十三章 繰り返す日々と謎の男 後編
「怪盗応援チャンネル」が島田の立ち上げたサイトだと知り、それを二人に伝える。テストが終わり、怪盗団としては初めてアザーワールドリィに入る。そこで久重を改心させ、白野の情報を得る。
次の日、裕斗に会う。風花を庇うために前に出ていると、白野が車の中から裕斗に話しかけた。
個展のチケットをもらい、皆で行くことになる。日曜日、裕斗が風花だけを連れて行ったので蓮は良希と一緒にまわる。いつ見ても、一人の人が生み出したにしては不自然なほど多彩な絵画だ。実際、盗作をしているのだから一人の人間が生み出したとは言えないのだが。……無能共はよく騙されるものだと悪態をつきたくなる。
人混みにのまれそうになったので風花に連絡し、外に出る。風花も集まったところで良希が例の書き込みを見せた。事実を確かめようと明日、白野の言っていたあばら家に行こうということで話はまとまる。
次の日、裕斗に確認するが何も聞き出せず、しかしナビが反応していたのでキーワードを言ってデザイアに入る。いつ見ても悪趣味な美術館だ。
先に進むと久重と裕斗の絵があり、飾られている絵が白野の弟子だということが分かった。さらに進むとオブジェがあり、そこの説明文で虐待と盗作が事実だと知った。しかし、すぐに攻略は危険だとジョーカーが言い、裕斗に話を聞くことにした。
デザイアから出ると、水谷に会った。蓮に名刺を渡し、彼は去っていく。「何だったんだ……?」と良希は呟くが、後々彼が協力してくれることを蓮だけが知っている。
明日、裕斗に事実確認しようと言って解散した。
夜、蓮は白野のデザイアに入る。この時はまだ警戒されていないようで、赤外線が邪魔をするということはなかった。
『ここにも来ると思うか?あの男が』
「多分……」
周囲を警戒しながら歩いていると、あの男がいた。やはり、白野のことも知っていたか。
つけてみると、その男は白野のフェイクと会った。そして、狛井と同じことを告げる。
「「白い男」はともかく、あの女はお前を確実に倒しに来る。「反逆の正義」だからな」
前から気になっていたのだが、「反逆の正義」とは一体何のことだろうか。自分のことを言われているというのは分かったのだが、どんな役目を持っているのかが分からない。
「あの女……「成雲 蓮」は思い出していない今でもかなりの力を誇る。「神の祝福」も持っているらしいしな」
(「神の祝福」……?)
もしかして、エネミーを仲間に引き入れる能力のことを言っているのだろうか。この男、どこまで蓮のことを知っている?
『今、確信した。こいつは……昔のお前が知っている奴だ』
「昔のボクが?」
『あぁ。オレも知っている。だが、こいつ、現実では何者なんだ?誰なんだ?それが分からない』
どうやら『ジョーカー』は誰だか思い当たることがあるらしい。蓮も、かすかにではあるが何か分かった気がした。
――こいつ、ボクは「戦ったことがある」。
どんな結果だったか、どうやって戦ったのか。それは忘れたが、自分は確かにあいつと戦った。
『思い出せるか?あいつを』
「本当にちょっとだけね。あいつと戦ったことがあるってことだけは」
『ジョーカー』と同じく、誰だかは分からないし勝敗の行方さえ忘れてしまったが。
『それにしても、「反逆の正義」、か……奴らにとってお前は脅威なんだろうな』
「そうみたいだね」
たくさんのサポートエネミーを使えるというだけで戦略の幅が広がるし、それ以上に蓮は成雲家の秘術を使える。そういった意味では脅威の対象だろう。しかしやはり、なぜこの男が蓮のことを知っているのかが分からない。
(……少し、伝承も読み返してみるべきかもな……)
