第六章: 悪友
「……では、以上ではやぶさ帰還報告会議を終了させて頂きます。ありがとうございました」
会議再開から約2時間後、議事進行を務めるカトレア女史により閉会が告げられた。
北斗は会議中にいくつかの重要事項を報告し、また多くの質問に対する解答を求められた。
北斗とパトリシアが呼ばれた理由……それは、今回の旅路で遭遇した、多種多様な敵性物体及び物質の詳細を報告するためであった。
船団防御指揮官、及びその副管理官と言う立場は、船団の他部署には横展開できない存在や状況を多く知ってしまう事でもある。それは、過去、地球上で行方不明になったはずの艦船や航空機との遭遇などというオカルトチックな現象から、人型もしくは獣型、あるいは定まった形状を持たずに宇宙空間を闊歩する全く未知の存在との接近遭遇など、だ。
それらとのトラブルを可能な限り避け、また不可避ならば闘って撃退したのは北斗率いる船団防御ブロックのメンバーであり、極秘の印を押された報告書を山の様に作成・登録して来たのは管理副官のパトリシアである。つまり彼らは船団の他ブロックのスタッフよりも、ある意味一段とディープな旅をして来た、と言えるのだ。
今回の会議ではその類の報告をする必要も有ったので、船団総長である天元の判断により北斗とパトリシアの二人が呼ばれた、と言うわけだ。
北斗だけでなくパトリシアも伴わせたのは、レポートや書類の作成をほとんど一人でこなして来て、現場対応をした北斗以上に詳細を把握・記憶しているからであろう。
少しざわつき始めた会議室でカトレア女史が大スクリーンに明日からの予定を映し出し、良く通るソプラノで説明を再開した。
「続いて、明日の午前十時より『外宇宙における敵性物体についての対応策』会議を行わせて頂きます。この会議にはこの場の皆様以外に、連邦地球軍からカエサル・レミネント元帥、ヤール・アルビレット大将、坂崎大冶郎大将、ジョニー・ノリス大将、ドロッセル・フォン・ベルクヴァイン大佐、美作舞子主計大佐が参加致しますのでご承知置き下さい。それでは、明日午前九時五十分までには本会議室へお集まり頂けますようお願い致します」
カトレア女史が言い終わると同時に、今までロックされていた会議室のドアが静かに開いた。がやがやと部屋の外へ出ていくVIPたちを全員見送ってから、
「さて、晩飯食って佐久に帰るか」
うーん、と伸びをした北斗が独り言のように呟く。と、
「え? 明日の会議は?」
パトリシアが両瞳に? を浮かべて聞いて来た。
「バックれる」
「はぁぁ!?」
しれっとした北斗の言葉に、パトリシアは翠色の瞳をキュ、と釣り上げ、がしっと北斗の右の二の腕を両手で捕まえる。
「また逃げんの!? ダメだかんね、絶対逃がさないんだから!」
そしてぐるる、と唸りかねない勢いで叫び、豊かな胸の谷間に北斗の腕を挟んで抱え込んだ。
「お、おいパティ!」
焦った北斗が手を引き抜こうとしたが、「うー!」と異声を発しつつ北斗の手を抱えたパトリシアはビクともしない。
「おお、何やら羨ましい事になっているな」
と、ノコノコとやって来た雅臣が、その光景を見て楽しげに声を掛けた。
「うっせ! 何が羨ましいっつーん……雅臣、明日の会議はお前も出るんだよな?」
とりあえず、齧りついているパトリシアの事は置き、北斗が雅臣に尋ねる。
「ああ、もちろんだ。さっきカトレア女史は言わなかったが、ウチの情報部のスタッフなども参加させてもらう」
すると、雅臣が「むー!」と唸っているパトリシアの頭を撫ぜつつ答えた。
「そうか、じゃあこのおたん娘を俺から引き剥がして預かってくれ」
北斗はそう言うと力任せにぐい、と片腕でパトリシアを持ち上げ雅臣に渡そうとする。が、
「ひゃあっ! 下ろしてよ馬鹿力! 総帥! この無責任オヤヂになんとか言ってやって下さい! 明日の会議サボろうとしてるんですよ!」
北斗の腕に必死で齧りついたままのパトリシアが、雅臣に向かって告げ口をする。
「ちょ、パティおま!」
思わず力が抜けた北斗の手がふら、と下がり、浮いていたパトリシアの両足が床に接地した。
「ふむ、こいつは昔から無責任なヤツだったからな。パトリシアさんの苦労が偲ばれるよ」
「ありがとうございます! やっぱ、昔からこんなんだったんですね!」
足が地に着いたので、しっかりと抱え込んだ北斗の手をむぎゅう、とさらに胸の深くで押し挟み直して、良い顔で雅臣に笑い掛けるパトリシア。
「ちょっと待てって! 俺が今日で抜けるのは、総長にも許可受け済みなんだって!」
