十六章 傲慢の豪華客船と因縁の対決 後編
次の日、ベッドが届いたので二階にあげてもらい、武器や防具、薬を調達してデザイアの中に入る。
「それにしても、招待状って……どんな人が持ってるんだろう……?」
ディアナが不安そうに聞いてきた。ジョーカーは「まず、普通のフェイクは除外だ。奴の信用を得ている奴が持っている、で間違いないだろう」と答えた。
「それって、どうやって見極めるの?」
「そこはトルースアイで何とかする。エネミーには警戒されないように出来るだけ穏便に済ませるようにしないとな……」
「分かった。ジョーカー、よろしくね」
テュケーが彼女に笑いかける。彼の服装は青いロングコートでジョーカーやクラウンと違うところといえば中着とウエストポーチを持っているぐらいだ。
テラスに出ると、そこは食堂だった。周囲をよく見てみると、一席だけ青い花が置いてあることに気付いた。近くのフェイク達に聞いてみると、そこはあるプロデューサーの社長が座る場所らしい。そいつが招待状を持っている可能性が高い。
「どうする?」
「穏便に……よね?出来るかしら……」
「別に、出来なさそうなら力ずくで奪い取っても構わない」
強制ではないのだ、ただ警戒されないようにするためというだけで。
その時、豪華な服装の客がその席に座った。彼が社長だろう。トルースアイを使って確認する。招待状を持っているのは彼であっているようだ。
「オレが行こう」
クラウンが立候補した。そこにウェヌスも行くと言ったので二人で行かせる。
「すみません、招待状が欲しいのですが」
「うん?誰だね、きみたち」
社長が二人を見て首を傾げる。クラウンは「どうしても船長に会いたくて」と答えるとクラウンとウェヌスをジロジロと見て、
「ふーん……仮面で隠されてよく分からないが、いい顔だな。おれのところで働くのなら、考えてやってもいいぞ?」
そう言って歪んだ笑みを浮かべる。ウェヌスは何か言おうとしたが、クラウンがそれを止める。
「具体的には何をすればいいんでしょうか?」
「そうだね……きみは男か。じゃあ、裏方ね。きみは……接客してもらおうかな?」
接客……嫌な予感がする。すると社長はウェヌスの手首を掴んだ。これ以上はいけないとジョーカー達が前に出る。
「そこまでだ。それ以上彼女に何かするようなら……その頭を撃ち抜く」
ジョーカーが銃を構えながら脅した。すると彼は怒ったようでエネミーの姿になる。認知存在のフェイクなのに、エネミーになることが出来るのか……。やはり冬木 昭人はただ者ではないと思いながら対峙する。
「電撃が弱点だ!マルスの攻撃が当たるように皆でエネミーの攻撃を引きつけるぞ!ヘルメスはマルスの援護をしてくれ!」
ジョーカーが指示を出す。彼女は手から光を出し、弓矢が現れる。矢も光から出し、エネミーに当てる。
「光の弓矢か。久しぶりに見た」
クラウンが感心したように呟いた。光の弓矢は守り神の時の遠距離武器だが、人間の姿でも使えるようだ。
皆が引きつけている間にマルスが背後から雷呪文を唱えた。
「ドンナー!」
それが当たると、エネミーからフェイクに戻った。倒れているが、認知存在なので恐らく現実に支障はないだろう。……まだ、ちゃんと判断は出来ないが。
彼の懐から招待状を奪い取る。これで一枚目だ。
「どうする?一度戻るか?」
「そうだな……次は通路がある。一度戻って立て直した方がいいだろう」
思ったより苦戦した。しかも警戒度があがっている。一度引いて警戒度を下げた方がやりやすいだろう。
現実に戻ると、疲れがどっと来たらしい。一度ファートルに行こうと戻ると藤森が「戻ってきたか。おかえり」と出迎えた。
「どうだ?怪盗の仕事は」
「ちょっと苦戦中かな?でも大丈夫。選挙結果が出るまでに終わらせるから」
りゅうが藤森にそう言った。今回の期限は十二月十六日。この日は蓮にとっても因縁の日だ。
それぞれ好きな場所に座り、話し合いをする。
「疲れが来るな……今日のところは解散した方がよさそうだ」
「そうかも……あいつの歪みは大きすぎる。だが、土日に予告状が出せるようにしないと」
今回の予告状は盛大にしようという話だ。そうなると、平日はやめた方がいいだろう。
「まだ時間はある。ゆっくりしたらいい」
愛良の言葉にそれもそうかと頷く。
「リーダーが世話になった礼は返さねぇとな」
良希が指を鳴らしながら言った。ちょっと怒っているようだ。まぁ、当然だろう。蓮が罪を擦り付けられたのだから。
「良希、張り切るのも分かるけどほどほどにね」
蓮がそれをなだめた。確かに許せない相手ではあるが、今の蓮にはどうでもいい。こうして仲間に恵まれたのだから。皆を救い出したことで、前歴にも意味を見出された。だから、蓮にとってこれは復讐というより、怪盗団の名誉を守るためのことだと思っている。
「それじゃあ、今日は解散しようか」
駅まで送って行くよ、と言って蓮は皆を送って行った。
夜、コーヒーを淹れ、三人で話し合う。
「明日はどうする?」
「地図を見る限りだと通路を抜けた先にプールデッキがある。そこに一人いるんじゃないかと予測しているね」
「じゃあ、明日はそこまで行ける?」
「どうだろうな……今日の疲労を考えると招待状を奪う前に帰ることになるかもしれないな」
