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謎の特産品

番犬のつもりのトカゲことシロが我が家にやってきてから、三日が過ぎた。

 庭の様子は、もう「家庭菜園」という言葉では説明がつかないことになっている。トマトの樹はさらに巨大化して、もはやちょっとした「赤い宝石を散りばめたスカイツリー」のようだし、肥料水をたっぷりあげたナスは一本一本がプロレスラーの太腿くらい太くなり、地面にゴロゴロと転がっている。

 シロはというと、最初は私の足元でビクビクしていたけれど、毎日特製肥料育ちの野菜を食べさせてあげたおかげで、今や体全体がダイヤモンドのようにキラキラと輝き、庭の入り口で「ワン(龍の咆哮)」と威厳たっぷりに(本人はそのつもりで)居座っている。

「さて、今日はキュウリの収穫ね。一本あれば村の皆で一週間は食べられそうだけど」

 私が巨大なキュウリ(長さ二メートル超え、触ると魔力が静電気のようにパチパチする)をのこぎりで切り落とそうとしていた、その時だった。

「――っ、はあ、はあ……逃げろ……っ、総員、撤退だ……!」

 庭の柵の外、村へと続く林道から、ガシャガシャと重々しい金属音が聞こえてきた。

 顔を上げると、そこにはボロボロになった銀色の鎧を纏った一団が、ふらふらと足を引きずりながら現れた。

「あら? 泥だらけの缶詰さんたち……じゃなくて、騎士様?」

 そこにいたのは、この国の最精鋭部隊『王立白銀騎士団』の面々だった。

 だが、その姿は無惨そのものだ。マントは引き裂かれ、自慢の鎧は鋭い爪で引き裂かれたように歪んでいる。先頭を歩く、ひときわ立派な鎧を着た美青年――騎士団長のアルベルトは、左腕を力なく垂らし、脇腹からはドクドクと鮮血が溢れていた。

(※実際の状況:彼らは国境付近で突如大量発生した災害級魔獣『ベヒモス』の大群を食い止めるため、死闘を繰り広げていた。部下を守るために殿を務めたアルベルトは、魔獣の呪毒を受けた爪で深く切り裂かれ、治癒魔法も効かない絶望的な状態で、命の灯火が消えかける中、この隠れ里へと流れ着いたのだった)

「すまない……村の、人か……。すぐに逃げろ……。背後から、魔獣が……っ」

 アルベルトはそう言い残すと、糸が切れた人形のように、私の家の門前でドサリと倒れ込んでしまった。背後の森からは、地面を揺らすような低い唸り声と、木々をなぎ倒す音が近づいてくる。

「大変! 騎士様、死んじゃう!」

 私は慌ててのこぎりを放り出し、彼らのもとへ駆け寄った。

 シロが「グルル……(主よ、後ろから来ている羽虫は私が消し飛ばしましょうか?)」と立ち上がろうとしたけれど、私は「シロはあっちで大人しくしてて!」と制した。

「騎士様、しっかりして! 今、お水を持ってきますからね!」

 私は家の中から、大きな木のボウルに「昨日汲んでおいた水」を満たして持ってきた。

 そう、例の特製肥料をたっぷり混ぜた、あの七色に発光する『魔法の肥料水』だ。

(※リーネの脳内設定:おじいちゃんが『この水は土に活力を与えるんだから、土から生まれた人間にも効くに決まってる』って言ってたから大丈夫!)

「ちょっとお行儀が悪いけど、背に腹は変えられないわ。はい、飲んで!」

 私は意識を失いかけているアルベルトの口に、ボウルを押し当てて、肥料水を豪快に流し込んだ。

「ごふっ!? げほ、ごほっ……!! な、なんだ……この、喉を焼くような……いや、魂を直接揺さぶるようなエネルギーの奔流は……!?」

 アルベルトの目がカッと見開かれた。

 その瞬間、彼の全身を眩いプラチナ色の光が包み込む。

「え、ええええええっ!? き、団長閣下!?」

 周囲で絶望していた騎士たちが、腰を抜かして叫んだ。

 アルベルトの傷口から、ジュウッという音と共に黒い霧(魔獣の呪毒)が蒸発して消えていく。それだけではない。無惨に切り裂かれて骨が見えていた脇腹の肉が、まるで時間を巻き戻すかのように盛り上がり、瞬く間に白く滑らかな肌へと再生してしまったのだ。

「う、嘘だろ……。宮廷治癒術師の最高位魔法でも一ヶ月はかかる重傷が、たった一口の『水』で……?」

「騎士様、顔色が良くなったわね! お口直しに、これも食べて!」

 私は収穫したばかりの『巨大イチゴ』を一個、丸ごとアルベルトの口に突っ込んだ。

 サイズ的にはメロンくらいあるけれど、肥料の力で皮は柔らかく、甘い香りが周囲の空気を一変させる。

 モグ……シャクッ。

「――――ッッッ!!!!」

 アルベルトの脳内で、何かが爆発した。

 ただの美味い食べ物ではない。一口噛むごとに、失われていた魔力がダムの決壊のように溢れ出し、細胞の一つ一つが「進化」を強制されているような感覚。

「な、なんだこれは……。果実などではない……。一口で、全盛期の魔力を遥かに凌駕する力が宿る……。まさか、失われた神の果実『セフィロトの果実』だとでも言うのか……!?」

