②-第3話『伝える想い、決意からの決心』
※世界線②「奇跡を待つより捨て身の努力」です※
〇帰り道・夕方
茜色に世界が染まる。
夕日が道行く人々の影を長く伸ばしていく時間だ。
そんな長く伸びた影の一つは、ゆっくりと名残惜しそうに歩みを進めている。
帰宅途中のまなとだった。
「あーぁ、あっという間に教育実習終わっちゃったなぁ……」
明日で教育実習も最終日。
この2週間は実習が忙しすぎて、ゆっくりする時間もほとんどとれなかった。
毎日日が落ちてから帰宅していたまなとがこうして夕方に帰宅できたのも、すべてが終わってひと段落がついたからだ。
「楽しかったなぁ……先生は変わらず優しかったし、かっこよかったし……」
この2週間、雄二はまなとの担当教師ということでほとんどずっと一緒にいた。
授業のアドバイスやフィードバックはもちろん、今後の進路についても相談に乗ってくれていた。
まなとはまるで3年前にタイムリープしたかのように、雄二との幸せな時間を過ごせたことをどこかにいるであろう神に感謝しているくらいだ。
ブーーーッ……ブーーーッ……
ポケットでスマホが震え、着信を伝えてきた。
まなとはスマホを取り出して誰からか確認すると、驚きで少し目を見開いた。
それは番号を交換して以来、一度もかかってきたことがない名前だったから。
「ん?はるか先生!?はい、もしもし?」
「もしもし、小野先生?いま少し時間いいかな?」
「はい、全然大丈夫ですよ」
「……んー、あのね、あなたに話さなくちゃいけないことがあるの。落ち着いて聞いてね」
スマホから聞こえてきたのは、艶やかな大人の声。
聞けば葉琉香だとすぐわかる特徴的なその声は、いつもの自信満々な声色と少し異なり、少し悩んでいる雰囲気。
だが、決意を固めた葉琉香は、まなとにその事実を伝えた。
「高屋先生、異動になるかもしれないって」
「え、いどう……異動!?」
突然のことでまなとは頭が真っ白になった。
異動、という単語の意味をなんとか理解でき、事の重大さに今度は顔が青くなる。
「あ、いや、というか、なんでそれを私に?」
電話中だったとすぐ気を取り直すと、率直な疑問を葉琉香にぶつけた。
「あれ、あなたは高屋先生が好きなんじゃないの?もしかして、別に好きな人出来ちゃった?」
「え!?あの!?え!?」
返ってきた葉琉香のからかうような答えに、誰にも気づかれていないと思っていたことが全部気づかれていたとてつもない恥ずかしさに、一気に体が熱くなって顔も真っ赤になっていった。
「私ね、高屋先生からよくあなたの話を聞いてたのよ。例えば、あなたが高校生の時に、お守りを誕生日プレゼントであげただとか、お守りはないって言われただとか。あ、お手紙の話も。あなたのことだとは言ってなかったけど、あなたが戻ってきてからの高屋先生見てたらピンときちゃった!というか、分かりやすすぎて笑っちゃったわよ」
「……そう、だったんですね」
葉琉香はそんなまなとの反応を聞けて満足だったのか、雄二から聞かされていた話を伝えて答え合わせをしたのだった。
雄二はまなとが好き。でも、まなとはどう思っているのか。
まぁ、確証はなかったけれども確信はあったわけで、葉琉香としてもまなとの反応からすべての答えを察したのだった。
「でね、高屋先生ね、いま凄く迷ってるの。異動するのかどうか。異動になったらもう小野先生とまた離れ離れ。なかなか会えなくなっちゃうんじゃないかって思って、異動を断ろうかどうか考えてたのよ。異動選んだら大出世なのに」
葉琉香は雄二が絶対にまなとに伝えない本心を、まなとへと話すのであった。
雄二自身でないから本心かどうかはわからないものだが、伝えた葉琉香はもちろん、それを聞いたまなとにもそれが雄二の本心なのだというのはちゃんとわかったのだった。
「そんなの!異動を選ばなきゃ!」
まなとは反射的にそう叫んでいた。
自分のことよりも雄二を優先するまなとを見て、葉琉香は自分の見る目は正しかったのだと安心した。
「あなたがそう思うなら、背中を押してあげなさいな。あのね、別に、あなた達を離れ離れにしたいわけじゃないの。そこは勘違いしないでね。むしろ、あなたたちのために、なのよ」
