第十二章: 憔悴
45分で神崎家専用港に飛び込んだ北斗は、ウイングをハンガーに着けるとコクピット内から雅臣に連絡を入れた。
「雅臣、5番ハンガーに着いた。俺の乗る最新型ってのは何番に有る?」
『早かったな、さすがだ。お前の専用機は一番ハンガーでスタンバっている。RMW製の最新型だが、構造は誉田のウイング系に似ているからお前にピッタリだろう』
タイムラグ無しで雅臣から返って来た言葉に、
「俺の専用機? RMWってことはドイツ製、というかアンヌマリーの実家製か」
北斗は、ウイングのコクピットから飛び出しつつ呟く。
RMW――リヒトフォーフェン・モトーレン・ヴォルケ。
和訳すれば『リヒトフォーフェン発動機製作会社』、とでもなろうか。
日本出身パイロットの間では、『ルーエム』『リヒ発』などと呼ばれている老舗のエンジン屋である。
ウイングシリーズを開発した日本のインター・セプター・メーカー、誉田技術研究所と並び神崎リヒトグループの中核を成す大企業で、元は地球・ドイツの航空機エンジン製作から始まった歴史の古い会社だ。
神崎家とは古くからの付き合いで、雅臣の妻、アンヌマリーの実家の経営する企業でもある。北斗も大学卒業時にコネ抜きで入社試験を受けて内定を貰ったのだが、連邦地球軍への入隊を選択して辞退していた。
『ああ、その通りだ。先行量産一番機だが、お前専用に色々仕掛けてある。見かけは通常量産型とあまり変わらんが、金と手間は数倍掛っているから楽しみにしてくれ』
雅臣の言葉にうへ、と呟いて無重力状態の港内を跳ぶと、目指す一番ハンガーが見えて来る。
「あれか……っつーか、デカいなおい」
そこには、先ほどまで乗っていたウイングⅠより二回りは大きくゴツい最新型のインター・セプターが静かにたたずんでいた。
『ああ、最近の流行りは小型軽量でスピード重視だが、そいつはそんな流行を完全に無視して開発している。デカくゴツく、だが速い、とな。まあその分コストも掛っているが』
「なるほど、それは良いな。最近のヤツはなんか華奢で頼りないからな」
北斗がこちらに戻って来てから眺めたインター・セプターのカタログには、腰回りが細く今にも折れそうなシルエットのものばかりが載せられていて閉口していたのだ。
『北斗、では忙しくて悪いが直ぐに出てくれ。機体の識別番号はRMW‐RGS‐259χ(カイ)、ニックネームはオンケル・ベーレだ』
「『熊おじさん(オンケル・ベーレ)』、ね」
そののんびりとしたニックネームに少し笑った北斗は、徐々に視界を占めて行く巨大な機体を観察してみる。
頭部だけはウイングシリーズと同じくらいの大きさだが、盛り上がった肩や分厚い胸を覆うゴツい装甲、がっしりとした手足に背中に背負ったコブの様な大型パニアバーニア……おまけに塗装はブルーグレーとメタルブラックのツートーンだ。
「確かに、ヒグマみたいだな」
少し笑いながら呟いた北斗の耳に、
「そうだろう? まあそれより、コクピット内には長期活動維持機能は全て備わっている。チューブタイプの飲み物や軽食も有るし、トイレも心配ない。オートクルーズでのんびり眠りながら行けばいい』
雅臣の説明が続けて聞こえた。
まるでピクニックに送り出すようなその説明に、
「いやおまえ、寝てられるワケねーだろーが」
と呆れて北斗が返す。
『何を言う。おまえは昔から目を瞑ったら3秒で眠れるのが自慢だったろう』
「時と場合によるわ!」
雅臣と憎まれ口を叩き合ううち、北斗はオンケル・ベーレのハンガーに辿りついた。
「お疲れ様です。出撃準備は完了しています」
