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SS コリーン・フルグスと追ってくる犬

マリトの前世の後輩のコリーンとの出会いを描くサイドストーリーです。

※サイドストーリー(SS)では、物語の大きな流れと直接関係しませんが、作品のテーマ、登場人物、世界観の深掘りをして伏線を張ったりします。

「お父さん、後輩さんって、何か特別な……恋人……とか、そういうひとなんですか?」

ラミーシャが市庁舎での襲撃事件の後しばらくして、脈絡もなく聞いてきた。

「その後輩さんを助けられなかったことをずっと気にされてますよね」

「お父さんにとってその人はどういう人だったのかなって」


「付き合っていたとか、そんな感じじゃないよ」

「最初に出会ったときには子供だったしね」

「彼女、コリーンには返しきれない恩義があると思ってて……」

「何か助けられることがあれば助けたいって思ってたんだ」

――そして、今も助けたいと思ってる……


市庁舎での襲撃事件の際に、マリトは理事長から「元の世界に戻って助けることができるかもしれない」という可能性を聞いた。

それ以来、マリトの強くなりたいという想いは、それまでとは比較にならないほど高くなっていた。

その変化に、人の心の動きに敏感なラミーシャが気付いたのかもしれない。


「その返しきれない恩義っていうのはどんなことなんですか?」

――そうだな……思えば、初めて彼女に会ったのは、ラミーシャと同じくらいの歳だったな。

マリトはコリーンのエピソードを語り始めた。



コリーンに出会ったのは、マリトが大学三年生の秋だった。

当時、彼は昼休みに彼の大学周辺をジョギングすることを日課にしていた。

東京湾岸大学の前には建築物の間に花やオブジェが点在する東西に延びる細長い公園があり、そこをさらに東へ先に進むと、芝生が広がる大きな公園になる。

広大な芝生の遠景に、湾岸地区の高層ビル群が目に入る。

その公園の先端まで走り一回りして戻ってくる3キロ程度の爽快なジョギングルートだ。


その日もいつも通り公園の先端まで行き、折り返しで学校の方に戻り始めていた。

はるか前方の公園の入口あたりからなにやら黄色いものが動いているのに気付いた。

少しずつ大きくなってきて、黄色いゴールデンリトリバーだとわかる。


「ミンスキー!ストォーップ!」

英語で叫ぶ若い女性の声が聞こえる。

――発音が良いな。外国人か?

――犬の名前?どこかで聞いた気が……

走りながら目をこらすと、犬を追いかけるようにして制服の女子が走ってきている。


――ちょっとまて。オレに向かってきているのか!?

後ろを見るが、他には誰もいない。

回れ右して、元来た方向へ走り始めた。


全力で逃げるマリト、それを追う黄色い犬、それを追う制服女子……

マリトが後ろをチラリと見るが、圧倒的なスピードで一気に距離が縮まる。

「ミンスキー!だめーっ!」

――今度は日本語……


逃げ切るのは無理だと判断したマリトは走るのを止め、犬の方へ向きを変えた。

近くにくると巨大さが際立つ。

尻尾を盛大に振って、飛びついてきた。

マリトは思わず尻餅をつく。


――どうやら、気に入られているらしい

そうわかると観念して力を抜いた。

尻尾を振りながら、犬が乗ってきて顔中をなめてくる。


追いついてきた女の子が息を切らしながら謝る。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「ミンスキー、ステイ!」