「じゃあなんで前もってボクに言わないのさ!」
「お前に言うとこうなるだろーが!」
「言わないからこうなってるんでしょ!」
またしても離せ嫌だと揉み合い始めた二人を眺め、はっはっは、とジェントルに笑っている雅臣の隣にすい、と人影が並んだ。
「ほう、これはこれは……」
その人物にチラ、と視線を走らせた雅臣が、肩を竦めて呟き、
「あなたの部下たちが揉めていますが、仲裁にいらっしゃったのですかな?」
「え」
「え?」
ワザと二人に聞こえる様に、であろう。かなり大きめな声で発せられた雅臣の言葉に、北斗とパトリシアの動きがピタリと止まった。
「総長……」
「あわわ、そ、総長!」
そう、雅臣の隣に立っているのは、初代連邦地球政府総代表にして、第一次外宇宙探査船団総長、天元命であった。
「うん、相変わらず仲が良いですね、あなたたちは」
静かな、だが威厳をたっぷりと感じさせる声で笑い掛けられ
「はっ! お騒がせして申し訳ありません」
と北斗が直立不動で敬礼する。
それを見て、ぽけっとしていたパトリシアも慌てて赤面しつつ北斗から手を放し、ピシリと敬礼した。
「ああ、楽にして下さい。今日の会議は終わったのだから、別に何も問題は有りませんしね」
にこにことした温和な笑みを浮かべ、天元が二人を促した。
「は、失礼しました。総長もこれからお食事ですか?」
敬礼を解き、プライベートの声に戻った北斗が訊くと
「ええ、そうです。皆さんは何を食べるか決めましたか?」
それに答えてから、天元が訊ね返す。
「いや、まだ何も決めてないですが」
北斗がそう、笑いながら言うと
「では、よろしければご一緒しませんか? このビルの地下になかなか良い店が有るんですよ」
そう、天元が提案した。
「ええ、自分は構いませんが。パティ、どうする?」
「は、はい! ボクも大丈夫です!」
パティの答えを聞いた北斗がチラ、と雅臣を見る。
「私もご一緒してよろしいのですかな?」
北斗の視線を受け、雅臣がにこやかに笑いながら天元に尋ねた。
「ええ、もちろん。では、参りましょう」
にこやかに頷いた天元が歩き出すと、「では、お言葉に甘えて」と言いながら雅臣が後に続く。
北斗とパトリシアは一瞬顔を見合わせた後、急いで二人の後を追った。
高速エアエレベーターであっという間に地下二階へ降り、天元の後についてぞろぞろと歩いて行くと廊下の袋小路に行き当たる。
「えーと、お店とかないですね……」
北斗の右袖を掴んで最後尾をとことこ付いて来たパトリシアが恐る恐る声を上げた。
「ふふ、そうですね。でも……」
パトリシアに笑いかけた天元が、懐から極薄半透明のカードを取り出し、おもむろに行き当たりの壁にかざす。すると、どう見ても壁面だった場所に、大きな、そして瀟洒な樫のドアが忽然と現われた。
「あっ!?」
「ほう……」
パトリシアと雅臣はそれぞれ驚きの声を上げたが、
「なるほど。これが昔、総長の言ってた『例の店』ですか」
北斗は知っていたらしくあまり驚かない。
「ええ、巳桜隊長には以前話した事が有りましたね。ここが『例の店』、です」
北斗に応え、ウインクして見せた天元の表情は、先ほどまで会議室で見せていた威厳溢れるものとは全く違う、まるで秘密基地に友達を連れて来たいたずらっ子のような笑顔だった。
「うわあ、素敵」
分厚い樫のドアを開けて中に入ると、そこは落ち着いた雰囲気のカウンター・バーで、大人の隠れ家的な雰囲気が濃く漂っている。旅の最中に成人を迎えたパトリシアにとって、こういった雰囲気の店は映画などの立体スクリーンの中でしか知り得ない場所だ。
二十二歳になるとはいえ、まだまだ子供っぽい所を残すパトリシアにはとても新鮮に思えたようで、はしゃぎながら店内を見廻している。
カウンターの向こうには、頭髪を短めに刈り込み口髭を蓄えた、マスター・バーテンダーのイメージ見本にしたいほどのダンディなマスターがタンブラーを磨いていた。
「いらっしゃいませ」
そして、外見イメージ通りのこれまたダンディなバスを響かせる。
「やあ、マスター。お久しぶり」
天元が親しげに声を掛けると
「ようこそ、お帰りなさいませ」
とマスターが一礼した。
「ありがとう。私にいつものやつを」
「かしこまりました」
十年ぶりに来た客に「いつものやつ」と注文されても顔色一つ変えずに準備に掛かるマスターに、雅臣が「ほう」と感心する。
「皆さんはお好きなものを注文なさって下さい。大抵の物は出来ますから」
天元にそう促され、パトリシアは
(そんなこと言われても、じゃあアレとかコレとかすぐに出て来ないよね?)