と、コクピット周辺に取り付いていたメカニックチーフが、北斗に近付き何かを渡して来た。
「御苦労さま……これ、なんです?」
反射的に、起動用キーカードかと思って受け取った北斗だったが、良く見ると黄金色に輝く金属の塊だ。
「はい、それがこいつの起動キーです」
チーフの言葉に、握り締めた金属の塊を良く見てみると、今ではどこにも使われていない様なクラシックな差し込み式の『鍵』そのものだった。
「……は?」
北斗は手の中のそれを天井から照っている照明にかざし、呆けた声で呟く。
キラキラと光るキーの、RMW社の紋章である青と白の『回転するプロペラ』が彫り込まれた持ち手辺りに、『24K』と刻印されているのに気付き
「純金製、なのか?」
と呟く。
「はい、この『キー』には素材の純金に練り込んだマテリアル・チップに巳桜さんの生体情報が入っています。ですので、全機能を使うには巳桜さん自身がこのキーをコクピットのイグニッションキーホールに差しこんで回さないとダメなんです」
「……なんだそりゃ。だいたい、いつの間に俺の生体情報なんぞ抜きやがったんだあの野郎」
北斗は、雅臣の抜け目なさと、それ以上に余りにも前時代的なその機能に呆れてしまった。いや、マテリアル・チップに生体情報を入れて練り込むなどと言う聞きなれない言葉が含まれているので最新鋭のセキュリティでは有るのだろうが、それに対して行う儀式が余りにも古臭い。
それはまるで、とても古い時代の乗り物のエンジンを掛ける時の儀式のようですらある。
「整備の時にはどうするんです?」
北斗は、ふと疑問に思った事を聞いてみる。
自分とキーが揃わなければ起動しないとは、整備保守面がいかにも面倒ではないか。
「整備専用の仮起動キーが有りますが、完全整備するにはそのマスターキーと巳桜さん本人か、総帥のお嬢様の操作が絶対に必要になります。スペアはあと二つ(・・)、お嬢様専用のものしか有りませんので紛失しないように気をつけて下さい」
呟きを聞いていたチーフが、律義に答えた。
「メンドクサイな……ってアリスも? ……胡散臭さ満点だが、今はそれどころじゃないな。とにかく出ます。機密服とかは……」
「全てコクピット内に専用品が備え付けられています。内部はかなり広いので、中で着込めます」
チーフに促され、北斗は腹の辺りにぱっくりと開いたハッチから、オンケル・ベーレのコクピットに滑り込んだ。
「確かに広いな」
コクピット内は一人乗り用としては北斗が今まで乗って来たどのインター・セプターよりも広々としていて、パイロットシートも大型である。コクピットハッチを閉めてから手際良く機密服を着込み、
「イグニッションキースイッチは……ここか」
右の操縦桿付近に有るオレンジ色のカバーを開け、スイッチ、と言うか鍵穴にキーを差し込む。
するとコクピット各部に仕込まれた各種のインジケーターに有機照明の明かりが灯り、メイン・サブの各種スクリーンが外の景色や様々なデータを映し出し始めた。
「ここから、もう一捻り、か」
鍵穴付近に張られたコーションラベルに従って、クラシックカーのエンジンを始動するようにキーをもう一段捻る……と、今までに聞いた事のある、どのインター・セプターとも違う始動音と共に、メインエンジンが目を覚ました。
コクピット内の各種ゲージとメーターのデジタル針が跳ね上がり、オンケル・ベーレのカメラ・アイが淡い緑の光を発する。
『オンケル・ベーレ、こちら管制室。準備が完了したら、マーカーが示すNo・5減圧室からNo・7バイパスハッチを使って発進して下さい』
