十四章 気付かれる計画と起死回生の作戦 前編
七月二日、勉強会を開いた後もみじが蓮とヨッシー以外をアジトに集めた。
「どうした?」
蓮とヨッシーがいないということは怪盗団の話ではないということ。一体どうしたのだろうと裕斗が聞くと、
「あの、蓮が悪い人じゃないって言うのは分かっているつもりなんだけど……彼女、闇を抱えてない?」
もみじの言葉に皆が黙り込んだ。なぜそんなことを思ったのだろうか?
「あのね、時々彼女、暗い目をしてるの。それが一度だけだったら気のせいですませられたんだけど……」
「そうか?別に普通じゃね?」
学校内の境遇を考えたら、むしろ悩みを抱えるなということは出来ないと思うが。
「それだけじゃないの。彼女……自分のこと、どうでもいいって思ってるんじゃないかしら?」
「それは前から思ってたぜ」
近いところで思い出されるのは、あのストーカー事件。気付いていたのに、何も相談しなかったとヨッシーが言っていた。
「彼女、一人でエネミーに特攻する癖、あるでしょ?あれって……死に急いでるんじゃないかって思うの。私の主観なんだけど……」
もみじの言葉に妙に合点がいった。
「あいつ、何考えてるか分かんねぇもんな……」
「明日ね、凛条高校にカウンセリングの先生が来るの。それは、私から勧めておくわ」
「そうだね、なんか、その方がいいかも……」
蓮が心配になってきた。出来るならその闇を見せてほしい……そう思うが、彼女の性格上そう簡単に見せるとは思えない。それなら、こちらが勝手に気遣うまでだ。そんな、四人の意見が一致した。
夜、外に出ようとするとチャットが入った。もみじからだ。
『蓮、今時間ある?』
『どうした?もみじ』
『明日、カウンセリングの先生が来るの。それ、受けてみないかしら?』
『カウンセリングか……。まぁ、どうせ先生に言われるだろうし構わないよ』
『よかった。……あの、何かあったら私達に相談してもいいのよ?』
『大丈夫だ、ごめん、気遣わせて』
『いいのよ、私の方が先輩だし』
『怪盗団の中では、ボクがリーダーだ』
『そうだけど……』
『連絡、ありがとう。カウンセリングはちゃんと受けるから大丈夫だよ』
『分かったわ。話はそれだけ』
チャットを閉じると、蓮は外に出る。ストーカー男につけられた傷は治りつつある。左目も日常生活に支障がない程度に治ったし、包帯はまだ解けないが幻想世界で活動するには十分回復した。あと数ミリで左目が失明していたと言われた時、目を潰されてなくてよかったと安堵したものだ。
それにしても、開原が来るのは明日だったか。すっかり忘れていた。
「……まぁ、ボクが狂ってるのは今更だけど」
もはやカウンセリングどころじゃない、病院で治療を考える域だろう。いまだに自傷行為も残っているし、もしかしたら「繰り返している」というのも、頭がおかしくなってしまったがゆえに思っているだけかもしれない。
『本当に狂ってる奴は自分のことをそんな風に思わないだろう』
「……どうだろうね。本当はもう、この世界は壊れているのかもしれない。ボクが認識出来ていないだけで」
そう思う程、蓮の心は既にボロボロだ。『ジョーカー』のおかげで前のようにデザイアが出来ていないだけで。
『……アザーワールドリィ、行くのか?』
「そうだね、最近行ってなかったし、傷もある程度治っているからな」
何のために外に出たと思ったのだ。ナビを開き、アザーワールドリィでエネミー達を倒していく。
それなりに戦って、傷が開いたら大変だからと現実に戻る。ファートルに戻ると、やはりヨッシーがいなかった。
「あいつもどこに出かけてるんだろうな……」
元は人間だろうとはいえ、今はネコの姿。何かあったら大変だ。探しに行こうか悩んだ時、ヨッシーが戻ってきた。
「レン、戻って来てたんだな」
「散歩か?」
蓮が尋ねると「あぁ、最近眠れなくてな」と言って膝に飛び乗った。
「……お前の体温、温かいな」
「それはお前の方だよ、温かくて気持ちいい。もふもふだし」
包帯を巻いている手首を見せないように気をつけながら撫でる。しかし、不意にヨッシーが袖口を器用に捲った。
「あ、こら、ヨッシー……!」
「この怪我、ストーカー事件のやつじゃないよな?なんだ、それ」
……この世界のヨッシーは普段より頭がまわるようだ。元々頭がいいなとは思っていたが。
「……気にするな、異世界でついた傷だ」
しかし、素直に認めるわけにもいかない。適当に誤魔化すが、
「嘘つけ、異世界での傷は全部治してから戻ってきてるだろ」
ヨッシーが論破してくる。さて、どう誤魔化そうかと考えていると包帯の上からなめだした。
「いっ……!」
「それに、これ新しい傷だろ?……ワガハイ、知ってるんだぜ?」
そういえばそうだった。ヨッシーは蓮の自傷行為に気付いているんだった。
「……いつから知ってた?」
「五月あたりからだ。……頼むから、あまりリストカットするな。見ていて痛々しい」
癒すように、手を当てられる。そこから痛みが引いていくようだった。
――さすが、癒しの呪文を持っている可愛い自分のネコだ。
ヨッシーを抱き上げると、そのままベッドに転がった。
「うわっ!あぶねぇだろ!」
「お前を潰すような真似はしないよ」
「それは信じてるけどよ……」
うー、とヨッシーがうなる。それがまた可愛くて、つい抱きしめる力を強めてしまう。
「いてぇよ!レン、力入れすぎだ!」
「あ、ごめん」
元々ではあるが、蓮は細い見た目に反してかなりの力がある。少し力を入れただけでもネコの姿では苦しいだろう。緩めると、ヨッシーが蓮の腕から抜け出した。そして、胸に陣とる。
「ワガハイ、お前の役に立てているか……?」
心配そうに聞いてくるその瞳に蓮は思わず吹き出してしまった。
「な、なんで笑うんだよ!?」
「だって、当たり前のこと聞いてくるから……」
蓮は頭を撫でながら慈母神のような笑みを浮かべる。
「当然だろ?お前は前から、ボクの支えだったよ」
その言葉の重みを、ヨッシーはこの時に理解することが出来なかった。
次の日、開原が学校に来た。放課後、風花が先にカウンセリングに行き、その間にヨッシーとくだらない話をする。風花が戻ってきたので蓮はヨッシーをカバンに入れて保健室に向かった。
保健室では開原が座っていた。
「成雲さん、その左目の傷はどうしたの?」
「あぁ、実はついこの間いろいろあって……気にしないでください」
やはり、彼にはいろいろと話してしまいたくなる。しかし、差し支えのない程度にとどめておく。
彼と取引をして、その日はファートルに帰った。藤森に「身体の調子はどうだ?」と聞かれ、蓮は「大丈夫です」と答えた。
「それじゃあ、そろそろストーカー事件のことについて教えてもらってもいいか?」
今までそれを聞いてこなかったのは彼なりの気遣いだったのだろう。別に構わないと頷く。その時、カランカランと扉の開く音が聞こえてきた。見ると、そこに立っていたのは冬木だった。
「……どうした?冬木」
「いや、キミにあの事件のことをもう少し詳細に聞こうと思ってね。そろそろ精神的に落ち着いている頃かなって」
「丁度よかったな、藤森さんにも話すところだった」
藤森が人数分のコーヒーを淹れ、座った。ヨッシーが入ったカバンは蓮の隣に置いている。蓮は少しずつ詳しい話をしていった。
「……なるほどね。数日前からつけられていたと」
「あぁ。でも他の人に手を出さないとも限らなかった。だから様子見で泳がせておいたんだ。だけどそれが裏目に出て、あの日の夜、バイト帰りに襲われた」
「殴られたり刺されたりしてたけど、それ以外には何かあった?その……性的なこととか」
「されそうになったが、腹に回し蹴りをお見舞いしてやった。安心しろ」
「……キミ、見かけによらず気が強いよね。まぁ、やりすぎだけどそれは正当防衛に当たるから罪には問われないけど。じゃあ、外傷以外は何もされていないと」
「そういうことになる。……それから、他にも被害者がいないか探してみてくれ。あの男の発言的に、被害者は多そうだ」
「分かった。そこも視野に入れて捜査してみるよ。協力ありがとう、また何かあったら報告しに来るから」
冬木は荷物をまとめてコーヒーを飲んだ後、代金を払って店から出た。藤森は蓮の首筋から視線を外さない。
「……どうしたんですか?」
心配になって聞くと、彼は「その……痛かっただろ、その怪我……」と気まずそうに言ってきた。
「あぁ、別に慣れていますし、あの時はどうやって対処しようか悩んでいたので痛みを感じなかったというか……」
そう言うと、藤森は心配そうな表情を浮かべる。
「あのな、お前に言うのは少し酷だが……少しは大人を頼れ。それが出来ないのなら友達でもいい、一時は誰か信頼出来る奴と一緒に過ごすようにした方がいい」
「……善処します」
「それ、改善しない奴だろ……」
ため息をつき、藤森は「他にも聞きたいことがたくさんあるんだが……」と言ってきた。
「何ですか?今なら話せますけど」
