Ⅲ-07 依頼の詳しい内容を聞いてもらえますか?
【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、少女ラミーシャの第二人格として転生したIT企業のコンサルタントのマリトが、力を合わせて世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――
魔武闘会の学年代表が決まる中、マリトとラミーシャは理事長からの呼び出しを受けて、ゾンリーチャにあるビッグサイトそっくりの市庁舎で、人類滅亡を回避するための役割について説明を受けるのだが――
ラミーシャは、うずくまるシノハの前に仁王立ちした。
激怒している。
そういえば、この娘が怒っているのを見たことがなかったな、そうマリトは思った。
血が沸騰しているかのような怒りを感じている。
「私、お父さんは慣れてないから、手加減してって、言ったよね」
「何で私のときより攻撃が強烈なのよ!」
「おかしいじゃない!」
「いくらシノハでも、説明次第では一生許さないからね!」
「本当にミーシャのことを守ってくれるのかなって思って……」
「サワ先生は、いざというとき逃げる人じゃないのかと思って……」
「そんな人じゃないって、言ってるじゃない!」
「でも、そのことを私も知っておきたかった」
ラミーシャの怒りが少し落ち着いてくるのがわかる。
「で、どうだったの?」
「ミーシャが言ったとおりの人だった」
「土壇場に追い込まれたときに、踏み出すことのできる人だった」
――そこを見られていたのか……
マリトは自分の振り絞った勇気を、自分の成長を、評価してくれたことに胸の詰まる思いがした。
「サワ先生にはとどめの突き蹴りがどうしても当たらない」
「前にも言ったけど、私の髪色は相手の一定以上の危険レベルを察知すると赤くなってくるんだけど、それが起きてしまった」
「そうなってくると自分が意識しないうちにスピードと威力が増してしまうの」
「リスカールの時と同じ……」
「あのときも……手を抜くわけにもいかないので、全力のスピードと威力で打ったら、彼を傷付けてしまった」
表情に後悔の色が混じる。
「だから、信じて、わざとじゃないの」
言いながら、シノハの声が震える。
うっすらと涙目になっている。
「いいよ。そうだったね」
ラミーシャは腰を落として、シノハを優しく抱きしめた。
「感情的になってごめんね」
言いながら、ラミーシャの目にも涙が溢れてくる。
しばらくの間、静かにすすり泣く音だけが響いた。
しばらくして、シノハはラミーシャを引き剥がすようにして立ち上がって言った。
「それでね、サワ先生には不思議なスキルがあることがわかったの」
「サワ先生、ちょっとお話しできますか?」
マリトはラミーシャと交代して立ち上がった。
「あのとどめの一撃をかわすことのできる力、ご存じだったんですか?」
「いや、私も驚いているんです」
「なるほど……そのまま少し待っていてください」
そう言うと、シノハは壁際の剣が並んでいるところにまで歩いて行った。
マリトは、なんとなく右に首を振った方が良い気がして、首を傾けたところに、音を立てて何かが通り過ぎた。
シノハが振り返りざまに、放った短刀が、さっきまでラミーシャの頭のあったところを通過して、後ろの壁に突き立ったのだった。
――え?
