竦めた北斗がまぜっかえすと
『私の名はマルタだ。ロート・マルタ。忘れるな!』
強気な声で言い残し、鮮やかな紅いメタリックの軌跡を描いてマルタが指定の位置まで一気に飛び去って行く。
『アンナもいっきまーす!』
その直後、可愛らしく宣言した白銀に輝く小さな少女が、マルタの逆方向へと同じようにすっ飛んでいった。
「なあ、雅臣。彼女達、スラスターやバーニアを噴かしたりせずに飛んでるよな?」
北斗は、二体の機動を見て疑問に思ったことを雅臣に尋ねてみる。
宇宙空間で推進や制動を得るには、スラスターもしくはバーニアによる噴射が必要なのは当然の事である。だがマリアを含め三体とも、そう言った噴射をまったく行わずに安定して機動を行っているのが不可思議であるのだ。
「ああ、彼女らの運動制御に推進器は必要ない。慣性制御システムを装備しているからな」
「……なんだって?」
北斗は、さらっと雅臣が発した言葉の意味が一瞬理解出来ず、数秒の間を置いてから呆けた声で聞き直した。
「だから、彼女らの運動・機動は慣性制御で行っているのだよ」
「待てよ、おい。慣性制御だと? 実用化どころか、理論だってまだ証明されてないはずだろ?」
雅臣が繰り返したその単語――『慣性制御』というそれは、北斗の脳髄に衝撃を与えた。
慣性制御システム。それは三次元上に存在する全てのモノを、あらゆる力学の法則から解き放つ夢の動力装置である。慣性制御が完全に可能となれば、どんなに大きな物体でも自由自在に動かす事が出来るし、大気圏・水中・宇宙空間など、状況を問わずどんな動きも可能となるのだ。
「ああ、そうだ。確かにお前が知っている慣性制御と理論は基本的には同じだが、残念ながら現状では様々な制限や限界がある。特に、制御出来る範囲や大きさが極端に狭い。だが、限定的ながら実用化には成功している、といえるだろう。これもまた、『ストーカーズ・ドロップ』からのフィードバックなのだよ」
雅臣の言葉を聞き、アリスの愛らしい笑顔が北斗の脳裏を過ぎる。
アリスを護るために造られたあのアンドロイドたちもまた、あの技術により生み出されていたのだ。
「北斗、私はアリスの為なら何も躊躇わない。あの技術を使った事により、私も、アリスも彼ら(・・)からの最重要監視対象となっているのは間違いない。だが、私は彼らのモルモットで終わるつもりは無いのだ」
雅臣の言葉に、北斗は頷く。
「ああ、それだけは俺も同意見だ。アリスのためなら、何だって使えばいいさ。それを咎めたり、アリスを興味半分で監視対象にするような奴らは……」
俺が叩きのめす。そう、北斗が言い掛けると同時に。
「坊っちゃん、プレシオがビームブレスを吐き出しました」
ブリッヂ前方のパイロットシートから、それまで黙って操船に集中していたパイロットの桃次郎が叫んだ。
眩い光を撒き散らし、暗黒の宇宙空間を切り裂いてプレシオの吐き出したビームブレスが北斗たちの乗るセイリングに向かって伸びて来る。
「エネルギー波の本船着弾まで20秒。カウント開始します。十七、十六、十五……」
コンピューターがカウントダウンを始め、ブリッヂに緊張が走る……いや、緊張したのは北斗のみ、だった。
だが、北斗も緊張はすれど、狼狽したりはしていない。元々冷静沈着なのに加え、雅臣たちの落ち着き具合と、マリアたちアリス・ガーディアンズの、常識では測れないであろう性能を鑑みれば焦る必要は無いと判断出来たからだ。
「では北斗、面白いものを見てもらおうか。マリア、バリアを展開しろ。その後はお前の判断で動いてくれ」
『イエス、マスター』
雅臣の声に応え、マリアが両腕をふわり、と弧を描くように舞わせた。
ヴン!
