表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AI of Electronics 妹を庇って死にかけた俺、美少女AMロイドとして天機学園に入学する  作者: 胡麻味噌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/6

第1話 美少女AMロイド、天機学園に立つ



 海の上に、街が浮かんでいた。


 水平線の向こう、朝日に照らされた人工島が、青い海面を割るように姿を現す。島というにはあまりにも整いすぎていて、都市というにはあまりにも閉じている。中央には白銀の校舎群がそびえ、その周囲を研究施設、訓練区画、居住区、商業エリアが幾何学模様のように取り囲んでいた。


 天機学園。


 人工機械化システム――AMSの運用と開発を学ぶ、日本が世界に向けて掲げた海上浮島型の全寮制学園都市。設立から間もないにもかかわらず、その名前はすでに世界中の研究機関、企業、軍事関係者の間で知られている。


 そんな場所へ向かう高速シャトルの窓際で、大原春奈は頬杖をついていた。


「やば。海の上に学校って、普通に映えるじゃん」


 明るめに巻いた髪。整った顔立ち。制服の着こなしは校則違反ギリギリではないのに、妙に目を引く。指先のネイルは控えめなピンクで、耳元には小さなピアス風の認証デバイス。姿勢はだらしないようで、重心の置き方には妙な隙がなかった。


 周囲の新入生たちは、ちらちらと春奈を見ている。


 無理もない。大原春奈は、ただの新入生ではなかった。ファッション誌の表紙を何度も飾り、近未来型のAMSウェア広告にも起用されている、現役のカリスマモデルだ。動画広告では無邪気に笑い、撮影現場では完璧な角度でカメラを射抜く。十代向けのブランドでは、もはや知らない者の方が少ない。


「ねえ、あれ……大原春奈じゃない?」

「本物? え、天機学園に?」

「モデルって、AMSもできるの?」

「いや、ここ倍率えぐいって聞いたけど……」


 小声のつもりらしいが、春奈の耳には普通に入っていた。


 春奈は視線だけを動かし、にこっと笑って手を振る。


「やほー。本物でーす。写真はあとでね。今ちょい入学式前でバタってるから」


 その一言で、シャトルの一角が小さく沸いた。何人かが慌てて視線を逸らし、何人かは顔を赤くし、何人かはスマートグラス越しに本人認証を確認しようとしている。


 春奈は笑顔のまま、窓の外へ視線を戻した。


 モデルだからAMSができない、という発想はわからなくもない。外から見れば、春奈は派手で、軽くて、よく笑う、いわゆる今どきのギャルだ。難関の天機学園にいるより、渋谷の広告塔の中にいた方がよほど似合う。


 だが、それは外から見た話でしかない。


 天機学園の入試は、学力、AMS適性、判断力、身体負荷耐性、AI同期反応、緊急時対応を複合的に判定する。見た目だけで潜り込める場所ではない。そもそも春奈に言わせれば、出雲孔雀の下で受けた訓練に比べれば、入試などまだ人道的だった。


 あの人の訓練、マジで合法だったのかな。


 春奈は頬杖をついたまま、口元だけで苦笑した。


 その瞬間、右耳の認証デバイスに短い通知音が鳴る。視界の端に、天機学園の全体マップが投影された。中央学区、研究区、訓練区、医療区、商業区、港湾区、寮区。そして一部だけ、黒く塗りつぶされた立入制限区域。


 春奈はその黒い場所を見て、半眼になる。


 あー、孔雀先生の巣、あそこね。表向き存在しないラボを新入生用マップにうっすら残すなっての。


 出雲孔雀。AMSの第一人者にして、世界で最も有名な変人科学者。春奈を今の身体にした張本人であり、春奈にとっては命の恩人でもある。恩人ではある。あるのだが、感謝だけで済ませるには、あまりにも余計な改造と余計な演出が多すぎる。


 特にこの外見。


 誰もが振り返るほど整った顔。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ体。本人の趣味なのか、孔雀の趣味なのか、今となっては考えたくもない。いや、九割九分孔雀の趣味だろう。