呆然として固まる。
――いま動かなかったら、死んでたのでは?……
「な、な、な、何するのよ!?」
驚いてラミーシャが出てきた。
「ごめんなさい。剣でも同じかどうか、知りたかったの」
「サワ先生には致命的な一撃を避ける能力がある!」
「だとしても、いくらなんでも、危ないじゃない!」
「一歩間違ったら死んでるわよ!」
あまりのことに、怒りすら湧いてこない。
――いやまったく。今回ばかりはミーシャが正しい……
「私には確信がありました」
「私の髪色に似て自動発動だけどはるかに高速ですね」
「剣の達人ですと、私の父なんかもそうですが、殺気を感じて攻撃を避けることができるのですが、それに近い印象です」
「守護霊みたいなものが守ってくれているのかな?」
心の中でつぶやくマリト。
「霊とかこわいこと言わないで下さい!」
ラミーシャはオカルト系の話に弱い。
――オレがそもそも守護霊みたいなものなんだけどな……
◇参考挿絵:今まで頭のあった場所に突き立つ短刀
その後、体術の部ではラミーシャが決勝でアランを下し学年一位となった。
アランとは、毎年決勝で対戦するのだが、どうしても勝つことができず、二位止まりだったので、ラミーシャは感極まって泣き出したほどだ。
マリトが相手の極めの一撃をかわして隙を作り、ラミーシャが強烈な一撃を加えるというコンビネーションは相手が強敵の場合には効果的だった。
筋力は常時発動魔法で強化され、地面との摩擦係数を制御することで、打撃力の最大値は、体格差による差はさほどない。
しかし、試合中に最大値を出せるような体勢は簡単には取らせてもらえない。
そのため技によっては体重差の影響は大きくなる。
体が大きく体重も重いアランは、スピードよりもパワーを活かした技を多用する。
ラミーシャと同じく前に出るファイタータイプだ。
体重差があるためラミーシャの突き蹴りはどうしても軽くなってしまう。
これに対して、アランのパンチは重い。
体全体でブロックするので、そこから攻撃を仕掛けるとモーションが大きくなる。
そこまでは、例年どおりだ。
ラミーシャは速度を活かして側面に出る。
死角から頭部への後ろ回し蹴りを放つ。
予想外の動きに防御が間に合わず、クリーンヒット。
しかし、回転系の技では十分なインパクトは出せず、有効打にとどまる。
アランは打撃に耐えて、蹴り足の着地時に必ず生じるラミーシャの隙を狙って、強烈な回し蹴りを放つ。
確実にヒットするタイミングだった。
しかし、空を切った。
ラミーシャと入れ替わったマリトが、蹴りを予測していたかのように、着地とともに前方にコンパクトに回転したからだ。
そこから一瞬で起き上がると同時に、再び入れ替わったラミーシャがアランの顎に側頭蹴りを叩き込む。
チョーカーが黄色く光る。
最大化された地面との摩擦力により、両足が生み出した力は直線的に蹴り足へと伝わり、爆発的な衝撃がアランの顎を跳ね上げた。
アランはたまらず昏倒し、勝敗が決した。
試合が終わってから、アランは狐につままれたように首をひねっていた。
剣術の部では、シノハが前評判通り学年一位となった。
危なげない試合運びで、『学園最強』とラミーシャが言っていたのを思い出す。
一度も髪色が赤みを帯びることはなかった。
六年生はリスカールが一位だ。
二位は学年有数の剣士で、シノハとは別の道場の次期当主と目されている男子学生だったが、全く相手にならなかった。
試合時間中に、左右の上段中段下段それぞれ一本ずつ決められて、有効打六本。
決定打を出せるところを、わざと有効打にとどめたのではないかとさえ言われている。
逆に相手からは有効打の一本も取られることはなかった。
それどころか、かすりもしなかったという話だ。
リスカールは、他の二種目でも一位となったというニュースが入ってきた。
これまでは、他の学生に機会を与えたいと言って剣術だけに絞っていた兄の信条の変化がラミーシャには理解できない。
――兄さん、何を考えてるの?
――シノハに負けたのがショックなのはわかるけど、どうしてそうなるの?
◇
各学年の代表が決まってからほどなく、理事長から呼び出しを受けた。
賢者様と直接話がしたいのでゾンリーチャの市庁舎に来てほしいと言うことだ。
マリトとしては願ってもない機会だ。
召喚目的の詳細はもちろん、この世界で経験したことで、聞きたいこと、確認したいことは、山のようにある。
打ち合わせへの同席を求められたシノハとともに、迎えの馬車に乗り込んだ。
シノハは代表が決まってから、より一層ひとりで考え込む時間が増えていた。
ラミーシャは、観光案内よろしくマリトに周りの風景について説明してくれる。
最初は亜熱帯植物が繁茂する街道が続くだけだった。
ゾンリーチャが近づくにつれて、少しずつ建物が増えてきた。
ほとんどが一階建てか二階建て。
屋根は緑、赤、黄色とカラフルだ。
――壁は白く見えるが木造だろうか?
