SP04 雪降る街のオフィスから左腕を回収してください
【あらすじ】
IT企業のコンサルタントのマリトは、天才後輩コリーンの依頼で、『右腕』の義手――エーテルアームを、母校から無事回収し、オフィスに持ち帰り、米軍による回収作業に同席するのだったが――
コリーンは、何かに気づいた表情を見せると、つぶやいた。
「そういう……ことか」
そして、決然と叫んだ。
「やらせへん。私が、守る!」
そう言い放つと、彼女は腕を拡げて、ブラインドで閉ざされた窓に向かって振り向き、鋭く続けた。
「Get down! 全員、伏せて!」
その声と同時に、ガラスが砕け散る鋭い音が室内に響いた――
窓から冷たい風と、吹き込んだ雪がブラインドを揺らす。
そして、コリーンが弾むように動いたかと思うと、ぐらりと膝から崩れ落ちる。
ソラは即座に反応し身を伏せる。
その瞬間、さきほどまで彼女の頭があった空間を、何かが切り裂き、かすかな風がこめかみをなでる。
と同時に背後の壁に弾丸が激突する音を聞いた。
そして――
わずかに反応が遅れた背後の護衛の兵士の頭が跳ね飛んだ。
彼の巨体が、重々しい音を立てて床に倒れる。
「何が起きている?」
そう言って、ドアの外から顔を出した女兵士は、頭部に被弾し倒れる。
◇参考挿絵:腕を広げて見えない敵の攻撃に立ち塞がる
惨劇が起きる約1時間前、マリトは、パーセプモーション・テクノロジーのオフィスに到着した。
休日で、社員は誰もいない。
オフィスに着くと、コリーンの研究室に直行し、回収した右腕の義手――エーテルアームをバッグごと引き渡した後、社長からの連絡を受け、一緒に応接室へと向かった。
彼女はいつものラフなスタイルではなく、紺のスーツ姿だ。
回収したエーテルアームの入ったバッグは、研究室に置いたままだ。
――オレの行ってきた回収とこの来客とは関係がない?
――だとすると、何のために急いで回収したんだ?
かすかな疑問がマリトの頭をかすめる。
応接室のドアの前には、コリーンと同じくらいの身長だが、がっしりした筋肉質の東洋系の女性兵士がひとり立っていた。
小銃を肩に掛けている。
――なんだか物々しいな。
応接室のドアを開けると、中には友田社長の他に、巨漢の黒人兵士と背の高い白人の女性士官がいた。
コリーンが口に手を当て、驚いたように声をあげる。
「ソラ、どうして、あなたが?」
そう言うや否や、彼女は駆け寄り、泣きながら抱きついた。
いつもは、窓は床から天井まで一面のガラス張りで、大通公園の向こう側に立ち並ぶビル群が見渡せるが、今日はブラインドが下りていて外は見えない。
元々は社長室だったが、社長がオープンスペースに引っ越してきたため、やけに広い応接室となっている。
◇
コリーンが抱きついた女性は、米国防総省の傷病兵支援研究機関所属のソラ・カーニクス中佐だ。
年齢は42歳。身長は170cmを超え、ブルネットの髪を後ろに束ねている。
日に焼けた精悍な顔つきの白人女性だ。
駆け寄ってきたコリーンをやさしく抱きしめ返し、落ち着くのを待った。
――そうか、ご家族を失ったショックが、まだ癒えていないのだな。
ソラはそう思った。
「お父様はじめ、ご家族のご不幸には、私もとても悲しく思っています」
そして、自分の両腕を示しながら言った。
「この腕は、あなたが設計したものだったのですね」
「私に生きる喜びを再び与えてくれて……感謝しています。ありがとう」
コリーンは、ソラの腕の中で小さくうなずいた。
ソラは数年前のアフリカ某国での反政府軍との交戦時に負傷して両腕を失ったが、古楠教授の設立したベンチャー企業で開発された、先端義手『シナプスアーム』によって、日常の生活を取り戻すことができた。
その後、彼女は傷病兵支援研究機関に移籍し、古楠ファミリーとは家族ぐるみの交流が続いた。
当時ハイスクールの学生だったコリーンが、ひとり息子のジェイミーと遊んでくれた記憶が鮮明に残っている。
そして数年後、古楠ファミリーが日本に戻った後に、自分の両腕を設計したのが、他でもないそのハイスクールの少女・コリーンだったという事実を知ったのだった。
負傷からの回復後、義手でジェイミーを再び抱きかかえたとき、彼のぬくもりと重さをこの腕で感じることができた。
そのときに湧き上がった喜びは、今でも身体と心にしっかりと刻み込まれている。
コリーンがその後、米国に入国できなくなったことで、感謝の思いを伝えることができなかったことが、ソラには長年の心残りだった。
――直接、感謝が伝えられて良かった。
――ここを訪れた大きな目的のひとつを果たすことができた……
◇
マリトは、自己紹介の後、他の三人とともにソファに腰を下ろした。
奥側のソファに窓側から順に、コリーン、友田社長、そして自分だ。
中佐は対面のソファに、背筋を伸ばしたまま浅く座る。
男性兵士は、立ったまま少し離れて中佐の背後に控える。
中佐が説明を始める。
「本日は、機密オブジェクトの回収にご協力くださり、ありがとうございます」
「この任務は、本来、このように私がお伺いする予定でしたが――」
「私の部署が運営を委託している旭川の施設で発生したシステムトラブルの対応に追われて、別の士官に代理を依頼していたのです」
「それが、昨日になってそのトラブルが解決したということで、結果的に、予定通り私が来ることができました」
――コリーンの顔面が蒼白になっている。
――何か想定外のことが起きているのか?