「その……前歴の真実を教えてくれ。俺はどうしても、お前が理由もなく傷害事件を起こしたとは思えないんだ」
その言葉に手に持ったカップを落としそうになった。彼がそれを聞いてくるのは、もう少し後だったからだ。
――今回は「イレギュラー」が多いな……。
いずれ話すことになるので別に構わないのだが。そう思ってぬるくなったコーヒーを一口飲んだ後、話し出した。
話し終えると、藤森が「やっぱり、そうか……」と呟いた。そして、蓮の頭を撫でる。
「大丈夫だ、俺はお前の味方だ。悪かった、邪険に扱ってしまって」
その言葉に胸が熱くなる。やはり、彼は優しい。嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちをすっかり冷たくなったコーヒーで流し込む。
「それじゃあ、俺は帰るからな」
片付け、やっといてくれと頼んだ後、藤森は帰っていった。蓮は言われた通り片付けをし、時間を見るともう九時過ぎ。幻想世界に行くのは諦め、二階に上がり温泉に向かう。
戻ってくると、ヨッシーは既に寝ていた。蓮は裕斗に向けての遺書を書き出す。
『大丈夫か?』
「うん。前みたいにパニックは起こさないよ、多分」
『ジョーカー』と話しながら、日がまたぐまでには書き終えた。それを引き出しに入れ、ベッドに横になる。目を閉じると、眠気が襲ってきた。
あなたは、あの子とは違って、私が選んだ従者。私の、愛する人。
これは、誰の声だろうか?女性の声、というのは分かるが……。
共に行こう。お前となら、どこまでも。
今度は男性の声だ。知らないハズなのに……。
――どこかで聞いたことのある声。聞き覚えのある会話だ。
他にも何か話していたが、よく覚えていない。ただ、この二人は愛し合う仲なのだということだけは分かった。
七月九日、打ち上げに花火を見に行った。いつも通り、女性らしい服装だ。しかし、いつも通り雨が降り始める。コンビニで雨宿りしているとファンが押し寄せてきたので逃げた。
そして十二日、アヌビスから挑戦状が届いた。蓮は罠だということを知っているが、あえて騙されたふりをする。
――さて、ここからどうしようか。
ハッキングの知識は既にある。ここで蓮が撃退して黒幕の計画を狂わせても構わないのだが……。
――りゅうを救い出さないといけないよな……。
弟分の彼は黒幕達のせいで墓場の中に閉じ籠ってしまった。そこから救い出すのも、怪盗団の……いや、姉の役目だろう。白い男や例のあの男も、まさかりゅうにデザイアがあるとは思っていないだろうし。いろいろ考えながら、学校に登校した。
島田に(既に知っているが)アヌビスの情報を集めてもらい、終業式の日に情報をもらうということで話はまとまった。
土曜日、藤森がりゅうと会ってほしいと言ってきたので藤森の家に向かう。そして、りゅうと話をしたり一緒に食事をしたりして過ごした。
月曜日、再びりゅうに呼ばれ、向かうと取引を持ち込まれた。断る理由もないので蓮は頷く。次の日、皆を集めてそのことを伝えるとそれしかないと全会一致し、次のターゲットはりゅうになった。
終業式の日、島田に情報をもらった蓮は日頃の感謝も込めて食事に誘った。
「え?いいの?」
「構わない、いつも世話になってるからな」
これも取引の一環だと思えと告げると、彼は顔を赤くしながら「で、でも……」とどこか躊躇っていた。
「いつも、あのサイトに直接書き込めず直接連絡が来る依頼をボクに教えているだろ?そう言った礼も兼ねてだ。まぁ、迷惑だったら無理強いはしないが」
「ぜ、全然、迷惑なんかじゃないよ!むしろ嬉しい!」
今度は慌て始める。どうしたのだろうか?
しかし、最終的には一緒に食事をするということで話はまとまり、ファミレスに向かった。ヨッシーは風花に連れて行かれたので渋谷の犬の像の前で待ち合わせしようと言っている。
「どう?怪盗の仕事は」
注文した料理を待っている間、島田が話を切り出した。もうバレているからと彼には話したのだ。
「別に、普通だよ。今度のターゲットが機械関係に詳しくて、アヌビスを撃退できるかもということぐらいかな?」
「知り合い?」
「まだ知り合いって言うほどでもないかな?今回は取引で改心を自ら頼んできたんだ。明日、実際に行ってみる予定」
蓮にとっては行く必要はないのだが。それは喉の奥にしまっておく。
料理が来たのでそれを食べながら、怪盗団のことを話した。
「やっぱり、ぼくも怪盗に憧れるなぁ」
「結構大変だぞ?身体、鍛えないといけないし」
「元々バレー部だから、それなりに鍛えられてるよ」
「敵をぼっこぼこにしないといけない。基本、人の形はしていないが、覚悟はあるか?」
「それは……少し抵抗があるかな?」
「なら、無理だな。怪盗はオタカラを盗むだけじゃないからな」
「ははっ、やっぱり君はすごいや」
そうやって話しながらふと時間を見ると、ヨッシーとの待ち合わせの時間だった。
「あぁ、悪い。もう時間だ」
「あ、そうなの?」
島田の分まで払ったので彼は「お金くらい出すよ」と言ってきたが、「これはお礼だから」と伝えると分かったと渋々とだが頷いた。
「それじゃあ」
島田と別れ、犬の像の前でヨッシーを待つ。
しばらくすると、視線を感じた。そちらを見ると、男の人が蓮の方をじっと見つめていた。
「悪い!遅くなった!」
丁度いいタイミングでヨッシーが来た。ヨッシーを抱き上げ、愛おしそうな顔をしているとカシャと小さな音が聞こえた。
「なんだ?」
ヨッシーも聞こえたらしい。キョロキョロとあたりを見渡した。
「……ヨッシー、走るぞ」
「どうした?レン」
「事情は後で話す」
幸い、ファートルまでは遠いが歩いて行ける距離だ。今電車に乗ったら恐らくつけられるだろう。それなら走って撒いた方がいいと判断したのだ。
ヨッシーを降ろし、走り出す。チラッと後ろを向くと、男が追ってきていることが分かった。
わざと路地を曲がったり店の中に入ったりして、何とか撒いた。
「はぁ……面倒だな……」
「どうしたんだよ?急によ」
ヨッシーが足元から聞いてくる。「あぁ、実は……」と先程の男のことを話した。
「またストーカーかよ?お前も災難だな……」
「全くだ、今までこんなことなかったのにな」
「今まで?」
ふとこぼした発言にヨッシーが食いつく。しまった、と気の緩みを恨む。さすがに、ファンに家まで押しかけられた……とかいう言い訳は出来ないだろう。どう誤魔化すが思考するが、
「……まぁ、何もねぇならいいけどよ」
意外にも、彼は問い詰めてこなかった。その代わり、「でも、皆には相談しようぜ」とだけ言ってきたのだ。前のことがあるし、蓮もそうするつもりだったが……。
「まぁ、明日でいいだろう」
「お前な……自分のことに関しては本当に無頓着だな」
そう言われるが、別に明日集まる予定だったから構わないだろう。そう思ってファートルに戻る。
「おかえり。蓮、遅かったな」
「ただいま。すみません。友達と食事に行って来たら遅くなってしまって……」
ストーカーのことは伏せておく。藤森にあまり心配をかけたくない。
「そうか。そういや、夏休みか。何か予定があるのか?」
「まぁ、多少は……」
多少、と言ったのはデザイア攻略以外にほとんど予定が入っていないからだ。
――たまには、誰かと遊ぶのもいいかもな……。
協力者達はある程度仲が良くなっている。長谷にも前歴の真実は話しているし、後は依頼を聞き、それをやることと九月に智樹と出会うことだ。十月……咲中が廃人化してしまう前に終わらせることが出来るだろう。ファートルは時々手伝ってくれたらいいと言われているし、根を詰めすぎても駄目だろう。
とはいえ、やるべきことをやってからだ。二階に上がり、シャワーを浴びた後夏休みの課題を取り出す。そして、残り少なくなっているそれを全て終わらせる。
「よし、これで心置きなくデザイア攻略が出来るわけだ」
伸びをしながら時計を見る。もう十二時過ぎだ。明日の予定もあるからとベッドに転がった。
「明日、デザイアに行くのか?」
「あぁ。だから早く寝ないとな」
おやすみ、とヨッシーに言って目を閉じた。
目を開くと、『ジョーカー』がいた。起き上がると、彼はナイフをクルクルと器用にまわしていた。
「そういえば、最近お前と鍛錬してないな」
蓮もナイフを持ち、『ジョーカー』に向き合う。
鍛錬が始まった。蓮も、最初の頃よりはだいぶ鍛えられたと思う。息を切らしながら、相手に立ち向かっていく。
やがて鍛錬が終わると、『ジョーカー』が近付いてきた。そして、頭を撫でる。
「すごいな、かなり成長している」
彼の誉め言葉が嬉しくてつい頬をほころばせてしまう。
「ほら、疲れただろ?それに、もうお目覚めの時間だ」
『ジョーカー』は蓮を抱き上げ、ベッドに寝かせる。そして、キスを落とす。
「愛してるよ、蓮。昔からずっと、お前しか見えていないんだ」
熱烈な愛情だな、と蓮は思う。自分にも、それほどの愛情があるのだろうか?
