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第十四章: 成就

「アリスッ!!」


 北斗の叫びもむなしく、そこにはもう何も残っていない。

 コンソールを操作し、熱源や生命反応などをサーチしてみても、そこには暗黒の空間が広がるばかりである。


「アリスーーっ!!」


 北斗は、今までに感じた事の無い、恐ろしいほどの喪失感に襲われつつ絶叫した。

「くそっ!!」

 北斗は、両腕で力任せにコンソールを叩いた。

「なにが君を護る、だ! なにが、必ず帰ってくる、だ!」

 コンソールに叩きつけた拳をぶるぶると震わせ、北斗は大声で叫ぶ。

 閉じた瞼の裏に、愛らしいアリスの、優しく温かな微笑みが脳裏を過ぎり、直後、北斗の意識は情けない自分への怒りと絶望に塗り潰されかけた。

『おじさん!』

 その時、隣に並んだアンナから嬉しそうな声が掛かる。

「え?」

 我を忘れかかっていた北斗は、その声で正気を取り戻してアンナを見詰めた。

 と、満身創痍のアンナが微笑みながら、先ほどとは違う方向を指さしている。

 まさか……

「アリス!?」

 スクリーンを操作し、アンナが指し示す方向を見るとそこには何かが浮かんでいる。

 更に望遠を操作しクローズアップする。と、それはアリスを腕に抱いた、しなやかな女性のシルエットだった。

 アリスは完全に無傷で、少し驚いたような表情で女性の顔を見上げている。

 紺銀に輝く、アリスのものと良く似た形状のドレスアーマーを身に纏った、優美な女性型アンドロイド。

 ただ、頭にはティアラ状のものではなくシールド型のプロテクターを着け、スカートはかなり短めのミニタイプで、アリスのものよりカジュアルな印象を与えられる。

 宇宙空間にふわりと舞い浮かぶ美しく長い髪は、少し青み掛ったプラチナブロンド。

 限りなく細く華奢なボディに、豊かな胸と柔らかな弧を描ヒップライン。

 美しい造形を見せる細く長い脚は、短めなスカートから白く眩い腿をちらりと覗かせた後、すぐに濃紺のハイソックスに吸い込まれている。

 足には、ドレスと同じ色と形のハイヒールを履き、ぞくりとするような色気すら放っている。

 そしてどこか、アリスにも、その母アンヌマリーにも似た面影を見せる美しい顔。

 腕に抱くアリスを優しげに見下ろす藍色の瞳には、女神の如き慈愛の感情が宿っていた。

「あれは……」

 誰だ?

『サロメ姉さま!』

 北斗の疑問は、隣に浮かぶアンナの嬉しそうな叫びによって直ぐに解消された。

 それは、アリス・ガーディアンズと呼ばれるアンドロイドの最後の一体。


 ブラウ・サロメ。


 四神のうち、東の方角をつかさどる『青龍』をイメージして造られたアンドロイド。

 その姿は、まさに青き竜の名の如く。蒼い装甲から藍い光を放ち、伝説の幻獣『(ドラゴン)』を連想させられる美しく荘厳な姿であった。


“キャヒヒヒ!”


 マリアとマルタの追撃を逃れて来たドッペル・ギャンガーがまたしてもアリスを狙い、サロメに向かって突進する。だが、サロメは予測していたのか、凄まじい速度で迫るそれを、ふわり、と優雅に身をひねって交わし、そのまま猛スピードで北斗たちの所まで跳んで来た。

 オンケル・ベーレの正面に浮かんだサロメが、スクリーンを通して北斗の目をひた、と見つめ

『北斗。アリスを機体にドッキングさせて』

 そう言うと、腕に抱いたアリスをそっと離した。

「ドッキング、って……」

 そう言えば、さっきマリアも『ドッキング』と言っていた。だが、それは彼女らがアンドロイドだからそう表現したのであって、要するにコクピットに同乗すると言う意味だろうと判断し、北斗はコクピットのハッチを開けようとしたが