「背景を説明します」
中佐はバッグからタブレット端末を取り出すと、アプリを開いて世界地図を表示した。
世界各地を覆うように赤い染みが表示されている。
「これは、MD粒子波が引き起こしている『演算障害』が確認できたエリアを示しているものです」
「MD粒子は、ご存じのように、古楠先生の研究室で発見され、その性質から『Maxwell's Devil』にちなんで名付けられた素粒子です」
「『演算障害』というのは、最新のAI等の高性能の情報機器に特有の情報の流れを感知し、それを阻害するものです」
「赤いエリアの中ではそれらの動作が不安定になります」
「困ったことにこのMD粒子波の影響範囲――皆さんが『エーテル場』と名付けたものが拡大しつつあることです」
「状況は急速に悪化しています」
「今の時点では赤く染まっていない、たとえばここ、札幌ではまだAIの利用ができますが、すでに東京の中心部では実用に耐えなくなっています」
様子が落ち着いてきたコリーンが口を開いた。
「地球規模のエーテル場の発生装置が動作していて、そこから演算障害のプログラムが展開されているということですね」
「その発生装置を停止させられないのですか?」
「はい。現在、停止のための作業計画を練っていますが、慎重を要するため時間がかかっています」
「下手な停止プロセスを踏むとプログラムがより厄介なものに進化してしまう可能性があるのです」
「この装置は、元々は我が国の拠点防衛のためのもので、エーテル場も限定的で、演算障害のような厄介なプログラムでもありませんでした」
「ただ、自らを攻撃から防御できるように、ボタニカル指向言語の特徴を利用して、プログラムを進化させる能力が与えられていました」
「その防御をかいくぐって侵入を図ろうとした、敵勢力の執拗な攻撃に対抗しているうちに、今回のような過剰防衛的なプログラムに進化してしまったと考えられています」
◇参考挿絵:演算障害の状況を説明する
「さて、今回の訪問の目的ですが、MD粒子を利用した『リフレクター』と呼ばれる素子の回収です」
「この素子は、今回発生しているようなMD粒子が作り出すエーテル場の中で、電力など他のエネルギーを使うことなく、人間の思念による操作コマンドを伝達することを可能にするものです」
「御社の次世代義手エーテルアームシリーズでも利用が計画されていたものです」
「リフレクターによる思念操作技術は、軍事利用の観点からの重要性はもともと認識されていて、厳重な機密管理下にありました」
「ところが、最近になってMD粒子に新たな性質が発見され、その重要度が国家戦略レベルにまで高まり、リフレクターを回収し厳重な管理下に置こうとしています」
「現存するリフレクターはすでに我々によって回収済です」
「すべて回収済みと思われたのですが、つい先日、皆さんの研究室で試作された初期のエーテルアームのプロトタイプの回収が漏れていたことが判明したのです」
「この左腕のエーテルアームは、こちらで管理されていると認識していますが、これを安全を確保しながら回収するのが今回の我々の任務です」
――左腕?
――今朝大学から持ち帰っているのは右腕だったが、今、回収しようとしているものとは別のものなのか?
――そして、なぜコリーンはそのことを黙っているのか?