と思って自分を挟んで左右に座った北斗と雅臣の顔を交互に見る。が、
「では、私も天元総長と同じものをお願いしよう」
「俺も」
「えー!」
二人にあっさりと注文を決められ、さらに焦らされてしまった。
「ん? どうしたパティ」
右隣の北斗に見下ろされ、
「パトリシアさん、好きなものを頼めば良いのだよ」
左隣の雅臣に諭すように言われ、
「あわわ、えーと、えーと……」
パトリシアは強烈なプレッシャーを感じてしまいあたふたする。
「ボナパルト副官は、肉は苦手でしたか?」
その時、天元がパトリシアに助け船を出してくれた。
「い、いえ! 大好きです!」
助かった、とばかりに叫ぶパトリシアを見て微笑んだ天元は
「マスター、ではみんな同じものを。ああ、食前酒だけは、この女性に我々とは別の軽めのものをね」
マスターに改めてオーダーし、それからパトリシアに向かって
「ボナパルト副官、今日のところは私たちと一緒に、私のお勧めのステーキを召し上がって下さい」
と優しく声を掛けた。
食事も終わり、食後の飲み物を前に一息ついたところで
「巳桜隊長、あなたは明日の会議は抜けられるのですよね」
天元が北斗に確認して来た。
「ええ、申し訳ありませんが前もってお願いした通り、引けさせてもらいます」
純日本製シングルモルト・ウイスキーのロックをごくり、と飲み込んだ北斗が答えると
「でも、良いんですか?」
パトリシアが不満の色を滲ませ、控え目に口を挟んだ。
「ええ、構いません。最初からそう言う約束でしたしね。何でしたら、ボナパルト副官も欠席して構いませんよ」
「ええ? 良いんですか?」
だが、天元にあっさりと言われてパトリシアは拍子抜けしてしまう。
「良いですとも。あとは私に任せて下さい」
敬愛する天元にそう言われてパトリシアは少し考え込んだが、
「……いえ、ボクは残ります。急いで帰る場所も必要も無いし」
と、微笑みながら応えた。
その口調に、隠し切れない寂しさが含まれている事に気付いた北斗が、少し考えてから
「パティ、良ければ……」
と言い掛けた時。
「では、パトリシアさん。良ければ私と一緒にフラビオンへ来ませんか?」
北斗を遮るようにして、雅臣が唐突に提案した。
「……おい雅臣、どういう積りだ?」
その発言を聞いた北斗が雅臣を剣呑な目つきで睨み、誰何する。
「先ほども言っただろう? 私の重要な仕事の一つは人材発掘だ。お前もよく知っている通り、第一次外宇宙探査船団のスタッフは一部を除き、地球帰還後336時間経過を以てその任務を解除される」
「俺の質問の答えになってないぞ」
北斗は雅臣を睨んだまま、鋭く突っ込む。が、雅臣は肩を竦めて話を続ける。
「まだ話の途中だよ、最後まで聞け。で、任務解除された者にはもちろん規定の報酬が支払われ、就業先の紹介や斡旋も連邦政府により積極的に行われるが……その前に、有望な人材をスカウトするのに私が躊躇う理由など無い。だいたいお前がしばらくのんびりするのは勝手だが、パトリシアさんはそうも行かないだろう。もう上がりが近い歳のお前と違って、まだまだこれからの人生が本番なのだからな」
「上がり、ってお前なぁ……まあそれはともかく、それでパトリシアを青田刈りってか?」
不愉快そうな言葉で吐き捨てる北斗だが、なぜかその表情はあまり不愉快そうではない。
「そうだ。お前みたいに手の掛かる男の副官を十年も勤めた才女を私が欲しがるのは当然だろう。それとも、お前が会社でも興してパトリシアさんを雇用するか?」
雅臣の言葉にぐむ、と黙る北斗を見て、パトリシアが何か言おうと口を開く。
「……」
だが、結局一言も発せずに桃色の唇を閉じてしまった。
「どうですか、パトリシアさん。もちろん、待遇は可能な限りご希望に沿わせて頂きます。報酬、役職、待遇など詳細は後で詰めるとして、まずは一度我が国、フラビオンに遊びにいらっしゃいませんか? きっと気にいって頂けると思いますよ」