ラミーシャに聞いてみることにした。
「この辺りの建物はみんな木造なの?」
「はい。木の家が一番強いんですよ」
「この世界には『三匹の子ぶた』というお話があるんです」
「三匹の子ぶたさんが、森から来た狼に食べられないようにお家に隠れるお話です」
「それならオレの世界にもあったぞ」
「三匹は、わらの家と、木の家と、レンガの家を作ってそこに隠れるんだよね」
「そうそう、それです。同じです」
「狼が息を勢いよくフーッと吹くと、わらの家は吹き飛び、木の家は壊れてしまうけれど、レンガの家は壊れないという話だったと思う」
「それはちがいます」ラミーシャが訂正する。
「木の家は、風ぐらいで壊れたりしません」
「狼が足を激しくズーンと地面に踏み下ろすと、レンガの家は壊れるけれど、木の家は壊れないというお話です」
「いや、それはおかしいだろう」
「レンガの家が崩れるくらいの振動なら、木の家だって崩れるだろう?」
「木の家は崩れません!」
平和な言い争いをしている間に、大きな建物が見えてきた。
「あの建物は何?」
「ボルディアの重要な役所が入っていて、ウィグサイトと呼ばれています」
――なんだと?空耳か?
「ビッグサイト?」
「いえ、大きいじゃなくて、森のという意味で、ウィグサイトです」
「ボルディアの建物の中でも、もっとも古く樹齢500年の最大の建造物です」
――え?
「いま、『樹齢』って言ったか?」
「はい。賢者様が『ここに町を作ろう』と最初に言われて、基礎を植え込んだ最初の場所と伝えられています」
「あの、確認なんだけど、建物って植えたり育てたりして作るものなの?」
「はい。そのとおりです」
「この辺りの建物も全部?」
「もちろんです。この辺の建物だと数年くらいで住めるようになりますけれど」
「じゃあ地震でも倒れにくい理由は……?」
「はい。根っこが生えているからです」
「お父さん、ひょっとして木には根っこが生えてるって知らないんですか?」
ラミーシャの得意そうな感覚が伝わってくる。
――いやそういうことじゃないんだって……
マリトはまたひとつ、元の世界との類似点と相違点のギャップに直面して、黙り込んでしまった。
◇
市庁舎に着くと、最上階にある会議室に通された。
大きな部屋で中央にテーブルと、周りに十数脚の椅子が配置されている。
いずれも床にしっかり固定されている。
ラミーシャとシノハが奥側の席に座った。
奥側の扉から、車椅子に乗った理事長が押されて入ってきた。
校長とマイスナー医師も一緒だ。
「さて、サワ先生に替わってもらえるかの?」
「はい」ラミーシャが応えて、後ろに下がった。
「はじめまして、理事長。サワ・マリトです」
「わしが理事長のルーパ・ブルックスじゃ」
「直接話をするのは初めてじゃな」
「本日来てもらったのは召喚の目的について詳しい話をするためじゃ」
「召喚の初日に、フォートリンデル嬢に話をしたことは聞かれていたと思う」
「はい。召喚の目的はこの世界を破滅から救うことだと聞きました」
「そのとおりじゃ」
「この世界に来られてから、もう数ヶ月じゃな」
「これまで、見聞きしてきたことから、世界の破滅が何を意味するかの仮説を持っておられることじゃろう」
「それを教えてもらえるかの」
――いきなりの謎かけ。ここは間を置くことなく仮説を示すのがコンサルとしての矜恃だ。
「はい。笑っているような月、頻繁な大地震、そして、現在の科学力にそぐわない電動のボードの存在」
「これらが示していることは、月で惑星規模の大災害が起きているということ」
「頻繁な大地震は、この地球……だと考えていますが……で同様の災害が起きているのかもしれない」
「そして、それが過去の文明を滅亡に導いたということではないかと考えています」
「私の元いた世界の建造物である、ビッグサイト、私の大学、JKの制服、学校制度、日本語による会話などの共通性は、理事長の中に召喚されていた賢者様によってこの世界にもたらされたためだと説明できます」
「よって、その賢者様は私と同じ世界の同じ時代から召喚されたと推測できます」
「一方で、前の賢者様と私の召喚には500年の差があることから、元の世界とこの世界では時間の流れ方が違っている可能性があります」