『違うわ、そっちは開けないで。アリス、解るわね?』

 サロメは優しい口調でそう言うと、アリスの背中をトン、と軽く押した。

『うん、大丈夫。サロメ、ありがとう』

 にっこりと笑いながらアリスがサロメに応えると、一瞬、優しく微笑み返したサロメだったが、すぐに表情を引き締め

『北斗。私たちがドッペル・ギャンガーを出来るだけ引き付けて喰い止めます。だけどアレは常時進化し続けているから、今の私たちでは恐らく倒し切れない。だから、あなたのオンケル・ベーレとアリスをドッキングさせて『エルザ』にして。アレを倒せるのは、もうエルザだけだから』

「エルザ……?」

 エルザ。その名の持ち主は――幼いアリスと共に生き、病魔と闘い、そして逝った誇り高きバーバリーライオンの仔。


 オンケル・ベーレとアリスをドッキングさせて、エルザにする……?


 北斗はサロメの言葉の意味が理解出来なかった。が、

「解った! アリス、指示してくれ!」

 と答え、湧き出る疑問を飲み込んだ。今は、そんな事などどうでもいい。

 アンナとマルタを翻弄し、マリアにアタックを掛けているドッペル・ギャンガーを一刻も早く倒さなければ全てが終わってしまう。

『はい、北斗! コンソールの右奥に、EZって表示されている赤いミニディスプレイが有ると思うの。そこに人さし指を触れて下さい。グローブの上からでも指紋認証されるから。初回起動だから時間が掛かるけど、次回からはコンマ2秒で完了します』

「了解!」

 北斗がコンソールに視線を走らせると、赤いバックライトで浮かび上がった正方形のディスプレイが目についた。

「これか」

 右手の人差し指を伸ばし、とん、とディスプレイに軽く触れる、と……

 コクピット内にアラームが鳴り響き、ガキョガチャと機械を組み替える音が響き、ウォーンと言うサーボモーターの作動音が聞こえ出す。

「なんだ?」

 コクピット内の計器も位置が変わり始め、見た事も無いドーム型のゲージなどがコンソールに出現し、メインスクリーンの手前に、エメラルドグリーンに輝くサブスクリーンが現れ、機体の状態が高精度なワイヤーグラフィックスで表示される。そこには、原形を留めないほどに変形して行く機体の状況が詳細に映し出され始めた。

 胴体が胸部で上下に分かれ、上部分が斜め前にスライドし、そこに現れた密封ハッチが開く。と、アリスがその中にすっと入りこむグラフィックが表示される。と、

「北斗!」

 次の瞬間、真後ろから響いて来たアリスの声に北斗が振り向くと、いつの間にか後部に向かってコクピットの奥行きが広がっている。そして、北斗の座るパイロットシートの後ろに出来たそのスペースに、周囲から生えたコードや配管と接続されたドレス・アーマー姿のアリスが現れた。

