①-第3話『突然の電話、知らなかった真実』
※世界線①「奇跡も魔法もあるんだよ」です※
〇帰り道・夕方
「はぁ……覚悟はしていたけど、つらいなぁ」
夕暮れの中、まなとはとぼとぼと帰り道を義務的に歩く。
「そりゃ手紙だけ渡して、しかも、私のこと忘れてとか書いちゃったのは、他ならぬ私なんだし……。待っててほしかったって思うのはわがままだよね……。3年もたてば、先生にもいい人できるよね」
まなとの脳内には先ほど見た光景が何度もリフレインしており、そのたびにため息がこぼれてしまう。
何とか前を向こうと思っても、身体はついてこずにうつむいたままだ。
そのとき、まなとのスマホがカバンの中で音を立てた。
着信通知のバイブレーション。
マナーモードにしっぱなしで音はならなかったが、静かな帰り道ではバイブレーションの音がとりわけ大きく聞こえた。
「ん?電話だ。え、先生から……」
通知画面に表示されたのは、雄二の名前。
「よし……はい、もしもし?」
出るかどうか迷ったのはほんの一瞬で、すぐに決意を固めて通話ボタンを押した。
「もしもし?おのまなとさんで間違いないか?俺は雄二の兄の英一だ」
しかし、聞こえてきたのは雄二の声ではなかった。
雄二よりももっと低い声。
雄二の兄を名乗る英一は、声からも焦りがありありと伝わるくらいの早口だった。
「え?!先生のお兄さん?」
「まなとさん、落ち着いて聞いてくれ。さっき雄二が交通事故にあったんだ。かなりな重体でな、いま三十八病院に搬送されたんだ。まなとさんもすぐに来てもらえないか?」
瞬間、時間が止まる。
息をすることを身体が忘れてしまったかのように、何もかもが止まってしまった。
「え……先生が……そんな……」
その瞬間でまなとの頭を駆け巡るのは、一度も考えたことがない最悪な光景。
もしもし?聞こえてるか?という英一の声でなんとか現実に戻った。
「……わかりました!すぐ、向かいます!!」
まなとは電話を切るなりすぐに走り出した。
何もかもかなぐり捨てて、ただ走る。
ただ走る。ただ走る。ただ走る。
走りながら考えるのは、たった一人のことだけ。
そうすれば、他のことは考えなくてもいいから。
いまはただ、雄二のことだけ考えて、ただ走る。
〇病院
「はぁはぁはぁ……」
全力疾走のおかげですぐにたどり着いた病院。
駆けてきた熱もすぐに冷めるくらいエアコンが効いた院内へ。
走る姿を注意する看護師をも置き去りにして、英一から聞いた病室へと全速力で向かう
「ここだ!せんせい!!」
がらがらがらと引き戸を開けて、室内へと駆け込む。
病室の独特なにおいを感じながら、聞こえてくるのは定期的なリズムを刻む機械音。
ベッドの上には、心電図やいろいろな点滴につながれた雄二の姿があった。
「まなとさん、待ってたわ」
呆然としているまなとに声をかけたのははるかだった。
「はるか先生……雄二先生はの容体は?」
「外傷の手術は全部終わったらしいんだけど、まだ目を覚まさないの……」
「そう……なんですか……」
はるかの声も悲痛に沈んでいた。
その声を聞いただけで、雄二の容態が予断を許さないものだというのがまなとにははっきりとわかった。
「私ね、事故にあった時に雄二先生と一緒にいたの。雄二先生ね、道路に飛び出した男の子をかばって……」
「そう…だったんですね……。あのあとに……。実は私、帰り道でお二人を見かけてて」
事故の真相を聞かされるまなと。
見ていなかった、というのは簡単だったが、要らない嘘をつく気にはなれずにまなとは正直に話した。
はるかは、そんなまなとの言葉を聞いて、もう一つの真相を伝えるのであった。
「うん、雄二先生にとある女の子にプレゼントを渡したいから選んでほしいって。頼まれてね。雄二先生は妹さんってバレバレの嘘ついてたけど」
「え、先生とはるか先生はお付き合いしてるんじゃ……?」