成雲家に伝わる、白き巫女伝説。確か、巫女がいろいろな力を使える上に異世界を行き来することが出来た、といったものだったか。
『……………………』
「どうした?『ジョーカー』。何か言いたげだな」
見えていないが、何となく分かった。一緒にいるからか、『ジョーカー』程ではないが蓮も彼が何かを考えていることが分かるようになってきたと思う。ただし、彼のように内容までは分からないが。
「……ボクに関係あることか?」
『……そうだな。本当はお前の記憶の方がずっといいんだが』
とりあえず、一度外に出ようと『ジョーカー』は言う。それに従い、現実に戻って公園に行った。
『お前の母親……成雲 広子だったか?に本を送ってもらうように連絡しろ』
「……分かった」
母親のチャットを開き、白き巫女伝説を送ってもらうように書く。しかし、蓮は送信ボタンを押せなかった。
『どうした?押さないのか?』
「いや……なんか、緊張する……正直、かなり怖い……」
母親に何かを頼むなんて人生で初めてだ。躊躇いと、緊張と、不安が入り混じっている。
『お前……こういう時こそ大胆不敵の度胸を発揮しろよ』
「仕方ないだろ?お母様に頼みごとするって今までなかったんだから」
『仕方ないな……蓮、かわれ』
オレが押してやるから、と言われ、蓮は「心の準備が出来てないから!」と慌てて答える。
『なら、三分だ。それまで待ってやるから準備しろ』
「短いな」
『準備しろ。大丈夫、お前なら出来る』
三分……とりあえず頑張って心の準備をする。三分経ち、何とか頭では納得した。しかし、心が追いつかない。
『ほら、とっととかわれ』
「……はーい……」
これは、自分じゃ無理だと判断した蓮は諦めて『ジョーカー』とかわる。『ジョーカー』は躊躇わず送った。
『あ、おい!早いだろ!』
「こういったものは勢いが大事だろ」
心の中で蓮が慌てるが、『ジョーカー』は知らん顔だ。
数分後、返信が来た。
「分かった、出来るだけ早く送る、だと」
『……見てるよ。でも、よく了承してくれたな』
普通、なんで必要なのかとか聞くものなのではないのか。いや、聞かれたら困ることだがそれでも、娘がいきなり言ってきたのだから疑問に思うだろうに。
「まぁ、ゆっくり待とうじゃないか」
『……『ジョーカー』が言うなら』
少し違和感を覚えたが、今は考えても意味がないと頭の隅に追いやった。
元に戻り、ファートルに戻る。そして、良希に向けての遺書を書き始める。
『相変わらず、お前はマメだな』
「そんなことない。こうするしか出来ないから、してるだけだ」
今度は風花に向けての遺書を書かないといけないなと思いながら書いていく。寝たのは二時過ぎだった。
次の日、風花がモデルを引き受けてくれるという体で裕斗に事実確認をする。良希が「お前の師匠、マジやべぇ奴だろ」と言うので慌てて彼の口を塞いだが、手遅れだった。裕斗を怒らせてしまい、警察に通報されそうになる。止めようとしてぶつかり、メガネが落ちた。蓮の素顔を見て、裕斗は我を忘れ興奮したように彼女の手を握った。
「君でもいい!描かせてくれ!」
「……考えておきます」
連絡先を交換し、あばら家から出る。上手く聞き出さないとここで情報は得られないと知っていたので特に怒ることはしなかった。
その時、島田から連絡が入り、久重と会えることになる。良希は「これで真相が聞けるんじゃね?」と期待を込めた目をした。
「明日、渋谷駅に集合だ」
そう言って、その日は解散した。
夜、ミリタリーショップに行き、金井に紙袋の中身を見たと伝える。相変わらず、緊張することにかわりないが昨日のように母に頼みごとをするよりマシだと思った。
金井と取引をして、この日は帰る。明日の予定を考えたら休むべきなのかもしれないが、ヨッシーが寝た後に蓮はアザーワールドリィに入ることにする。