「アリス!? これはいったい、どうなって……」

『北斗、詳細は後で。アリス、気をつけてね』

 発しかけた北斗の問いを遮り、スピーカーからサロメの声が響く。

「うん。ありがとう、サロメ」

 アリスがサロメに応え、北斗に向かって微笑む。

「だが、何がどうなって……」

 余りに予想外すぎる展開に、更に言い募ろうとする北斗だったが、

「ごめんなさい、北斗。後で全部話すから、今は……お願い……」

 蒼い瞳に涙を浮かべ、ひたむきな視線を投げて来るアリスを見て、ふっと苦笑する。

 そして

「オーケー! どうでもいいさ。アリス、君が居てくれれば」

 と叫び、ぐん、と勢いをつけて前方に視線を戻す。

「っ! なんだ、こりゃ?」

 前を向いた北斗の視界に飛び込んで来たのは、まるで異なる姿へと変形を終えた機体の画像だった。

 先ほどまでのオンケル・ベーレよりもさらに一回りは大きくなった機体のデザインは、どちらかと言うともっさりとしていた印象の原型とはまったく変わっている。

 その姿は、鋭利なイメージの肉食獣……そう、まさに百獣の王ライオンをイメージさせる精悍なものだ。

 カラーリングも、ブルーグレイの地味なモノから、光り輝く黄金色(ゴールド)を主体に、メタリックブルーとシャインレッドのアクセントを飾った華やかなモノになっている。

「こりゃ、宇宙空間じゃかなり目立つな」

 余りの変わりっぷりに北斗が思わず呟いた時。


「行こう、エルザ! 北斗と私とあなたで、みんなを護ろう!」


 呆気に取られていた北斗の背中から、アリスの凛々しい叫びと共にコクピット内の全てのスクリーンがブラックアウトし、次の瞬間、北斗とアリスは宇宙空間に浮かんでいた。

「な!?」

 一瞬、コクピット内がどうなったのか理解できず驚愕する北斗の背中から

「大丈夫。北斗、全方位立体(マルチ)モニターに切り替わりました。前後左右全ての方位がリアルタイムで投影されています。最初はちょっと戸惑うと思うけど、北斗ならすぐ慣れるよ」

 アリスが優しい声で説明する。

「……これは、実用段階の全方位立体(マルチ)モニターか」

 北斗も開発中の資料を見ているし、実験用の試作コクピットポッドで疑似体験(シュミレート)もしている。だが、それらのいかにもシュミレーション然としたものとは全く違い、リアルに生身で宇宙空間へ浮かんでいる感覚だ。

 体を捻って見廻すと、真後ろにいるアリスの蒼い瞳と目が合った。

「大丈夫?」

 心配そうな、まるで自分の子供に向けるかの如き慈愛の感情が籠ったアリスの声に

「ああ、大丈夫さ。アリス、君こそ無理をしないでくれよ。大切な体なんだからな」

 と、苦笑交じりに北斗が返す。

「え……」

 すると、アリスの真白い頬がぽっとピンク色に染まった。

「ほ、北斗、この機体……エルザには、あなたも知っているあのエルザの脳と脊髄、神経系などが移植されています。このエルザはあのエルザそのものなの。エルザの、野生(ワイルド)捕食者(プレデター)としての能力と感覚を応用したセンサーでしか、ゴッド・ストーカーの動きには対応出来ません。ただ、エルザはまだ……」

 少し照れたようなアリスの解説の最中、北斗の正面に浮かび上がった望遠サブスクリーンに、ドッペル・ギャンガーと戦闘するガーディアンズの姿が映し出された。

 損傷の激しいマルタとアンナは後退し遠距離からの射撃サポートに専念しているようだが、戦闘機動が速過ぎてほとんど何も出来ていない。

 その時、また別に浮かび上がったトレーススクリーンに、蒼い光の尾を引きながらドッペル・ギャンガーと螺旋状の軌道を描いて超高速戦闘を繰り広げているサロメとマリアの姿がクローズアップされた。

 マリアが攻撃を防御し、瞬間の隙を衝いてサロメが攻撃を仕掛けているが、蓄積されたダメージのためか、サロメの高速機動にマリアがついて行けなくなって来ている。

「アリス、マリアたちが危ない。とにかく今は、あいつを倒そう」

「……はい、北斗!」

 刻一刻と厳しくなる戦況を見て、北斗とアリスは戦場へ向かった。


『くっ! マリア、無事ですか?』

 サロメの叫びが、通信ネットワークに響く。

 何回目かの直撃をシールドで受けたマリアが、今までになく激しく弾き飛ばされたのだ。

『……シールドエネルギー残量12%、そろそろ危険領域に入りました』

 ぐん、と直ぐにサロメの隣に戻って来たマリアだが、展開しているタートル・シールドには欠けが多く、余波を喰らったのか、右目の下辺りの皮膚が剥がれている。

『……私がリントヴルム・ブレードを掛けます』

 そのマリアの惨状を見て、サロメが決心したように呟いた。

『ダメです。まだ許可出来ません』

 だが、間髪入れずマリアに却下され、

『なぜです! ドッペル・ギャンガーには私の他の攻撃もことごとく弾かれています。さっきまでの、マルタ達の攻撃が通用していたモノから格段に進化していて、このままでは手に負えなくなります。それにあなたは元々ディフェンド・モデル。攻撃力に関しては私がガーディアンズ中最強なのだから、私の最大攻撃技であるリントヴルム・ブレードで一気にカタを付けるべきよ!』