でも、不思議と悪い気は起きなかった。蓮も同じ思いだったからだ。
「おやすみ、蓮」
その言葉と共に、蓮は目を閉じた。
朝、スマホを見ると母親からチャットが来ていた。
『蓮、夏休みに入ったみたいね。何も悪いことはしていないわよね?定期連絡ぐらいはしてくれないかしら?冤罪でも、今のあなたは「犯罪者」のレッテルをはられているんだから』
「……………………」
顔が曇る。朝から不愉快な気分だ。とりあえず返信は後からにしようと下に降りる。
「起きてきたか。昼から友達が来るんだよな?悪いが、午前中手伝ってくれるか?」
「大丈夫ですよ」
そう言われたので朝食を摂った後、藤森の手伝いをする。昼過ぎ、エプロンをとっていると皆が来た。りゅうがなんて思っているか分からないと藤森の家に行き、キーワードを見つける。そして、デザイアに入った。
罠から逃げ、攻略は今度にしようという話になった。
「なぁ、この後予定あるか?」
まだ時間もあるし、遊ぼうかと蓮が尋ねると、
「わりぃ、この後お袋の手伝いなんだ」
「あたし、モデルの仕事があるから」
「俺も、絵の課題をやらないといけない」
「私も、課題をやらないと」
皆、蓮の誘いを断った。
「……そうか」
それなら仕方ないと蓮は諦める。
「ごめん、また今度遊ぼう」
風花の言葉を最後に、全員が帰っていった。
「あーあ、振られちゃったな。協力者のところ、行くか?」
ヨッシーが聞くと、少し考えた後に、
「……いや、やっぱり疲れちゃった。もう帰ろう」
蓮はそう言ってファートルに戻った。そして、二階に上がるとスマホをいじりだす。
「レン、どうした?」
「何でもないよ、ヨッシー」
ヨッシーの質問にも、彼の方を見向きもせず答える。おかしい、とヨッシーは思ったが、この時は本当に疲れただけだろうとさして気にも留めなかった。
しかし、すぐにそれが気のせいじゃないことに気付いた。薬や武器を調達し、デザイア攻略を一日で終えて決行を八月九日に決めると蓮が再び遊びに誘うが、皆に断られた。
「また振られたな。どこか行くか?」
とヨッシーが言うが、
「いや……疲れた。帰ろうか」
そう言ってやはり協力者達と会わず、ファートルに戻るのだ。しかも、帰るとベッドに転がってスマホをいじりだす。
それだけだったらまだよかった。だが、蓮は日に日に食欲がなくなり、顔色も悪くなっていった。それに、作り笑いしかしなくなったのだ。もうずっと、無理して笑っている。
蓮もおかしいが、他の人達もおかしい。なぜか付き合いが悪いし、蓮を避けるようになっていった。アザーワールドリィに入ろうと言うと、忙しいからと断る。遊ばないかと誘うと、用事が入っていると言う。
ある日、さすがにカッとなって、
「なんだよ、お前ら!最近つき合い悪いぞ!レンはな……!」
と文句を言おうとしたが、
「ヨッシー、いいんだ。皆だっていろいろあって忙しいんだろうし、仕方ないよ。ボク達はあくまで学生だからね」
蓮に止められた。そして、作り笑いをして、
「それじゃあ、また今度」
そう言って別れたのだ。
夜、よりはっきり分かる異変が現れた。寝ようとすると、珍しく先に寝ていた蓮の目から涙が流れたのだ。蓮はヨッシーの食事を準備しただけで何も食べていなかった。思えば、数日前から食べていなかった気がする。
――あぁ、レンは寂しいんだ。
いつも忙しく働いている彼女が何を求めているか、ようやく分かった。彼女は「愛してほしい」のだ。いや、愛してほしいというより「認めてほしい」。それが無意識の内に表に出ている。
でも、この姿では彼女の望むことが出来ない。抱きしめて安心させてやることも出来ないのだ。
――こんな時、人間の姿だったら……。
守ってやりたい。蓮が道を完全に踏み外してしまう前に。
次の日、渋谷で歩いているとチャットが送られてきた。誰だろうとヨッシーが覗き込もうとするが、見えないようにされ、
「……今日はもう帰ろう。なんか、疲れちゃった」
まだ昼間だというのに蓮はそう言ってきた。最近は夜に出歩いていないのに、疲れたというのは明らかに異常だ。
そうして帰ろうとすると、良希が蓮のところに来た。
「蓮!今時間あるか?」
「あ、えっと……ごめん。もう、疲れちゃって。ファートルに帰るところ……」
蓮は目を伏せる。今は誰とも関わりたくないという雰囲気だ。いつも傍にいるヨッシーには分かるのだが。
「まだ昼だぜ?何やったんだよ?」
そんなことに気付いていないのか、良希は首を傾げた。蓮はいつもの作り笑いを浮かべ、
「ヨッシー、お前だけでも行って来たらどうだ?夕方に駅前まで迎え、来るから」
最近、あまり遊んでないだろ?とカバンを良希に渡した。
「じゃ、また後で……」
蓮は立ち去っていった。それを見送った後、ヨッシーはキッと良希を睨みつけた。
「……お前ら、どういうつもりだよ?」
「何が?」
「とぼけんじゃねぇ!最近、レンを避けてるだろ!」
蓮に怒るなと止められていたが、やはり見ていていいものじゃない。蓮は「気にするな」と笑うだろうが……。
「あ、えっと……それは……」
「ずっと「疲れた」って言って何も食わず、シャワーだけ浴びてベッドでスマホをいじっているんだよ、あいつ!お前らのために時間作ってんのに、何なんだよ!」
「……わりぃ」
バツが悪そうに良希は謝る。それは自分にではなく、蓮にやってほしいものだ。
良希はヨッシーをファミレスまで連れてきた。そこには既に三人の姿があった。
「……何やってんだよ、お前ら」
ヨッシーが不機嫌そうに尋ねる。風花は「ちょっとね」と笑った。
「蓮にサプライズをしようかと思っていたんだ」
「サプライズ?」
「最近、避けてたのは気付かれないようにするためなの。ほら、蓮って勘がいいでしょ?」
まぁ、確かに(恋愛ごとに関してはともかく)蓮は勘が鋭い方だ。
「それで、なんでサプライズなんだよ?」
「ヨッシーは気付いているかもしれないけど、彼女、暗い目をする時があるの。だから少しでも楽しませたくて」
「……でも、今の状況じゃ逆効果だぞ」
もみじの言葉にヨッシーは答える。それに全員がキョトンとした。
「気付いていないのか?あいつ、最近は作り笑いしかしていないぞ」
「え……?」
「ずっと無理して笑ってるんだ。これ以上はやめた方がいい。蓮が壊れる」
ヨッシーの言葉に全員が黙り込み、そのサプライズとやらは急遽明日やることが決定した。
五時過ぎ、良希がヨッシーを持って駅前で待っているが、蓮が来ない。珍しいと思ったが、七時になっても来なかったのでしびれを切らした良希がファートルまで向かった。
「お、坊主か、こんな時間にどうした?」
「ネコを帰しに……蓮が来なくて」
「蓮なら二階にいるぞ」
藤森がそう言ったので彼は二階に行く。
「おーい、レンレ……」
二階を覗くと、蓮が倒れていた。それを見て、ヨッシーがカバンから飛び出す。
「おい!レン、大丈夫か!?」
「う、うーん……ヨッシー……?」
蓮が気だるげに顔をあげる。顔色が悪い。
「えっと……確かお前を迎えに行こうとして……目の前がまわって……」
「とりあえず、ベッドで寝てろ。今、医者呼んでくる」
良希が蓮を支えながらベッドに寝かしつけ、敷井を呼びに行った。下で藤森と何か話しているのが分かった。静かになると、階段をのぼってくる足音が聞こえてきた。
「蓮、大丈夫か?」
「すみません……迷惑、かけて……」
藤森が蓮の傍に寄ると、額に触れた。
「熱は……ないみたいだな。だが、顔色が悪いぞ。飯は食っているのか?」
「いえ……食欲がなくて……」
嘘をつくとヨッシーが騒ぎ立てるだろうと思い、正直に答える。その時、敷井が二階に上がってきた。
「成雲さん、ちょっといいかしら?」
藤森が離れると、かわりに敷井が傍に来た。そして、
「貧血ね。食欲がないのかもしれないけど、ちょっとでもいいから食べなさい。それから、無理はしないようにね」
お大事に、と敷井は帰っていく。藤森は「おにぎりでも作ってくる」と下に降りた。そこに残されたのは蓮と良希とヨッシー。
「あ、あのよ……」