葉琉香はその言葉から別の意味も読み取れてしまうことを覚悟して、あえてその言葉をまなとへと伝える。
自分のため、だなんて言えるものか、と葉琉香は苦笑いをしながらその理由を続けた。
「あなた達の間に割り込もうだなんて、どれだけ無茶なことなのか、ってのが、この2週間でよく分かりましたから。やんなっちゃうわほんとに」
「……ありがとうございます、はるか先生、教えてくれて」
「もう!じれったいから早くくっついちゃいなさい!お幸せにね」
まなとは、どんな気持ちで葉琉香がこのことを自分に伝えてくれたのかがわかり、目頭が熱くなった。
からかうような最後の葉琉香の言葉は、まなとの背中を力強く押してくれた。
このあとどう行動するか、自分は何をすべきなのか。
すぐに考えまとまり、決意もすんなり固まったまなとは、すぐに実行へ移すのだった。
〇小野家・自室
「……よしっ!」
まなとは自分自身を奮い立たせて、スマホの発信ボタンを押した。
「もしもし?」
「あ、もしもし、雄二先生」
「ん?まなとどうした?」
聞こえてきたのは、3年間ずっと考え続けていた彼の声。
これからもずっと話していたいと、ずっと一緒にいたいと、ずっと思っている人。
そう思っているからこそ、大事に思っている人だからこそ、ちゃんと伝えないといけないと思って。
「あのね、先生にちょっと伝えたいことがあって。異動の話、絶対に受けてね!絶対だよ!先生のチャレンジ、わたし、応援してるから」
「え、おい!どうしてお前が異動の話を?」
「そんなことどうだっていいでしょ!お話し受けなかったら、先生のこと嫌いになっちゃうからね!ほんとだよ!嘘じゃないんだから!だから、絶対に受けてね!」
勢いに任せて言い切らないと、言葉に詰まってしまいそうで、言いたいことがちゃんと言えなさそうで。
いきなりのことに驚く雄二を置き去りにして、一気に想いをちゃんと伝えきる。
「それに……」
でも、この先を言うのは、いくら今のまなとでも流石に恥ずかしかった。
でも、この先を言わないと、まなとも前には進めなかった。
だから、叫ぶ。
「先生がどれだけ遠くに行っても、私は絶対についてくから!!!」
そう叫んで伝えきったとき、思わず指が終話ボタンを押していた。
プーーッ……プーーッ……という終話の音を聞いていたら、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「ふぅ……緊張したぁ。…うーん、さすがにいきなりすぎたかな?でも先生、あれくらい言わないと、うじうじ悩んで決められなさそうだし。それに、ちゃんと決めてくれないと、私が困っちゃうもんね……あ、はるか先生に異動先聞いておかないと」
身体が熱いのは、一気に話して叫んだからだ、そう自分自身に信じ込ませるまなと。
やりたいことはやりきり、言いたいことは言い切った。
そんな達成感の中で、まなとはこれからやることを明確にして動いていくのであった。
プツッ……
「えっ!?おいっ!?」
プーーッ……プーーッ……プーーッ……
「もしもし?まなと?まなと?」
通話が切れる音とともに、もう彼女の声は聞こえなかった。
スマホから聞こえるのは終話を伝える規則的な音。
大声で叫ばれたからか、やけに小さく聞こえるその音は、動揺した雄二の心を静めていった。
「……いきなりなんだよまったく。てか、なんで異動の話知ってるんだ?」
当たり前の疑問だったが、雄二には全く答えは見えないのだった。
それよりも大事なのは、まなとが伝えてくれた言葉であり、想いだった。
言葉なんて、形もないし、実体があるわけでもない。
でも、まなとの言葉に背中を押されたのが、雄二にははっきりわかるのだった。
「……まぁ、一番の悩みの種から背中押されちまっな」
そうつぶやくと、決意が変わらないうちにスマホの連絡帳を検索して、発信ボタンを押す。
コール音と同時くらいですぐに電話にでたのは、俳優ばりの低音ボイスだった。
「あ、校長先生、お疲れ様です。今お時間よろしいですか?先日いただいたお話の件ですが……ええ…………はい…………」
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