 春奈は窓に映る自分の姿を見て、軽く前髪を整えた。


 まあ、使えるものは使うけど。可愛いのは事実だし。


 そう思えるようになっただけ、昔よりはだいぶマシになった。


 シャトルが減速を始める。海上を走る誘導レールに沿って、車体が滑るように港湾区へ入っていく。ゲートの先では、すでに新入生たちが列を作っていた。制服の色も、髪の色も、肌の色も様々だ。日本人だけではない。英語、中国語、フランス語、聞き慣れない言語がいくつも混ざっている。


 世界中から選ばれたAMS適性者たち。


 そして、その中に。


 春奈は無意識に背筋を伸ばした。


 大野秋音。


 その名前を思い浮かべた瞬間、胸の奥に埋め込まれたAMSコアが、かすかに熱を帯びた気がした。機械的な異常ではない。エラーでもない。ただ、身体の中心が勝手に反応したような、そんな錯覚。


 妹が、この島にいる。


 火災以来、直接会うことができなかった妹。生きていることだけは知っていた。保護されたことも、成長したことも、天機学園に合格したことも、孔雀がどこからか拾ってきた資料で確認している。


 でも、会ってはいない。


 会えるはずがなかった。


 今の春奈は、もう大野春太ではない。


 シャトルの扉が開いた。


 潮の匂いと、機械油に似た薄い匂いが混じった空気が流れ込んでくる。新入生たちが一斉に立ち上がり、ゲートへ向かった。春奈もキャリーケースを片手に、軽い足取りで降りる。


 港湾区の床は白く、ところどころに青い誘導ラインが走っていた。上空には小型ドローンが巡回し、各言語で案内を流している。入学式の会場へ向かう新入生たちの列は、まるで観光地の入場ゲートのようだった。


 だが、その空気の下には、厳しい管理の気配がある。


 ゲートの両脇にはAMS認証用のスキャナ。壁面には非常時用の停止装置。天井には非殺傷制圧用の警備ユニット。学生を迎え入れる場所でありながら、同時に、暴走したAMロイドを即座に止めるための場所でもある。


 春奈はそれを一瞥して、口の中で小さく呟いた。


「警戒えぐ。まあ、当然っちゃ当然だけど」


 AMロイド。


 AMSを利用して、一時的に身体を機械化する者たち。腕だけ、脚だけ、視覚補助だけといった部分展開から、全身を装甲で覆う完全展開まで、その運用は幅広い。労働、医療、介護、災害救助、警備。今では社会のあちこちに、AMSは入り込んでいる。