「ヨッシー、連れて来てくれてありがとう。もう遅いから早く帰った方がいい」
優しく言っているが、なぜかこれ以上関わらないでくれと言われているようだった。
「蓮、明日、皆で見舞いに来るからよ……」
「来ないでいい。水曜日には決行なんだ、余計な体力は使うな」
その言葉に良希はイラッと来た。
「余計な体力って……仲間なんだから心配するのは当たり前だろ!?」
「ボクと関わっている時点で余計な体力を使ってる。その気力があるなら怪盗団にまわせ」
冷たく突き放つ彼女に「あぁそうかよ!心配して損したぜ!」と怒鳴って良希は下に降りて行った。
良希とすれ違いに藤森が、おにぎりが四つ乗った皿を持ってきた。
「おい、何があったんだ?」
「ただの喧嘩です。すみません、いつもはいい奴なんです、あいつも」
飄々としている彼女を不思議に思いながら彼は皿を渡す。それを受け取り、おにぎりを一つだけ食べる。
「後はどうする?」
「……明日食べます」
「分かった。夜、腹が減ったら温めて食っても構わないからな」
そう言って藤森は皿を持って下に降りた。それを見届けると、蓮は立ち上がりヨッシーの食事を準備する。
「……よかったのか?」
その途中、ヨッシーが問いかけてきた。蓮は動きを止めて、
「……事実だから。ボクと関わってると、ロクなことにならない」
それだけ呟くと、再び動き出す。せっかくいい方向に進んでいったと思ったのに、また逆戻りだ。
「……もう、寝る」
食べ終わった皿は置いておいていいから、と言って蓮はベッドに転がると、目を閉じた。ヨッシーは呆然としながら、しかし食べないと心配をかけてしまうと食べ始める。おいしいもののハズなのに、なぜか味がしなかった。
蓮は『ジョーカー』と向き合っていた。
「蓮、どうしたんだ?あんなこと言って」
『ジョーカー』が聞くと、蓮は彼の胸に顔を埋めて涙を流した。
「……やっちゃった……」
あんなこと、言いたかった訳じゃないのに。確かに、自分も怒っていたけれどあれは最低だ。
「蓮、大丈夫。謝ればいい」
「だけど、酷いこと言っちゃった……見捨てられて当然だよ……」
良希は善意で言ったのだ。避けていたのも、何か理由があるに違いないのに。
『ジョーカー』は落ち着かせるように蓮の背中を撫でた。
家に戻った良希は冷静になった頭で先程のことを思い出す。
――やべぇ……。
蓮が怒っても当たり前のことをしていたのに、怒鳴ってしまった。彼は怪盗団のチャットとは別にチャットのグループを作り、蓮以外を招待する。
『どうしたんだ?良希』
『なんで新しいグループチャットを作ってるの?』
『あの後、蓮は来たの?』
『やべぇ……やっちまった……マジどうしよ……』
『本当にどうしたの?』
『蓮に怒鳴っちまった……』
『ちょっと待って。状況が読み込めないんだけど』
『その……あの後な、蓮がいつまで経っても駅前に来なかったからファートルに行ったんよ。そしたら、二階で蓮が倒れてて……貧血らしいんだけどよ……明日見舞いに行くって言ったら来なくていいって言われたからイラッてきちまって……喧嘩しちまった……』
『蓮が貧血で倒れてたの?その状態で喧嘩って……』
『あいつ、自分に関わっている時点で余計な体力使ってるとか言ってきたんだ。それで思わず……』
『やはり、前歴のこと気にしてるのだろうか……』
『とにかく、謝らないと』
『でも、さすがに気まずいだろ……』
『それで仲たがいしたままは嫌でしょう。気まずくても謝った方がいいわ』
『それはそうだけどよ……あいつはダチだし、このまま放っておくわけにはいかねぇけど……』
『私達も一緒に行くから。一緒に謝りましょう』
『……分かったぜ。腹くくる』
『なら、明日の朝渋谷駅に集合だな』
『おう……』
『了解』
『分かったわ』
チャットを終えると良希はベッドに飛び込んだ。
――蓮には悪いことしたな……。
無理して笑っているのだとヨッシーに言われた言葉を思い出す。確かに、いつもとは違う笑い方だった気がする。いつからだ?考えても、思い出せない。
「……ちゃんと見てればよかったな……」
後悔しても、もう遅かった。
次の日、渋谷駅で待ち合わせし、ファートルに向かった。
「お前ら、来たのか。早かったな」
藤森が四人を見て驚いたような顔をする。いつもより早い時間に来たからビックリしたのだろう。
「あの、蓮は?」
風花が聞くと、「珍しくネコもまだ下りて来てねぇんだ。心配なら二階に行けばいい。俺も、準備があっていけないからな」と言われたので二階に上がる。
――そこには、手首が血まみれの蓮がいた。ヨッシーが傍で泣いている。
「きゃあぁあ!」
もみじが悲鳴をあげた。その悲鳴を聞きつけて、藤森が来た。
「おい!どうした!?…………っ!」
藤森も蓮の状態を見て、息を飲んだ。
「……だ、れ……?」
まだかろうじて意識があるようだ。掠れた声で蓮が聞いてくる。
「俺だ!良希だ!」
良希が傍に寄ると、蓮は虚ろな瞳で彼を見た。
「……見舞い、来るなって言っただろ……?」
そして、そう告げる。そこに感情はこもっていなかった。
「と、とにかく病院……!近くに医者がいたわよね!?」
パニック状態のもみじが下に降りようとするが、裕斗がそれを止めて「俺が行く」とかわりに敷井のところへ向かった。
必要な道具を持ってきた敷井は蓮を見て、「あぁ……とうとうやっちゃったのね……」と大して驚くこともなく首筋で脈を測った。
「……脈は今のところ正常。呼吸は……少し乱れてるわね。目も焦点が合ってない。少し危険な状態ね」
とりあえずベッドに寝かせて、と言われたので裕斗が蓮を抱え、寝かせる。
「あぁ……裕斗もいたんだ……」
大して興味もなさげに呟く。せっかく、死んでやり直せると思ったのに。
「成雲さん、聞こえる?」
敷井の質問に小さく頷く。
「いい?手当はするけど何かあったら連絡して。ご飯は食べられる?」
「……分からない……」
「じゃあ、今日は点滴しましょう。それで食べられそうなら食べて。今日はゆっくりしなさい。いいわね」
「……はい……」
敷井が傷の手当てをし、点滴をつける。
「点滴が終わったら連絡してちょうだい」
敷井は仕事があるらしく、一度診療所に戻った。藤森も「悪いが、看ててやってくれ」と言って下に降りた。
「……朝、起きたら血まみれだったから驚いたぞ……」
蓮の胸に乗ったヨッシーが涙声でそう呟くと、無言のまま点滴針のついていない方の手で撫でた。いつもは微笑ましい光景なのに、今は無表情のせいか、なぜが冷たく感じる。
「あ、あのよ、蓮……」
「……寝る」
良希が謝ろうとするが、蓮はそのまま目を閉じた。感情のない、寝顔だった。
ここまで分かりやすく病んでいる蓮は見たことがなかった。現実ではおとなしい学生、異世界では頼れる怪盗団のリーダー。そんなイメージが強かったからここまで酷く病んでいるとは思わなかったのだ。
「……こいつ、最近疲れたとか言ってすぐ帰ってたんだ。最初は本当に疲れてるだけだと思ってたんだが……お前らに会えないと分かったらすぐにそう言って帰って、ワガハイには目もくれずスマホばっかいじってた。もう限界だったんだろ、精神的にも」
それに、と言葉を続ける。
「誰かからチャットが来たかと思えば、それをワガハイにも見せないで急に不機嫌になるんだ。傍目からは変わってないように見えるが、ワガハイには分かる。正直、何なのか心配だぜ……」
誰かから脅されているのか、それとも関わりたくない人からか、それは判断出来ないけれど、とにかく何かあることは確かだ。しかも、丁度同じ時に皆が避け始めたものだからため込んでいたものが爆発してしまったのだろう。
「……でも、ワガハイも悪いよな。ずっと傍にいるのに、今日になるまでここまで追い詰められてることに気付かなかった」
後悔しているような、そんな声に全員黙り込む。その時、蓮の顔が歪んだ。
「まっ、て……いか、ないで……ジョーカー……」
ジョーカーって……彼女の怪盗の時のコードネームだ。だから、異世界の方で自己紹介でもしない限り、彼女自身はその名前を言わないハズのものだ。それなのに、なぜ?
