SP03 透明人間の正体を暴いてください
【あらすじ】
ITの存在しない剣と魔法の世界に召喚され、少女ラミーシャの第二人格として転生したIT企業のコンサルタントのマリトが、力を合わせて世界を危機から救い、元の世界への帰還を目指す物語――
マリトたちは、学園内で魔法体系の重要書物の盗難事件の解決への助力を求められたが、これまでの事件の調査から理事長室に戻るときに、犯行の予兆である匿名の念話がかかってくる。急ぎ務長室に踏み込むマリトたち三名と別れ、シノハはもう一つの機密書物の回収に向かうのだった――
シノハが更衣室に戻ると、そこには、『BOARDIA SHOUSAI MAP』と書かれた本が置かれていた。
この国の重要機密であるボルディアの詳細地図。
だが、封緘は破られていない。
つまり、中は見られていないということになる。
では何のために盗んだのか?
――やはり陽動か。本命は『治安魔法大全』のほうだ!
それでも機密書物を放置するわけにはいかない。
本をしっかりとつかむと、猛烈な速度で禁書庫に走り、警備員に渡した。
そして、また、猛然と講義棟の理事長室に向かった。
◇
校長を先頭に三名は理事長室に足を踏み入れる。
部屋を見渡したマリトは、部屋の様子に少し違和感を感じた。
――そうか。机の横にある観葉植物が枝だけだからだ。
――この世界は、枝だけの観葉植物を飾るのか。
――昨日はそんなことを思わなかったな。
などと場違いな考えが頭をよぎる。
校長は部屋に入ると、大急ぎで蓋の着いた本棚まで行き、呪文でロックを解除した。
中を見る。
昨日見たとおりの場所に『治安魔法大全』は収まっていた。
全員がほっとしたとき――
がたり。
誰もいないはずの理事長の机のほうから音がした。
全員がそちらを見ると、『導きの手』がゆっくりと動いている。
ラミーシャの驚きと恐怖の感情が伝わってくる。
「お父さん怖いです」
「導きの手が動くなんてっ!」
「いや、義手なんだから動いても不思議はないだろう」
マリトは逆に驚く。
「そんなこと聞いたことありません!」
校長とマイスナー医師も驚愕で固まった。
――エーテルアームが遠隔操作できる義手だということを知らないのか。
――なら、確かに不気味かもしれない……
マリトは鋭く言った。
「誰かが動かしている!」
「見えないだけで、この部屋にいる」
義手は指差しの形となって、マリトを指した。
ラミーシャの恐怖が伝わってくる。
そして――
導きの手は、かき消えた――
最初からそこに何もなかったかのように。
全員の目の前で。
「消えた!」
「導きの手が盗まれた!」
「これが狙いだったのか!」
マイスナー先生が叫ぶ。
大慌てで全員が机に駆け寄る。
マリトが駆け寄る途中、何か軽いものに触れた感触があった。
不思議に思って目を向けるが、何もない。
そばに枝だけの観葉植物がある。
自分とその間に、目には見えない何かがある。
――あ、観葉植物の葉じゃないか。透明で見えないだけで、あるべきところにある……
校長が導きの手が置いてあったところに手を伸ばすと、不思議そうな顔をした。
そして、布のような感触のものを引き剥がすと、導きの手が現れた。
まるでハリーポッターに出てくる透明なマントがかかっていたように。
――なんてことだ。これは……クロマキーか!
「気をつけて!」
「緑色のものが全部透明になっています!」
「犯人は全身緑色の服を着ています」
「見えないだけで、この部屋にいます!」
本棚に目をやった校長が叫んだ。
「本がなくなっている!」
犯人は三名が導きの手のほうに移動するのと入れ替わりに、本棚に近づいて本を持ち去ったのだ。
――陽動に見せかけた本命。完全に翻弄されている……
マリトは急いで窓に近づき、カーテンを閉めながら言った。
「ミーシャ、スイッチ!交代だ!」
「ライトを赤色に変えて!」
「範囲10メートル!」
「はい!」
ラミーシャは主人格に戻り、呪文を唱えた。
理事長室の部屋が真っ赤になる。
真っ黒い人影がドアの手前にいた。
◇参考挿絵:赤い光の中に浮かび上がる犯人
「犯人だ!」
「逃がすな!」
しかし、もう手遅れだった。
黒い人影は素早くドアを開いて、部屋の外へ消えた。
ラミーシャを先頭に、全員がドアに急ぎ、廊下へと踏み出そうとすると――
ドアのすぐそばに三つの大きな黒い物体が並んでいる。
廊下はほの暗いため、ラミーシャの魔法が効いていて、真っ赤なので透明化されていたものが黒く視認できる。
「布の下は人間です!アラン……なの?」
ラミーシャの手前の友人の安否を確認したい気持ちが、犯人を追いたい気持ちより上回った。
足を止めて、黒い布をめくる。
アランだ。生きている。
同じようにしてマイスナー先生も他の二人の布を取って、警備隊員が生きていることを確認した。
追うのを諦めたラミーシャは、黒い影を目で追いかける。
廊下を階段まであと数メートル――
