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世界が庭になった日

ルナール村の空に浮かぶ巨大な空中農園『エデン・リーネ』。

 今やそこは、全世界の王族が巡礼に訪れ、天界の神々が休暇を過ごし、魔界の魔族が「ボランティア活動」に勤しむ、宇宙で最も平和で、最も異常な場所となっていた。

「主、おはようございます。本日の朝食は、創造神様が時間操作で三秒で熟成させた『銀河ハチミツ』と、女神アステリア様が天界の雲から濾し取った『聖乳』、そして主が昨日肥料を撒いた『太陽の目玉焼き』です」

「ありがとう、シロ! 創造神さんも、すっかり仕事に慣れてくれたみたいね」

 私がバルコニーから庭を見下ろすと、パジャマ姿の創造神が、ジャガイモ兵士たちと一緒に「肥料の配合比率」について熱く議論している姿が見える。

「……いいか、諸君! 窒素・リン・カリウムの黄金比に、私の『万物創造の光』を隠し味に加えるんだ。そうすれば、このジャガイモは食べた瞬間に全宇宙の記憶を追体験できる究極の一品になる!」

「「「了解しました、神(見習い)殿!!」」」

 ジャガイモたちが一斉に敬礼し、土の中へと潜っていく。もはやこの庭に「不可能」の文字は存在しなかった。

 そんなある日のこと。

 ルナール村の地上では、かつてない規模の祭典が準備されていた。

 名目は『全種族合同・収穫感謝祭』。

 王都の国王も、隣国の皇帝も、引退したはずの大賢者も、元魔王も、みんながこの村に集まり、リーネの野菜を囲んで平和を祝うという、歴史上あり得なかった奇跡の宴だ。

「リーネ様! 祭りの準備、すべて整いました!」

 元スパイのカイルが、肥料入りの食事で鍛え抜かれた、もはや魔神のような筋肉を躍動させて報告に来た。

 彼の後ろには、王都の公爵令嬢イザベラが「私も野菜の皮剥きをお手伝いしますわ!」と、泥だらけになりながらも聖女のような微笑みを浮かべて控えている。

「みんな、ありがとう。……でも、一つだけ足りないものがあるの」

「足りないもの? それはいったい……」

 私が空を見上げると、そこには以前よりもずっと巨大で、神々しく輝く「おじいちゃんの形見のノート」があった。

 ノートの最後のページ。そこには、これまで読めなかった文字が、黄金色に浮き上がっていた。

『最高の肥料とは、技術でも魔力でもない。共に食べる者の「笑顔」と、大地への「感謝」である。それが揃った時、庭は世界を救う。……リーネ、お前ならもう、その意味がわかるはずだ』

「おじいちゃん……」

 私は決意を固めると、シロに向かって頷いた。

「シロ、私の『特製肥料(最終段階)』を、世界中に撒きましょう」

「……主、それはつまり、この大陸だけでなく、この惑星すべてを『主の庭』にするということですね。……承知いたしました。全従業員、配置につけ!」

 合図と共に、空中農園から無数の光の粒子が降り注いだ。

 それは、リーネがこれまでに育ててきたすべての野菜の「エッセンス」と、世界中の人々の「美味しい!」という想いを凝縮した、究極の肥料。

 光が大地に触れるたび、戦争で荒れ果てた土地に瑞々しい緑が芽吹き、病に苦しむ人々は一瞬で快癒し、憎しみを抱えていた者たちの心には温かな夕食の香りが広がっていった。

「な、なんだ……体が軽い。力がみなぎってくるぞ!」

「見て! 枯れていた井戸から、輝く魔力水が溢れ出しているわ!」

 世界中で歓喜の声が上がる。

 国境という名の壁は、リーネの野菜が広がる「生垣」へと変わり、武器はすべて農具へと鋳潰された。

 

 そう、この瞬間。

 この惑星から「飢え」と「争い」が完全に消滅したのだ。

 お祭りの夜。

 ルナール村の中央広場には、種族の垣根を超えた巨大なテーブルが並べられていた。

 

 国王と魔王が同じ鍋をつつき、

 女神と大賢者が新作の漬物について語り合い、

 創造神が村の子供たちに「トマトの美味しい食べ方」をレクチャーしている。

「リーネちゃん、本当にありがとう。この村に生まれて、君の野菜を食べられて、私たちは本当に幸せだよ」

 村の代表であるハンスさんが、若返りすぎて二十代の青年の姿で、涙ながらに私に握手を求めてきた。

「そんな、お礼なんていいんですよ。私はただ、おじいちゃんの言いつけを守って、普通に暮らしてきただけですから」

 私がそう言うと、周囲にいた全員が――神も魔王も賢者も――一斉に心の中でツッコミを入れた。

(((いや、どこが「普通」なんだよ!!)))

 しかし、誰もそれを口には出さなかった。

 目の前にある、虹色に輝く煮込み料理と、黄金のサラダ、そして何よりリーネの屈託のない笑顔が、そんな些細な疑問をすべて飲み込んでしまったからだ。

 宴もたけなわ。

 私はシロと一緒に、少し離れた丘の上からお祭りの明かりを眺めていた。

「……シロ。私、おじいちゃんの言ってた『普通の暮らし』が、やっと分かった気がするわ」

「ほう。それはどのような?」

「お腹いっぱい食べて、大好きな人たちと一緒に笑って、明日が来るのが楽しみ……。それだけで、世界は十分幸せなのよね。魔法も神様の力も、本当はそのためにあるんだわ」

「……その『普通』を実現するために、主は宇宙の法則を三回ほど書き換えましたがね。……まあ、主らしい答えです」

 シロが微笑み、私の肩にそっと手を置く。

 彼の背後には、人型から元の姿に戻った「天龍」の影が薄らと浮かんでいたが、今の彼にとってはリーネの忠実な執事であることの方が、宇宙を統べる龍王であることよりもずっと重要だった。

「主、次はどのような作物を育てましょうか?」

「そうね……。次は『食べると夢の中で冒険ができる枕投げ用のスイカ』なんてどうかしら?」

「……相変わらずの斜め上の発想、承服いたしました。明日も忙しくなりそうですね」

 朝焼けが空を染め始める。

 空中農園からは、今日もしゃべるジャガイモたちの元気な掛け声が聞こえてくる。

 辺境の村で、ただ「普通」に暮らしていた一人の少女。

 彼女の作った肥料は、伝説の霊薬であり、神の雫であり、そして何よりも――世界を笑顔にする、魔法のスパイスだった。

 リーネの物語は、これからも続いていく。

 「普通(異常)」な毎日を、最高の肥料にして。




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