 アルベルトは震える手で自分の体を見つめた。

 傷が治ったどころか、長年の激戦でガタがきていた関節や、古傷の痛みまで完全に消失している。それどころか、彼の背後には、高位の騎士にしか発現しない『闘気オーラ』が、以前の数倍の密度で立ち昇っていた。

 そんな感動の再会(?)を台無しにするように、森の木々をなぎ倒し、ついに追っ手の魔獣が現れた。

 体長五メートルを超える、全身が岩のような皮膚で覆われた凶悪な魔獣『ベヒモス』だ。

「グオオオオオオン!!」

「あ、魔獣だわ。シロ、あの子たちにうちの畑を荒らされたら困るから、ちょっと追い返してきて」

『グル(了解)』

 シロが「やれやれ」といった様子で一歩前に出た。

 騎士たちは絶叫する。

「だ、ダメだ! 逃げてください! あのトカゲじゃ一瞬で踏み潰される! 団長、我々が盾に――」

「待て」

 アルベルトが騎士たちを制した。彼の目は、シロの正体を正確に見抜いていた。

「あ、あのトカゲ……いや、あの御方は……。全身から放たれているのは、神話の時代に天を統べたとされる『天龍』の神気……。なぜ、あんな神聖な存在が、一介の村娘に『シロ』なんて呼ばれてペットのように……」

 その直後、シロが小さく「ガウッ」と鳴いた。

 ただ、それだけだった。

 ドォォォォォォォォン!!!

 シロの口から放たれた目に見えない圧力(龍圧)が、突進してきたベヒモスたちを直撃した。

 一国の軍隊を滅ぼすはずの災害級魔獣たちは、悲鳴を上げることすら許されず、その場で文字通り「ペシャンコ」に押し潰され、地面に巨大なクレーターを作って絶命した。

「…………え?」

 騎士たちは、武器を構えたまま石像のように固まった。

 最強の敵が、庭のトカゲの「あっち行け」の一言で全滅したのだ。

「よしよし、シロ、お利口さんね! 後でまたトマト一玉あげるわ」

『ワン!(やったぜ!)』

 シロが嬉しそうに尻尾を振ると、その衝撃で近くの木々が数本へし折れた。

「あ、騎士様たち、大丈夫? まだ顔色が悪いみたいだけど……そうだわ、お土産にこのキュウリ持っていきます? 重いから、四人くらいで担がないと無理かもしれないけど」

 私はニコニコしながら、地面に転がっている「大蛇のようなキュウリ」を指差した。

 アルベルトは、静かにその場に膝をついた。

 助けてもらった感謝、そして、目の前の少女が振るっている「力」の正体に対する、底知れない恐怖と敬意。

「……娘さん。いや、偉大なる聖者殿。貴女はいったい、何者なのですか? この水、この果実、そしてこの守護獣……。これ一つで、大陸のパワーバランスが崩壊し、戦争が起きるレベルの至宝ですぞ」

「ええ? 私? 私はただの、家庭菜園が趣味の村娘ですよ? あ、このお水はただの肥料水で、イチゴはおじいちゃんのノート通りに育てた普通の特産品です。ね?」

「……普通、ですか」

 アルベルトは、天を仰いだ。

 自分が今まで「最強」を目指して積み上げてきた修行、国を守るために磨いてきた剣技、それら全てが、この少女が撒いている「肥料」一滴にすら及ばないという現実。

「団長、どうしますか……? 我々は、とんでもないものを見てしまったのでは……」

 部下の騎士が震えながら尋ねる。アルベルトは、凛とした声で答えた。

「報告だ。いや、報告などしてはならん。もし王都の欲深い連中がこの地を知れば、この平和な菜園は血の海になる……。だが、これほどの『力』を隠し通せるはずもない……」

 アルベルトは決意に満ちた目で私を見た。

「リーネ殿。私は、貴女とこの村を守るために、一度王都へ戻り、正式な『保護規定』を取り付けてきます。もちろん、貴女の『普通』を汚さぬような形で」

「はあ……よく分かりませんけど、お仕事頑張ってくださいね! あ、これ、道中のおやつにどうぞ」

 私はアルベルトの手に、お団子サイズの「ミニトマト(と言いつつ野球ボール大)」をいくつか握らせた。

「……感謝する。この命に代えても、このトマト……いや、この恩義は守り抜こう」

 アルベルトたち騎士団は、まるで奇跡の洗礼を受けた巡礼者のような、清々しくも複雑な表情で去っていった。

 ちなみに、彼らが道中でおやつとして食べたミニトマトのせいで、騎士団全員の魔力限界値が恒久的に二倍になり、王都に帰還した際に「神聖騎士団に覚醒した」と大騒ぎになるのだが、それはまた別の話。

「ふう、お片付け完了。さて、シロ、次はあっちのナスを収穫しちゃいましょうか」

『ワン!(次はナスのステーキだな!)』

 嵐のような騎士団が去った後も、リーネの庭には、いつも通りの(常識外れな)のどかな時間が流れていた。

 しかし、リーネが「親切」で分け与えたその野菜の欠片が、王都の権力者たちの耳に届くまでに、そう時間はかからなかったのである。

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