 とサロメが喰い下がる。

『いいえ、今のあなたでは、まだリントヴルム・ブレードを最高速制御状態でドッペル・ギャンガーに当てる事は不可能です。だって、実戦で使うのは初めてでしょ? そんな不確実な賭けを()にさせるわけにはいきません。大丈夫よ、クリスチーナ。ほら、あなたの()がやって来ました』

『え……』

 愛娘を見詰める母親そのものの、優しい瞳でサロメを見詰めたマリアが、それまでの口調とは違う言葉で違う名前を口にする。

 と、戸惑うサロメとマリアの前に、黄金の獣王が超高速で二人の前に跳んで来た。

『サロメ、マリア! 無事ですか!?』

 そして、アリスの声が二人に響く。

『大丈夫、まだ生きています』

 まるで少女の様な悪戯っぽい表情で、クスクスと笑いながら言うマリア。

 北斗は、その笑顔と口調に強烈な既視感(デジャヴュ)を覚え、

「やはり……」

 かつて自分も恋した美しい女性の懐かしい笑顔を想い浮かべ、疑念を確信に変えた。

「え? 北斗、何か言った?」

 北斗の呟きがアリスの耳に届いたか、不思議そうに尋ねて来たのに

「いや、何でもない。それより、早くあいつを……」

 と返し掛けた時。


“ひゃひはははははははっ!”


 意味不明な、だがさっきよりも人間(ヒト)らしくなった哄笑を全員の脳裏に響かせ、ドッペル・ギャンガーが突っ込んで来た。

「北斗っ!」

 アリスの叫びと同時に、コーションスクリーンに警告灯がいくつも灯る。

「アリス、回避する!」

「はいっ!」

 全速で回避機動を行い、北斗たちはそれまで居た空間から一気に跳躍した。

 マリアとサロメもそれぞれ回避したようで、サブスクリーンの一つに二人の回避軌跡が表示されている。

「よし、奴はどこだ」

 北斗は辛うじてやり過ごした、と思い索敵を開始しようとした、が

「北斗! 正面!」

アリスが叫ぶと同時に、ドッペル・ギャンガーの顔が目の前に浮かび上がった。

「うお……」

 最初の接近の時に確認したのとは全く違う姿……蒼い水晶玉のようだった瞳には光彩が宿っていて人間のそれに近くなっており、すらっと伸びた鼻梁の下にははっきりとした唇が現れ、囁くような形を造っている。


“ほほほくととととあいいいいしているよおおおおおっ!”


 そして、不気味な、だが可憐な声を北斗たちの脳内に直接響かせ、ドッペル・ギャンガーが蒼い瞳から紅い涙を流し出した。

「泣いて、いるのか……?」

「え……あれ? 私、なんで、涙が……」

 アリスそっくりの顔を哀しげに歪め、エルザを抱き締めるように両手を伸ばしてくる。

 その姿を見て北斗は戸惑い、アリスは感応されたのか、ドッペル・ギャンガーと同じように涙を流し出した。

『北斗! いけません!』

 マリアの声が飛び、

『北斗! アリス! 惑わされちゃダメ!』

 サロメの叫びが響く。

「う……」

「あ……」

 だが、ドッペル・ギャンガーに囚われた二人には届かない。


“ほくとおおおおお! わたわたわたしとおととおおおおいいいいっしょにいいいいい!”


 その時。今まで哀しみの形を取っていたドッペル・ギャンガーの唇がガパ、と耳の辺りまで大きく開き、ぬめぬめとした紅い口の中には不等感覚に醜く並んだ、ワニのような無数の牙が光った。

『北斗!』

『アリス!』

 全速で北斗たちの元へと急ぐサロメとマリアも間に合わない。

 だが、その時。


“グァワオン!”