ヘルメットに仕込まれた伝導スピーカーから響いて来た指示に従い、虚空に浮かぶように表示されたマーカーライトの矢印に沿って小型船用の減圧室から一気に宇宙へ出られるバイパスハッチに進む。
そして、超電磁カタパルトにオンケル・べーレのフットペグを噛ませた北斗は
「よし、巳桜北斗、オンケル・ベーレ。出るぞ!」
叫びと共に、一気に時速0.1光年まで加速させられ、宇宙へと飛び出した。
「間に合ってくれよ……」
全自動最高速巡航モードにセットし、息を吐いた北斗は凄まじいスピードでスクリーンを流れて行く星々の煌めきに照らされつつ呟く。
タイムスクリーンには、『ET:αまで約10時間』の表示が虚しく光っていた。
「出撃したか」
巨大なスクリーンの前に立った雅臣が、ハンガーから発進した北斗の乗るオンケル・ベーレを見送って呟いた。
「はい。現在のところ、機体、機能とも順調です。拒否反応も出ていませんが、まだ完全に睡眠状態です」
雅臣の隣に立つマリアが、事務的な口調で報告する。
「まあ、大丈夫だろう。アリスと北斗の関係を彼女は良く憶えているし、アリスがドッキング(・・・・・)しなければ、基本的に目覚めない様になっている」
「……はい」
マリアの口調にどこか微妙なものが混じったが、雅臣は気にせず続ける。
「さて、どう出るかな、アレ(・・)は……」
「……」
今度は、マリアの反応が無い。しかし雅臣は気にした風もなく、
「そろそろ、か」
と、静かに呟く。
『総帥、戦艦ビスマルク、発進準備完了しました』
雅臣の呟きとほぼ同時に、スピーカーからオペレーターの報告が響いた。
「解った。いつでも出られるようにと艦長に伝えてくれ。ガーディアンズも乗っているな?」
『はい、ヴァイス・アンナ、ロート・マルタ、ブラウ・サロメの三名は既に搭乗済みです。ノワール・マリアは……』
「うむ、私と一緒に居る。よろしい、では後はアリスを待つのみだ」
『はっ! それではブリッヂでお待ちします』
「解った」
オペレーターとの通信を終えた雅臣は、背後に立つマリアを振り返り
「さあ、マリア。私たちもブリッヂで娘を待とう。披露宴の準備をしながら、ね」
笑っている様な、泣いている様な複雑な表情を見せる。
「……はい、あなた」
その、雅臣の表情を数秒見詰めたマリアは、静かに、慈しみすら込もった返事を返した。
「うむ」
マリアの返事に雅臣が満足げに頷き、部屋を出る。まるで中世の宮殿のように豪奢な造りの、誰も居ない廊下を抜け、二人は突きあたりの強化ガラスで出来た筒状のブリッヂ直通エレベーターに乗り込んだ。
僅かなプレッシャーを伴った数秒間の上昇後、雅臣とマリアは広大な艦橋に姿を現す。
「総帥、アリス様が先ほど港にご到着しましたので、本艦へご案内するように手配しました」
エレベータのガラス壁が降り、マリアを従えてブリッヂを歩きだした雅臣にオペレーターが駆け寄って報告する。
「解った、着いたらすぐブリッヂの私の所へ来させてくれ。現在の北斗の位置はどの辺りだ?」
「オンケル・ベーレの現在位置はシャングリラより約0・2光年です」
「ふむ、速いな」
更に二言三言、報告をしたオペレーターは敬礼をしてから走り去って行った。
「マリア、アリスが着いたら世話してやってくれ。休まず飛んで来ただろうから、睡眠も要るだろうしな」
オペレーターから渡された報告ファイルを手に、雅臣が振り返ってマリアに頼む。
「イエス、マスター」
マリアは短く答え、雅臣から離れてブリッヂの隅に設置されている簡易医療所へと向かう。そこには、小さく仕切られたスペースでは有るが、ベッドや医薬品などの治療具の他に栄養補給食や飲み物なども設えられている。
