Ⅲ-04 魔力で誰よりも早く疾走できますか?
【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、少女ラミーシャの第二人格として転生したIT企業のコンサルタントのマリトが、力を合わせて世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――
魔法大全盗難事件が無事解決し、マリトとラミーシャにとって、束の間の平穏な学園生活が始まる。マリトにとって最初の授業で、複数の魔法を同時に使用する方法を学び、実践するのだが――
今日はマリトが受ける最初の魔法の授業だ。
朝から期待していたのだが、午前の二科目で肩透かしを食ったところだ。
教室はまるで高校の教室そのもので、黒板と教卓の後ろに一人がけの椅子と机が並んでいる。
違うのは、机も椅子も床に固定され、金属がほとんどない木造だというところくらいだ。
昭和初期の映像で見たような教室に二十人ほどの生徒が座っている。
午前は数学が微分方程式、国語が随想の読解だった。
単語がローマ字なのと、英単語が自然に混ざっていることを除いては、国語のベースは日本語。
まるで、自分の高校時代に戻ったような錯覚さえ覚えていた。
そこで魔法学を学ぶので頭の整理が追いつかない感じだ。
午後、『魔法学応用』の授業が始まった。
担当の先生が開口一番、ラミーシャを指名して問題を出した。
「ラミーシャさん、大切な問題だから答えてくださいね」
「病院や公共施設の備品に魔方陣が記載されていることがあります」
「その魔方陣を使ってもよいでしょうか?」
ラミーシャは立ち上がって答える。
「使ってはいけません」
「正解です。ではその理由は何ですか?」
「えっと……」
「お父さん、理由は何だかわかりますか?」心の中で尋ねる。
――これはカンニングでは?
「救護室の先生からさんざん、怒られただろう」
「古い魔方陣のバージョンが違うからだよ」マリトが答える。
「バージョンが古いからです」
「正解です。では、バージョンが違うとなぜ使ったらだめなんですか?」
「お父さん?」
「ごめん、わからない」
――オレとしたことが、バージョンの違いを聞いてなかったな……
「わかりません」自信を持って答えるラミーシャ。
「では、シノハさん」
「はい。昔のバージョンはレベル4以上の魔力に応じた暴走防止が組み込まれていません」
「正解です」
召喚当日の魔力暴走の犯人がラミーシャらしいということは、公然の秘密になっていた。
レベル4以上の魔力の保持者が現れたのはここ数年のことで、あの場所で、あの規模の魔力暴走が起こせる人間はわずかだからだ。
未成年であること、また、体調を勘案して、不問とされたらしいと誰もが思っていた。
先生も二度と起きないように念押しをしたのだった。
◇
「今日は魔法の同時利用についての勉強です」
「複数の魔法を同時使用できると、応用の幅が広げられますが、重要な注意事項があります」
「わかるひとはいますか?」
学生が答える。
「体内の水属性魔法を除いて、同じ属性の魔法を同時に使用することはできません」
「正解です」
その後、属性ごとの魔法の種類と使用上の注意点について説明した後、来週の実習の話に移った。
「来週はモーターボードを使って、二属性の魔法の併用の実習を行います」
「推進のための水属性魔法と、制御のための土属性魔法を覚えてきてください」
といって、該当するページを示した。そして、
「こちらも配りますので、各自のモーターボードと併せて準備して持って来て下さい」
◇
授業の最後に配られたのは、黒いブロックだった。
手のひらサイズだがずっしりと重い。
中央に穴が二つ開いていた。
他の木製のものとは異質な、マリトの世界の工業製品のような印象だ。
傷一つない新品に見える。
教室から寮に戻るまでの間、黒いブロックについてラミーシャに尋ねた。
「これは何?」
「電池です」
「え?ええーっ!?」
「剣と魔法の世界なのに、電池があるの?」
「はい」
部屋には、シノハと一緒に戻ったが、透明人間騒動の件が尾をひいているらしく、ほとんど口を開かない。
そのためラミーシャが説明係となる。
横に間違いを訂正してくるシノハがいないためか、いつにもまして上機嫌だ。
「もしかして、ライトバルブも電池で動いているの?」
「いいえ。あれは光魔法です」
そう言ってライトバルブの台座から小さな球体を取り出して見せた。
「これが空中にある魔力を集めて光魔法を維持する役割を果たしています」
「電池はこれに使います」
そう言うと、ラミーシャはベッドの下からスケートボードのようなものを引っ張り出してきた。
裏には三つの車輪が付いている。
そこの中央の箱状の場所に電池をはめ込んだ。
そしてボードを床に置き、自分の足を固定ベルトに通して立つ。
先ほどの授業で指示のあった水属性魔法の魔方陣を浮かべる。
わずかに魔力を流すと、ボードはするりと前に出た。
左側に白い円があり、中に白い円が膨らんだり縮んだりする。
「魔法で電力の調整ができるんです」
「水属性魔法は自分の中か非常に近い液体に作用するものです」
「今使っている魔法は、電池の中の液体にいる精霊さんに電子のやりとりをお願いしているんです」
――あきらかにモーターだ……電池もそうだがこの世界には異質のものだ……
「この世界でこんなものが作れるの?