 けれど、便利な技術には、必ず影がある。


 暴走。同期不全。AIの誤認。出力制限の突破。人間の身体を守るためのシステムが、人間を傷つける可能性。


 その全部を知っているから、天機学園は美しいだけではいられない。


 春奈がゲートに学生証をかざすと、透明な認証パネルが淡く光った。


『新入生登録を開始します。氏名、大原春奈。所属予定、第一学年。AMS適性ログ照合中』


 無機質な女性の声が響く。


 周囲の生徒たちは、ただの案内音声として聞き流していた。けれど春奈だけは、ほんの少し目を細める。


 アリア。


 天機学園、そしてAMSシステムの中枢を統括する管理AI。出力制限、同期管理、緊急停止、適性者保護。学園におけるAMS運用は、ほぼ全てアリアの承認を通る。


 表向きは、ただの高性能AI。


 だが春奈は知っている。あの声が、本当はただの機械音声ではないことを。


『照合完了。大原春奈、認証を許可します』


 そこまでは、他の生徒と同じだった。


 けれど次の瞬間、春奈の右耳にだけ、小さな音声が割り込んだ。


『ようこそ、春奈。余計な騒ぎは起こさないように』


 春奈は笑顔を崩さないまま、口元だけで返す。


「うっわ、信用なさすぎじゃん」


『過去データに基づく妥当な判断です』


「ひど。あたし、今日は清楚系新入生でいく予定だったんですけど?」


『清楚の定義を再確認しますか』


「やめて? 普通に傷つくから」


 もちろん、周囲には聞こえていない。春奈の認証デバイスを通じた限定通信だ。傍から見れば、春奈が少し独り言を言った程度にしか見えない。


 それでも、近くにいた男子生徒が目を丸くしていた。


「あの、大原さん、今のって……」


「ん? あー、ごめん。独り言多いタイプなんだよね、あたし。緊張すると喋るやつ」


「緊張、してるんですか?」


「してるしてる。マジでしてる。心臓バックバク」


 春奈は軽く胸元に手を当てて見せた。


 嘘ではない。


 ただし、理由は入学式ではなかった。


 認証ゲートを抜けると、視界が開けた。目の前に広がる中央広場には、巨大なホログラム掲示板が浮かんでいる。新入生の案内、寮分け、クラス分け、式典会場までのルート。情報量は多いが、整理されていて見やすい。


 その中央に、寮分けの項目があった。


 陽極寮アノード・レジデンス


 陰極寮カソード・レジデンス


 天機学園の学生寮は、大きく二つに分かれている。電気の極性を元にした名称で、陽極は出力型や機動型の適性者が多く、陰極は制御型や解析型の適性者が多い傾向にある。もちろん絶対ではないが、学園側は適性、性格、運用傾向を総合して所属を決める。


 春奈は掲示板の前で立ち止まり、自分の名前を探した。


 大原春奈――陽極寮アノード・レジデンス


「まあ、そりゃそっか」


 ギャルで、モデルで、目立って、出力型。外から見れば、陽極以外に入れようがない。中身の事情を知っている者からすれば、陽極どころか分類不能でもおかしくないが、そこは学園側がうまく処理したのだろう。


 問題は、春奈の名前ではない。


 指先が、わずかに止まった。


 視線が、別の欄へ移る。


 陰極寮カソード・レジデンス。第一学年。制御適性上位者欄。


 そこに、その名前はあった。


 大野秋音。


 春奈は、息を忘れた。


 たった四文字。


 何度も見た名前だ。資料でも、合格者名簿でも、適性検査の結果でも確認した。生きていることは知っていた。ここに来ることも知っていた。今さら驚くことではない。


 それでも、掲示板に刻まれたその名前は、春奈の胸を奥から掴んだ。


 秋音。


 生きている。


 同じ場所にいる。


 同じ学園の、同じ一年生として。


「……マジか」


 声が漏れた。


 その声は、いつもの春奈より少し低かった。


 すぐに気づいて、春奈は軽く咳払いをする。近くの新入生がちらりとこちらを見たので、いつもの笑顔を作った。


「いやー、知り合いの名前あってさ。びっくりしただけ」


 誰に言い訳しているのか、自分でもわからない。


 掲示板の表示が切り替わり、寮ごとの集合場所が案内される。陽極寮は中央広場の右手、陰極寮は左手。新入生たちがそれぞれの誘導ラインに沿って動き出した。


 春奈は陽極寮の列へ向かおうとした。


 その時だった。


 左手の人波の中に、ひときわ静かな少女がいた。


 黒に近い落ち着いた髪。背筋はまっすぐで、表情はほとんど動かない。周囲の新入生たちがざわめく中、その少女だけが音から切り離されたように立っている。必要最低限の荷物を持ち、掲示板を一度確認すると、迷いなく陰極寮の集合場所へ歩き出した。


 大野秋音。


 春奈の視界が、そこだけ鮮明になった。


 昔の秋音は、もっとよく笑う子だった。春太の後ろをついてきて、何かあるたびに「兄さん」と呼んで、嬉しい時は顔いっぱいに出して、嫌な時はすぐ頬を膨らませた。頑固で、甘えん坊で、妙に負けず嫌いで、いつか兄さんのお嫁さんになるのだと真顔で言っていた。