雅臣に真剣な調子で言われ、パトリシアは戸惑いの表情を浮かべて北斗の顔をチラリ、と見た。
「……パティ、とりあえず遊びに行きがてら職場見学してみたらどうだ? 総帥の人格は最低だが、国としてはとても暮らしやすいところなのは俺も保障する」
その様子を見て、あくまでも、パトリシアの意思を尊重する事を言外に含ませ北斗がアドバイスをする。
「……北斗は、この後どうするの?」
と、しばらく北斗の顔を見詰めたパトリシアが上目遣いになって、そんな事を尋ねた。
「俺、か? 俺は前にも言った通り、一週間は佐久の実家で寝て暮らす。その後は……まあ俺もフラビオンに行く積りだ」
「えっ! 本当に?」
のほほんと答えた北斗の言葉に、パトリシアが凄い勢いで喰いついた。
「ああ、本当だ。アリスも待ってるしな」
そして、北斗の返事を聞いたパトリシアが
「あ……そうだね、アリスちゃんに逢いに行くんだっけ」
そう呟き、悲しげに瞳を伏せた。
「ああ、アリスが待ち兼ねているからな。パティもフラビオンに行くのなら、紹介出来るな」
そんなパトリシアの様子に気付かず、のほほんとした調子を崩さず話す北斗に対し、
「……? あれ? そう言えば、アリスちゃんにお供えするアクセサリーとか選ぶ、って言ってたよね。地球で買って行くの? って、確かお墓は鎌倉に有るって言ってなかったっけ?」
と、少し不審そうにパトリシアが尋ねる。
「え? 何言ってんだパティ。お供え? お墓って……」
そこまで言って、北斗はアリスが健在だった事を、パトリシアへ話していなかったのに気付いた。
「ああ! そうだ! 忘れてた! すまん、パティ。アリスは元気に生きていたんだ!」
突然の北斗の大声に、ビクッと体を震わせて驚いたパトリシアだったが
「……え? え? どういうことなの?」
唐突過ぎて、意味が理解出来なかったようだ。
「どういうことだ、北斗。アリスの事はパトリシアさんに話してあるのではないのか?」
二人の会話を聞いていた雅臣が、一体どうしたとばかりに口を挟んで来たのに
「いや、別に何でも……」
ない、と北斗が誤魔化そうとした。が、
「あの、地球に着くちょっと前に北斗がアリスちゃんはもうこの宇宙に居ないって言ったんです」
その前にパトリシアがそう言ってしまった。
「……なるほど。つまり、お前はアリスがもう死んだと思っていた、と言う事か」
普通に聞いたらかなり意味不明なパトリシアの発言の意味を迅速に理解し、北斗に向かって雅臣がニヤっと笑う。
「ちっ! 相変わらず無駄に察しが良い野郎だな。ああ、その通りだ」
北斗は舌打ちし、顔を顰めながらもそれを認めた。
「そうかそうか。だがまあ、仕方のない事ではある。お前が旅立つ直前には、アリスの治癒はほぼ絶望的だったからな。パトリシアさん、アリスの容体は劇的に改善し、元気になったんだ。だが、アリスの事を想ってくれてありがとう」
雅臣はそう言うと、パトリシアに向かって感謝の言葉を述べ、深々と一礼した。
「い、いえ! そんな!!」
超巨大企業国家の総帥に頭を下げられ、パトリシアは慌てて両手をぶんぶんと振りまわしつつ恐縮した。
「じゃ、じゃあ今は二十歳くらいなんですよね! ボク、北斗にアリスちゃんの子供の頃の写真を見せてもらったんですけど、すごく可愛かったです! 今はきっとすごくキレイになってるんでしょうね!」
「ははは、親バカながら言わせてもらえば、パトリシアさんと同じくらいの美人ですよ。ぜひ、友人になって頂きたいものですな」
「ボ、ボクでよろしければ!」
二人のやり取りを傍観していた北斗が、あちゃあ、と声に出さずに呟き空を仰いだ。