「いえ、これは大昔に作られたもので、ステイシーおばさんの部屋で管理されています」
――焼き菓子の店ではないだろうが……昔の文明の遺物とか、いろいろと謎が多い……
ラミーシャはボードの説明を続ける。
「ここからがややこしいんですけど、土属性の魔法を同時に使って方向を変えるんです」
「土属性の魔法は固体表面の状態を変える魔法のことで、ここでは左右のブレーキの摩擦力を変化させるために使います」
「二つの魔法を同時に使うので、これが難しいんです」
去年は4年生だったので、実践内容は直線までだった、今年は5年生になったので、スラロームが入るということだ。
そして、スラロームの上位2名が、今年の秋に予定されている魔武闘大会で、4年生代表として5年生代表と争って学園の最優秀者を決めるそうだ。
◇
「お父さんにもできますよ」
そう言って身体を預けてきた。
「電力制御の魔方陣のイメージを浮かべてください」
「魔力測定の時にやったみたいに手から水のようなものが出るイメージをしてください」
「魔方陣の左側に円がありますよね」
「それがお父さんの魔法の総量です」
「魔力を沢山出すイメージで、中身の白い○が大きくなって全体に広がるのがわかりますか?」
「沢山出すと広がって、ゆるめると小さくなります。
マリトが魔法放出のイメージをすると早く動いた。
「最初にしては上出来です」
続いて、方向制御の魔方陣を使って左右の摩擦係数の変更を行った。
直線と左右方向の制御を魔方陣のイメージで行うのはかなり厄介だった。
何度か繰り返して、少しコツをつかんだかと思ったあたりで充電が切れて終了した。
◇
一週間後、授業はグラウンドでの実技になった。
直線とスラロームのそれぞれ、二本ずつ計測を行う。
今日は仮計測で本番は来週だ。
ラミーシャのそばからシノハ以外が距離を取る。
「もう、みんな意地悪なんだから」」
「しょうがないわよ」
「近くだと何に巻き込まれるか知れたものではないから」
一本目。直線のコースだ。
ラミーシャの名前が呼ばれる。
髪をポニーテールにまとめている。
所定の位置に付く。
スタートの合図。
計測係が砂時計を返す。
同時にラミーシャが、はじかれたように飛び出した。
前傾姿勢を取り、一気に加速する。
砂埃が舞い、景色が後ろに流れる。
風が全身を持ち上げようとするのを押し込みながら、100メートルをわずか10秒程度で駈け抜けた。
ゴールの後、土属性魔法で制動をかける。
結果は圧倒的な1位の成績。
二本目も同じく圧倒的な好成績だった。
続く2位はシノハになる。
やはり魔力の大きさが勝敗を決めている。
◇参考挿絵:モーターボードで直線コースを疾走する
次がスラロームだ。
100メートルの間に左右の4カ所にフラッグが立てられる。
それを倒さずに蛇行してゴールを抜けなければならない。
スラロームの結果のひどさは、予想以上だった。
ラミーシャは直線的に一本目のフラッグを通過し、その先でいったん止まり、逆方向へと切り返す。
それを繰り返して、どうにかゴールする。
記録は下から数えた方が速い。
速いばかりで曲がれない。
その不器用なところが、マリトにはなんともかわいらしく、可笑しい気持ちが抑えきれなかった。
「お父さん、笑ってるでしょ」
「ひどい」
「ごめん。悪かった」
「でも、直線はほんとうにすごかったよ」
怒っている様子もかわいらしく、やはり可笑しい。
その反応に、ラミーシャはますます不機嫌になる。
「私同時制御が不得意なんです」
「頑張ってるのに全然うまくならないんです!」
「見てるだけより、ずっと、難しいんです!」
「お父さんもやってみればわかります!」
◇
二本目に名前が呼ばれたところで、機嫌の直らないラミーシャが身体を預けてきた。
「ふんっ」
マリトは仕方なく、スタートラインに立つ。
ラミーシャが横に並べていた水魔法と土魔法の魔方陣を。上下に分けて再配置する。