スピーカーから発生した電子音のような、巨大なスズメバチの羽音のような音が北斗の耳を打つ。
「……これは」
次の瞬間、スクリーンにうっすらと青み掛かった亀甲状のマス目が無数に繋がる、薄い膜の如き半透明の壁が現れた。
そして、北斗たちの乗るセイリングに向かって伸びて来ていた、プレシオの吐き出したビームブレスの束をあっさりと受け止め、拡散・消滅させる。
「電磁バリアか……? いや、違うな。強度が有り過ぎる」
それを見て、北斗が呟く。
直撃すれば、宇宙戦艦の分厚い装甲さえやすやすと貫くプレシオのビームブレスを、たかが電磁バリアが防ぎ切れるわけがない。
だが、目の前の、人間大のロボットが一瞬で展開したそれは、マリア本体にもこの船にも一筋のビーム余波さえ届かせなかった。
「黒のマリア。彼女のモチーフは古代の神話、四神のうち北を司る『玄武』だ。玄武……つまり亀の強靭な防御力をテーマに開発した。彼女のバリアは今のような光線兵器の類はほぼ全て無効化出来る。また、背中に装備している折り畳み式のヘキサゴン・シールドはあらゆる物理・質量攻撃に耐える。最大級の宇宙戦艦の電磁砲にも傷一つつかないし、全身を覆うように展開装備すれば太陽に放り込まれても数時間は耐えられるだろう」
淡々とした雅臣の言葉に、北斗は先ほどアリスの部屋で引っ掛かった事を思い出す。
(そうか、『色』だ。サロメの青、マルタの赤。マリアは黒で、アンナは白……各アンドロイドの『カラ―』と武装は四神がモチーフなのか。それにしても……)
全てを焼き尽くしてしまうあの太陽の灼熱にさえ耐える。
そんな事が可能なのか? 現在の、人類の技術で?
いや。『人』のものではないだろう。
「それも、ストーカーズ・ドロップの技術なのか」
「ああ、そうだ。ガーディアンズには、現在までに実用化出来たあれの技術を全部、注ぎ込んである。全ては、アリスのためだ」
「……そうか」
雅臣の言葉に嘘は無いだろう。
神崎リヒト・グルーヴがそんな超技術を開発成功したと発表したならば、まだこちらへ還って来て日の浅い北斗の耳にも届くはずだ。
だが、北斗本人はもちろん、天元もパトリシアもそんな情報は全く知らなかったし、話題にすら上らなかった。
つまり、これらの超技術はあくまでもアリスとガーディアンズに関わるものにしか使われていないと言う事なのだろう。
だが、こんな超技術をいつまでも外部に……連邦政府などの諜報機関を持つ組織に隠し通せるものだろうか?
それに、だ。雅臣にその意志は無いとしても、マリアやアンナの開発を雅臣ただ一人で行ったワケではないだろう。つまり、たとえ少人数の信頼できる選りすぐりの部下で行っているとしても、人間の口に戸板は立てられるものではない。
どんなに注意していても、その技術や情報が凄いモノであるほど、どこから情報が漏れるか解らない。
『攻撃に移ります。マルタ、あなたがフォワード、アンナと私がバックアップ。良いわね?』
『ああ』
『はぁい!』
北斗が考え込んでいたのは数秒の事だっただろうか、マリアの指示と二人の返事に我に返ると、正面左右のサブスクリーンにマルタとアンナの姿が映し出された。
「今、マリアがフォワードに指定したのが紅のマルタだ。モチーフは南の『朱雀』。あの羽は武器であり、シールドでもある。彼女は朱雀の名から不死鳥をイメージし、スピードと攻撃力を重視している。最大速度は時速にして0.7光年。その速さはもちろん、ガーディアンズ中……いや、人類最速だ。攻撃には、慣性制御でビーム刃を構成する羽そのものと、翼の一部を外して手に装備する光剣を用いる」
「紅のマルタ、か。最高時速0.7光年、ね……」
カンザキ・ドライヴを使用しての最高速度はおよそ時速0.3光年。マルタは、その倍以上の速度を誇る……なんという瞬速である事か。
「坊っちゃん、奴さん突っ込んで来ますぜ」