パトリシアはアリスの話題が出ると、これ以上ないほどに機嫌を悪くする。その原因として、パトリシアは北斗を父親か歳の離れた兄の様に想っているので、その北斗が可愛がっているアリスに対して嫉妬心のようなものが湧いてしまうのだろう、と北斗は認識していた。
また、既にその想いが他のものへと変化していることにも気付いてはいる、が。
(そんな事情も知らず、雅臣はまた余計なことを……アリスとパトリシアがハチ合わせたらどんな事になるか想像も出来ん。っつーか、アリスへの答え、どうしようか……? それによっちゃ、またパティが荒れまくるだろうしな……あー、嫌な予感しかしねぇ)
強烈な不安感に北斗が頭を抱えていると、
「どうしたの? 気分でも悪くなったの?」
と、パトリシアがお気楽な声を掛けて来た。
ああ、お前たちのせいでな、などと考えつつ北斗が顔を上げると、心配そうな顔で北斗を見るパトリシアと、その向こうでニヤニヤとイヤらしい顔で笑う雅臣が居る。
「と言うわけで、パトリシアさんにもフラビオンへ同行してもらう事になった」
「え?」
あまりに唐突な雅臣の話に、北斗が驚くと
「なんだ、聞いてなかったのか? 今、パトリシアさんに了承してもらったぞ」
「なん……だと?」
あっさりと言われ、北斗は愕然とした。
ギギィッ、と軋んだ音が聞こえそうな動作で北斗がパトリシアを見ると
「え、え? だって、北斗もさっきフラビオンは良いところだって言ってたし、アリスちゃんにも会いたいし」
とパトリシアが戸惑いながら呟く。
「……ああ、そうだったな。だが、もうちょっと良く考えた方が良いんじゃないか?」
先ほど余計な事を言った自分の口を塞ぎに過去へ戻りたい、と切実に考えながら北斗が言う。
「何を言っている。だから、実際に来て、見てもらってから決めてもらうんだろう。まだ旅ボケが治って無いのか?」
が、雅臣に鋭く突っ込まれ、北斗はむう、と黙った。
「では、決まりだ。パトリシアさん、今夜お泊りのホテルは手配済みですか?」
「え? え、ええ。直ぐそこのビジネスホテルですけど……」
「そうですか、ではそこはキャンセルさせて下さい。今夜は私と一緒にインターコンティネント東京ベイに泊って頂き、来週一緒にフラビオンへ発ちましょう」
雅臣は、ぐぬぬと唸る北斗を尻目に、戸惑うパトリシアの肩を抱いてどんどん話を進め出した。
「で、でも……」
この付近でも最高クラスの超高級ホテルの名を提示され、戸惑うパトリシア。
「ああ、ご心配なく。今取っているホテルのキャンセル料、出発までのホテル代金、交通費、フラビオン滞在時の経費などは全てこちらで負担します。あと、今夜から出発までの部屋は最上階のロイヤルスウィートをお一人で使って頂きましょう。北斗、なんならお前も今夜はパトリシアさんと一緒にどうだ?」
さらに雅臣が滔々とたたみ掛ける。と、
「ふぇっ!?」
何を考えたか、雅臣の言葉を聞いたパトリシアが突然真っ赤になって奇声を発した。
「……いや、ウイングを羽田に置いとくと駐機代がバカにならんし、俺は一旦佐久へ帰るわ。来週、フラビオンへ行く時に合流させてもらう」
雅臣に肩を抱かれたパトリシアの手を引っ張ってひょい、と自分の手元へ引き寄せながら北斗が言うと、パトリシアは一瞬嬉しそうな顔をした。
「え……」
だが、一緒に泊る事を拒否されたのに落胆したのか、すぐに哀しそうな声を出す。
「では、仕方ないな。パトリシアさん、今夜は私とご一緒して下さいますか?」
「は、はい……でも……」
雅臣にそう言われ、パトリシアは北斗の顔をチラチラと窺いながら、明らかに気乗りしていない返事をする。その様子を見た北斗は、頭をガシガシと掻いた後
「……パティ、なんならフラビオンに行くまで、一緒に俺の実家に来るか? 山と田んぼしかない田舎だけどな」
と、先ほど途中で雅臣に遮られた言葉を掛けた。