古参組でさえあんなに疲れていたのだ、少しペース配分を考えた方がよさそうだ。
「まぁ、ボクと愛良のサポートエネミーを使えば温存してもらうことは出来るだろうけどね」
「それだと二人が疲れない?」
「いざとなれば癒しの力とか道具を使って回復する」
蓮が答えると義明は「……まぁ、それならいいんだけど」と考え込んだ。
「どうした?兄さん」
「……蓮、君は何を考えてるの?」
突然聞かれ、蓮は声を詰まらせた。それに構わず、彼は俯きながら、
「……光助を、助け出したいと思ってる?」
そう尋ねてきた。蓮は誤魔化す必要もないかと答えた。
「……うん。ボクは助け出したい。りゅうやほのかが許さないかもしれないけど、人間はどこからでもやり直せるんだ。それに、光助だって苦しんでる。だったら、そこから救い出してあげるのがボクの役目だ」
すると義明は困ったように笑って、
「……本当に、蓮は変わらない。大人達は嫌いなのに、正義感が強くて弱い人や困っている人がいると自分がどうなってでも助け出そうとする」
そして顔をあげ、
「いいよ、俺も手伝う。俺だって、光助を助け出したい。俺にとっても、光助は弟だから」
彼はそう言った。蓮は「ありがとう」と小さくお礼を言った。
「だが、どうやって助け出す?あいつはアルター使いだ、デザイアがあるわけじゃない」
「だから、ボクにしか出来ないんだろ?」
その言葉に思い当たることがあるのか、二人は同時に彼女を見る。
「……まさか」
「そのまさかだよ。……光助は歪みすぎてる。だから、「改心」させるしかないんだ」
その「改心」の方法は、いつも通り「オタカラを盗む」じゃない。本当に蓮にしか出来ない、「癒しの力」を使う方法だ。完全に覚醒させた今、失敗することはないだろう。
だが、二人が懸念しているのはそこではない。癒しの力を使う「改心」には「代償」がいるからだ。
「……大丈夫、光助さえいれば、悪神は倒せる」
蓮は小さく笑った。そこに宿る覚悟は怪盗団が罠にはめられた時に浮かべていたものと同じだった。
次の日、新しく武器をカスタマイズし、皆に渡す。そしてデザイアに入り、前のところまで向かった。
「ここからか。えっと、あの扉に入ったら通路だから……」
通路に繋がる扉を開け、足を踏み入れた。……エネミーがうじゃうじゃいる。
「これはきついな……」
ざっと二十体。十体ならまだ何とかなったが、これは強行突破、というのも難しい。
「仕方ない……テュケー、車を出してくれ」
ジョーカーが指示を出すと、彼は疑問符を浮かべながら車を取り出した。大きくなったそれに皆が乗り込むと、
「しっかり掴まっとけよ?」
そう言ってジョーカーはアクセルを全開にした。
「ちょっとジョーカー!?」
クラウン以外の皆が悲鳴をあげる。クラウンは「スリルのあるドライブだな」と楽しんでいた。エネミーがこちらに気付くが、攻撃を仕掛けてくる前にひいていく。狭い通路なのに、ジョーカーは扉を壊して進んでいく。
どこまで進んだのか、クラウン以外の皆が気を失いかけていたところで急ブレーキをかけた。
「ふぅ……これで一応エネミーは倒れたな」
ジョーカーはバックミラーを確認して、ため息をつく。そして皆に「悪かった、スピード出しすぎた」と謝る。
「い、いや……あぁするしかなかったなら仕方ないけど……」
せめて事前に言って……とテュケーが真っ青な顔で言ってきた。
「スリルのある運転だった。オレも今度やってみよう」
反対にクラウンは楽しそうに告げた。もちろん皆が「やめてくれ!」と止めたのは言うまでもない。
近くに安全地帯があるのでそこで休憩を入れる。
「そういえばジョーカー、ウィッグ、つけないんだね」
不意にヘルメスが話しかけた。ジョーカーは「皆は知っているんだし、隠す必要もないでしょ。それに白い服にかわる時はどうせ外れるんだし」と答えた。
「あぁ、あとクラウン。とりあえず編入の手続きは終わらせた。十八日から学校に行けるぞ。オレと同じクラスだ」
「やっていてくれたのか。ありがとう」
「お礼は長谷先生に言ってくれ。彼女があれこれ手を回してくれたんだ」
もちろん必要な書類は全てジョーカーがやったが、長谷の協力がなければもう少しかかっていたし、同じクラスということも出来なかった。クラウンは「分かった」と頷く。
「テュケーも編入するなら伝えるけど」
「俺はもう少し考えるよ」
「そうか。それならいいけど」
高卒までは持っていた方がいいと思うが……何せ彼は(クラウンもだが)義務教育すら終わっていない状態だ。そこはジョーカーが認知の力でどうにでもするが……(実際、クラウンもそうやった。戸籍も藤森に頼み込んで彼の養子として無理やり作った状態だ)。
「まぁ、テュケーとクラウンの頭なら普通に編入試験を受けても合格はすると思うけどね」
ジョーカーが教師役として二人に基礎は教えている。元々頭もよかったので大学受験も簡単だろう。
「さて……休憩は終わりだ」
ジョーカーの言葉と共に皆が立ち上がる。安全地帯から出ると、すぐ近くの扉を開く。
そこはプールデッキに繋がっていた。エネミーを倒しながら周囲を探索して、一人の男がいることに気付いた。
「招待状を持っているのはあの男だな」