蓮が腕を伸ばす。目を閉じているから、寝ぼけているのだろう。でも、なぜかそれを掴まないと彼女がこの世界から消えてしまう気がして、裕斗がその手を握った。
「う、ううん……じょーかー……?」
薄く目を開き、蓮は誰か確認する。
「……悪いな、君が求めている奴じゃない」
裕斗が答えると、蓮は「裕斗……?」と尋ねてきた。
「蓮、答えられるならでいい。君の言っていた「ジョーカー」とは誰だ?」
寝ぼけている今なら答えてくれるかも、と思い聞いてみる。しかし、
「じょー、かー……なんだっけ……?何か、忘れてる気がする……」
蓮が言っているのは、自分の心の中に住んでいる『ジョーカー』のことではない……ハズ。しかし、記憶の中に「ジョーカー」と呼ばれていた「誰か」が確かにいる。だが、どうしても思い出せなかった。
「……そうか。それなら、いい」
裕斗が微笑むと、蓮は再び目を閉じた。
少しして、藤森が上がってくる。
「どうだ?蓮の様子は……」
「また寝ました」
「そうか……」
藤森は裕斗が蓮の手を握っているのを見て、「お前、こいつと付き合ってんのか?」と聞いた。
「つき合う……?」
「いや、そうじゃないと思うっすよ」
「彼、ちょっと天然で……素でやっちゃうんです」
ほら、裕斗、手を離してと風花に言われ、裕斗は疑問符を浮かべながらも離した。
……小さかったな。
蓮は女性なのだと認識させられた。温かい体温がまだ手に残っていた。
「……いたい……」
突然、か弱い声でそんな言葉が聞こえてきた。蓮の方を見ると、涙が流れていた。
「苦しい……助けて……」
発作的だろうか、首に爪を立てひっかこうとしていた。これは異常があると感じ、丁度点滴も終わっているということもあり、敷井を呼んだ。藤森はその間、蓮が首をひっかかないように押さえつけていた。
敷井がその様子の蓮を見て、「……やっぱり、何かあるのかしら」と呟いた。
「この子、治験手伝ってくれているんだけど……寝ている時、時々こんな風になることがあるの。でも、理由を聞いても「分からない」って答えるか黙ったままで……家では特にそういった症状はないって答えていたから、副作用かもと思っていたんだけど……こういった症状の出る成分は含んでいないからおかしいって思っていたの。……彼女、何か隠しているとか、そんなのないかしら?」
何か……。
「……私達も確かにおかしいとは思っていたんですが……理由までは、分かりません」
「そう……」
その時、蓮が薄く目を開いた。
「点滴……終わった?」
子供のように聞いてくる蓮に笑いかけた。蓮は起き上がり、ヨッシーに手を伸ばす。しかし、不意に止まった。
「レン?」
ヨッシーが呼ぶが、反応がない。いや、身体が震えている。その瞳は恐怖に揺れていた。
「い、や……!」
「どうした?」
「いやぁ!」
藤森が落ち着かせようと手を伸ばすと、蓮はパニック状態になった。
「大丈夫か!?」
「やだ、やだぁ……!」
パニックになりすぎて、過呼吸になりかけている。それに気付いた良希がそっと蓮の背中に触れた。
「蓮、落ち着け。数えるから、一度深呼吸するぞ。一、二、三……」
その声はなんとか聞こえているらしい、何度か深呼吸をすると次第に落ち着いていく。
「今、ボク、何があった……?」
状況が理解出来ていないのだろう、俯いたまま蓮が聞いてきた。
「急にパニック状態になっていたのよ。大丈夫?」
敷井が触れても、先程のようにはならなかった。ただ、不安に揺れる瞳がそこにあるだけ。
「……ここは、「現実」、ですよね?あの、「暗いところ」じゃない、ですよね……?」
「「暗いところ」?よく分からないけど、大丈夫よ。ここにはあなたを害するものはないわ」
安心させるように答えると、ようやく普段の蓮に戻った。
「そうか、あれは、夢……今は、まだ「ここにいる」……」
「どうしたの?急に」
「別に、こっちの話です」
意味の分からない発言に首を傾げるが、何でもないと言うのでこれ以上は聞けなかった。
「とにかく、今日は安静にしていてね。またパニックになったら呼んでちょうだい」
そう言って、敷井は道具を持って帰った。
「あー、蓮。俺も下に降りるが……何かあったら言えよ?」
藤森も、それだけ言って下に降りる。その場には怪盗団だけが残された。ヨッシーが蓮の膝に乗って、
「どうしたんだ?あんなこと、今までなかったよな?」
そう尋ねた。ヨッシーが覚えている限りでは先程のような酷いパニック状態は見たことがなかった。
「……ちょっとね。昔のこと、思い出しちゃって。それに、お前を撫でようとした時、手が血にまみれているように見えたから……」
蓮が思い出したのは、尋問室でのこと。そして、記憶にない「人殺し」のことだった。
「……そうか。まぁ、落ち着いたようでよかった。でも、なんかあるなら言えよ?」
「大丈夫、ちょっと夢と現実の境目が分からなくなっていただけだから」
「そんぐらいリアルな夢だったのかよ?」
それには答えず、ただ寂しそうに笑うだけだった。
「あー、えっと……蓮」
良希が呼びかけると、蓮は「……まだいたのか?もう帰ってるかと思ってた」と驚いたように目を見開いた。
「いや、倒れている仲間を放っておくほど薄情じゃねぇよ」
「さっき、深呼吸しようと言ったの良希だよ」
「……ごめん、聞き分けられなかった」
あんな状態じゃあ、確かに聞き分けろという方が無理な話だろう。このことについてはこれ以上追及しないことにした。
それよりも、やらないといけないことがある。
「……って、そうじゃなくて。その……悪い、最近避けててよ」
「……自覚はあったのか?てっきりボクが何かやって無意識の内に避けているのかと思った」
「そんなわけ……」
「なら、なぜ避けていたんだ?ボクに非があるからだっただろう?」
非があるも何も、彼女は(戦闘狂であること以外)完璧だ。非の打ち所がない。何もかもが完璧で、本当に全てを知っているように把握している。
「そんなんじゃねぇよ。お前は完璧すぎる。だけどよ……お前、時々暗い目するじゃんか。だから、一緒に楽しめることしようと思ってよ……」
「……別に、そんなのしてもらわなくてもいい」
きっぱりと言われてしまった。しゅんとなっていると、
「……そんなことされたら、せっかく決めていた覚悟が揺れる……」
ボソッと、聞こえるかどうか分からない声で呟いた。
「どういう、ことだよ?」
「何でもない」
そこでようやく分かった。彼女と自分達の間には踏み込めない壁があることを。彼女は他人の壁を壊してでも助けにくるのに、自分達にはそれをさせない。誰も、彼女の全てを知ることが出来ないのだ。その心に、踏み込ませてはくれない。
「……なんか、身体を動かしたくなっちゃった。ヨッシー、ジャージ出してくれる?」
「おい、トレーニングする気か?今日は安静にしとけってシキイに言われてただろ?」
「……ちょっとだけにする」
「ゴシュジンに心配かけるぞ」
「昔のこと思い出してまたパニックになるよりはマシだと思うけど」
何事もなかったように話し出す。まるでネコのようだ。気まぐれで自由。
「……ねぇ、その状態じゃきついだろうし、オタカラ盗むの別の日にしない?」
「大丈夫、予定通り明後日オタカラを盗む。一日でも早く解放してあげたい」
風花がそう提案するが、蓮は頑固として譲らなかった。そうしている内にヨッシーがジャージを準備する。
「ほらよ。……ちょっとだけだからな」
彼女に何を言っても無駄だと悟っているのだろう、最初は止めていても結局折れてしまうのだ。他の人達も、見張っておけばいいかと止めなかった。
「了解」
そうしてそのまま着替えようとする蓮を裕斗以外の全員で止める。本人は何も分かっていないようだった。
