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義理チョコキングと頑張り屋さん ~心優しい二人が寄り添っていく、幸せに包まれた半同棲生活~  作者: バランスやじろべー
第二章後編 お菓子を作る理由

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第80話 蓮の異変

 夕方、桜季は蓮と共に、いつものように並んで夕食の支度。

 献立は豚の生姜焼きに千切りキャベツ、豆腐とわかめの味噌汁だ。


「蓮さん。焼き加減、これでいいですか?」


 桜季はフライパンから蓮へと視線を動かしてそう問いかける。

 フライパンからは生姜焼きの良い香りが漂っており、見た目も香りも完成と言っていいだろう。

 しかし――


「…………」


 いつもならすぐに味を確認してくれるところだが、蓮は鍋の中でお玉の上を菜箸で掻きまわしているだけ。

 味噌はとっくに溶けている。


「蓮さん……? 蓮さん!」


「え……? あ…………」


 念の為にフライパンの火を止め少し強めに呼びかけると、ようやく蓮がこちらを向いた。

 しかしいつもと違ってどこか浮かない表情をしている。


「わ、悪い……。えっと……」


「生姜焼きの焼き加減、これで大丈夫ですか?」


「あ、ああ……。うん、問題ないぞ」


「はい。ありがとうございます」


 チラリとフライパンの上を確認する蓮。

 しかしやはりいつもとはどことなく様子が違う。

 とはいえ味噌汁の方は大きな失敗もなく進んでいるのだが。



 ✿



「おじゃましまーす!」


 琴乃が到着し、リビングへと到着。

 桜季はテーブルへと料理を運んでいた手を止めて琴乃に笑いかける。


「琴乃、おかえりなさい」


「うん。お兄さんも」


 そう、いつも通りに琴乃が蓮へと声を掛ける。

 その声に蓮は慌てて琴乃の方を向いた。


「あ……。うん、いらっしゃい」


「え……? うん…………」


 琴乃もやはり蓮の調子がいつもと違うことを感じたのか、少し同様したように目が泳ぐ。

 視線だけで『どうしたの?』と聞かれているような気がするが、桜季も理由が分からずに首を横に振る。


「ほら、手を洗ってきなって」


「う、うん……」


 蓮の言葉に琴乃は洗面所へと向かった。

 やがて琴乃も戻り、三人で食卓を囲む。


「「「いただきます」」」


 一見すれば普段とは変わらない、しかしどこか雰囲気が違った。

 生姜焼きはとても美味しい。

 しかし、その味がぼやけるほどに蓮の様子はおかしかった。

 箸を動かしてはいる。

 しかしその表情はどこか上の空で、機械的に口に運んでいる様にも見える。


「蓮さん。体調が悪いのですか?」


「え? いや、別に問題はないぞ」


「……そうですか。それならいいのですが……」


 慌てて取り繕うように答える蓮。

 琴乃も心配そうな顔で蓮を見つめる。


「まあ、たまにはこういうこともあるって」


 そう言って再び食事に戻る蓮。

 しかし、この日の食卓はいつもとは違った空気が流れていた。



 ✿



「「「ごちそうさま」」」


 空気が違うとはいえ食事は進む。

 食事を終えると、蓮は冷蔵庫から昨日作ったケーキを取り出した。

 それを三つの皿に載せてそれぞれの前に置く。


「わあっ! 今日はケーキ!?」


 目の前に置かれたそれに琴乃が目を輝かせる。

 抹茶・ほうじ茶・玄米茶の三層ムースだ。

 それぞれのムースに柚子のジュレが加わっており、柑橘の酸味がお茶の香りを引き立てる。

 蓮が今度の大会用に試作した残りだ。


「いただきまーす!」


 早速琴乃が手を伸ばす。

 小さく切り分けそれを口に運ぶと、すぐに恍惚の表情を浮かべた。


「おいしい……!」


 思わず琴乃の口から感想が漏れた。

 もう一口、もう一口と夢中になってフォークを動かす。


「これ、昨日作ってたやつ?」


「ああ」


 琴乃の問いに蓮は短く答えた。


「大会用の試作品」


「すっごく美味しい! これなら優勝間違いなしじゃない!?」


 満面の笑みで感想を伝える琴乃。

 その隣では桜季も静かに一口味わう。

 まず抹茶のほろ苦さが広がる。

 続いてほうじ茶の香ばしい香り。

 最後に玄米茶の優しい風味が残り、柚子の爽やかな酸味が全体を綺麗にまとめていた。

 エクラ・デュ・マタンで売られている商品と比較しても劣っているとは思えない、とても完成度の高い一品。


「はい。凄く美味しいです」


 そう感想を伝えるが、やはり蓮は普段とは違う。


「そうか……」


 小さくそう答え、自分もケーキを口へと運ぶ。


「何か、気になるところでもあったのですか?」


 そう問いかけると、蓮は一瞬動きを止めて笑みを浮かべる。

 しかしその笑みは普段とは違い作り物のようで――


「いや、問題はない。だけど、それが問題で……」


「え……?」


 桜季は琴乃と二人、食べる手を止めて蓮を見つめる。

 しかし蓮はケーキを小さく口に運びながら、独りごとのように呟いている。


「修正点が見当たらない……もっと……味にインパクトが…………これじゃあ平凡で…………材料を変えるか? もっといい物に…………」


 視線は皿の上のケーキへ落ちたまま。

 誰に話しかけるでもなく、ただ頭の中で巡る考えがそのまま言葉になって漏れ出しているようだった。

 桜季は思わず琴乃と顔を見合わせる。

 琴乃も困惑したように小さく首を傾げていた。


「蓮さん」


 もう一度、静かに名前を呼ぶ。


「……ん?」


 ようやく顔を上げた蓮は、そこで初めて二人が自分を見つめていることに気付いたらしい。


「あ……悪い。ちょっと考え事してた」


「考え事……ですか?」


「ああ。気にしなくていい。ごちそうさま」


 気が付けば、三人の皿の上からケーキが無くなっていた。

 そのまま片付けの作業に入る。

 そう言って話を終わらせようとする。

 だがその最中も、蓮はずっと上の空だった。

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