しかし、話しかけても興味を持ってもらえなかった。何かあの男のことについての情報をフェイクから聞くと、どうやら水着が好きらしい。変態か……と思いながら、しかしやらないことには始まらないと誰が水着姿になるか話し合った。
「ここはジョーカーだろ!」
「……なんでだ?」
不純な理由ではないだろうなとマルスを睨む。彼は「だってお嬢様だろ?そういうシュミもあるだろ!」と答えた。
「……まぁ、ああいう男に限ってそういうのがあるよな……」
「だろ?」
「じゃあ、護衛にクラウン、頼む」
ジョーカーが指示を出すと彼は「分かった」と頷いた。一人で向かうほど無謀なものはない。
更衣室で水着に着替えたジョーカーは男に話しかける。
「すみません、ここの船長に会いたくて……招待状が欲しいんです」
「きみは?どこかで見たことがあるような……」
執事服に着替えているクラウンとジョーカーを見比べて、「あぁ!もしかしてきみ、成雲家のご令嬢様かい?」と聞いてきた。
「えぇ……まぁ……」
「そこの顔が似ている人も使用人かい?なるほど、きみたちが船長に会いたいと……分かった、渡そうじゃないか。ただし、条件がある」
「なんですか?」
「おれと付き合ってくれたらね」
「断ります。恋人がいるので」
バッサリ斬り捨てると、彼は笑いながら「そんなこと言わずにさ。おれの方が幸せに出来るよ?」と腕を掴んできた。
「やめてください!」
嫌がっていると、クラウンがアテンを召喚し、闇呪文を唱えた。
「やめろ。お嬢様が嫌がっている」
ジョーカーに当てないように、しかし脅すように頬をかすめた。怯んだ隙にジョーカーは抜け出す。
「これじゃあ話し合いも出来そうにないな……」
男は怒り出し、エネミーの姿になった。ジョーカーはミカエルを召喚し、「フードル」と雷呪文を唱えた。
クラウンとジョーカーでエネミーを倒す。フェイクに戻った男はぐったりとしていた。それを見て、ふと不安になる。
(……まさか、現実にも影響が出てしまっているのか?)
普通、認知存在が倒れても現実に影響はない。狛井のデザイアでウェヌスとジョーカーが自分の認知存在を斬り裂いたのがいい例だ。あの後、現実の狛井に影響があったかと言われたら、答えはノーだ。それを利用してジョーカーの生存トリックも成功させた。デザイア内の認知存在は、その人をどう思っているかが影響してくる。しかし、前の社長もそうだったがこの男もぐったりしている。影響が出ていると考えて間違いはないだろう。
(……早くやった方がよさそうだ)
今日は十二月一日。もうすぐで生還トリックから一週間が経とうとしている。冬木 昭人が少しずつ他人に不信感を募らせていったら、光助にも気付かれるだろう。それだけは避けたいところだ。
「予定変更だ、もう少し先まで進もう」
ジョーカーは招待状を奪うと、皆にそう言った。水着から着替え、先に進む。
それにしても通路が長い。しかもエネミーがたくさんいる。もう一度車でひこうか……とも考えたが何度もやるものではないだろう。
エネミーを倒しながら安全地帯を見つけたのでそこに入った。皆の様子を見ると、クラウン以外は息が切れている。
「いったん戻るか」
この状態で進んでも倒される未来しか見えない。ここまで来て、誰かが死ぬなんて嫌だ。
現実に戻り、話し合う。その時、早坂が慌てた様子でファートルに入ってきた。
「成雲さん!」
「どうしました?」
未来の見える彼女のことだ、きっと悪い未来が見えたに違いない。案の定、
「今、あなたを占ったらこのまま行けば誰かを助けるために死ぬって……!」
「あぁ……」
そのことを伝えに来たのか。蓮は彼女に近付き、
「大丈夫ですよ、ボクは死んだりしません」
そう言って笑った。彼女は「でも……」と俯く。
「運命は変えられる、でしょ?ボクからそれを学んだんじゃなかったんですか?」
「確かに、運命は変えられます!私の運命だって変えてもらいました!でも、今回は前以上にはっきり出ているんです。だから心配で……」
蓮は彼女に落ち着いてもらうためにコーヒーを淹れた。
「あ、ありがとうございます……」
「……まぁ、早坂さんが心配する気持ちも分かります」
何せ一度死んでいる身、何があるか分からない。だが、それでも平気だった。
「でも、運命は絶対じゃない。だから大丈夫、信じて」
そう言ってやると、彼女は腑に落ちないような様子をしながらも「分かりました……」と答えた。
「そういや、コーヒーの腕、どれだけあがったんだ?」
飲ませてくれ、と藤森に言われ、余っていたコーヒーを淹れる。藤森が飲むと、
「うまい……お前らしい味が出てきたな。これなら店も本格的に任せられる」
もちろん、冬木 昭人を改心させた後だが、と彼は笑った。
藤森からはミルクセーキが出される。これは前に一度、リクエストで蓮が言ったものだった。
「……おいしい」
ミルクセーキは贅沢な飲み物だと蓮は思っている。卵を使うし、砂糖はたくさん入っているし。お嬢様が何言っているんだという話だが。
「だが、なぜミルクセーキだったんだ?」
「あ、それ私当ててみたいです!」
藤森が蓮に聞くと、早坂がそう言ってタロットカードを出した。
「ふむ……ふむふむ……」
めくっていき、最後に残ったカードは、
「魔術師……幼い頃、そのアルカナを持つ人に作ってもらったからなんですね」
