第58話 親友達の密談
蓮と桜季がキッチンへと向かったところで、凜は美鈴と二人リビングで待つことになる。
キッチンから聞こえてくる包丁の音や、フライパンの上で油の跳ねる音。
リビングの椅子に腰を下ろしながら、凜はその光景をぼんやりと眺めていた。
「……ねね、せんぱい」
「ん?」
れっちゃんを抱えたまま、美鈴がキッチンの方へと顔を向ける。
その視線の先には当然ながら蓮と桜季。
「あれ、どう見える?」
「どうって?」
「あの二人の関係」
分かっていて聞いているくせに、とでも言いたげな返し。
蓮が手際よく材料を切り分け、桜季がそれを受け取って下ごしらえをしている。
桜季の方はまだ動きがぎこちないが、それでも二人の息は合っている。
蓮が上手にフォローしており、詰まることがない。
凜は小さく息を吐いてから、視線を外さずに続ける。
「どう見ても、だ」
「うん……」
美鈴はわざとらしく考える素振りを見せてから、にやりと笑い、こちらより先に口を開く。
「新婚さん?」
「だよなあ」
やはりというか考えていることは同じだった。
二人のやり取りは、決していちゃついているというわけではない。
距離が近いとか、触れ合いが多いとか、そういう分かりやすいものでもない。
ただ――
「なんかもう、空気が出来てるっていうかなあ」
「分かる。自然すぎて逆におかしい」
必要な言葉だけで通じている感じ。
そしてお互いの空気感。
凜は顎に手を当てながら小さく苦笑する。
「付き合ってないってのは本当だけどな」
「うん。二人共ガチでそう思ってるよね。いや、実際付き合ってはいないだろうけどさ」
そう言って、二人揃ってキッチンへと視線を向ける。
その先では――
「桜季、それまだ早い」
「あ、すみません……!」
「いいから、そのまま待っててくれ」
蓮が料理を教え、桜季が一生懸命に頑張っている。
そんな姿を見て、凜と美鈴は互いに苦笑してしまう。
「……まあ、あいつはああいうの得意だからな」
「せんぱいはねー」
美鈴もあはは、と笑う。
「でもサッキーの方は、ちょっと違うよね」
「……ああ」
そこは否定しない。
先程のやり取りから見て、桜季が蓮に好意を持っているのは分かる。
それを桜季本人が気づいているかは別として。
名前の呼び方を指摘された時の焦り方。
そして――
「大切な人、ねえ」
ぽつりと呟きながら、美鈴が笑う。
「もう完全にせんぱいに恋しちゃってるじゃん」
「だよな。当の本人すら気付いて無いっぽいけど」
「あははっ」
「それにな……」
そこで凜は一拍置く。
一度キッチンへと目を向け、蓮を見る。
桜季に教える蓮の姿は真剣そのもので、それでいて楽しそうだった。
「それに?」
「蓮のやつもさ、渡利のことは気に入ってるのは間違いない」
「うん」
美鈴もしみじみと頷く。
そして、真剣な表情で凜の方を向いた。
「ねえ、せんぱい。真面目な話、いい?」
「ああ」
美鈴の言う真面目な話。
それが何なのかは凜にも想像がつく。
そして美鈴は少し遠慮するように、しかしはっきりと口にした。
「せんぱい的にさ、サッキーが光井せんぱいの彼女になったらどう思う?」
「…………」
美鈴の質問に少し考えてみる。
義理チョコキングとあだ名されているとはいえ、これまでの蓮はモテないわけではなかった。
蓮に好意を寄せる相手も多少なりともいた。
とはいえ、凜から見てこれまでの相手は、恋人として蓮と相性がいいとは思えなかった。
だからこそ蓮も断っていたのだろうが。
「せんぱい?」
長く考え込んでいると、美鈴は不安そうにのぞき込んでくる。
「…………正直さ、一般的に同年代のやつが蓮の彼女として上手にやれるとは思ってなかった。あいつはさ、結構独特な価値観持ってるから」
「…………そうなん? なんか誰とでも上手にやれそうに見えるけど」
凜の答えに首を傾げる美鈴。
とはいえその疑問はもっともだろう。
「上手にやれるのは、ある程度の距離がある友達レベルとしてだな。例えばさ、あいつって世間一般の流行りとかには無頓着なんだよ。だから、趣味とかの会話が合わない」
流行している歌や芸能人、テレビ番組、SNSのトレンド。
そういったことにほぼ全く興味が無いのが蓮だ。
「だからさ、普通の女子が恋人になったとしても、付き合っていくうちにズレる」
あくまでも蓮といて楽しいのは気軽な友達程度の関係。
そこから先は、自分の様な蓮を良く知り、それでも一緒にいたいと思える相手ではないと。
「だけど……見た感じ渡利は蓮についてちゃんと知ってる。それでいて蓮に好意を持ってるっぽい」
「うん」
「正直、ああいったタイプが蓮には合ってると思う」
そう言うと、目の前の美鈴が目を輝かせて身を乗り出して来た。
「せんぱいもそう思う!?」
「ああ。ってか落ち着け」
慌ててキッチンの方へと視線を向けると、蓮と桜季は料理に集中しておりこちらの様子は全く気付いていない。
それを見て美鈴も一度落ち着き、椅子へと座り直した。
「ごめん、せんぱい。たださ、アタシはサッキーの友達として、友達の恋は応援してあげたいんだ。サッキーが光井せんぱいの彼女になれたらなって思ってる」
そう言って凜を見据える美鈴の目は、友人の幸せを願う、真剣そのものだった。
先程までの軽い調子とは違う。
友達として、本気で願っているのが分かる。
「だからさ――お願い、せんぱい! 手伝って下さい!」
そう言って深く頭を下げてくる。
これまで蓮に告白してきた相手とは違い、桜季は蓮のことを良く知っていると言ってもいいだろう。
(……………………)
再びキッチンの方を向く。
(…………つうか、今の蓮の顔を見りゃなあ)
桜季と共に料理する蓮の姿は、自分といる時とはまた違った楽しさが垣間見えて――
まだ恋心は抱いていないだろう。
だが、今楽しそうにしている蓮の顔、それだけで充分だった。
「……ああ。分かった」
心を決めて、にこりと笑って頷く。
すると、美鈴は驚いて、そして笑顔で凜の手を取った。
「ホント!? ありがと、せんぱい!」
勢いよくブンブンと振り回す。
「ああ。協力する。ただし……」
「ただし?」
美鈴が手を止めて首を傾げる。
「オレが優先するのは蓮だからな。もしも、蓮に好きな相手が出来たら、オレはそっちを応援する」
もしも、そんな相手がいればだが。
「うん! それで充分だって!」
美鈴は満足そうに頷くと、もう一度だけ凜の手をぎゅっと握ってから離した。
「絶対叶えてあげよ、サッキーの恋!」
「お前が一番暴走しそうで怖いんだけどな」
「あははっ、心配しないでって!」
いつもの調子に戻った美鈴に、凜は小さく息を吐く。
とはいえ、そう決めるとどこか楽しくなってくる。
「それじゃあさ、まずは――」
美鈴がノリノリで話し出す。
どうやらもう何か手を考えたらしい。
あの大切な親友に、更なる幸せを。
そんな思いから、凜も美鈴と同様に、二人の距離を近づけるアイデアを考え始めた。