英語のイントネーションが混ざっているが、日本人に見える。

リードを持って引き剥がそうとするが、離れてくれない。


「なんか気に入られちゃったみたいです」

マリトは女の子に冷静に話しかける。

「大丈夫ですか?」

「まあ、なんとか」


女の子はしゃがみ込んで、マリトの上に乗っている犬の頭をなでながら声をかける。

「あんた、このお兄さんのこと、気に入ったん?」

少し関西なまりがある。

ここまで、まったく吠えることもなかった。おとなしい犬だ。

「すみません。この子の興奮が落ち着くまで、少しこのままにさせてください」


「ごめんなさい。この子は見知らぬ人には懐かないんですけど」

「ははは。昔からどういうわけか動物と子供には好かれるんですよ……」

「クラスの女子とかには全然相手にされないんだけどね……」

「ふーん。……でも残念。ミンスキーも男の子でした」

あまり怒っていない様子のマリトに安心して、少し打ち解けた感じになった。

細面で、冷静で知的だが少し幼さが残る顔立ち。どことなく影がある印象を受ける。


改めて、女の子を見る。白い半袖のセーラーブラウスを着ている。

「その制服、湾岸大の附属高校のだよね」

「よく知ってはりますね、附属高校の二年です。一応」

「一応?」

「お父さんの仕事の関係で、日本に来たとこなんです」


「すみません。この子が迷惑、掛けてしまって」

「オレ、巻き込まれ型というか、割と珍しい出来事に巻き込まれること多くて」

「これもある意味、運命だって思ってます」


「お兄さん、運命で人生決まってるとか信じてるタイプですか?」

「ちょっと違ってて、これまで起きたことは全部運命で、これからのことは自分の選択で変えられるって考えるようにしてる」

「そう思うとさ、やらかしちゃったことで、くよくよ後悔することはなくなるからね」

「起きちゃったことはもう、みんなまとめて運命だって思うようにしてるんだ」


「ふーん。過去は変えられへんという意味では運命と変わらんな」

コリーンはつぶやく。

「違いは責任の所在か……」

「運命を持ち出して、責任をあいまいにするわけや」

「えらいご都合主義やな……」

そして、このときのマリトは理解していなかった。そが強者の論理であることに――


コリーンは視線を外し、眉を寄せて少し考えを巡らす様子を見せると、影のある印象が薄れて、少し柔らかい表情になった。

「うん。ほんまやな。確かに気が楽になりますね」

「気に入った」

――いろいろ分析されてしまった……このJK、何者?


「私はコリーン」

「生まれはUSで、関西系アメリカ人」

「お兄さん、名前は?」

「マリト、普通の日本人」と答えて続けた。

「えっと、そろそろ戻らないと三限の授業に間に合わないんだけど……」


「ミンスキー、帰るで」

そう言って、リードを引っ張ると、おとなしく離れてくれた。

マリトは土を払いながら立ち上がろうとした。

上半身を起こして油断したところに……


どーん。

再び犬が油断したマリトに向かって飛びついてきた。

コリーンは後ろで尻餅をついている。


マリトは諦めて、犬の気持ちを積極的に受け止めることにした。

一方の腕を犬の胴に回して、もう一方の手で犬の頭をなでる。

まるで、自分が飼い主になっているような気分だ。


コリーンはその様子を見て堪えきれずに笑いだした。

「くっくっく」

「ごめんなさい、でも、これはもう運命の出会いとしか……」

「あははははははははははは」


延々と笑い続けた後。

笑い疲れて悩みがすべて吹き飛んだような爽やかな表情を浮かべて言った。

「あー、可笑し」

いつもクールで冷静な彼女が、こんな風に屈託なく笑ったのを見たのは、後にも先にもこのときだけだった。


コリーンは、犬の頭を小突く。

「こら。ミンスキー、この人はあんたのダッドとちゃうで」

「これ以上お兄さんの運命に干渉したらあかん」

マリトに声をかけた。

「私、ここでこの子を押さえてますから、お兄さんのほうから離れてください」


頭をなでられて満足したのか、犬がそれ以上絡んでくることはなかった。

「お兄さん、じゃあ、また」

「うん。公園を散歩するときには、リードから手を離さないように」

「はい、今日はすみませんでした。あと、私、子供とちゃいますからね」



しかし、その後、二人が再び公園で出会うことはなかった。

次に出会ったのは、意外な場所だった。

翌年の4月、四年生に進学したマリトは、学部の新入生の顔ぶれの中に彼女を見つけて驚いた。

古楠コリーン。

学部長であり、彼が所属する研究室の責任者でもある古楠教授の娘だった。

高校二年といっていたのに、飛び級で進学してきたということだ。


――父の仕事の関係というのは大学だったのか。

――だからといって、わざわざ父親の大学のその研究室に進学するか?

後になって、研究能力の高さゆえに、教授が自分の手元に置きたかったのだというまことしやかな噂も流れたが、実のところはわからない。


挿絵(By みてみん)

◇参考挿絵:ゴールデンリトリバーにのしかかられる


ラミーシャが口の中で何やらもぞもぞつぶやいている。

「……犬を使って近づくとは……あざとい……」

あまり機嫌が良くない。


「あの、ちょっといいですか?」

気を取り直したように、ラミーシャが口を挟んできた。

「ここまでの話で、『返しきれない恩義がある』という話、出てきてませんよね」

――あ、確かに……

「ごめん。ちょっと回り道してしまった。本題に入るよ……」


「それと、高校二年ということは、今の私と同じ、16歳くらいですよね」

「16歳は子供じゃありません」

出会ったときのコリーンの幼さの残る顔と、この世界に来てからラミーシャが引き起こした魔法制御の数々のやらかしが頭をよぎる。

――いや、子供だろ……


次回はサイドストーリーの続き。コンサル会社からパーセプモーション・テクノロジーへの転職の顛末が描かれます。

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