「正解。ちなみに兄さんに作ってもらったんです。兄さんのアルカナが「魔術師」で、本当に手が器用なんです」
誰からも相手にされなかった頃、幼い義明が自分の家からミルクセーキを持ってきてくれた。彼も青い瞳だったから家族に恐れられ、居場所がなかったという。
「そうだったんですね」
「本当は自分で作ろうと思ったんです。でも、どうしても思った通りの味にならなくて……」
すると義明が「じゃあ、明日作ってあげるよ」と言った。
「ホントに!?」
蓮は子供のように目を輝かせた。それだけ好きだったのだろう。彼は笑って「じゃ、今から材料買ってくる」と近くのスーパーに行った。
「本当に好きだな」
「だっておいしかったんだもん」
愛良が笑うと、蓮はむくれた。彼は「否定したわけではないさ」と答える。
――あの時は、何を食べても味がしなかった。そんな中、兄の作ったものだけがおいしく感じられたのだ。それを思い出した。
今は、ちゃんと味がある。料理に関しても、人生に関しても。皆が、いてくれるから。
――この居場所は、ボクが必ず守って見せる。
たとえ自分が消えることになろうとも。密かにそう、誓った。
次の日、少し鍛えようということでアザーワールドリィに向かった。依頼もたまってきていたので丁度いいタイミングだろう。
「ジョーカー、その……大丈夫?」
テュケーが心配そうに聞いてきた。何が、と聞き返すと、「身体、痛むんじゃない?」と答えた。
「まぁ、多少……」
悪神の力が満ちているのだろう、いまだに身体は痛んだ。だが、耐えられないほどではないのだ。
「ジョーカー、オレが代わろうか?」
クラウンの申し出にジョーカーは「……じゃあ、そうしてもらおうかな」と代わった。助手席に座ると、ヘルメスが「ねぇねぇ!」と乗り出した。
「こーら。危ないよ」
ジョーカーが軽く額にデコピンを入れると、彼は「ごめん。でも伝えたくて」と言った。
「今日、この後クレープ食べに行かない?」
「クレープ?」
「そう。ほら、言ってたじゃん。ご褒美欲しいって」
「あぁ、前の周でな」
確かにそんなことを言った覚えがある。
「本当にくれるの?」
「当たり前よ。頑張ったんだもの。……あぁ、それならクラウンもよね」
クラウンもジョーカーの心に住んでいたのだ、死の恐怖は味わっている。その点で「頑張った」と言ったのだろう。
「オレにも買ってくれるのか?」
「えぇ、いいわよ。今日は好きなのを選んで」
アテナが笑ってそう言った。ジョーカーとクラウンはあれがいいんじゃないか、いや、こっちの方がいい、と話し合っていた。
――年相応だなぁ……。
それだけ見たら、守り神とその従者には見えない。普通の恋人だ。しかし、彼女達はその背にずっと重い「宿命」を背負っている。
話はすぐにまとまったのか、ジョーカーはチョコとイチゴのクレープ、クラウンはカスタードとクリームのクレープがいいと言った。
「別に、お店で決めてもいいのよ?」
アテナが告げると、二人は「これが食べたいと思っていたものなんだ」と答えた。
「それに、どうせ二人で分けるし」
「本っ当に仲がいいな、お前ら」
マルスは空気が甘すぎるだろ……とうなだれた。
「ジョーカーとクラウンは美男美女で絵になる……今度、描かせてくれないだろうか」
そう言ったのはアポロだ。「あんたも、絵のことばっかりだね……」と呆れたように言ったのはウェヌス。
「俺にとっては微笑ましいけど」
「弟と妹だもんね、テュケーにとっては。僕にとっても姉さんと兄さんだけど」
「確かに、なんかそんな感じする。いいお兄さんとお姉さんって感じだよね、二人共」
テュケーは言葉通り愛おしそうに見ていて、ヘルメスも構ってほしいと言いたげだ。ディアナはヘルメスに共感した。
「一応、俺とアテナは年上なんだけどね」
「そうね……二人があまりにも頼りになりすぎるからつい忘れちゃうけど、私より年下なのよね、二人共」
約二千年前に生まれた、とかは関係ない。今は十七歳の少年少女なのだ(何度も繰り返しているので、十七歳というのは語弊があるかもしれないが、少なくとも見た目は十七歳だ)。
「クラウンはともかく、オレはリーダーだからそこは仕方ない」
「お前、常に冷静だもんな……何考えてんのか分かんねぇ……」
「他人には営業スマイルだけしていればよかったからな」
マルスの言葉にジョーカーは笑みを浮かべた。それは作った笑みではなかった。
アザーワールドリィから帰り、クレープ屋に向かった。蓮と愛良はアザーワールドリィで決めたものをもみじに買ってもらい、半分ずつにして食べる。
「おいしいな」
「そうだよね。愛良も食べたがってたもんね」
現実では準備のためになかなか入れ替われなかったので、愛良にとってはこれが初のクレープだ。
「そういや、修学旅行で俺らと遊ばなかったのって……」
「お前らも繰り返してると気付いていたからな、愛良……『ジョーカー』と過ごしてた。過ごしてたと言っても、周りから見たらボク一人で探索していたようなものだったが」
「ガーリックシュリンプ食べたよな」
「そうだね。半分ずつにしてさ」
あの時は同時に同じ味を味わえなかったので愛良が先に食べ、蓮が残りを食べたのだ。懐かしい。
「でもよ、愛良」
「なんだ?」