そこに階段を駆け上がってきたシノハが現れた。
「シノハ、その犯人を取り押さえて!」
ラミーシャが叫ぶ。
◇
シノハの髪全体が深紅に染まる。
強敵に対する戦闘モードだ。
シノハは木剣を抜刀して、仁王立ちになる。
犯人は速度を緩めることなく黒い剣を取り出した。
シノハをすり抜けるのは無理と判断したのか、シノハの正面に向かう。
シノハはためらうことなく剣撃を繰り出す。
目にも止まらない速度で一気に五回の剣撃。
ラミーシャにも把握できない速度だ。
しかし、犯人はすべての剣撃を受けきった。
そして、攻勢に転じた。
シノハが右上段への剣撃を受けたと思った瞬間、右脇腹に強烈な打撃を受けた。
体勢を崩して膝を突く。
その隙に犯人は、彼女をすり抜けた。
そして、消えた……赤い光――ラミーシャの魔法の効力内――から去っていった。
シノハは膝を突いたまま動かない。
ラミーシャが駆け寄る。
「シノハ、大丈夫?」
顔面が蒼白になっている。
「受けきれなかった……まるで別物……」
そうつぶやいた。
「どうなっているの?」
マリトはラミーシャに心の中で聞いた。
「大きな怪我を負ったようには見えないけど」
「お父さん、これは大変なことです」
「シノハは学園最強なんです」
「本気のシノハの全力に勝てる人はこの学園にはいないんです」
腹部を強打されているが、打撲に過ぎない。
犯人がその気になれば、致命的な一撃になったはずだ。
◇
重要書物を守り切ることができなかった面々は改めて生徒会室に集合した。
最初の集合の時と同じ席に着く。
シノハとアランが落ち込んだ様子だ。
校長とマイスナー先生は疲れ切っている。
校長が口火を切った。
「今回、何が起きたのかサワ先生から説明してもらえないでしょうか?」
ラミーシャは、好奇心いっぱいで、ずっと話しかけたくて我慢しているのが伝わってくる。
親から餌をもらうのを待つひな鳥のような感じだ。
「わかりました。ただ、その前に、こちらから一つ質問をさせて下さい」
「皆さんのお使いの魔法の仕組みですが、この世界で作られたものでしょうか」
「私の元いた世界に類似した仕組みがあるため、私のいた世界か、あるいはそれに似た世界で作られたものではないかと疑っているのです」
校長が答えた。
「魔法の仕組み、導きの手、チョーカーはすべて、賢者様がお持ちになったものです」
「賢者様のいた異世界で作られたものだとおっしゃっていました」
「魔法大全は、現代魔法大全の最初のものは賢者様がお作りになったものですが、賢者様の指導の下、この500年間の研究によって様々な魔法が開発されました」
「医療魔法大全や、治安魔法大全に書かれている魔法は、元はなかった魔法です」
「逆に、元からあった部分が何をしているのか、私たちにはわからないところが残っています」
「私の元いた世界には、クロマキーと言って、特定の色の部分を他の画像と入れ替える技術がありました」
「このような技術は遠隔会議などで、自分以外の背景を入れ替えるような場合にも使われています」
この後、画像とは何か、入れ替えるとは何か、遠隔会議とは何かの説明が続く……
「……こうした技術が使われている場合、例えば特定の色として緑を選択すると、その色をしたものは透明になって見えなくなります」
「私は念話というシステムは、もともとはそうした会議などで使われていたものかもしれないと疑っています」
「私はあの匿名の念話は、その仕組みを利用したものだったと思っています」
「我々全員はあのとき、通話中、あるいは遠隔会議中だったのだと思っています」
「といっても、私の元いた世界では三次元の空間でそのような技術が使われていたわけではありません」
「ですから、私の元いた世界に似た別の世界なのかもしれません」
「ラミーシャさんがライトの色を変えたときに、黒い人影が現れたのはなぜでしょうか?」と校長。
「ものの色というのは、それぞれのものに固有に張り付いているという錯覚をすることがありますが、……」
「実際には、どのように光を反射しているかで決まります」
「白い光の中には複数の色が混ざっています」
「その中で緑以外の光を吸収し、緑色だけ反射するものが、緑色に見えるのです」
「赤い色の光には緑色の光は混ざっていません」
「ライトを赤く変更したことで、緑色だけを反射していたものは、反射するものがなくなり、黒くなるのです」
「黒い色はクロマキー技術で透明にする対象から外れるので、見えるようになるというわけです」
しばらく沈黙が訪れる。
ラミーシャが得意そうに、どやっとしている感じが伝わってくる。
「どうしてミーシャが得意そうなの?」
こっそり心の中で聞いてみる。
「だって、ライトを赤にしたの私ですもん」
「お父さんひとりじゃ解決できなかったでしょ」
「お父さんと私がふたり揃うと無敵なんです」
――なるほど……
なんとか皆に一応の納得をしてもらえたようだが、マリトにはそのまま遠隔会議に使っていたとも思えず、まだトリックがありそうな気がしてならなかった……