「なんで止める?」
「ここには男の子もいるのよ?その、恥ずかしくないの?」
「……まぁ、多少」
全く思っていないように言われ、脱力する。そうだ、蓮という人物はこういう奴なのだ。
「でも、見られて減るものじゃないし、見たくないなら目を閉じるか後ろを向けばいい」
あげく、何でもないように言うものだからヨッシーに「お前、もう少し女としての自覚を持て……」と呆れられていた。
蓮は着替え終わると、飛んで天井の梁を掴んだ。身長が高いのも役に立つものだ。
「ここで懸垂をやるだけでも結構体力がつくものだよ」
そう言いながら、懸垂をやる。足にはヨッシーがくっついていた。おもりがわりらしい。
何分間やっていただろうか、ヨッシーが「今日はこれくらいにしようぜ」と降りたので蓮もスタッと着地する。ヨッシーがタオルを持ってきたのでそれで汗を拭いた。
「お前達もやってみるか?」
届かないなら椅子使ってもいいし、と言われ、皆でやることになった。結構簡単にやっていたから楽勝だろうと思っていたが、いざやってみるとかなり体力を使った。
「お前、こんなのを毎日やってんのかよ……そりゃあ、馬鹿力になるぜ……」
良希が息を切らしながら聞いてくる。
「いや、暇で、なおかつ気が向いた時だ。いつも忙しいからな」
「こいつ、日常生活まで怪盗に捧げているからな!怪盗の鏡だぜ」
蓮が答えると、ヨッシーが自分のことのように胸を張った。
「バイトとかしてるもんね。ホント、頼れるリーダーだよ」
「バイトもしているんだ。じゃあ、少しは自分用のお小遣いもあるんでしょう?」
もみじが尋ねると、蓮はふいっと顔を逸らした。
「あー……えっと……」
「こいつ、自分のためにはほとんど使わねぇんだよ……ほとんど怪盗団の資金に充てられているんだ。怪盗稼業で使う道具も安くはねぇしな」
ここまで怪盗団のために尽くしているとは思っていなかった。自分のことで精一杯だったから、彼女の苦労は分からない。
「……一応、必要最低限は使わせていただいていますよ……洗濯代とか……」
「なぜ敬語?」
裕斗が聞くが、蓮は気まずげに目を逸らすだけだ。こりゃあ、生活に必要なこと以外はほとんど使っていないなと誰だって気付いた。
「マスターからお小遣いはもらってないの?」
「時々もらうけど……その……」
「それも怪盗団の資金に消えるよな」
「ヨッシー、これ以上墓穴を掘らないで」
リーダーの金銭事情が少し分かった気がする。裕斗のように金欠ではないが、怪盗のために使いすぎているということを。
「蓮、土曜日、絶対に空けていてね」
「どうした、急に」
「ついでに、お金も準備していなさい。怪盗団の資金からでいいわ」
「は?で、でも、武器買う時とか、薬買う時とかに必要で……」
「い、い、わ、ね?」
「……はい……」
もみじの気迫に負け、つい約束してしまった。
「じゃあ、今日はそろそろ帰ろうかしら」
「ヨッシー、蓮をお願いね」
風花に頼まれ、ヨッシーは「任せとけ!今日一日は見張っとくぜ!」と張り切っていた。皆が帰った後、窓を見れば、もう橙色に染まっていた。
「……もうこんな時間なんだな」
蓮が呟くと、「早いよな」とヨッシーが答えた。
「……ヨッシー、お前、何か悩みがあるんじゃないか?」
尋ねると、ヨッシーが息を飲んだのが分かった。ビンゴ、この時既に不安に思っていたのだ。
「……別に、何もねぇよ」
絞り出すような声に、それじゃあ何かあると言っているようなものだと思いながら強く言及しなかった。
「……大丈夫。たとえお前が化け物でも、ボクは見捨てないよ。お前の居場所はここなんだから」
そう言って、ヨッシーを抱き上げた。彼は見透かされていたことに驚いたのか、動かなかった。
――こいつ……。
他人の心を読むことが出来る力はないと言っていたハズ。それなのになぜ分かったんだ?今までの行動と今の発言に、一つの仮定が浮かんだ。
――まさか、な……。
そんなの、ありえないんだ。そんなこと……。
「ご飯、食べようか」
優しい声が、なぜか助けを求めているように聞こえた。
水曜日、オタカラ奪取を決行する。と言っても、りゅう自身なので盗めないのだが。
今回は自分でやりたいと蓮の方が表に出ている。弟分なのだ、それなのに他人にやらせていいのかと思ったのだ。
ジョーカー達がオタカラのところまで行くと、ピラミッドの上からうなり声が聞こえてきた。それはりゅうの母親が化け物と化したもので、ジョーカーは銃を向ける。
ジョーカー以外の人達の体力が減ってきたその時、りゅうが入ってきた。ジョーカーはりゅうに駆け寄り、攻撃から守るように立つ。
「りゅう、ゆっくり思い出してみて。お母さんは、あんなこと言う人だった?りゅうを、愛してくれなかったの?」
防御の術で壁を作りながら、彼に問いかける。りゅうは目を見開いた後、思い出したように立ち上がった。
りゅうがアルターを覚醒させ、彼の助けを借りて化け物を倒す。すると、目の前にりゅうの母親が現れた。
「私を思い出してくれてありがとう」
そう笑って、消えていった。りゅうは下を向いた後、マイペースに一人で現実に戻る。するとデザイアが崩れ始めたので車で脱出した。そして、ヨッシーともみじと一緒にりゅうのところに行く。りゅうはいつもと同じように家の前で寝ていた。藤森に伝え、りゅうが目覚めるまで様子を見ようということになり、解散する。
夜、久しぶりにアザーワールドリィに入った。するとあの男がいることに気付いた。
「ふふ……ふふふ……!もう少しで俺の計画が達成される……」
不気味な笑い声をあげながら、その男が歩いていく。彼はどうやら地下に行くようだ。
後をついて行くと、謎を解かないと入れない壁のところに着いた。しかしその男が来た時、壁が勝手に開いた。その壁の先には隠れるところがなかったという記憶があるので、入ることは出来なかった。
少しエネミーと戦って現実に戻った後、ヨッシーが歩いていることに気付いた。
「ヨッシー?」
「にゃ!?……なんだ、レンか……。驚かすなよ」
ヨッシーは蓮の方を見た後、その肩に乗る。
「散歩から帰るところ?」
「あぁ。偶然会うとは思ってなかったけどな」
ヨッシーが僅かに視線を外したのが分かった。こういう時、彼は何かを隠している。
「……なぁ、レン……」
「どうした?ヨッシー」
「もしワガハイがバケモノだったら、お前どうする?」
何を当然のことを。
「お前はボクの相棒だ。もし仮に化け物だとしても、関係ない」
「お前らを傷つけるとしてもか?」
「お前がそんなことするわけないだろ?」
「……でも……」
ヨッシーは目を伏せる。心配なのだろう、自分がバケモノだとしたら。それで他の人を傷つけたら……。その不安はとてつもない。
「お前が頼りないんじゃない。ボクが臆病なだけなんだ」
りゅうの改心の後、ヨッシーが出ていくのは分かっている。それでも、安心させるために本音を語るのだ。
「お前は臆病じゃねぇよ」
「ううん。そう見せているだけ。本当の自分を見せると、きっとみっともないから、だから隠しているんだ」
実際、この周回では何度もみっともないところを見せてしまった。
「……レン」
「大丈夫、この身がなくなっても、お前達だけは守るよ」
その言葉がどれだけ重みのあるものか、今のヨッシーには分かるハズもなかった。
土曜日、渋谷駅で待ち合わせしていたので蓮とヨッシーは先に着いていた。
「怪盗団の資金からか……千円でいいかな……」
「怒られそうだからやめておけ」
ブツブツと言っていると、後ろから視線を感じた。そういえばいろいろあって皆にストーカーのことを話していなかった。