「もし、もしだぞ。こいつに恋人がいたら、お前どうするつもりだったんだ?」
良希が意味不明なことを言ってきた。愛良は笑い、
「オレへの愛情が薄れてきたというのなら、潔く身を引いたさ。しかし、こいつはオレを選んでくれた。……それが答えだろ?」
それを聞いていた蓮は頬を赤く染めた。もし仮に現実で恋人が出来たとしても、彼への愛情は決して薄れなかっただろう。彼のことを忘れられるハズがない。それは自覚している。
「……でも、ボクはまだお前だけのものにはなれないんだ。ごめん」
宿命がある限り、蓮はそれに囚われ続ける。しかし愛良は「今までだって待っていたんだ、いつまでも待つさ」と笑った。クレープの味は甘く、しかし僅かに酸っぱかった気がした。
夜、義明にミルクセーキを作ってもらった。それを飲み、「懐かしい……」と蓮は目を細めた。
「本当に好きだね」
「ミルクセーキって贅沢な飲み物じゃん。それに、兄さんが作ってくれたから「特別な味」なんだよ」
蓮が答えると義明は笑って「俺も、一応お坊ちゃんだけどね。でも確かに、ミルクセーキは贅沢な飲み物かも」と言った。愛良は蓮のコップを持ち、一口飲んだ。
「甘いな」
「愛良って甘いの苦手だっけ?」
「好き好んで飲食はしないな。お前と兄貴が作ったものなら喜んで食べるが」
そういえばそうだった気がする。基本的に何でも食べるので忘れていた。
「じゃあ、お菓子を作る時は砂糖の入れすぎに気を付けるよ」
「気遣ってくれてありがとな」
「本当に、愛良のことが好きだね」
「もちろん、兄さんも好きだよ?」
他の人からしたら爆弾発言だったが、義明は「ありがとう。俺も好き」と恥ずかしげもなく笑った。きょうだい愛とはまさにこのことを言うのだろう。ネコの時に恥ずかしがっていたのが嘘のようだ。
そうやって三人は仲良く過ごした。
次の日、デザイアに入り、前のところまで向かう。
「今日は最後の招待状を奪い取りたい」
もはや「穏便に」という言葉はなくなっている。どうせ戦うことになるのだ、どうにでもなってしまえという精神だ。
しかし、最後の人がどこにいるかが地図を見ても分からない。引きこもりなのかそれとも……。
一度ゲームコーナーに行くが、見つからなかった。再び通路を抜けてテラスに向かうと、急な襲撃に遭う。
「――っ!」
間一髪、ジョーカーはナイフで受け止めたが、
(お、重っ……!)
攻撃が強く、骨折するのではないかと思う程だ。それほどに攻撃が重い。
「リベリオン!」
クラウンがアルターを召喚し、「フラム!」とリベリオンが覚えた炎呪文を唱えるが、「その人」は簡単に避けた。
「……あいつか」
見た目からして、極道だ。しかし、彼が最後の招待状を持っている。さしずめ「トラブル処理係」といったところだろう。
「お前らが、この客船を荒らす者か?」
極道はそう聞いてきた。「そうだとしたら、なんです?」とジョーカーは挑戦的な笑みを浮かべる。
「なら、お前らを始末する必要があるな」
そう言って彼はエネミーの姿になった。
「ウェヌス!炎が弱点だ、呪文を唱えろ!」
ジョーカーが応戦しながら叫ぶと、ウェヌスは「フィアンマ!」と炎呪文を唱えた。怯み、ジョーカーが「テネーブル!」とアルセーヌが覚えていた闇呪文で追撃するが、再び起き上がってきた。
「……仕方ない」
ジョーカーはミカエルを召喚する。
「フリーズ」
氷呪文を唱え、凍らせた。そして「エードラム」と光呪文を唱える。凍っていたので直撃し、元の姿に戻った。
「さぁ、招待状を渡してもらおうか」
ジョーカーが銃を突きつける。彼は「仕方ない」と招待状を渡した。
「ただ、ここの船長に勝てるかな?彼は切り札を持っている」
そう言って、彼は消えた。
「切り札?」
何のことか分からないが、これで招待状は全て揃った。しかし、このまま進む方が早いので先に進む。
一周して、あの巨大な扉がある場所に着く。招待状をかさすと、それが消えて扉が開いた。その先にモヤモヤしたもの――オタカラがあった。ここは議会を開く場所……だろうか。
「とりあえず、ルートは確保したな」
思ったより早かったが、ギリギリだった。もう少し鍛えてからの方がいいだろう。やはり、次の土日に実行した方がよさそうだ。
現実に戻り、その場で解散する。りゅうと義明と愛良と共にファートルに帰り、カレーを作る。
「おぉ……これが、お前が作ったカレー……」
愛良がキラキラと目を輝かせた。そういえば、愛良がこっちに出て来てから蓮の手作りは食べたことなかったなと思い出す。
ピリ辛の、コクが深いカレーは藤森譲りだ。コーヒーにぴったりで、話を聞けばりゅうの母親が作ったものだという。
「なんか、ネコの時と味が違うね」
義明もよく味わって食べているようだ。ネコの時と人間の時では全く違うらしい。レシピ通りに作っているので、そこは種族の違いだろう。
りゅうは米粒を頬につけながら食べていた。
「ほら、りゅう。ついてるよ」
蓮はそれをとって、自分の口に入れた。それを見て、りゅうは呆然とした。
「……蓮、それ、愛良以外の、他の男にやらないようにね」
そして、そう告げる。何のことか全く分からないが、とりあえずやめておいた方がいいらしい。分かったと頷いた。
次の日から金曜日まで、アザーワールドリィで鍛えに鍛えまくった。