機関長、金弥の声にメインスクリーンを見ると、ビームを全て防がれたのに逆上したか、プレシオが雄叫びを上げるように大きく口を開き猛スピードでこちらへ突進して来るところだ。
おまけに、何を思ったか首をめちゃくちゃに振り回してビームブレスを方向構わず撒き散らし始めている。
と、吐き出されたビームブレスの一筋がセイリングの至近を通過し、余波によって微小に船体が振動した。
「ふむ、行儀の悪い怪物だ。これではアリスが起きてしまうな……マリア」
顎に手を当て呟いた雅臣の声に頷き、
『バリアをセイリング全面を覆うように展開します。これにより私はセイリングから離れられなくなるので先ほどの指示は破棄。攻撃プログラムは二人に任せます。可及的速やかにプレシオを撃破しなさい』
すい、と船の直前に出たマリアが新しい指示を出した。
『了解! アンナ、早い者勝ちだぞ!』
『きゃはっ! どっちが先にやっつけるか、競争だね!』
デタラメに吐いて来るビームブレスからセイリングを保護する為に、マリアはブリッヂ前方100メートルほどの位置で静止した後、バリアを大きく球状に展開して船全体を包み込む。
動けなくなったマリアの指示に応じ、二人のアンドロイドがあっという間にサブスクリーンから見えなくなった。
「速い!」
北斗がその速度に驚愕して叫ぶ。一瞬、二人を見失ったカメラだったが、動態予測追尾プログラムが優れているらしく宇宙空間を凄まじい姿で滑っていく二人の姿をすぐに捉え直した。
だがその直後、マルタの姿がブル、と振るえ、再びスクリーンから姿を消した。アンナの姿は、かなりブレながらもなんとか捉えたまま保持している。
「最高速を出したな」
雅臣が言い終わるよりも早く。
メインスクリーン上に大写しになっていたプレシオの首の根元付近に、一筋の紅い光が走った。
「今のは……」
おそらく、マルタの光翼が奔ったのだろう。次の瞬間、まるでザン! と言う切断音が聞こえた錯覚がするほどの勢いでプレシオの首が切断され、虚空にふわり、と舞った。
「なんだと……」
あの大きさのプレシオの首を一斬で切断するなど、インター・セプターの装備出来る最大のブレード兵器でも不可能だ。だが、それをいとも簡単にやってしまうとは。
『ハッ! 手応え無いな。アンナ、私の勝ちだ』
スピーカーから、マルタの勝ち誇った声が響く。が、北斗が即座に叫んだ。
「マルタ! プレシオはその程度じゃ沈黙しないぞ。首も胴体も、まだ生きているはずだ」
『え……?』
マルタの呆けた声がスピーカーから響き、スクリーンにゴパ、と口を開くプレシオの巨大な頭部とその前に浮くマルタの姿が映し出される。
「避けろ!」
だが、北斗の叫びも空しくバグン! と閉じたプレシオの口中にマルタの姿が消えた。
「雅臣!」
北斗が雅臣を見て三度叫ぶ、が雅臣は不敵に笑ったままスクリーンを見詰めている。
その時、
『きゃはっ! マルタ姉さまってばおっちょこちょいなんだから!』
アンナの悪戯っぽい声が響き、プレシオの頭頂部がベコ、とひしゃげ、口がこじ開けられるような形で開いた。
「これは……」
北斗が再びスクリーンに視線を移すと、奇妙な形にひしゃげ続けるプレシオの頭部からぬらぬらとした艶を放つマルタが飛び出して来る。
『くそ! アンナ、一つ借りだ!』
『えへへ、気にしなくても良いよー!』
出て来たマルタに寄り添ったアンナは嬉しそうに笑うと、
『じゃあ、片付けちゃうね! そーれ!!」
左右の腕を前方にぐん、と突き出す。すると、両腕のプロテクターから、巨大な虎の顎の様な形状のアタッチメントが飛び出した。そしてすかさず右腕を上に、左腕を下に開き、
『潰れちゃえっ!』
と叫びざま、上下に開いた腕を、まるで虎が獲物を噛み砕くかの如きジェスチャーで交差させる。
その瞬間、プレシオの頭部付近の空間がぐにゃ、と奇妙に歪み、巨大なプレシオの頭部とそこから伸びる首の半ば辺りまでがペシャ、と呆気なく潰れた。
「な……」