マリアを見送った雅臣は程なくブリッヂ中央、数段高位置に設置された司令塔の足元に辿り着き、専用シートに座る。すると、シートがふわり、と浮き上がり、塔の一番高い場所に位置する艦長席の横まで上昇した。
「御苦労様です、艦長」
艦長席には、六十歳前後と思われる精悍な男性が座っており、発進準備に忙しいブリッヂを見下ろしていた。
「ああ、総帥。そろそろ発進ですか?」
雅臣の挨拶に、数十年に渡って宇宙の戦場を駆けて来た男が答える。
その男は、元連邦地球軍中将、沖田泰三。軍退役後、雅臣に請われ老妻と共にフラビオンへ移住し、軍事顧問を務めている。連邦地球軍創立と同時に志願入隊し、軍曹から叩き上がった歴戦の勇将である。
かつて、軍入隊直後の北斗も沖田の元で戦った事が有り、その的確な判断力、冷静沈着な指揮能力、そしてなによりも高潔な人格に大きな尊敬の念を抱いている。
「ええ、艦長のご判断で結構ですが、私の娘が到着次第、可及的速やかに発進して下さい。そして全速で目的地まで向かって頂けますか」
「了解しました。それでは、ご息女が来たら発進しましょう」
雅臣の言葉に、沖田が静かに応える。
沖田は雅臣の実父、フラビオン前総帥・神崎孝臣と旧知の間柄でもあり、雅臣とは親子ほど歳が離れているが、公式の場では雅臣に対して敬語で接している。
雅臣も沖田に対しては最大限の敬意を払い、丁寧に対応をしていた。
「はい、お願いします」
「心得ました」
沖田は雅臣の言葉に頷くと、部下に向かってテキパキと指示を飛ばし出す。
雅臣はそれを見て大きく息をつき、シートに身を沈め瞳を閉じた。
(さあ、アリス。我が娘よ。始めようか。すべてを、な……)
「アリス様、収容完了! 現在ブリッヂに向かっています」
オペレーターの報告に、雅臣が瞳を開き
「よし、ではビスマルク、発進」
落ち着いた声で、沖田が宣言する。
「はっ! 戦艦ビスマルク、発進します!」
「管制室、発進許可よろしいか?」
沖田の命令に、オペレーター達が慌ただしく動き、管制室に許可を求めると
『発進許可申請受諾完了。港内進路クリア。戦艦ビスマルク、そのままグランドハッチから発進して下さい』
管制室から、すぐに発進許可が通達された。
「各部異常無し! 正面グランドハッチ、開きます」
「微速前進、グランドハッチまで1万メートル!」
「シャングリラから5万メートルまでは微速維持! その後、30万メートルまでに段階的加速!」
乗組員の声が次々と飛び、全長1200メートル、全幅300メートルの巨体が静かにシャングリラ最大の開口面積を誇るグランドハッチへとソロソロと進んで行く。
そして数分後、最近では珍しい、地球の洋上に浮かぶような上下非対称のいかにも『艦』と言った趣のビスマルクが広大な宇宙の海に乗り出した。
「人の心は、古きを懐かしむものか」
メインブリッヂ正面のメインスクリーンに映る星々の海と、データスクリーンに映し出されるビスマルクの艦影を見つめて雅臣が呟く。
「それは、動物としての本能かもしれませんな」
と、独り言だった雅臣の呟きに、沖田もまた独り言のように呟き返す。
「……原始の時代が、本能のみで生きていた時代こそが人類にとって最も幸福な時代だったかもしれませんね」
「そうですな」
さらに重ねた雅臣の呟きに、沖田は短く応えて頷いた。
「お父さま!」
その時、ブリッヂにアリスが父を呼びながら駈け込んで来た。
「ああ、アリス」
雅臣は塔の最高所からシートごと床に降り、駆け寄ってきた愛娘を迎える。
「北斗は……」