「お前の戦闘狂は相変わらずだな……」
マルスに呆れられる。ジョーカーは「戦闘狂に見せているだけだ、戦闘が好きなわけじゃない」と答える。
「でも、面白そうだぜ?すっげぇ悪人の笑顔してんぞ」
「いつもの癖だ」
「んな癖つけんなよ……」
戦闘狂の仮面をつける期間が長かったせいでどうしてもそうなってしまう。クラウンも似たり寄ったりだ。
「お前ら本当に似てるよな……」
運転しているジョーカーとマルスの隣に座っているクラウンを見て、彼はそう言った。
「元々ジョーカーの心の中に住んでいたからな、オレは」
「クラウンはオレに似せて作られたから、似ているのは当然だ。違うところは人間かそうじゃないか、だろうな」
ジョーカー以外は、全員人間だ。そこにジョーカーは壁を感じた。
――自分は、どうあっても「人間」にはなれない。
いくら生まれ変わろうとも、そこはどうしようも出来ない。
――悪神を倒したら、自分はどうなるだろうか。
消えてしまうのではという不安と、皆と一緒に過ごせるのではないかという期待と。その両方がジョーカーの心を満たした。
次の日、皆で集まり、予告状を出そうという話になるが。
「さすがに直接、は難しいよな……」
「大丈夫、ちゃんと作ってるから」
蓮が悩んでいると、りゅうがパソコンを見せてきた。それを見て、蓮は「いいな」と笑った。
「なら、明日仕掛けてやろう。傲慢の悪魔に決着をつけようか」
ニヤリ、と。蓮は藤森や他の人達が見たことのないような、守り神とは思えない凶悪な笑みを浮かべた。
次の日、街頭の大きなスクリーンに怪盗団の予告状が映った。
『はーい、皆さん、ご注目!』
この声は風花だ。
『我々は幻想怪盗団、「リベリオンマスカレード」だ』
次に聞こえてきたのは裕斗の声。
『御覧の通り、僕達は誰も死んでいないよ』
りゅうの声だ。それと同時に怪盗服姿の怪盗団が画面に映る。
『私達はある人に騙され、殺人の罪を着せられたわ』
もみじが告げる。
『私達はその人を許さない』
ほのかが怒ったような声で言った。
『そいつの名前は冬木 昭人』
良希がターゲットの名前を告げる。
『彼は己の欲望のためだけに人々を蹴落としてきた』
蓮の冤罪事件を思い出しているのだろう、義明が怒りに震える声で言った。
『『その歪んだ欲望――我々が頂戴する!』』
最後に蓮と愛良がそう宣言した。
ジョーカー達はデザイアの中に入る。そして、オタカラのところまで来た。
そこには、冬木 昭人のフェイクがいた。
「よくここまで来たな」
彼は歪んだ笑みを浮かべ、そう言った。
「だが……我が国に賊はいらん。ここで俺がお前達を始末してやろう」
その言葉と共に、足元が揺れた。そして、冬木 昭人の足元から獅子のような何かが現れた。
「――なるほど、他人をあんな風に思っていると……」
あれは人が重なって出来たものだった。他人は踏み台、出世のためにはどうでもいい存在。まさに「傲慢」だ。
「物理反射持ちだ!銃弾も効かない!呪文で迎え撃つぞ!ディアナは道具で応戦してくれ!」
ジョーカーは皆にそう叫んだ。クラウンは自身のアルター「アテン」を召喚する。リベリオンによく似たアルターだ。しかし、このアルターは「闇・万能属性」だ。
「スタラ」
万能呪文を唱える。怯みはしないが、それなりにダメージは入っている。
「ドンナー!」
マルスが雷呪文を唱えた。効いている感じはするが、決定的なダメージはない。
「ヴェント!」
テュケーが強力な風呪文を唱えた。一瞬だけ怯むが、すぐに立て直される。
「フィアンマ!」
今度はウェヌスが炎呪文を唱える。しかし、怯んだ様子はない。
「フリーレン!」
アポロが氷呪文を唱えた。足元が一瞬凍ったが、すぐに壊れた。
「ヴァッサー!」
アテナが水呪文を唱える。ダメージはさほど与えられていないようだ。
(なるほど……これなら)
ジョーカーは攻撃をよけながら作戦を考える。……多分、これならいける。
「アポロ、テュケー、ちょっと来い」
二人を呼び寄せる。そして、作戦を告げた。その後、皆に叫ぶ。
「ウェヌス、マルス、アテナ、クラウン!オレ達で攻撃を引きつけるぞ!」
ジョーカーはリベリオンを召喚し、闇呪文を唱える。それに続けて、四人も呪文を唱える。
「こんな弱い攻撃……私に通じぬわ!」
獅子が宙を浮き、地面に強く着地した。すると衝撃で地面が揺れる。だが、これは想定内だ。
「……っ!今だ、アポロ!」
指示を出すと、アポロは氷呪文を唱える。そこで固まったところをテュケーが風呪文で追撃した。
獅子の形をした人達が消える。それを見て、冬木 昭人の額に青筋が入った。
「ちっ……これだから愚民は……!」
そう吐き捨て、ジョーカーに向き合う。
「ん?貴様、どこかで……」
「感動の再会ね?」
アテナが冷たく言い放つ。ジョーカーは仮面を外し、顔を見せた。
「その顔……そうか、生意気にも俺に逆らった成雲家の令嬢か」
「裁判まで起こしたのに、覚えてないとはな。とことん他人のことを何とも思っていないようだ」
クラウンがイラついたように告げた。
その時、乱入者が来た。
「やっぱり、怪盗団か……しかも、リーダー様まで生きてるおまけつき、か……」
「光助……」