 目の前の秋音は、笑っていなかった。


 泣いてもいなかった。


 ただ、凍ったような顔で前を見ていた。


 春奈の指先が震える。


 声をかけたい。


 秋音、と。


 久しぶり、と。


 生きていてくれてよかった、と。


 兄ちゃんだよ、と。


 喉元まで出かかった言葉を、春奈は奥歯で噛み殺した。


 言えるわけがない。


 今の春奈は、妹を庇って死にかけた兄ではない。大原春奈という名前で生きる、体内にAMSコアを宿した規格外のAMロイドだ。見た目も、声も、身体も、何もかもが変わっている。


 そんな女が突然現れて、自分は兄だと言ったら。


 秋音は、どうなる。


 あの子は、やっと立っているのかもしれない。笑わなくなって、感情を閉じ込めて、それでも努力だけでここまで来たのかもしれない。春奈が何も知らない顔で近づくだけでも危ういのに、真実をぶつければ、今度こそ壊れてしまうかもしれない。


 だから、春奈は笑った。


 いつも通り、軽く。


 何も背負っていない美少女モデルみたいに。


「……うん。大丈夫」


 自分に言い聞かせるように呟いて、春奈は陽極寮の列へ歩き出した。


 けれど、足は一度だけ止まる。


 秋音が、ほんのわずかにこちらを向いた気がした。


 目が合ったわけではない。たぶん、ただの偶然だ。大原春奈という有名人の気配に、周囲と同じように反応しただけかもしれない。


 それでも春奈の心臓は、馬鹿みたいに跳ねた。


 秋音の瞳は、昔よりもずっと静かだった。


 その静けさが、痛かった。


「……やっば」


 春奈は小さく笑う。


「妹、可愛すぎん?」


 軽い言葉で誤魔化さなければ、立っていられなかった。


 陽極寮の集合場所では、すでに何人かの新入生が春奈を待つように見ていた。声をかけたそうな者、遠巻きに眺める者、興味を隠さない者。春奈はその全員へ向けて、いつもの笑顔を向ける。


「やほー。大原春奈でーす。まあ、同じ寮っぽいし、仲良くしてくれると助かる的な?」


 場が一気に和む。


 誰かが笑い、誰かが緊張を解き、誰かがスマートグラスの録画を慌てて止めた。春奈はその空気を器用に受け流しながら、陽極寮の列に並ぶ。


 けれど、心だけはまだ左側に残っていた。


 陰極寮へ向かう秋音の背中。


 もう小さな妹ではない。春奈が知っている秋音より背が伸びて、雰囲気も変わって、近づきがたいほど静かになっている。それでも、歩き方の癖だけは少し残っていた。右足を出す時、ほんの少しだけ重心が内側に入る。幼い頃、春太が何度もからかった癖だ。


 間違いない。


 秋音だ。


 春奈の妹だ。


 そして、今の春奈が一番会いたくて、一番会うのが怖かった相手。


『心拍数の上昇を確認。呼吸が浅くなっています』


 耳元で、アリアの声がした。


「うっさい。わかってるし」


『必要であれば、感情安定プログラムを提案します』


「いらない。こういうのは、機械でどうにかするやつじゃないっしょ」


『同意します』


 その返事は、ほんの少しだけ、無機質なAIらしくなかった。


 春奈は小さく息を吐いた。


 海風が、制服の裾を揺らす。遠くで入学式開始のチャイムが鳴り、中央広場のホログラムが式典会場への移動を促した。新入生たちが列を整え、天機学園の門をくぐっていく。


 春奈も歩き出す。


 大原春奈として。


 カリスマモデルとして。


 今どきのギャルとして。


 天機学園の新入生として。


 そして、胸の奥に焼け残った名前を抱えたまま。


 大野春太。


 大野秋音の兄だった名前。


 今の大原春奈が、二度と名乗れないはずの名前。


 それでも春奈は、左手の人波の先に消えていく妹の背中を見つめながら、声にならない言葉を胸の中で呟いた。


 秋音。


 兄ちゃんは、ここにいる。


 けれど、その声は海風にも乗らず、誰にも届かなかった。


 天機学園の門が、静かに閉じていく。


 人間とAI、機械と心、その境界線の上に作られた学園都市で、大原春奈の新しい日常が始まろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