下を推進、上を方向制御と整理することで、操作を直感的にするためだ。
配置だけでもユーザビリティは改善できるのだ。
スタートの合図と同時に、まず推進を最大値に持って行き固定する。
魔力が小さいのでラミーシャに比べると遙かに遅い。
しかし、ここを固定することで、制御は方向だけになる。
最初のフラッグが近づく。
推進力は固定したまま、左右の摩擦だけを制御する。
速度が遅い分、きれいに回り込めた。
引き続き慎重に次のフラッグを回る。
そのまま最後まで崩れることなくゴールまで進んだ。
ラミーシャの驚きの感情が伝わってくる。
見ていた生徒と先生が拍手でゴールを迎えてくれた。
――しまった。目立ちすぎだ。やり過ぎた……
マリトは慌ててラミーシャに身体を返す。
ラミーシャは悔しがるかと思ったが、拍手に笑顔で応えていた。
マリトが褒められると、自分のことのように喜んでくれる。
――そこが良いところなんだが、基本的に危機意識が低い……
◇
授業が終わって、寮の部屋についてドアを閉めた途端、シノハが厳しい顔で指摘した。
「ミーシャ、今日のモーターボードの二本目、サワ先生だったんでしょ!」
「みんなは、『ミーシャもスピード落として慎重にすればできるんだ』とか、勘違いしてたけど、私の目はごまかせないよ」
そう言って、ラミーシャの目を覗き込む。
この娘はいつも冷静なのでこんなに怒るのは珍しい。
白を切り通せないと思ったラミーシャは、ばつの悪い顔で答えた。
「やっぱり、わかる?」
「ずるしちゃだめだよ」
「サワ先生も、ミーシャの保護者なんですから、甘やかさないで下さい」
――賢者だったのが、保護者になってしまった……それも仕方ないな……
「でも、私思うんだけど、お父さんと私は、身体を共有しているから、もう、二人で一人と扱ってもらっていいと思うんです……」
「そんなわけないじゃない!」
ラミーシャは唇をとがらせる。
「私の魔力は強すぎるんで、微妙な制御するのが大変なんだよ」
「だからって、そこを諦めちゃだめでしょ」
「私だって、リスカールだって頑張ってるんだから」
「そこで、どうして兄さんが出てくるのよ?」
「どうせ私はシノハや兄さんと違って、魔力バカですよっ!」
「お父さんも何か言って下さい」
「ええーっ。シノハの言っていることは正しいと思うんだけど……」
「うまく回ってしまったお父さんにも責任あると思います」
――ええーっ、それはないよ……
ミーシャが、身体を預けてきた。
クライアントの頼みは無理難題でも断れない――結局、マリトはラミーシャの加勢をするしかなかった。
「シノハの指摘はその通りです」
「ですが、少し考えてほしいことがあります」
「これから、彼女と私は理事長から託された困難な目的を達成するために、二人の能力を掛け合わせて、ひとり分の力を、その数倍、数十倍に高めていく必要があります」
「二人の連携をスムーズにする訓練のために、モーターボードは非常に効果的だと思います」
「実際、今日は彼女ひとりだけだとできなかった壁を越えることができたと言えます」
「いろいろ工夫をすればさらにレベルアップできる可能性も見えてきました」
「もちろん、目立ちすぎないように気をつけます」
少し考え込みながら、シノハが答えた。
「そうですね。確かに連携をしっかりするには良い競技かも知れません」
「先生がそうおっしゃるなら、お任せします」
「でもくれぐれも、変な目立ち方をしないように、注意してください」
「そうでなくても目立つんだから」
しかし、この判断が大きな誤りだったということを、翌週すぐに思い知ることになる。
【次回予告】
水属性と土属性を同時に扱うモーターボードで、ラミーシャが苦手とするスラロームでマリトは予想外の制御力を発揮します。シノハに注意されながらも、二人は最大の効果を発揮するための連携方法の模索を始めます――