マリトはコリーンを見るが、彼女は軽く首を横に振った。
◇
コリーンは質問した。
「現存のものを回収しなくても、破棄して、必要なときに新しく作れば良くないですか?」
「はい。それが、新たに作ることができないのです」
「MD粒子の発生やリフレクターの作成に必要なパターンは、こちらのミス古楠がスーパーコンピュータを用いて算出したものですが、その結果を用いたシステムが、演算障害のため正常動作しなくなっています」
「現在、再計算を実行していますが、結果が出るより先に、演算障害の影響でその処理が正常に動作しなくなると予想されています」
「パーセプモーション前社長の古楠先生には、エーテルアームのプロトタイプを我々が提供しているセキュアストレージでの管理をお願いしていました」
「こちらでのセキュアストレージの管理者は、現在、ミス古楠に引き継がれていますが、我々の立ち会いのもとでしか操作は許可されません」
友田社長が口を挟んだ。
「皆さんの装備から察するに、回収には危険を伴うのでしょうか?」
「はい。我々と敵対する勢力もリフレクターに強い関心を持っているので、強硬手段に出る可能性があります」
「ですが、皆様とリフレクターを守り抜けるよう、万全の体制を敷いていますのでご安心ください。
「ご覧のように、部下二名はフル装備で任務に当たっていますし、その他にも、各種の対策がとられています」
「たとえば、こちらのスーツケース型のストレージは、極めて堅牢に設計されており、万一、奪われた場合でも、適切な処理を経なければ自動的にリフレクターを無効化し、機密を保持できる仕様になっています」
マリトの目がスーツケースに釘付けになった。
――いや待て、それは安心材料じゃないぞ!
――間違いなく、無効化というのは爆発による物理的な破壊のことだ。
――近づいてはいけないやばいヤツじゃないか!
コリーンに目を向けると、彼女は小さくうなずいた。
◇
「では、ミス古楠、エーテルアームの取り出し準備をお願いします」
ソラの言葉に、コリーンはうなずくと、一番窓際のキャビネットに向かって歩き始めた。
中佐は静かに後に続いた。
キャビネットの一番下のドロワーを開けると、大学にあったのと同じ型のセキュアストレージが現れる。
中佐は、両腕が義手のため、掌紋認証ではなく、代わりに耳の後ろに埋め込まれているバイオチップと咬合シーケンス――つまり、歯をカチカチと特定のパターンで鳴らすことで認証する。
上部パネルに白い光でコード入力のガイドが表示される。
同時に、赤い「05:00」の数値が浮かび上がり、カウントダウンを始める。
コリーンが素早くコードを入力すると、左腕のエーテルアームを格納した透明容器がせり出してきた。
中佐は透明の円筒容器ごとエーテルアームを取り出し、コリーンと共にソファーへ戻り、円筒容器の下部にある黒い噴霧器を取り外してテーブルの上に置いた。
友田社長が興味深そうに噴霧器を手に取ったのを、目の端で捉えたが、気にせず動作確認に進む。
円筒形の透明容器から、ゆっくりとエーテルアームを抜き出す。
コリーンはソファーの元の席に戻らず、ソラの傍らに立ったまま作業を見守っている。
次は、動作の検証だ。コリーンが横から補足する。
「中佐がお使いのシナプスアームは、エーテルアームの一世代前のものですが、OSとフレームワークが共通なので、起動後、同期させて動作確認ができます」
中佐はうなずくと、まず、疎通シーケンスを実行する。
リフレクターが可能にするのは、訓練で身につけた思念コマンドを使った非接触の遠隔操作である。
ソラは少し眉間にしわを寄せ、疎通確認のコマンドを送る。
すると、エーテルアームの上部にあるプレートに付いているLEDが虹色に光った――波長の長い赤色から始まり、オレンジ、黄色、緑、青、紫へと色が瞬間的に変化し、最後に白く点灯する。
プレートに、疎通確認の完了と動作モードに移行したことを示す表示が浮かび上がった。
ソラは自分の左の手のひらを閉じて開く。
テーブルの上に置かれたエーテルアームも、まったく同じ動作をする。
ソラは小さく頷き、動作確認を終えた。
立ち上がって、ソファーの脇に置いてあるスーツケースの上部を開ける。
内部は、中央に格納用のスロットがあり、その両側に小型の操作パネルが配置されている。
◇
ソラがテーブルのエーテルアームに、手を伸ばそうとした瞬間、友田社長が手を滑らせたのか、黒い噴霧器がテーブルをコリーンの方へ転がり、足元に落下した。
「すまない、それを……」と、社長が声をかけた。
コリーンは手を伸ばしかけて止まった。
そして、彼女は腕を拡げて、ブラインドで閉ざされた窓に向かって振り向いて叫んだ。
「Get down! 全員、伏せて!」
そこからは、一瞬の出来事だった。
ブラインドで閉ざされた窓を破って、数発の弾丸がコリーン、自分、そして部下達を狙って、次々と着弾した。
ソラはすばやく状況を確認する。
――窓側からの狙撃だ。部下が二人ともやられた。
――なぜ、ブラインドで見えないはずの外から精密射撃ができる?
――仕組みはわからないが応戦だ。
咬合認証で口を動かした後、「狙撃者を特定して排除。最優先」とつぶやいた。
【次回予告】
オフィスに来訪した米軍の部隊は『左腕』の義手のプロトタイプの回収作業を進めますが、完了間際、見えないブラインドの向こう側から狙撃がはじまります。次回、敵勢力に対する反撃が開始されます。