「違うわよ。というか、私がこれだけアプローチしても落ちなかったし……。今日もずっと、プレゼントを渡す子の自慢話というか、のろけ話というか、もうずっとその子の話ばかりでしたからね。よっぽど、忘れられないで待ち続けたい女の子でもいたんでしょうね」
「え……先生……。うそ……」
はるかの口から告げられたもうひとつの真相。
その真相はまなとの想像の埒外からの衝撃で、このときばかりは嬉しさや幸せを感じるよりも前に予想外の驚きが勝った。
まなとは呆然と立ち尽くすしかなかった。
そんなまなとの後ろで病室のドアが開く。
入ってきたのは、身長は雄二と同じくらいだろうか、背が高いスーツ姿の男性だった。
「君がまなとさんだね。先ほど電話をした、雄二の兄の英一だ。はるか先生、ずっと見ていてくれてありがとう」
英一は雄二の担当医から雄二の容態を聞きに行っていた。
「大丈夫よ。で、お医者さんはなんて?」
「……正直、予断を許さない状況だそうだ。外傷は何とかなったようだが、頭部へのダメージが大きいらしく、意識を取り戻すかどうか……」
「そんな……先生……」
最悪な想像が現実になってしまうかもしれない恐怖から、言葉を失くすまなと。
はるかも悲痛な面持ちで雄二に目をやる。
雄二は呼吸器につながれながらも表情自体は穏やかだ。
だが、その表情が再度動き出すかどうかは誰にも分らないのだった。
「医者も手を尽くしてはくれたが、これ以上は雄二を信じるしかない。医者が言うにはな、意識はなくても、声は聞こえるらしい。呼びかけたら意識を取り戻すって話、あれは本当だとのことだ。それで、俺もはるか先生も、ずっと雄二に声をかけているんだが……まだ戻らん……」
英一も医者から聞いた内容をまなとに伝えながら、己の力不足を嘆く。
だが、何もすべてを諦めたわけではない。
「そこでな、まなとさんならと思って、来てもらったんだ」
少ししゃがむと目線をまなとと合わせて、力強い眼差しとともに力強い想いを伝える。
「え、私?」
「そうだ、君だ。雄二はしょっちゅう、というか、いつもだな。君の話ばかりだったよ。こいつは酔わすと口が滑るから面白かった。君からもらった手紙だって、肌身離さずずっと持ち歩くくらいだしな」
英一は優しく微笑みながら、まなとを呼んだ理由を伝えた。
まなとは目まぐるしく揺れ動く感情についていくのに必死だった。
そんなことはないだろう、と理性的な部分は否定しているが、そうであってほしい、と心の底から信じる気持ちが入り混じる。
「スマホのロック番号、まさかと思って試したら当たりだったよ、0112だ」
「え、それって、私の誕生日!?」
「昔な、雄二の挙動がおかしくてな、緊張しているというかそわそわしているというか。問い詰めたら誕生日プレゼントを女の子に明日渡すとか言いやがって。当時は誰かは教えてくれなかったが、まぁ、今となっては、な」
英一は当時を思い出し、どうしようもなく笑ってしまった。
2人の絆にかけるしかない、そう英一に決意させたのは、雄二の強い想いが残されていたからだ。
「だからな、まなとさん。雄二に声をかけてやってほしい。俺らの声では雄二に届かなかったが、まなとさんの声なら届くかもしれない、たのむ.」
そう言って、英一はまなとへと深々と頭を下げた。
なんとか平静を保とうとしていた英一も、言葉の最後では気持ちを抑えきれなかったのだろう。
想いが溢れて震える声と身体。
そんな英一を見たまなとは、自分でも驚くほどすんなりと、しかし力強く自分の決意が固まっていったのだった。
「……わかりました、私も先生に言いたい事、伝えなきゃいけないことがあるから」
もう、まなとの目に迷いはない。
自分の気持ちを。
自分の想いを。
ただ、一心に、伝えるだけだ。
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