第64話 桜を見ながら弁当を
テーブルへ到着すると、蓮は凜と早速準備を始める。
「子供達が使うにしては結構大きいですね、このテーブル」
「ああ、これは園児達じゃなくて、大人用。たまのイベントで保護者とかが訪れた時ように」
凜はそう言いながら飲み物の入った袋を机へ置いた。
一方で蓮もトートバッグをテーブルへと乗せる。
「それじゃ弁当出すか」
「待ってました!」
即座に反応した美鈴に蓮は苦笑する。
「そんな期待するほどのもんじゃないぞ」
「いやいや、蓮さんの料理って時点で期待値高いから!」
「オレも久々だから楽しみだな」
「はい。わたしも楽しみです」
そんなことを言われるとつい顔に笑みが浮かんでしまう。
それを何とか隠しながら、蓮は弁当の入った重箱を取り出していく。
蓋を開けた瞬間
「わあっ。凄いですね」
桜季が目を輝かせた。
凜と美鈴も同じように期待の眼差しを向けている。
一段目には卵焼き、唐揚げ、ウインナー。
二段目にはきんぴらごぼう、ほうれん草の胡麻和え、マカロニサラダ。
そして三段目にはサンドイッチ。
桜季が感心したように目を丸くする。
「これ、全部蓮さん一人で作るの大変だったんじゃないですか?」
「ま、多少はな。とはいえ昨日から仕込んでたし、たまに作るし。それにそんなに手間のかかるおかずじゃないからな」
「いやいや、充分すぎるレベルだってこれ!」
美鈴から思わずツッコミが入る。
凜も弁当箱を覗き込みながら頷いた。
「そうだぞ。相変わらず完成度高いな」
「ははっ、ありがと」
そんなやり取りをしながら、四人で席へ座る。
するとその横で、ケリーがじっと弁当を見つめていた。
「……ワフ」
「ケリーの分もあるからな」
蓮がそう言うと、言葉が分かったのかケリーの尻尾が勢いよく振られる。
「えっ、ケリーの分まであるの!?」
「ああ。まあ、弁当と同じメニューじゃないけどな」
そう言って蓮は別容器を取り出した。
中には味付けを控えたささみやニンジンなどの野菜が綺麗に詰められている。
「うわ、待遇いいなあケリー……」
「ワン!」
嬉しげに鳴くケリーに、三人から笑いが漏れる。
凜がケリーの前に置いたトレーへとタッパーから少し盛り付けて完成。
凜から『待て』の命令が出されたケリーは、早く食べたいとうずうずしながら食事を見つめている。
人間組もウェットティッシュで手を拭いて準備は完了。
「それじゃ食べるか」
蓮の言葉に、全員が揃って手を合わせた。
「「「いただきます」」」
「いただきます。ケリー、よし!」
「ワンッ!」
凜の合図と同時に、ケリーが勢いよく自分の皿へと顔を近付ける。
大好物のささみを食べると、幸せそうに軽く鳴く。
「おおー、ちゃんと待て出来るんだ」
重箱へと手を伸ばそうとしたところで、美鈴が驚いたようにケリーを見る。
「そりゃあな。そこ出来ないと色々危ないし」
「賢いんだねえ」
「もちろん! そうだ、後でケリーにご飯あげてみるか? まだ残ってるし」
「えっ、いいの!? やった!」
蓮の持って来たケリーの食事は、まだタッパーに残っている。
凜の言う通り、後で直接食べさせてあげてもいいだろう。
「んーっ、早く食べさせたい! でも、蓮さんのお弁当もゆっくり味わいたいし……」
犬好きの美鈴が蓮の弁当を見て悩ましい声を上げる。
そんな美鈴に蓮と桜季は苦笑してしまう。
「でも、ケリーちゃんって賢いですね……」
「ああ。拾った時は警戒心強かったんだけどな。そこから凜が徐々に慣らしていったんだ」
「蓮もだろ? しょっちゅうウチに来て世話してたじゃねえかよ」
あはは、と凜が笑いながら口を挟む。