そう、光助だ。彼なら、ここに来るだろうと予想はしていたのでジョーカーとクラウン、テュケーは特に驚かなかった。
「ふざけるなよ……これで父さんの計画は台無しだ」
「何を言っている?光助、よく考え直すんだ」
「――へぇ、思い出したんだ?オレの、本当の名前」
冷たい目でジョーカーを見た。ジョーカーは彼を見つめる。
(……目が虚ろだ。これは……洗脳か)
恐らく、逆らえないように引き取られてからずっと暴力を振るわれ続けたのだろう。洗脳のやり方の一つだ。それに、二千年前の記憶も既にあるのだろう、心が壊れかけている。
――助けてくれ。
その言葉を思い出す。そうだ、自分は今まで「姉」として彼に何もしてあげられなかった。ここで彼を救い出さなくて――何が「姉」だ。
「姉さんを苦しめる人間なんて死ねよ!死んで消えちまえよ!「この世界」ごとよぉ!」
光助は怪盗団に走ってきた。そして、ナイフを振り上げた。マルスとクラウンがアルターを召喚する直前――ジョーカーが前に飛び出した。
「れ――!」
テュケーが手を伸ばすが、もう遅かった。ジョーカーは光助を抱きしめていた。
床に血が滴り落ちる。光助は驚いて口の端から血が流れる姉を見た。
「ねえ、さん……?」
ナイフを抜くと、ジョーカーは崩れ落ちた。光助はしゃがみ込む。
「あ、オレ……」
自分が今までやってきた罪と、姉を殺したという実感が徐々に湧いてきた。光助はジョーカーを抱き上げた。
――「癒しの力」を使って改心させる場合、その「命」を代償にする。
キリストが十字架にかかった時もそうだったように、人間は何かを犠牲にしないと己の罪に気付かない。オタカラを盗む改心でさえあんなに苦労するのだ、代償なしに他人の改心など出来ないのだ。
光助の瞳から涙が流れ落ちる。それはジョーカーの頬に落ちていった。
ジョーカーは暗いところで目覚めた。
――あぁ、そうだ。オレは光助に刺されて、それで……。
改心、しただろうか?もしそうなら、いい。彼を救い出したのだから。満足そうに、目を閉じる。
『本当に、いいのですか?』
ミカエルの声が聞こえてきて、ジョーカーは目を開いた。
「え……?」
『あなたは、まだ死んではいけない存在……』
「……オレ、は……」
その時、映像が流れてきた。泣いている光助が見える。
「……光助」
『確かに彼は、罪多き者です。しかし、哀れな被害者でもあります。――まだ、あなたが必要なのではないですか?』
ジョーカーは俯き、考え込む。そして、
「……どうすればいい?」
光助を真に助け出すには、どうしたらいいのか。ミカエルは笑って、
『私が、力を貸してあげましょう――』
その言葉と共に目の前が光った――。
光助が泣いていると、ジョーカーの身体が光って周りに花が開いた。
「え……?」
呆然としていると、手が伸びてきた。そして、頬に触れられる。
ジョーカーは目を開いていた。頬に流れている涙を拭われる。
「光助、泣かないで……」
光助は状況を理解出来なかった。だって、彼女はたった今まで死んでいたハズで……。
ジョーカーは起き上がると種明かしをした。
「ミカエルの呪文だよ。「リナーシタ」っていう、復活呪文」
本来なら、死んでしまえばアルターは使えない。守り神だったからこそ出来た芸当だ。本当に、奇跡が起きたのだ。
「さて……」
ジョーカーが白い服にかわる。そして、光助を見つめた。
「ほら、行くよ。傲慢の悪魔に決着をつけよう」
そう言って、手を差し伸べた。光助――いや、クピドはその手を掴んで、頷いた。
「所詮は愚息か……なら、私が直々に相手しよう!」
そう言って、冬木 昭人の身体がムキムキになった。これが切り札だろう。しかし、怪盗団の敵ではない。
「ディアナ、弓で応戦しろ!テュケーとウェヌス、ヘルメスは回復を優先させてくれ!マルスとアポロは物理呪文で攻撃だ!アテナとクラウンとクピドは呪文で応戦するぞ!」
指示を出し、ジョーカーもミカエルの光呪文で応戦した。
冬木 昭人は拳を地面にたたきつけ、衝撃波を放つ。しかし、間一髪でジョーカーは空中を飛んでいた。
「とどめだ」
その言葉と同時に光呪文が放たれる。
冬木 昭人は地に足をつけた。
「こいつに言うことあるだろ」
マルスがジョーカーを指差して言った。冬木 昭人は「あぁ……」と頷く。
「悪かったよ、俺は確かに、お前に罪を擦り付けた」
「光助にも言うこと、あるよな?」
クラウンが追い打ちをかける。すると彼は、「もちろんだ」と頷いた。
「なぎと……いや、光助……今まで洗脳して悪かった……お前にも、罪を背負わせた……」
光助は目を見開き、そして伏せた。
「罪を告白しろ、いいな?」
ジョーカーが言うと、彼は「それもいいかもな……」と笑った。
「だが、あの方に勝てるかな?あの方は我々よりもずっと強い。「守り神」であるお前でも倒せるか分からないぞ?」
そう言ってフェイクが消えた後、上から落ちてきたのは羅針盤だった。それを持つと、デザイアが崩れ始める。
現実に戻ると、オタカラは議員バッチになっていた。人は権力を持つと変わってしまう。だから自制しないといけないのだ。
それをポケットに入れると、光助が蓮に倒れ込んだ。
「光助!?」
蓮は慌てて抱え込む。息はちゃんとしている。脈も……正常だ。疲れて気を失ってしまったのだろうか?