 

 コクピット内に雷鳴のような雄叫びが響き、二人の精神は引き戻された。

「くっ!? 今の叫びは……」

「エルザ!」

 北斗の声にアリスが応え、機体の首筋に牙を突き立てようとしていたドッペル・ギャンガーが、右袖部から飛び出したクローの一撃で弾き飛ばされる。

「エルザ! 起きたのね!」

 その、アリスの歓喜の声に応えるかの如く。

“ゴルルルルルル……”

 甘えの響きを感じさせる唸りと、喉を鳴らす音が響いた。

「うん、ありがとう、エルザ。大丈夫だよ」

 アリスの慈愛に満ちた言葉に、『エルザ』がきゅううんと嬉しそうに鳴く。


(一部を使っているどころじゃない。この機自体が、エルザのサイボーグ、なのか……)


 北斗は驚きと共に、大きな戸惑いを覚えていた。先ほどのクローの一撃は、北斗もアリスも操作していない。つまり、『エルザ』自身が自ら繰り出したものだ。


(雅臣、お前は……お前は一体何を考えている? ガーディアンズやエルザ、そしてアリス……お前は……一体どうする積りなんだ?)


「北斗!」

 その時、北斗の混乱した思考がアリスの声で中断された。

「すまない! ドッペル・ギャンガーは!?」

 そうだ、とにかく今はアレを倒すことだけを考えなければ。

 今回の戦闘において余りにも不甲斐なさ過ぎる自分を叱咤し、北斗は操縦桿を握り直す。

 と同時に、北斗の正面に、エルザのクローの一撃で弾き飛ばされたドッペル・ギャンガーの姿が現れる。エルザの攻撃が首の辺りにヒットしたらしく、頭部が半ば千切れ掛っていた。

「北斗! 今がチャンスです!」

 背後から聞こえるアリスの叫びに

「了解! 行くぞ!」

 北斗はアクセルを全速に叩き込む。

「接触まで11秒! ドッペル・ギャンガー、まだ動きません!」

 アリスの報告に頷き、超高速で(はし)る機体を北斗が絶妙の技で操る。


“ウォロロロロロロロロローーーーーーー!!”


 その時、奇妙な角度でねじ曲がった首を無理やりエルザに向け、奇怪な叫びを発したドッペル・ギャンガーが裂けかかった口から赤黒いゲル状の物質を大量に吐き出した。

「北斗! あれに……『羊液』に触れちゃダメ!」

「っちぃ!」

 ゴバ、と吐き出されたゲル物質――『羊液』はその中にうねうねと蠢く()の様なモノを大量に含んでおり、宇宙空間と言うキャンバスにぶちまけられた絵具の如く急速に広がって行く。

 そして、ドッペル・ギャンガーの姿を北斗たちから隠すのみならず、湾曲した壁になって立ち塞がり、エルザに向かい大きな球状となりながら覆いかぶさって来た。

「上か、下か!?」

 右か、左か。それとも、急停止(ブレーキング)か。

 北斗とアリスは回避方向を探すが、羊液は広がった後にこちらへ向かって凄まじいスピードで広がって来ていて、このままではエルザ自体が球の中に包み込まれてしまう。

「くっ! 後退で交わす……」

 もう逃げられるのは後方しかない、と北斗がレバーを逆噴射に叩き込もうとした瞬間。

「!」

「サロメ!」

 蒼い流星が上下に閃き、目前の羊液壁が真っ二つに分断された。

 その、あまりの見事な切り様に、北斗は切り裂いた音が現実に聞こえて来かのような錯覚に陥ったほどだ。

 『北斗、アリス! 羊液はサロメがリントヴルム・ブレードで排除しました』

「リントヴルム・ブレード? しかし、今のでサロメは羊液に触れてしまったんじゃ……」

「大丈夫、リントヴルム・ブレードは慣性制御で造り出された『刃』を全身に纏う技なの。羊液に直接触れて無いからサロメは無事だよ!」

 北斗の戸惑いに、アリスが答える。その言葉通り、羊液を切り裂いて駆け抜けたサロメは、身に纏った蒼い光を終束させて宇宙空間に溶け込んだ。

 そして、コクピット内にマリアの声が響く。

『さあ、ドッペル・ギャンガーにとどめを!』 

「よし! アリス、エルザ! 行くぞ!」

「はい、北斗! “(ファング)”抜刀!」

“ガルォーン!”