スクリーンに映し出されるプレシオの頭部だったモノは、まるで二次元物質の様に厚みを無くし、水平角度からの映像に切り替わると見えなくなるほど、ペラペラの紙の如く圧縮されている。
「白のアンナ。モチーフは『西の白虎』だ。両腕に、重力操作に特化させ調整した慣性制御システムを装備していて、攻撃と防御の両方に用いる。あらゆる物質を超重力で圧縮し、潰してしまうのだよ。今の攻撃は『重力顎』と名付けてみた。また、あの腕部には超圧縮した重力波を弾丸の様に撃ち出すことのできる『重力砲』も仕込まれている」
「……」
北斗は絶句してしまっていた。
これまで、一体のプレシオを倒すのに北斗が掛かった時間は、一対一ならば最短で三十分程だった。それも、無傷で済んだわけではない。
だが、インター・セプターの十分の一ほどの大きさの、あの二体のアンドロイドは殆ど無傷で倒してしまった。
しかも撃破までに掛かった時間は攻撃開始からせいぜい十分程度である。
その攻撃力の高さと、それ以上に完全に自律した攻撃と行動、そして危機的状況への対応力……北斗は、今までに知っていた最先端の技術や知識があまりにも時代遅れなものとなっている事に戦慄すら覚えた。
「ったく、なんてこった……」
ふふ、と思わず笑いかけた北斗がスクリーンを見ると、アンナとマルタがきゃいきゃいとじゃれ合っている光景が映っている。
「ん?」
スクリーンに映し出された二体の後ろに、ひしゃげて潰れたプレシオの頭部がふわふわと漂っているのを確認した北斗は、何か大事な事をを忘れているような、嫌な感触を覚えた。
「……あ」
そうだ!
「アンナ、マルタ! プレシオの胴体はどうした!?」
先ほど、潰されて活動を停めたのは切り離された首と頭だ。プレシオの本体と言えるのは頭部だが、頭を切断されたり破壊された状態でも胴体独自にしばらく活動する事は可能である。
唐突な北斗の叫びに
『え? そう言えば見当たらないな』
『あれ? もしかして、お船に向かってる黒い塊って……』
のんきとも言える反応をする二人。その、アンドロイドとは思えない反応に北斗は呆れるよりも感心してしまった。
「ったく、なんつー人間臭いアンドロイドだよ。雅臣、プレシオの胴体の現在位置をサーチして……」
『プレシオの胴体位置、把握しました。現在本船真下約50キロの地点を本船に向かって移動中です。スピードはたいして出ていませんが、およそ二分後に本船と接触すると思われます』
北斗の声に被せ、マリアの報告が響く。
「防御できるか、マリア?」
『申し訳有りません。セイリング全体を囲むバリアの展開によって、エネルギー回復が遅れていて、物理衝撃防御の為のシェル・シールドを展開するのに2分30秒ほど掛かります。これよりバリアを解除して、私本体のボディでプレシオ胴体の衝突から本船を防御します』
マリアの声は調子も様子も変わらないが、北斗には僅かに悲壮感が感じられた。
「おい、それって大丈夫なのか?」
なんとなく嫌な予感がして、北斗が誰にとも無く尋ねる。
「……いや、背中に背負っているシェル・シールドを展開出来ない状態であの大きさの物体を受け止めれば、マリアもただでは済むまい。だが、マルタが全速で戻って撃破するには本船とプレシオの位置が近すぎて危険だ」
それに対し、雅臣が静かに答えた。
「どうする。なんとか迎撃か回避は出来ないのか?」
「最大噴射で逃げれば或いは回避出来るかもしれんが、それではアリスを起こしてしまう」
「……何を言ってるんだ、雅臣! 俺が今から部屋に戻りアリスを抱いて安全を確保するから、すぐに全速で回避してくれ!」
雅臣の、これもまたのんきとしか言いようの無い言葉に若干の苛立ちを感じた北斗が叫んだ。
そしてすかさずブリッヂを飛び出そうと駆け出したその背中に、
「まあ、待て。あの子が出た」
雅臣の、愉しげな、それでいてどこか自嘲らしきものを含んだ声が掛かった。
「あの子?」
(誰だ、それは?)