「えっ! いいの?」
すると、パトリシアが目を輝かせて嬉しそうに叫んだ。
「む。これは最初から勝負にならないようだな。では、仕方有るまい。だがパトリシアさん、来週、フラビオンには同行してもらえるね?」
その様子を見た雅臣は苦笑いで負けを認めてから、パトリシアに確認した。
「はい。……でも良いんですか?」
さすがに気が咎めたか、パトリシアが恐縮したように聞き返す。
「ああ、もちろんだ。あなたのような優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい。それに、あなたはアリスの良い友人になってくれると確信したよ」
すると、雅臣はそう言って、爽やかに笑った。
「はい、なんだかボクもそんな気がします。じゃあ、一週間後に北斗と一緒に伺いますね!」
ぺこり、とお辞儀をするパトリシアに
「うむ、待っているよ。では、来週羽田に来て下さい」
と答えた雅臣が、北斗の方を向いて半透明のカードを差し出した。
「北斗、これを渡しておこう」
「ああ、助かる」
北斗は雅臣からカードを受け取ると、自分の人差し指を押しあてる。するとピコン、と小さな電子音が鳴り、カードがメタリックブルーに変色した。
「なにそれ?」
その様子を興味深そうに見守っていたパトリシアが尋ねる。
「これは、雅臣の船に俺のウイングを載せる時に必要なIDメモリーカードさ。これをウイングのカードベイに差すと、いつでも雅臣の船にドッキング出来るようになる」
「へぇぇ、そう言えば基礎で習ったっけ」
北斗に教えてもらい、パトリシアは感心したように頷いた。
外宇宙探査船団では、登録された機体以外が船団の艦にドッキングする事は無く、こう言った手続きとは無縁だったので、パトリシアも失念していたようだ。
「そう言えば、アリスは先にフラビオンに戻ってるんだよな?」
ふと、思い出した様に北斗が雅臣に尋ねると
「ああ、昨日の晩、マリアと一緒に地球を発った。よって、来週の航海にはアリスもマリアも居ない。残念だったな、北斗?」
何かを含ませた口調で、雅臣が答えた。
「あ? 何も残念なことなんか無いだろが。どうせ来週中には会えるんだし」
北斗は雅臣の顔からぷい、と顔を背け、憎々しげに吐き捨てる。
「北斗、アリスちゃんはともかく、マリアさんって誰なの?」
だが、背けたその先にはパトリシアのジト目が有った。
「うむ、マリアと言うのは、亡くなった私の妻でアリスの母でもある、アンヌマリーをモデルに私が建造したアンドロイドなのだが、実は北斗と私はアンヌマリーを奪い合った仲で」
「おらあ! 余計な事くっちゃべって無いでさっさと帰れよ!!」
慌てた北斗が雅臣の背中を押し、店の外へと押し出して行く。
「せっかちな奴だな。それではパトリシアさん、また来週お会いしよう」
ぐいぐいと押されるに任せ、雅臣はニコニコと朗らかな笑顔をパトリシアに投げつつ退出して行った。
「ふう、なんだろあの二人。仲が良いのか悪いのか解んないや。親友なのか宿敵なのか」
呆れながらも雅臣に向かって手を振って見送ったパトリシアがくすくすと笑いながら呟く。
「ああいう関係を一言で言い表す言葉なら有りますよ」
「きゃん!? って、総長!」
突然掛けられた声に、パトリシアは飛び上るほど驚き、声の主である天元も居た事を思い出した。
「おや、驚かせてしまいましたか。これは失礼」
「い、いえとんでもない! そ、それで、あの二人を言い表す言葉って……」
ドキドキと脈打つ心臓を宥め、冷や汗をハンカチで拭って平常心を装ったパトリシアが天元に尋ねる。
「ええ。ああ言う関係を、『悪友』と言うのですよ」
すると、パトリシアが見蕩れるほど見事なウインクを見せ、天元が応えた。
次回更新は、明日3日(土)の予定です。
よろしく!