アリスは少し息を整えてから、胸の前で祈るように両手を組んで愛しい男の名を口にした。
「うむ、ひと足早く出た。この艦の足では追いつけないだろうが、シャグリラに居るよりは近づくことは出来る。お前は少し休みなさい。その時のために、な」
まっすぐに見つめてくる蒼い瞳を見返し、雅臣は愛娘の頭を優しく撫ぜた。
「……はい、お父さま」
アリスは、父に微笑んで頷く。
「良い子だ、アリス。まだ先は長いからね、疲れは取っておきたまえ」
雅臣の言葉が終るころ、静かに現れたマリアが
「さあ、アリス。こちらへいらっしゃい。軽く食事をしておきましょう」
と、アリスの肩を抱いて簡易医療所へと導いた。
「マリア、そこでは眠りにくいだろうから、食事が済んだらお前も一緒に船室へ行ってアリスを寝かせてやってくれ。私の事は心配しなくていい」
雅臣がマリアの背中に声を掛けると
「はい、マスター」
マリア静かに答え、アリスの手を引いて歩き出した。
「北斗、待っていて。私もすぐにあなたのもとへ行くから……」
マリアに引かれて歩くアリスが振り返り、データスクリーン上に映し出されているオンケル・ベーレの軌跡を見詰めて呟く。
その呟きを聞いてチラ、とアリスを見たマリアの瞳には、溢れ出るような慈しみが籠っていた。
アリスがオンケル・ベーレの軌跡を見詰めていたその頃――
「なるほど……どうりで速いワケだ」
コクピットで電子マニュアルを読んでいた北斗は、呆れたように独白していた。
神崎リヒト・グルーヴの中核企業、RMW社の技術の粋を集めて造られた北斗専用機、RGS‐259χ(カイ)、『オンケル・ベーレ(クマおじさん)』はこれまでのインター・セプターとは桁違いの時速0・5光年、時速にすると約5400キロメートル毎時のスピードでET:αに向かっている。
フラビオンからET:αまでの距離は約5億キロなので、単純計算で10時間弱で到着することになる。
北斗は更にマニュアル・スクリーンに表示される機体情報を読み進め、新しい愛機の情報を集めた。
マニュアルの前半は標準仕様機体の解説だったが、後半に追加されているこの北斗専用機である『χ(カイ)』の仕様解説の方が桁違いに情報量が多い。
そして、この機体と標準機の最大の違いは、雅臣によってブラックボックス化されたゴッド・ストーカーの技術の一部が組み込まれている、という事だろう。
開くときに指紋認証まで求められた専用機解説パートには、開発総責任者である雅臣の直筆サインが記されていた。
「それにしても……」
雅臣の言では、標準機との外見的差異は少ないとの事だったが、マニュアルのデータから映し出された立体映像で見比べると、明らかにオンケル・べーレが標準機より大きくゴツい。
「なんか、肩とか背中とか腕とか足とかバックパックとか……標準機とは明らかに違うパーツだよな」
さらに、標準機の愛称は『オンケル・ベーレ(クマおじさん)』ではなく『ユング・ベーレ(クマにいちゃん)』だ。
「嫌味かあんにゃろめ」
自分がすでにユングから遠退いて久しい事は自覚しているが、それでも北斗は雅臣の顔を思い浮かべて毒づかずにはいられなかった。
同い年の癖に自爆だろーがあのくそばか、などとぶつぶつと呟き、コンソール左奥に設置された簡易食保管庫から取り出したチューブタイプの紅茶をごくり、と一口飲む。
「お、美味い。さすがに軍のレーションとは大違いだ」
北斗は軽い感嘆の声を漏らし、紅茶の美味さに免じ雅臣への文句を一時忘れる事にして、さらにマニュアルを読み進んだ。
雅臣に連絡し、この機体について色々と問い質したい気もするが、余計な体力気力を費やすのは得策ではないと判断した北斗は