そのままにしているわけにもいかず、愛良が光助をおぶってくれた。蓮は頭から着ていた上着をかける。蓮もだが、光助も有名で目立つ。好奇の目にさらされたくはないだろうと思ったのだ。
ファートルに戻ると、店内は荒らされていた。藤森の姿もない。
「しょうへい!?」
りゅうが慌てて店内を見て回る。「出てこないと怒るぞ!」と泣きそうになりながら叫んだりもした。しかし、藤森は出てこない。……いや、恐らく警察に連行されたのだ。
りゅうが涙目になっていると、扉が開いた。
「あーあー、結構荒らされてんな」
「しょうへい!」
そこにいたのは藤森だった。りゅうは彼に駆け寄る。
「何があったんですか?」
「急に警察の連中が来たかと思えば目隠しされてよ……だが、急に慌てだしたからなんかあったんだろ。すぐ解放されたぜ。……お前達のおかげなんだろ?」
その質問には笑うだけで答えた。
「それで?その坊主は?」
藤森は光助を見て、聞いてきた。
「ちょっと気を失っていて……さすがにボクが匿おうかなって」
「……弟、だよな?まぁ、それなら大丈夫か……」
何がだろうか?蓮は疑問符を浮かべたが、許可は得られたようなので気にしないことにした。
「兄さん、光助を見てて。ボクは片付けをやるから」
服も適当に着替えさせていて、と義明に言って皆で片付けを始めた。
「ったく……いつか損害賠償請求してやる」
藤森は本気でそんなことを言った。確かに、この荒らされようは請求してもいいと思う。
(……まぁ、ボク達のせいなんだけど)
それに気付いているのだろうか?……気付いていたとしても、「お前のせいじゃない」と言ってくれそうだ。それに胸が温かくなる。同時に気合を入れなおした。
――今度は、悪神との戦いだ。
悪神は誰なのか、そこから見つけないといけない。だが、今はこの幸せに包まれていてもいいだろうと思うことにした。
片付けが終わった後、蓮は光助を見ていた。
「……大丈夫かな……」
心配そうなその声に愛良は肩を叩く。
「……今は、待つしかない。大丈夫だ、ちゃんと改心しているハズ」
「そうだよ。俺も心配だけど……蓮も光助も無事でよかった」
蓮が死んだ時はどうなるかと思ったんだよ、と義明は苦笑いを浮かべた。蓮も同じような顔をする。
「ごめん……光助をどうしても救い出したかったから」
「君らしい。でも、あまり無茶はしてほしくないかな」
蓮は光助の髪をすいた。彼が目覚める気配はない。
――とりあえず、悪神からこいつを救い出せたな。
「破滅の協力者」……本当にそうだったのだろうかと蓮は思う。だって彼は、「レンカ」が自分を受け入れなかった人々のために死んだことが許せなくてこの世界を恨んだのだ。それに、養父に虐待されていて心が壊れかけていた……考えれば、こうなってしまうのは当たり前のことではないだろうか。
「本当に、奇跡だったな……ミカエルが救ってくれたんだろ?」
「よく分かったね」
思えば、ミカエルを覚醒させてなければ光助を助け出すことが出来なかったのではないか。もしもの話にゾッとする。
「救い出せてよかった……」
蓮のその瞳は愛おしいものを見るような、そんな優しさを含んでいた。
やはり、あいつも駄目だったか。
「悪神」は思考にふける。
「コウノスケ・ピースガーディアン」も改心されてしまった。もはや使い物にならないだろう。今まで「レンカ・ピースガーディアン」に敵う奴はいなかった。やはり、所詮は「人間」だ。操るだけ無駄だったということだろう。
怠惰に堕ちた悪神はただ、少女を恋焦がれる。それと同時に憎しみも増していた。
なぜ俺ではないのだ。
なぜ他の人の前では笑顔でいるのだ。
いくら暴力を振るっても、少女は己の正義を見失わなかった。それどころか、他人を救っていく。それがますます男の嫉妬を煽った。
あいつだけは、俺のこの手で殺してやる……!
その怒りが、嫉妬が、男の心の中で燃え上がった。