最初にもみじと風花が、次に裕斗が来て、最後に良希が「わりぃ!」と頭を下げながら蓮に近付いた。……丁度いい。
「……良希、悪い」
最初に謝ったうえで、蓮は彼に抱きついた。突然の行動に全員が驚く。それを気にせず後ろの方を見ると、ストーカー男は気まずそうに立ち去っていった。これで諦めたことだろう。完全に立ち去ったことを確認して、蓮は良希から離れる。彼は顔を真っ赤にしていた。
「悪かったな、突然」
「い、いや、いいけどよ……どうしたんだよ?」
「またストーカーがいたからな。恋人がいるように見せたら諦めるだろうと思って」
「またストーカーか?君も災難だな……」
「お前、前歴なけりゃあモテんもんな」
「迷惑な話だ」
はぁ……とため息をつく姿は本当に迷惑そうだ。そういった感情がないということだろうか。もしくは……。
「そういや、お前恋人いんの?」
不意に気になって聞いてみる。すると蓮は考え込み、
「いない……いや、あいつは恋人、なのか?……よく分からないな」
意味深なことを言うので興味を持つ。
「気になる人はいるんだ?しかも、いい関係?」
風花が尋ねるが、蓮は笑う。その笑みは作ったものじゃなかった。
「……内緒」
「えー!気になるじゃん!」
「ボクだけの秘密にしたいんだ、今のところは」
艶っぽい微笑みに皆して心臓を打たれたような衝撃を受ける。さすが、魔性の女だ。それと同時にその人をとてつもなく大切に思っていることも分かった。彼女にここまで大切に思われている人が羨ましかった。
「そうか。じゃあ、気が向いたら教えてね」
「別に構わないけど」
まぁ、絶対に気が向くことがないだろうが。
「それより、何をするんだ?」
「そういえばそうだったわね。それじゃあ、まずはファミレスに行きましょう」
もみじに先導され、皆でファミレスに向かった。それぞれ注文し、来るのを待つ。
「……ファミレスなんて久しぶりに来たな」
「最後に来たのはいつだったの?」
「怪盗を本格的に始める前。確か、ヨッシーがまだこっちに来ていない時だったと思う」
「一応、四月には来ているんだな」
「図書室が使えないからな……勉強する場所がなかった」
正確には勉強ではなく、計画を立てるためなのだが。
頼んだものが来たのでそれを食べながら話す。
「りゅうはどうなってる?」
「まだ寝てる。体力が限界だったんだろ」
「まぁ、今まで引きこもっていたもんね……」
「蓮の方は大丈夫なの?」
「ボクは大丈夫。何も問題ない」
「そう言ってお前、貧血になってたよな……」
「忘れろ」
「かなり病んでたのは誰だ?」
「それも記憶から消せ」
ワイワイワイワイ。こうやって見るとただの高校生だ。
――あぁ、あと何回、こうやって笑い合えるのだろうか。
いつか来る終わりを想い、虚しくなる。死んでしまえば、また一からやり直しなのだ。正直、もう疲れてしまった。
あと何回繰り返すのか。
あと何回死ぬのか。
あと何回――皆との関係が崩れてしまうのか。
「どうした?レン」
「ううん、何でもない」
もうこれ以上、失いたくない。失うぐらいなら、死んでも、もう繰り返さない方がマシだ。その想いに蓋をして、蓮は笑顔の仮面をつけた。
食べ終わると、今度は映画を見に行こうと映画館に向かった。裕斗にそんなお金があるのかと思ったが、財布からちゃんと出している。今回の映画はアクションと恋愛が混ざったもののようだ。
『オレ、映画初めて見たな』
「そういえばそうだね。お前がボクの中に現れた後は見に来たことなかったし」
心の中で『ジョーカー』と話しながら映画を楽しむ。映画も久しぶりに見た気がする。
今度は買い物に行く。風花がワクワクしながら蓮を着せ替え人形にした。もみじも加わったのでもはや収拾がつかない。
「蓮、やっぱりこういった服着た方がいいよ」
「これなんてどうかしら?」
「ふむ、実に絵になる。蓮、今度描かせてくれないか?」
「ワガハイにも見せろ!」
「お前ら、マイペースすぎんだろ……」
良希が肩を落としながらツッコミを入れる。蓮も同じ気分だ。
夕方になったので、皆でラーメンを食べに行くことになった。
「蓮、少しは元気になった?」
食べていると、風花が聞いてきた。
「急にどうした?」
「前も言ったでしょ?蓮、時々暗い目をするって。……頼りないかもしれないけど、気晴らしなら付き合うし、あたし達も相談ぐらいなら乗るから。だから、もう少し頼ってほしいな」
「そんな……皆に迷惑はかけられないよ」
「迷惑なんて思わないよ。あたし達、仲間でしょ?」
「……そう、だね」
最初から死ぬ気で怪盗団をしていると知ったら、どう思うだろう。心配するだろうか。それとも罵るだろうか。怖くて、聞けるハズもなかった。
「……ごめん」
「なんで謝るの?蓮、何も悪いことしてないじゃん」
確かに、表面だけは何もしていない。だが、わざと罠にはまるような真似をしているし、全部隠して何も言えていないし、自分は最低なことをしている。その自覚はある。
でも……皆を守るためには、こうするしかないじゃないか。一人で、解決するしか……。
とにかく、咲中のフェイクが死なないようにする。それで恐らく、怪盗団が危機にさらされることはなくなる……ハズだ。もしかしたら他にも捨て駒を用意しているかもしれないから、油断ならない。どうしても、咲中が死んでしまうからあちらの手駒がどれだけあるか分からないのだ。
「……レン、今何考えてる?」
カバンの中からヨッシーに聞かれる。蓮はカバン越しに頭を撫で、「何でもないよ」と答えた。
帰り際、良希に「楽しかったか?」と尋ねられる。
「これ、一応サプライズだったんだ」
風花の笑顔に蓮もつられて笑った。
「そうか。……たまには、こういうのもいいかもな」
その答えに満足いったのか、「また行こうか」という話になった。
「今度はりゅうも連れてよ、一緒にどっか行こうぜ」
「いいかもな」
八月最後の日に海に行くことを思い出した。その瞳は慈愛に満ちていた。
そうして、りゅうが目覚める日になった。朝、起きるといつも通り藤森がりゅうの母親――確か、裕美だったか――の弔いのためにコーヒーを置いていた。蓮が座ると、蓮にもコーヒーを淹れてくれる。その時、りゅうがファートルに来た。それを見て、藤森は驚いたが、すぐに朝食を作ってくれた。
朝食を食べ終えると、りゅうの部屋に向かった。そして、アヌビスを撃退してもらう。机の上で寝てしまったので、蓮は彼をベッドに寝かせて帰った。そして、皆にチャットを送る。
次の日、皆で集まり勝利の報道を聞く。りゅうが来るが、蓮の後ろに隠れてしまう。この時はやはり、他人に慣れなかったのだろう。そう思うと微笑ましく思う。「大丈夫だ」と安心させ、一時傍にいることを約束する。
それから数日間はりゅうにつきっきりだった。いつものことだし、弟分なので気にはしていないが。
そして、海に行く日。皆で楽しむ。そこでりゅうも怪盗団に加わることになった。
「りゅう、楽しかったか?」
帰り道、尋ねると彼は「もちろん!……そういえば蓮、男の人に言い寄られてたね」と見てきた。
「あぁ、あれか……」
「蓮、モテモテだね」
「正直、迷惑だ。友達と来てるって言っているのに……」
「ナンパってやつ?怪盗団に所属している女性、皆美人だもんね。もちろん蓮も」
「ありがとう、でもボクは言うほど美人じゃないぞ」
ヨッシーと二人になった時、真っ先に来られた気もするが気のせいだ、多分。
「そう卑下すんなよ、本当に魔性の女だぜ、お前」
ヨッシーがカバンから顔を出す。「魔性の女って、そこまで魅力的ではないと思うけど」と困ったように笑った。そう言った笑顔が魔性だというのに、自覚がないのだからこちらが困る。