 二人と一頭の声が重なり、エルザは腰部の鞘から日本刀の様な刃の形状を見せるブレードを引き抜く。ブレードは数段階に渡って伸び、機体を超える長さとなった。そして、その特殊鍛造鋼の刀身に慣性制御で造られた青白い光が纏わりつく。


“ぎゃひひひひひッ!”


 耳まで裂けた口から哄笑を響かせ、奇妙な姿勢で回避行動に移ろうとするドッペル・ギャンガーの損傷部分が凄まじい勢いで再生しているのを確認した北斗は、本能的に飛び道具での遠距離攻撃ではなく近接格闘での決着を選択したのだ。


「一振で決める!」

 

そう叫びざま、ドッペル・ギャンガーへの軌道を修正してアクセルを全開に叩き込む。

 瞬間、光速に達したエルザが真正面からドッペル・ギャンガーにぶつかり、正眼に構えていた光鋼の牙で袈裟がけにその肢体を切り裂いた。


“きょっ!?”


 エルザが疾り抜けた後、真っ二つになったドッペル・ギャンガーは奇妙な悲鳴を上げ、しばらくふらふらと手足を動かしていたが、ゴバ、と大量の蠢く内容物を溢れさせ、直後に眩い光を放ちながら爆発四散した。


「うお!」

 既にかなりの距離を取っていたエルザのコクピット内も強烈な光を受け、ヘルメットのシールドが自動的にブラックアウトし瞳を保護する。

 間髪入れず、全方位モニター自体もパイロットとカメラの保護の為に機能を一時停止し、コクピット内は非常用の薄暗い照明のみとなった。

「北斗、大丈夫?」

 背後から聞こえたアリスの心配そうな声に

「ああ。ありがとう、アリス」

 シートを回転させて振り向いた北斗は、スモーク程度に透明度を戻したシールドに映るアリスを見て少し驚く。

 なぜなら、薄暗い照明で辛うじてしか見えないが、コードやチューブの接続から解放されたアリスが哀しげな顔で涙を流していたからだ。

「どうしたんだい、アリス。なぜ、泣いているんだ?」

 北斗がシートから立ち上がり、アリスに向かって足を踏み出そうとすると

「ダメ! 来ちゃ、ダメ……」

 アリスはイヤイヤをするように首を振り、北斗を制した。

「え? 一体どうしたって……」

 その時、背後から照っていた爆発光が収束したらしく、全方位モニターの機能が回復する。

 そして、コクピット内に静かな宇宙空間が戻って来た、が。

 星明りに照らされ、白く浮かび上がるアリスはほぼ全裸となっていた。

 身に着けていたドレス・アーマーは、エルザと接続されていたコードやパイプが外れた際、一緒に脱落したようでアリスの足元に落ちている。

 北斗は、アリスの美しい裸身に一瞬目を奪われたが、

「いや……見ちゃいや……」

 涙を流し、懇願するアリスの肉体のあちらこちらに、何かが蠢いているのを見出した。

 北斗が目を凝らすと、それは先ほど自分たちで倒したドッペル・ギャンガーが、最後に宇宙空間にまき散らした内容物の中にも垣間見えた、極小の()の如き、生物的な何か、であった。

「うっ……ぐすっ……」

 それは何なのか。ドッペル・ギャンガーが放出した得体の知れないモノと同じなのか?