当時は蓮も凜と共にケリーの世話に手を焼いた。
とはいえ、一番の功労者は目の前にいる凜だろう。
「まあ、オレ達も食べようぜ」
そう言いながら凜は弁当箱へと手を伸ばした。
「ほら、二人も。食べろって」
「うんっ!」
真っ先に美鈴が唐揚げへ箸を伸ばす。
一口食べた瞬間。
「んーっ! 美味しい!」
ぱっと表情が明るくなる。
「これお店レベルじゃない!?」
「大袈裟だって。唐揚げってのは普通に作れば大抵美味しいからな」
生焼けとか焦がしてしまったとかでなければ、大抵美味しいのが唐揚げというおかずだ。
「いや、本当に美味しいぞ。下味もしっかり付いてるし。味噌か?」
「ああ。と言ってもがっつりとじゃないけどな」
次に卵焼きを口へと運ぶ。
「この卵焼き、甘さ丁度いいな」
「あー、分かるかも。凄い食べやすいです」
桜季も小さく頷いた。
そんな反応に、蓮は少し照れくさそうに笑う。
「口に合ったなら良かったよ」
何度か食べている凜はともかくとして、桜季と美鈴も気に入ってくれたようで何よりだ。
その後もそれぞれ気になったおかずへ箸を伸ばしていく。
「うわ、サンドイッチ美味しっ!」
「ほんとだ。種類多いですね」
蓮の作って来たサンドイッチはテリヤキチキンと卵のサンドと、ツナサンド、そしてBLTサンドの三種類。
「これ、パンもちゃんと焼いているんですか?」
BLTサンドを見ながら美鈴が聞く。
「ああ。軽くな。そっちの方が食感いいだろ」
「分かってるなあ」
感心したように凜が頷く。
一方で美鈴は、ツナサンドを食べながら目を輝かせていた。
「はぁー……幸せ……」
「大袈裟だな」
「いやでもさ! 外で食べるのも相まってめちゃくちゃ美味しいんだって!」
美鈴はそう言いながら、頭上の桜を見上げた。
風が吹き、枝が揺れる。
その度に、淡い花びらがひらひらと舞い落ちてくる。
「うん、確かにこれは花見って感じするな」
「だろ?」
凜が少し得意げに笑う。
正直、凜の提案通りにここで花見が出来て本当に良かった。
そう思えるだけの景色が広がっている。
そんな中、桜季はBLTサンドを小さく口へ運んでいた。
「……美味しいです」
ぽつりと零れた声は、どこか嬉しそうだった。
「この卵、凄くふわふわですね」
「あー、それは少しだけ牛乳入れてるからかもな」
「へえ……」
感心したように桜季がサンドイッチを見る。
その様子が妙に可笑しくて、蓮は思わず笑ってしまった。
「そんな真剣に見るほどか?」
「だ、だって気になりますし……」
少し恥ずかしそうに視線を逸らす桜季。
「わたし、料理はあまり得意じゃないので」
「今頑張ってるだろ? 徐々に上達してるって」
「そ、そうですか?」
「ああ。料理って結局慣れだからな」
自然な調子でそう答える蓮。
すると桜季は少しだけ嬉しそうに笑った。
「……はい。これからも宜しくお願いします」
「ああ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな二人のやり取りを聞きながら、美鈴はこっそりと凜へ近付く。
「ねえ凜さん」
「ん?」
「なんかもう新婚夫婦みたいじゃない?」
「それ本人達に聞こえるように言うなよ?」
凜は呆れたように返しながら、お茶を飲む。
一方で蓮と桜季はそんな会話に全く気付いていない。
ただ、穏やかな春の空気の中で、自然と会話を続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
頭上では桜が揺れ、隣では犬のケリーが美味しそうにご飯を食べている。
そんな空間の中で食べる弁当は、普段よりもずっと美味しく感じられた。




