SP05 見えない狙撃者に反撃してください
【あらすじ】
IT企業のコンサルタントのマリトは、後輩コリーンや社長と共にとともに、米軍による義手エーテルアームの回収に同席するが、ブラインドで閉じられた窓側からの狙撃が開始される――
ソラはソファーを動かして、狙撃手からの射線を塞ぐようにする。
――敵が動けるのも警察が到着するまでが限界のはずだ。
――コリーンが撃たれたのは太ももだが出血がひどい。
――動脈に近い場所に被弾したのかもしれない。
装備から包帯をすばやく取り出し、止血しながら尋ねた。
「どういうこと?」
「ある人が今日襲撃があるかもしれないと知らせてくれたんです」
「でも事情があって、それを伝えることができなくて……」
――私が現れたことで、あんなに動揺してたのはそれが理由か……
「そうですか……」
銃弾に倒れた部下達の姿が頭をよぎったが、振り払った。
「命拾いしました。ありがとう」
「でも、もう無茶はしないでください」
――さて、敵は狙撃手だけではないはずだ。
そう思った矢先だった。
ドアの外を守っている部下がいた場所から、マシンガンによる断続的な発射音が聞こえてきた。
「襲撃者2名」
「1名を無力化。少なくとも1名残存」
部下の女性兵士の声だ。
――よかった。先ほどの銃撃は致命傷ではなかったようだ。
女性兵士は、スチール製のドアを盾に応戦している。
彼女がいるドアに時折、弾丸が当たる音がしている。
サイレンの音が聞こえてきた。
――現地の警察がほどなく到着するはずだ。
――その前に義手を回収しなければ……
ソラは、テーブルの下から右腕を伸ばして、エーテルアームをつかもうとする。
途中で「ガシン」という音がして、弾丸がソラの右腕にぶつかって跳ねた。
義手を装着している肩に衝撃が走り、思わず腕を下げる。
――相手はどうやってこちらを見ているんだ?
それに応えるようにコリーンが、痛みに顔をしかめながら、天井のスプリンクラーを指さす。
拳銃を取り出して、撃つ。
スプリンクラーの内部からカメラらしいものの残骸が落ちてくる。
コリーンは、次にエアコンの吹き出し口を指さす。
◇参考挿絵:仕掛けられたカメラを破壊する
大通を挟んで向かいにあるマンションの男は、想定外の展開に苛立っていた。
――あの忌々しい民間人の女が邪魔を始めるまでは順調だった。
男が狙撃準備を完了したのは米国士官達が応接室に入る1時間以上前だった。
男は右目をスコープに当てながら、左目の視野で、PCに映る複数の画面を捉える。
事前に応接室に設置された三台のカメラは、それぞれが捉えた画像をネットワークを介して3Dモデル生成モジュールに送り出す。
生成された3Dモデルは、照準画像生成モジュールに渡され、これにより、スコープ内には、ブラインドがあるため本来は見えるはずのない室内映像が表示される。
PCの画面には、複数の角度からのカメラ画像が示され、広域の現場の様子が確認できる。
男の覗き込むスコープにはブラインドを透過したかのようなクリアな室内の様子が映し出され、着弾予想点を示す赤いクロスヘアも示されている。
支援AIからは状況が刻々と伝えられてくる。
雪は降り始めているが微風。
狙撃に問題はない。
敵を牽制し、別働隊が指定オブジェクトである義手――エーテルアームと呼ばれているらしい――を回収するのを援護するのが彼の任務だ。
ターゲットは敵の女士官、護衛の兵士2名、民間人は殺傷してはならない。
女士官が部屋に現れ、ソファーでの説明を行い、キャビネットから義手をソファまで運んで戻るまでの間、クロスヘアはずと彼女の頭部を追尾していた。
丸見えのターゲットを狙い撃ちする簡単なミッション……のはずだった。
ところがソファに戻ってから、動作検証をしている間、ずっと民間人の女が射線の間に入っている。
支援AIを通じて、事態の打開を要請するが、状況に変化はない。
――しかたない、民間人の女への射撃許可を求めるか……
そう思った矢先、民間人の男性の手から何かが転げ落ち、民間人の女の頭がわずかに下がった。
――もう少し下がれば狙える。
だが、男の期待に反して頭は逆に位置を戻した。
しかも驚くべきことに、彼女はまるで見えているかのように、手を広げてまっすぐにこちらを見据え、何かを叫んだ。
――このままではまずい。やむを得ない
民間人の女の足を撃つ。
「民間人1の脚部に命中。体勢崩壊。士官への射線クリア」――支援AIが報告する。
次弾で女士官の頭部を狙うが、士官の動きの方が早かった。
「ミス。右に0.1ミル」
ソファの影に隠れて狙えなくなったが、オブジェクトから引き離すことには成功した。
間を置かずに、男の護衛、女の護衛、を順次狙撃。
男は動かなくなったが、女の方は、程なく立ち上がって、スチール製のドアに隠れる。
現場での回収に手間取ると、撤収が難しくなる。
すでにサイレンが近づいており、残されている時間はわずかだ。
――突入部隊は何をしている?