北斗が急ブレーキを掛けドアの直前で振り返る。と、メインスクリーン中央、こちらに向かってうねうねと不気味な動きで近付いてくるプレシオの胴体を遮って鮮やかなメタリックブルーの煌きが現れた。そして煌きが収束して行き、蒼い光の中心に一体の影が浮かび上がる。
『サロメ、行きます』
静かに宣言をした蒼い影は、ふら、とブレた次の瞬間、蒼い流星となりプレシオの胴体へ突き刺さった。
ピタ、と静止したプレシオの胴体の内部から、眩い蒼光が全方向へと噴出し、一際強く輝く。
『保護の為、映像を一時切断します』
その余りの輝きにセイフティーが働き、光学スクリーンがブラックアウトしてしまった。
「今のは……」
今日だけで一体何度驚かされるんだよ、と思いながら北斗が誰何する、と
「蒼のサロメ。ガーディアンズ最後の一人、だ。東の『青龍』をモチーフとしている。今の攻撃は、ボディ各部に備えられたサファイア・レーザーを慣性制御で身に纏ったまま敵の体内に突入し、内部で爆発的にレーザーを放射させる『ボム・サファイア』だ。レーザーを収束させて身に纏い、自らを蒼い刃として敵を切り裂く『リントヴルム・ブレード』と言う技もある」
雅臣が静かに、だが今までのガーディアンズの解説とは僅かに違うモノを滲ませて呟く。
「ブラウ・サロメ、か……なあ、雅臣。サロメは他の三人と何かが違う、のか?」
「……なぜ、そう思う?」
北斗の問いに、問いを重ねる雅臣。だが、北斗はそれを咎める事無く
「いや、なんとなく。まあ、カン、ってやつかな」
とだけ返した。
と言うより、そう言うしかなかったのだ。
「そうか。やはりお前しかいないな」
「……なんだそりゃ?」
北斗の答えを聞いた後、雅臣がぼそりと呟いた言葉を聞き咎め、北斗が誰何する。
「いや、気にするな。こちらの事だ」
「……そうか」
気にするなと言われても無理がある。が、北斗はそれ以上雅臣を追及する事無く、黙って口を閉じる。
プレシオを完全撃破した三体のアンドロイドは、ゆっくりと、セイリングに向かって宇宙を滑るように飛翔していた。
プレシオとの戦闘終了後、整備を終えたマルタは時折北斗たちの前に姿を見せるようになった。だが、サロメは専用室に引っ込んだまま、相変わらず全く姿を見せない。
北斗がアリスと二人でお茶を飲んでいる時、
「アリス、サロメはどんなアンドロイドなんだい?」
と、率直にサロメの事を尋ねてみた。
「うーん……サロメは結構、気分屋さんだから。でも、私と二人だと凄く優しいんだよ」
人差し指を唇に当て、愛らしく首を傾げたアリスはイマイチ掴みどころのない答えを返す。
「他には?」
「えーと……おっぱいは大きいよ。私と同じくらい」
「ほう。そこんとこもうちょい詳しく」
「……北斗?」
「ごめんなさい」
アリスの冗談に冗談で返した積りだったが、なぜか氷点下の視線で射抜かれた北斗は直ぐに謝った。
だが、それ以上アリスに聞いてみたとしても、アリス自身がサロメの事をそれほど詳しく知っている訳では無いようなので、北斗は雅臣に直接尋ねてみたのだが
「うむ、サロメに関してはまだ秘密だ」
の一言で交わされてしまった。
何か、強く引っ掛かるものを感じながらも、
「……ま、そのうち解るだろ」
北斗はそれ以上追及するのは止め、とりあえず様子を見る事にした。
次回更新は、明日5日(月)の予定です。
よろしく!