「これで、次の疑問に答えられるようになります」
「なぜ、夜中ではなく担当者がいるところで盗難を働くのか」
「これは、夜になると色が明確にならなくなるからと考えられます」
「緑色がはっきり見える時間帯だから透明化の効果があるのです」
「なぜ、禁書庫から本を移すときを狙わなかったのか」
「ここは私も気になっていたところです」
「これは警備員を増員したことで、彼らの念話先がわからなかったためと考えられます」
「念話ができなければ、透明現象は起こせなかったからです」
「理事長室前の二名は学園常駐の隊員だったため、念話先はわかっていたのではないでしょうか」
マイスナー医師は言った。
「おおよその仕組みはわかりました」
「しかし、あれだけの剣技があれば、力ずくで奪うことはできたように思います」
「そうしなかった理由は何だと思われますか?」
「これは私の想像ですが、犯人はことを穏便に進めたかったのではないかと思っています」
「できれば、気がつかれないように、騒ぎにならないようにしようと思っていた」
「それが、禁書庫の本を理事長室に移したことで、当初の予定通りには進まなくなったということかもしれません」
「実際、今回の一連の事件で大きな怪我を負った関係者はいません」
校長が口を開いた。
「最後に、導きの手が動いたことについてはどう説明ができますか?」
「では、それを説明するために、一度理事長室に行きましょう」
一行は理事長室に向かった。
◇
全員が導きの手を取り囲むようにして立った。
「さて、みなさん、こちらの導きの手は、私の元いた世界では、エーテルアームと呼ばれていました」
「事故などで腕を失った人の義手としてつくられたものです」
「私にも動かすことができます」
マリトは頭の中にキーボードを思い浮かべ、そこでコマンドを打ち込む。
「まずは疎通の確認です」
『PING』
ラミーシャのチョーカーとエーテルアームのLEDが同じタイミングで、虹色に光った。
「『証の光』……」
ラミーシャがつぶやいた。
「右回し」
『ROTATE RIGHT 60』
手首が右に60度回転する。
「手を握ります」
『MAKE FIST』
手を握る。
「手前を指さします」
『POINT RIGHT』
指差しの形を作って右を指差す。
「……すごい……」
ラミーシャが心の声でつぶやく。
他の二人も驚きで声が出ない。
「おそらく適切な魔方陣がわかれば、皆さんにも動かせると思います」
校長が深刻そうな顔をして聞いた。
「ここまでのサワ先生のお話から言えるのは、……」
「犯人は、我々が知らない様々な魔法の原理を知っているということになります」
「これはつまり、サワ先生以外にも異世界の知識を持った人物がいるということでしょうか?」
「はい。その可能性はあると思います」
「シノハさんに伺いますが、犯人の使った剣技は別のものだったとおっしゃっていたようですが、どうなのでしょうか」
「あれは、そういう意味じゃなく……」
少し言葉を濁して言い直した。
「いえ、はい、そうです。これまで私が見てきたのとは全く、レベルの違う剣筋でした」
「異なる世界の知識が背景にあるということなら、納得ができます」
「だとすると、この前の拉致未遂事件とは別だと考えた方がよいですか」
とマイスナー医師。
「私も、そう思います」
「いろいろな勢力が動きを活発化させているということではないでしょうか」
それぞれが思い思いの考えに沈んだ。
長い沈黙を破るように、4限開始の鐘が鳴った。
「あ、授業に行かないと……」とシノハ。
「お昼、食べ損ないました……」と第一人格に戻ったラミーシャ。
「それではここで解散にしましょう」
「生徒会の皆さん、サワ先生、どうもありがとうございました」
◇
「ミーシャ、オレは役割を果たせただろうか」
「お父さん、すごいですよ。尊敬し直しちゃいました」
「オレの株、上がったかな?」
「爆上がりですよ!……あの、株ってなんですか?」
何も解決していないにもかかわらず、密かに盛り上がる二人であった。
ところが、意外な形で解決宣言がなされることになった。
翌日、生徒会室に帰ると、机の上に、盗まれた治安魔法大全が置いてあったのである。
生徒会室に集められた面々の前で、校長は言った。
「犯人は結局わかりませんでしたが、こうして盗まれた書物は戻ってきたので、この事件はこれにて解決としたいと思います」
マリトは心の中でラミーシャに言った。
「そんなわけないだろう。もっと大切なものが盗まれているだろう!」
「私の心……とかですか?……」
「違う!情報だよ!」
盗まれたものの本当の意味がわかるのは、もう少し先のことだ。
【次回予告】
重要書物の盗難事件が解決となり、束の間の平穏な日々が訪れます。魔法の講義を受けながら、マリトは自分自身の強さをどこに求めるのかを考え始めます――