◇
モニターのひとつに、奇妙な動きが映っているのに気付いた。
民間人の女が腕を上げ、こちらをまっすぐに指をさしているのだ。
――何をしている?
そう思った瞬間、モニター画面が真っ黒になる。
スコープの部屋内部の映像にグレイの死角が生じる。
「内部カメラ1の機能停止」と支援AI。
続けて、隣のモニター画面も黒くなる。
同時に、スコープ映像の死角が増える。
「内部カメラ2の機能停止」
――なんて女だ。どうしてカメラ位置がわかるんだ。
続いて、最後の画面も黒くなり、応接室の内部は見えなくなった。
割れたガラスと、一部が破損したブラインド越しに、部屋の一部が見えるだけだ。
――これでは狙撃は不可能だ。撤収するしかない――男はそう思ったが、
「緊急モードで補正を再開」狙撃支援AIが告げる。
――別角度のカメラが生きているのか……
画面がひとつ復旧し、内部の様子が再び見えるようになる。
――ここは発砲を控えてターゲットの隙を誘う……
スコープの向こうで、士官が様子をみながらゆっくりと頭を上げる。
さらに数秒待つ。
ついに、士官の頭部全体を照準に捉えた。
男は、頭の真ん中にクロスヘアを合わせ、引き金を引いた。
後頭部に弾丸が着弾し、士官は再びソファーの陰に崩れ落ちる。
――よし。これで任務完了だ。
しかし、男は何か引っかかるものを感じた。
――支援AIが命中の報告を上げてこない――
気付くのにかかった数秒間が命運を分けた。
視界の端に、白い何かがベランダの下側から上がってくるのを捉える。
――しまった。時間をかけすぎた。
◇
「狙撃者を特定して排除。最優先――」
ソラ中佐からその命令を受けたときには、パーセプモーション社の建物の上空、高度30メートルでホバリングし、監視任務に就いていたドローンは、すでに異常を感知していた。
今回のミッション遂行のスポットである会議室の窓ガラスに生じた異常から、狙撃の可能性を推定。
さらに狙撃者のおおよその位置を特定し、指示があり次第、作戦行動に移れるように、車内で待機している僚機をスタンバイさせた。
指示を受けると、標準戦術手順に従って、二機体制での作戦行動計画を具体化する。
自機を指揮機、僚機を攻撃機と位置づけ、自身はさらに高度を上げて、狙撃者のいる建物へ向かう。
攻撃機には、敵からの探知を避けるために低空で建物へと向かうよう指示する。
指揮機は、狙撃者の位置と、その支援に使われている敵ドローンを確認すると、敵ドローンの真上の位置へ移動。
そして、下方の敵ドローンに、極めて細くしなやかなスチールのワイヤーでできた捕獲用のネットを射出。
上空からネットをかぶせられた、敵の狙撃支援ドローンは、ネットから延びる多数のワイヤーの一部をプロペラに巻き込んだ。
プロペラが停止し、制御を失ったドローンは落下、機能を喪失した。
攻撃機は狙撃手のいる窓まで垂直に上昇し、狙撃銃とそれにぴたりと体を添える狙撃者を視認。
速度を上げて、水平に狙撃手に接近し、搭載しているプラスチック爆弾を起爆する。
爆音と共に、無数の金属片が部屋中に高速で打ち込まれた。
◇参考挿絵:狙撃手を攻撃する武装ドローン
ソラの後頭部をかすめた銃撃により、再び身を伏せることになったソラは、遠くからの爆発音を聞いた。そして銃撃が止まった。
――ドローンが仕事をしてくれた。
――自分は、なぜこの数秒間を待つことができなかったのか。
判断ミスの認識が素早く脳裏をよぎる。
狙撃手が排除されたことで、行動の自由が取り戻せた。
しかし、銃弾は脳震盪を起こすのに十分な衝撃を与えていた。
立ち上がろうとするのだが、下半身に力が入らない。
義手になっている両腕を使い、セキュアストレージへと這うように移動する。
通常なら一歩で届くはずの距離が、遙か遠くに感じられる。
永遠とも思える時間をかけて、片膝を立て、右腕を伸ばしてエーテルアームをつかむ。
そして、開いているスーツケース型のセキュアストレージのスロットに差し込んだ。
――あともう一息だ。
咬合シーケンスでコマンドを伝えると、ロックボタンが点滅を始める。
――このボタンを押せばミッション完了だ。
左腕を伸ばす。
あと、10センチ、5センチ――ようやく点滅しているボタンに指が届きそうになった、そのとき
背後でコリーンが「止めて!」と叫んでいるのが聞こえた。
振り向こうとした右のこめかみに、銃声とともに衝撃が走り、仰向けに崩れ落ちた。
左腕はボタンを押すため宙へ向けて伸ばしたままだ。
薄れていく意識の中で、コリーンの悲痛な声が聞こえる。
「ソラアーッ!」
【次回予告】
ドローンによる反撃は成功しましたが、予想外の社長の行動により回収部隊は全滅、武装勢力の前に負傷したコリーンとマリトが残されました。次回、絶体絶命の状況の中、彼らは不思議な光景を目撃します。