「アイツ、帰ったら色々ととっちめてやる」
と呟き、今は一刻も早く襲われているET:αに向かうことだけを考えた。
ET:αは混乱状態にあるためか、北斗の通信に応じて来ない。データスクリーン上に投影される情報では破壊されている様子は無いし、先ほどから攻撃を受けてはいないようだ。
「それにしても……」
ゴッド・ストーカーの技術を応用しているかどうかは解らないが、現在の巡航時速0・5光年と言う数値は従来のインター・セプター、いや、高速巡洋艦まで含めても考えられない異例の巡航速度だ。さらに、エンジンのリアルタイムデータを確認すると、瞬間的になら更に増速出来そうな気配さえある。
「戦闘時最高速はどんだけ出るんだ?」
普通ならマニュアルに明記されているデータだが、標準機の戦闘最高速度である0・24光年しか明記されておらず、すでにそれを倍以上上回った速度で巡航しているので参考にもならない。
「まあ、良い。とりあえず寝ておくか」
北斗はそう呟くと、シートをリクライニングさせて目を瞑った。そして数十秒後、小さないびきをかきだす。
雅臣には時と場合によると言っておきながら、あっという間に眠ってしまった北斗を乗せ、オンケル・ベーレは漆黒の宇宙空間を滑るように駆けて行った。
戦艦ビスマルクがフラビオンのメインコロニー、シャングリラを発進してから8時間後、艦内はすでに巡航状態維持となり、乗組員の80パーセントに休息指示が出ていた。
残りの20パーセントは航行に必要な最低限の人員と非常監視要員だが、実際には三人も居れば艦を動かすこと自体は可能なので、持ち場に着いている乗組員もリラックスモードである。
ET:αは断続的な攻撃に晒されているものの、敵性物体には破壊の意思がないものか、決定的な打撃や被害を受けてはいないと報告されている。
しかし、雅臣はブリッヂの自分のシートに座り、何か考え事をしながらメインスクリーンを見詰めていた。と、ブリッヂのドアが開き、北斗のものと思わしき黒いぶかぶかのTシャツとホットパンツ姿のアリスが、手で欠伸を押さえながら入って来た。
「あ、お嬢様」
日系と思わしき黒髪のオペレーターの少女の声に、雅臣が振り返る。
「アリス、なんて恰好だい」
Tシャツを押し上げる豊かな胸が目を引く愛娘を見て苦笑し、雅臣が肩を竦めた。
「あ……ごめんなさい。もうあまり人が居ないと思って……」
雅臣に窘められ、アリスは自分のしどけない恰好が恥ずかしくなったか、頬を染めて両手で胸を隠すようにした。
「お嬢様、それじゃ余計に目立ちますよ」
先ほど声を上げた黒髪のオペレーターが、笑いながら自分の上着をアリスに掛けてくれたので、
「ありがとう、優子。ちょっと貸して下さいね」
アリスはオペレーターに礼を言って、上着を着込みチャックを閉めた。
「良く眠れたかい?」
雅臣は優子と呼ばれたオペレーターに手を挙げてから、シートを下げて愛娘と視線を合わせる。
「はい、お父さま。北斗は、いまどの辺りですか?」
また出掛かった欠伸をふわ、と噛み殺したアリスが雅臣に質問すると
「うむ、現在エレメント・トンネルまで1時間を切る位置にいる。この艦はまだ3時間程度は掛かるだろう」
と答えた。
「……そうですか」
アリスは呟くと、サブスクリーンに映し出されているオンケル・ベーレの航跡をじっと見詰める。
その、愛娘の蒼い瞳に灯ったものに気付いた雅臣が
「行くのかい、アリス」
そう、静かに訊ねた。
「はい、お父さま」
断固たる決意を秘めた真蒼の瞳を父に向け、アリスが頷く。