「しかし、元の世界にあった義手の存在、一部のコマンドと魔法の共通性、そして、人間離れした再生能力の高さについては、うまく説明できる仮説はまだ思いついていません」
理事長が静かに拍手をする。
「さすがはサワ先生。概ね正解じゃ」
それを聞いて、マリトはほっとした。
――ふう。ここで大外しするとあとの信頼関係に響くからな……
ラミーシャが得意そうにしているのが伝わってくる。
「わしもすべてを説明できるわけではないのじゃが、いくつか補足をしておくことにしよう」
「推察の通りわしらは、前の文明の崩壊の後に生き残り、新たな文明を生み出そうとしている途上にある」
「前の文明は重力の制御を可能にし、小さなブラックホールを作ってそこから得られるエネルギーによって栄えた文明じゃった」
「ところが、原因不明の事故によって全世界の重力制御が一斉に停止して、制御不能になったブラックホールが次第に質量を増しながら地球内部へと沈み始めたのじゃ」
――重力制御? ブラックホール? オレの生きていた世界の技術ではない……
「これが1000年ほど前の話じゃ」
「月での災害の進行は地球よりも速く、500年前に巨大な崩落が起きて、今の口の部分はその崩落の結果じゃ」
「赤く光っていることからわかるように、今なお進行しておる」
「数千年後には、すべてを飲み込んだ小さなブラックホールになっておるはずじゃ」
「地球も同じ運命をたどることが予想されておる」
「完全な崩壊に至るのは当分先のことじゃが、人類が生存できないレベルの大崩壊はいつ起きても不思議ないのじゃ」
マリトは疑問点を口にした。
「地球規模の災害で人類存亡の危機だということはわかりました」
「しかし、それは私のようなひとりの人間に結果が左右できることなのでしょうか?」
「この世界は複数の神々によって統べられておる」
「ブラックホール施設での事故は、古代人が禁忌を破り、神々の怒りを買ったために起きたと考えられておる」
「サワ先生には、神々に語りかけ、怒りを静める力があると考えておるのじゃ」
――何言ってるんだ?
――まさか、いけにえ、というわけじゃないよな……
「私にどんな力があるというのですか?」
「今はまだ教えられん」
「時が来て、条件が揃ったときに自然に理解できるはずじゃ」
「それまでは、この世界で戦って、生き抜く術を身につけてほしいのじゃ」
マリトは絶句した。
会話は途切れ、静寂が部屋全体を覆った。
◇
ズシーン。
その静寂を破るように階下で爆発音がとどろき、建物全体を揺らした。
ドアに近寄ろうとする校長を、シノハが制した。
「何か来ます」
ドアが開いて隙間から爆発物らしい黒い球体が五つほど投げ込まれた。
「爆発物!全員、椅子の背の後ろに……」
シノハが言い終わらないうちに、球体からは白い煙が勢いよく吹き出し、あっという間に部屋中を覆う。
「しまった!ガスだ……吸い込んじゃだめ……」
言い終わらないうちにその場の全員が意識を失って倒れた。
ラミーシャの反応も消えた。
白い煙が立ちこめる中、
ドアが開くと見覚えのある二人が、それぞれ銃を片手に現れた。
初日にマリトたちを誘拐したナースと従者に扮していた男女の工作員だ。
防毒ガスらしいマスクを被っている。
マリトはとっさに、他の参加者と同じように机の上にうつ伏せに倒れ込んだ。
――くっ。またこの二人か!
――下での爆発と球体のばらまきは、暴発魔法を牽制するためだったか……
だが、転生初日とは違って、体も動かせるし体術も魔法も多少は使えるようになっている。
マリトは、意識を失った振りをして、隙を見て反撃することに決めた。
薄目を開けて様子を見る。
女工作員はマリトを指差し、男の方に指図した。
「あそこだ。確保したらすぐに撤収する」
男がテーブルを回り込もうとしたとき、予想外の声が響いた。
「行儀が悪いのう」
「いま大切な話をしておるんじゃ」
「終わるまで外でおとなしくできんのか」
◇参考挿絵:白い煙の向こうから現れた侵入者達
【次回予告】
理事長からの説明の途中、昏睡ガスで会議メンバー全員が意識を失う中、白い煙の向こうからマリトたちの拉致を企てた二人が現れました。次回は、昏睡ガスが充満する会議室で、拉致犯への反撃が始まります――