 アリスの嗚咽が響くコクピット内で北斗が戸惑い、立ちすくんでいると

『……アリスの体には、ゴッド・ストーカーの技術を応用して開発・調整された、人類(・・)には未知の超生物が寄生(・・)させられています』

 と、マリアの静かな声が響いた。

 北斗が周囲を見回すと、いつの間にか、エルザの廻りにガーディアンズが集まって来ている。

「みんな……」

 マリアの美しい顔の半分は表皮が剥がれ落ち、背中のシールドは破損し過ぎて収納出来なくなっている。

 マリアの横に並ぶ他のガーディアンズも激しく損傷しており、ドッペル・ギャンガーとの闘いの激しさを物語っていた。

 唯一、外観的にほとんど無傷なのはサロメだが、先ほどのリントヴルム・ブレードでエネルギーを使い果たしたらしく、マルタの肩を借りて浮かんでいる。

『北斗』

 漆黒のアンドロイドから掛かった声に、北斗が視線をスクリーンに投げる。と、エルザの正面に浮いたマリアが、ひた、と北斗の目を見詰めていた。

「マリア……」

 その蒼い瞳には、とても機械とは思えない感情が、それも、哀しさを色濃く含んだ感情が籠っていた。

『北斗、私の声は聞こえていますか?』

 マリアの声が再び響き、我に返った北斗が

「あ、ああ、聞こえているよ、マリア。寄生、と言ったな? それは、言葉通りの意味なのか?」

 寄生、と言う単語の響きの生々しさに戸惑いつつ誰何した。

『はい。人類の持つ言葉の中で、もっとも近い意味を持つのが寄生、なのです。視点を変えると共生、とも言えるかも知れません。ただ……』

 さらに説明を続けようとするマリアだったが、

「もういいよ、マリア。君も苦しそうだし」

 北斗の、苦笑交じりの声に言葉を遮られた。

『いえ、でも……』

「いいんだ。そんなに苦しそうに、いや哀しそうに説明されると俺の胸も痛み出しちまうよ。だからもういいんだ、アンヌマリー」

『!』

 北斗に、その名で呼ばれたマリアは、ビクン、とボロボロになったボディを震わせた。

「え……? アンヌマリー……母さま?」

 北斗の背後から、戸惑うアリスの声が聞こえる。

 北斗がゆっくり振り向くと、そこにはもう蠢く何かなど体のどこにも見えなくなった、哀しみと恐怖に震える小さな少女だけが立っていた。


 未知の、恐ろしいモノのチカラで生かされている己への哀しみと、愛する男に嫌悪される事を恐怖する、可哀想な娘。

 豊かな胸を自分の両手で抱き締めるようにして歪ませ、華奢な体をふるふると小刻みに震わせ、真蒼の両瞳から大粒の涙を零し。


 だが、その娘は愛しい男から視線を逸らさず、ただ、言葉を待っていた。

 それがどんな言葉でも、例え最悪の拒絶で有っても受け入れる覚悟と勇気を、真蒼(あお)い瞳に宿して。


「アリス」


 名前を呼ばれた娘はビクン、と大きく体を震わせた。

「はい、北斗」

 そして、うつむき掛けた自分を叱咤するように力強く男の名を呼んだ。

「おいで」

「え……?」

 シートから立ち上がった男は、少女に向かって大きく手を広げている。

「ほく、と……?」

 少女は戸惑い、男の目を見た。


「おいで」

 男の黒い瞳は、昔のまま、少女の原初の記憶と全く同じ優しさのまま微笑(わら)っていた。


「……ほくと……北斗!!」


 華奢な体を投げ出すようにして飛びついて来た愛しい娘を、男はしっかりと抱き止めた。

「ほくと……ほくと……」

 男は泣きじゃくる少女を優しく、力強く抱き締め、耳元で小さく囁いた。


「愛しているよ、俺の可愛いアリス」

「はい……私も愛してる。北斗……大好き!」


 男は、少女の小さな顎に優しく手を添え、少し上を向かせる。

「北斗……」

 少女は、慈愛に満ちた優しい瞳に見つめられ、頬を紅く染めた。

 そして、真蒼の瞳をつ、と閉じて男を待つ。

「愛しているよ、俺のアリス」

 男はもう一度、確かめるようにゆっくりと、はっきりと言った後。


 少女の薔薇色の唇に、そっと自分の唇を重ねた。


 閉じられた少女の瞳から、熱い涙が溢れ出す。

 しかしそれは先ほどまでの哀しみの(しずく)ではなく、歓喜に彩られた美しい宝石の粒であった。


「おめでとう、アリス。あなたの想いが叶ったわね」

 静寂を取り戻した宇宙空間に、結ばれた二人を胎内(なか)に納めて浮かぶ獣王(エルザ)を見つめ、母が祝福の言葉を贈る。

「アリス……良かったね」

 それを聞いた姉も、微笑みながら優しく、呟く。


 星々の明かり瞬く宇宙(そら)の片隅に、静かに刻が流れていた。




次回、完結です。

投下は明日、9/2(水)を予定しています。

よろしく!

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