「そうか」
止めてもムダと悟ったか、それとも止める積もりは最初から無かったのか。
父は愛娘の頬に手を当て、静かに言った。
「行きなさい、鋼鉄の聖女。我が娘よ。お前たちの未来をもぎ取りにな」
「はい、お父さま。行って参ります」
頬に当てられた父の手に自分の手をそっと重ね、アリスが力強く答える。
そして、しなやかな動作で身を翻し、ブリッヂから飛び出して行った。
アリスの流れる金髪がドアの向こうに消えると、父親は寂しげに、だが嬉しそうに微笑った。
「さて、優子くん。君の上着は後で新品を返そう。それと、ガーディアンズ・ハッチの開放準備を急いでくれ。アリスたちの準備が出来次第、発進させる」
自分の上着を着たまま飛び出していった少女を微笑んで見送ったオペレーター、優子が
「はい、総帥。でも、別に新品を頂く必要は有りませんよ」
と悪戯っぽくウインクしてから
「ガーディアンズ・ハッチ開放準備お願いします!」
関係各所に向かって指示を飛ばす。
「では、何か他の物を支給しよう。希望の品を考えておいてくれ。それと、艦長にも報告をな」
雅臣は優子にそう言い足し、
「了解!」
元気の良い返事を聞いた後、再びシートをブリッヂの最も高い位置まで上げた。
そして瞳を閉じ、
「娘を嫁に出す、と言う気分は複雑なものだな。だが、悪くはない」
と、誰かに語りかける様に呟いた。
数十秒ほど、そのまま微笑んでいた雅臣だったが、すう、と瞳を開くと
「マリア。たった今、そちらへアリスが向かった。花嫁衣装の準備をしてやってくれ」
胸元のボタンに仕込まれた集音マイクに向かって指示を出した。
『こちらドレスルーム、マリアです。アリス専用W装備、スタンバイ完了しています』
すると、マリアの穏やかな、慈しむ様な声が返って来た。
「そうか。では、頼む」
『はい、あなた』
雅臣の言葉に、マリアが応える。
それは、まるで慈しみあう夫婦の会話のようでもあった。
マリアとの通信を切り、雅臣は再び瞳を閉じて俯いていたが、ひとつ、大きく呼吸をした後にマイクの接続を切り替えて叫んだ。
「アリス・ガーディアンズ! 結婚舞踏会だ。アリスとその夫、巳桜北斗をサポートしたまえ」
雅臣の言葉に応え、
『はーい! ヴァイス・アンナ準備終わってまーす!』
『ロート・マルタ、いつでも良いぞ!』
『ブラウ・サロメ、準備完了』
連続して返って来た三つの返事に頷くと、雅臣はマイクのスイッチを手動で単独通信に切り替え
「サロメ、いやクリスチーナ。アリスを、お前の『妹』を護ってやってくれ」
と、アリスに向けるものと全く同じ優しい声で囁いた。
『……』
だが、返信は来ない。それでも、雅臣は通信を切る事無くスピーカーに耳を傾けて待つ。
それから、きっかり30秒後。
『……はい、お父さま。私の大切な妹と、その未来の夫を護るために、ブラウ・サロメ……いえ、神崎クリスチーナ・リヒトフォーフェン。これより出撃します』
返って来たその言葉に頷き
「ありがとう、私の愛しい娘よ。頼む……」
と、そこには居ない愛娘の耳元で囁くように、慈しみを込めて呟いた。
雅臣のその言葉は、果たしてもう一人の愛娘の心にまで届いただろうか。
マイクからはもう、何も返って来なかった。
こんにちは、作者です。いつもご愛読ありがとうございます。
さて、大変申し訳ないのですが、更新を今月下旬まで一時停止させて頂きます。
詳しくは活動報告に書きましたので、そちらをご参照ください。
ご迷惑をお掛けしますが、どうぞご容赦下さいませ。
暑い季節ですので、お体に気を付けて夏をお過ごし下さいね。
羽沢将吾




