第77話 三人で試験のお祝いを
帰宅後、蓮と桜季は夕食の支度に取り掛かる。
メニューは琴乃を含めた三人の好物であるオムライス。
それにサラダとビシソワーズだ。
さすがにビーフシチューまで作るほどの時間的余裕はなかったが、それでもお祝いという意味では充分だろう。
桜季が丁寧に玉ねぎと鶏肉をフライパンの上に投入していく。
少しすると、香ばしい美味しそうな香りがキッチンに漂い始めた。
蓮もその隣でボウルに手早く卵を割り入れていく。
「ふふっ。美味しそうな香りです」
楽しそうにフライパンの中身を確認しながら桜季が笑う。
「玉ねぎ、いい感じに色が変わってきたな」
「はい。このくらいまで炒めると甘みが出るんですよね?」
「ああ。丁寧にな」
桜季が軽く頷き木べらで具材を返していく。
そのたびにバターと具材の香りが一段と強くなっていく。
「鶏肉にもそろそろ火が通るな」
「はい。ちょうど水分も飛んできましたね」
桜季がフライパンの中を確かめるように覗き込み、軽く火加減を調整する。
具材の表面から余分な水分が抜け、バターの香りが一段と濃くなっていた。
「それではご飯を入れてしまいますね」
そう言って冷蔵庫から朝の残りのご飯が入ったボウルを取り出す。
ラップを外してフライパンへと投入し、米と米をほぐすようにしてかき混ぜていく。
そしてケチャップを投入。
瞬く間にケチャップの色が全体へと広がっていく。
「いい色になってきたな」
「はい。とても綺麗です」
桜季が満足そうに頷き、火を落とす。
水分も程よく飛び、米粒はべたつかずしっとりとした仕上がりになっていた。
「そろそろ仕上げですね。お皿、準備します」
「オッケー。卵、準備しておく」
蓮は別のコンロで温めていたフライパンに油を薄くなじませると、溶き卵を一気に流し込んだ。
じゅ、と短い音がして、卵がふわりと広がっていく。
そのままフライ返しで形を整え、半熟のまま火を止め、固まりきる前の柔らかい状態を保つ。
桜季が皿に盛りつけたチキンライスの上に、焼き上がった卵をそっと載せる。
「綺麗に出来ましたね」
「ああ。かなりいい出来だ」
桜季は小さく息を吐き、満足そうにオムライスを見つめた。
ピンポーン
三人分のオムライスが完成したタイミングで、リビングにチャイムの音が鳴り響く。
確認するとやはり琴乃だったので、玄関を開けて迎え入れる。
「おじゃましまーす! いい香りする!」
開口一番、琴乃の弾んだ声がリビングに響く。
蓮と桜季は視線を交わし、同時に小さく笑った。
「ちょうど仕上がったところだな」
「はい。完璧なタイミングですね」
「わあっ! 今日はオムライスなんだ!」
テーブルの上に並べられた料理を見た瞬間、琴乃の表情がぱっと明るくなる。
ふわりと卵を乗せたオムライスに彩り豊かなサラダ、そして湯気を立てるビシソワーズ。
「ほら。手を洗って来て」
「うん!」
元気よく返事をした琴乃は、すぐに手洗いとうがいを済ませてリビングへ戻ってくる。
✿
三人で席に着き、手を合わせた。
「「「いただきます」」」
最初の一口を運んだ琴乃は、すぐに頬を緩めた。
「美味しい!」
そしてすぐに二口目。
そんな妹の様子を見て、桜季も安堵したように微笑んだ。
「それなら作った甲斐があったな」
「口に合って良かった」
蓮と桜季は顔を見合わせて笑い合い、自分達もオムライスを口へと運んだ。
火加減もちょうど良く、満足のいく仕上がりだった。
「すっごく美味しいよ! ねえ、今日って何かあったの?」
食べながら琴乃が聞いてくる。
蓮は食事の手を止め、笑みを浮かべて答える。
「おれと桜季の試験結果がようやく確定したからな」
「えっ、そうなの?」
「うん。わたしも蓮さんも学年で主席だったよ」
桜季も少しばかり誇らしげに答えると、琴乃は目を丸くして驚く。
「えっ、ホント!? 凄い!」
「ありがとな。琴乃も成績良かったみたいだし、そんなわけでお祝いしようと思って」
「あはは。まああたしは二人ほど良くはなかったけど」
少しばかり苦笑しながら琴乃が呟く。
とはいえ別にそれは謙遜するほどの物でもない。
「なに言ってんだ。ちゃんと平均で八割超えしてただろ?」
「そうだよ。琴乃だってちゃんと頑張ったよ」
二人がそう言うと、琴乃は照れくさそうに肩をすくめた。
「えへへ……そう言ってもらえると嬉しいかも」
口元を緩めながらオムライスを頬張る姿は、どこか年相応で微笑ましい。
蓮も桜季も、そんな琴乃の様子を見て自然と笑みを浮かべる。
「テスト前もちゃんと勉強してたもんな」
「はい。分からないところも、そのままにせず最後まで解き直していましたよ」
二人に褒められ、琴乃は少し照れたように視線を落とした。
「だって、お姉ちゃんと蓮さんが教えてくれたんだもん。そのおかげだよ」
「教えたのはきっかけだけだ。実際に点数を取ったのは琴乃自身だろ?」
「そうだよ。最後まで頑張ったのは琴乃だから」
琴乃は嬉しそうに何度も頷いた。
学校での出来事や試験中のちょっとした失敗談を交えながら、ゆっくりと夕食を楽しんでいく。
やがて全員が食べ終えると、蓮は席を立ち冷蔵庫へ。
取り出したのは当然、エクラ・デュ・マタンのケーキの箱。
それをテーブルの中央へそっと置く。
琴乃は箱と蓮の顔を交互に見つめ、数秒遅れて状況を理解したらしい。
「もしかして……これって」
蓮と桜季は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「今日のお祝いの本番だ」
その一言を聞いた瞬間、琴乃の表情がぱっと輝いた。
「やったーっ! 本当にケーキだったんだ!」
椅子から立ち上がらんばかりの勢いで喜ぶ琴乃を見て、桜季はクスリと笑い、蓮も思わず頬を緩める。
「二人共、ありがとーっ!」
三人でケーキを分け合って食べる。
試験勉強に励んだ日々を締めくくるには、これ以上ないほど穏やかで幸せな一時だった。