ファートルに戻り、りゅうは藤森と一緒に家に帰る。蓮はカバンの中で寝てしまったヨッシーを抱き上げ、ベッドに寝かせた。そして、外に出てアザーワールドリィに入る。
「さて……」
今回は協力者達の全ての依頼をこなす。それでもまだ体力的には残っていたので、どうせならと水の呪文を使えるエネミーをサポートエネミーにする。そのエネミーはエンリルというようだ。
蓮はサポートエネミーを確認する。雷呪文がオーディン、炎呪文がモト、氷呪文がスノーマン、風呪文がバアル、水呪文がエンリル、物理呪文がエヌルタ、状態異常呪文がリリスになった。変わっていないサポートエネミーもいるが、大体は最初の頃と変わっている。
「……後は、光呪文と万能呪文だけか……」
だが、サポートエネミーになってくれそうなエネミーがいない。体力も尽きてきたので諦めて現実に戻った。
新学期に入り、智樹と取引をした。これで今まで会ってきたアルカナの協力者はほのか以外結んでいることになる。
「……そういえば、月と世界のアルカナの協力者に会ったことないな」
『そういえばそうだったか』
アルカナ順に行くと、愚者は蓮自身とシャーロック、魔術師はヨッシー、女教皇はもみじ、女帝はユリナとマリナ、皇帝は裕斗、教皇は藤森、恋人は風花、戦車は良希、力は母親である成雲 広子、隠者はりゅう、運命の輪は早坂、正義は冬木、吊るされた男は金井、死神は敷井、節制は長谷、悪魔は水谷、塔は島田、星は智樹、月がここに入って、太陽がほのか、審判が秋川、そして最後に世界だ。世界はともかく、月のアルカナの人が見つかっていないのはおかしいのではないだろうか。
「レン、何を言っているんだ?」
どうやら声に出ていたようだ、ヨッシーがカバンから顔を出して聞いてくる。
「あぁ、協力者の話、かな?ボクの考えが正しければ、後二人はいるハズなんだよなぁって思って」
あえてほのかの分まで入れる。ヨッシーは首を傾げた。
「よく分かんねぇが、なんでそう思うんだ?」
「大アルカナの枚数だね。あと太陽と月と世界がないんだ。世界はともかく、後の二つは絶対にいるハズだ。ちなみに、ボクは「愚者」でお前は「魔術師」だな」
「そうなのか?」
ヨッシーに質問攻めにされ、それに答えていった。
りゅうをアザーワールドリィに連れて行き、ナビが現実のものではないことを告げられる。ヨッシーの顔が曇っていることに気付いたのは、蓮以外にいただろうか。
ヨッシーにいくら語りかけても何も相談してくれないまま、修学旅行の日になった。外国でも怪盗団のことが話題になっていた。蓮としては、この怪盗フィーバーはおかしいと思っている。
最終日、自由時間を得られたので何をしようか悩んでいるとチャットが何通も届いた。良希、風花、裕斗、もみじ、島田からだ。さてどうしようと思い、親友だからと良希と過ごすことにする。
水着にパーカーの姿で良希と合流する。
「ごめん、待たせた」
「大丈夫だぜ、俺も今来たばっかだ」
良希は蓮の水着を見て、「やっぱ美人だな……その上着、着てるのがもったいないぜ」と呟いた。
「ボクの容姿はともかく、どこに行くんだ?」
「あぁ、最後の自由時間だろ?だからどうしてもお前と過ごしたくてよ。お前は?」
「皆からチャットが届いてた。でも、親友だからって良希のところに来たんだ」
正直に話すと、彼は顔を真っ赤にする。
「おま、それ卑怯だぞ……」
「ボク、何かおかしいことでも言ったか?」
「……この天然タラシめ」
何か言われた気がするが、聞いていないふりをする。
砂浜を歩いていると、男の人が二人に話しかけてきた。
「オニーサン達、ニホンジン?」
「え、はい。そうですが……」
「カイトウ、スゴイヨネ!ドンナ悪人モ改心サセルンデショ?」
「怪盗を知っているんすか?」
「コッチデモ有名ネ!カイトウニアッタラツタエテネ!オウエンシテルヨーッテ!」
怪盗は正体不明だし、そもそも目の前の二人がその「怪盗」なのだが、それを言うわけにもいかず「分かりました、伝えておきますね」と営業スマイルを浮かべながら了承した。
男の人が立ち去ると、良希が嬉しそうにガッツポーズした。
「俺達のやってること、認められてきているってことだよな!?」
「そうだな。だが油断するな、浮かれていると足元すくわれるぞ」
蓮の冷静な言葉に「大丈夫!やり方も分かっているんだし、怖いものなしだぜ!」と笑みを浮かべていた。これぐらい無邪気でいられたら、どれだけよかっただろうか。
その時、正面から風花と裕斗ともみじと島田が来た。
「蓮!良希といたんだ」
「良希、蓮を独り占めとは卑怯ではないか」
「私だって蓮と遊びたいのよ」
「もしかして、二人は付き合ってる?」
「安心しろ、付き合っていない」
「蓮さん、それ、結構傷つくんですけど……」
結局、こうなってしまうのかと蓮は嬉しいような、呆れたような、そんな気分になる。まるで保護者になったみたいだ。皆で過ごし、気が付けば夕方になっていた。
お土産を買い、日本に戻ると真っ先にファートルに帰った。
「ただいま」
「おう、おかえり」
「おかえり!蓮!」
「はい、りゅう、お土産だよ」
りゅうと藤森にお土産を渡し、ヨッシーを見るとやはり何か悩んでいるようだった。
「……ヨッシー、大丈夫か?」
しゃがみ、抱き上げようとするが逃げてしまう。藤森とりゅうが帰った後、話を聞こうとするが、やはり話してはくれなかった。
日曜日、良希と喧嘩してしまい、ヨッシーは出て行ってしまう。蓮は何も言えず、呆然としていた。五十何回と繰り返しているが、やはり慣れない。心の支えとなっている今は特に。
この日は解散しようと皆帰っていく。蓮は一人、ヨッシーをくまなく探すが見つからない。やはり、咲中のデザイアに行ってしまったのだろうか?
一人での夜は寂しい。まだ残暑が続いているというのに、この部屋だけ寒かった。次の日になっても、ヨッシーは帰ってこない。食事もとる気になれず、渋谷をブラブラしていた。
「……ヨッシー……」
軽くなったカバンに物足りなさを感じる。このままではデザイアが出来そうだ。だが、そこはリーダーの意地で壊れないように耐える。
夜、例のサイトを見ると依頼がこなされているのが分かった。この時にはほのかと出会っていたのだろう。
――あいつにとって、ボクは何だったのだろう?
自分にとっては相棒だ。じゃあ、この頃のヨッシーにとっては?ただの、取引相手だったのだろうか?そう考えると悲しくなってくる。
金曜日、咲中のデザイアに入った。そこでヨッシーとほのかに出会う。ヨッシーは「お前との取引はもう解消だ」と蓮に言って、ほのかと一緒にどこかへ行ってしまった。蓮達も後を追いかけるが、遅かった。
最初の頃のように倒れるということはなかった。ただ、精神的にかなり来ていて、裕斗にファートルまで送ってもらった。
「……悪い、裕斗。帰りの電車代は出す」
「いや、いい。それより君もちゃんと休んでくれ。相談出来るなら、した方がいい」
「大丈夫、心配かけてごめん」
裕斗が帰ったことを確認すると、蓮は二階に上がった。そして、ベッドに転がる。嫌なことばかり考えてしまう。
『蓮、大丈夫か?』
「……今日、会える?」
すがる思いで聞くと、彼は『もちろん』と答えた。
あの牢屋の中で、『ジョーカー』と会う。
「やはり、ヨッシーがいなくなった後は精神が荒れるな」
「……うん」
ここも蓮の心の状態が今現在進行形で悪いからか、広場が荒れていた。
「おいで」
『ジョーカー』が腕を広げ、蓮は逆らわずに彼の背中に腕を回す。
「大丈夫、オレも守ってやる」
「……うん。ありがとう」
くい、と顔をあげられると『ジョーカー』は当然のようにキスをしてきた。その温もりに、一人ではないと実感させられた。