『ジョーカー』に指導してもらいながら、この日も鍛える。
『お前、今回も戦闘狂の仮面を被るのか?』
『ジョーカー』に聞かれ、蓮は頷く。
「その方が負担をかけずにすむし、いざという時いつでも皆がオレを見捨てられるようにね」
『相変わらず、お前は他人のことばかりだな。仲間になる時はお前を見捨てはしないだろ?皆』
確かにと今までを思い出す。良希は親友としてずっと傍にいてくれるし、風花は話を聞いてくれようとする。裕斗も励まそうとしてくれるし、もみじも蓮のかわりに何かしてくれようと努力してくれる。りゅうも頑張って怪盗団のために尽くそうとしてくれるし、ほのかも慣れないながら両立させようとしている。……結局、蓮は怖いだけなのだ。大切な人に、裏切られることが。
『少しは信じてやれ、お前を裏切る奴はいないんだ』
「……でも、一度疑われたら終わりだよ。特に、大人にはさ」
その目には光が宿っていなかった。どうやら本気でそう思っているようだ。
――でも、仕方ないよな……。
彼女の境遇を考え、『ジョーカー』は思う。彼女は今まで、たくさんの人に裏切られすぎた。その心の傷は深すぎる。ヨッシーや『ジョーカー』でも癒せるか分からないほどに。簡単には他人に心を許せない、彼女の苦しみは自分がよく知っている。
――本当は、他人を、仲間達を信じたい。
でも、過去の鎖がそれを許さない。裏切られ続けたその過去が、優しい少女の心を壊していく。
『……もう、自分を苦しめなくていいのに』
「何か言ったか?」
蓮の心の中から行ったのだが、本人には聞こえなかったようだ。『ジョーカー』は『何でもない』と言って先に進むよう促す。
今は閉まっているハズの壁のところはなぜか開いていた。あの男がこの先にいるのだろうと勘が告げる。
『……行くか?』
「……行こう。覚悟は決まってる」
先に進んでいくと、あの男がいた。いつものように物陰に隠れる。
「……やはり、ここにも来たようだな。「成雲 蓮」」
自分の名前が出てきて、蓮はドキッとする。様子を見る限り、蓮が見ていることにまだ気付かれていないようだが……。
「くくく……お前が俺と対峙する時を楽しみにしてるぞ。今度こそ、――――やる」
ゾワッとした。これが悪寒というものだろうか、彼から恐ろしい程の殺気を感じ取った。
その男はそのまま歩いていった。しかし、蓮は後をついて行く気にはなれなかった。
『帰ろう、蓮。これ以上ここにいたらお前が危ないかもしれない』
「……そうだね」
あの殺気は本物だった。本気で、蓮を殺そうとしている。自分の命が危険だと判断したのだ、何も考えずわざわざ飛び込むほど、蓮も冷静さを欠いていない。
ファートルに帰り、ヨッシーを起こさないようにとカウンター席に座る。コーヒーを淹れようと立ち上がると、『ジョーカー』が不意に『オレに淹れさせてくれないか?』と言ってきた。
「……まぁ、別に構わないけど」
入れ替わり、蓮の身体をかりた『ジョーカー』がコーヒーを淹れる。元に戻り、蓮が『ジョーカー』の淹れたコーヒーを飲んでみる。……雑味というものはないが……。
「……苦い」
『悪い。お前のマネをしたつもりだったが』
冗談で言っているように見えるだろうが、その実かなり苦く、普通の人なら飲めたものではなかった。しかし、蓮は気にせず飲んでいく。
『苦いっていうわりには普通に飲んでいるな』
「せっかくお前が淹れてくれたんだ。残したら悪いだろ」
たとえ別の人格だとしても。いや、彼が作ってくれたからこそ、残したくなかった。
『お前、他人が作ったやつは必要以上に口に含みたくないだろ?』
「……本当はね。でもお前が作ったのなら、別にいいって思ってる」
紛れもない本心だった。それだけ彼に心を許している。
『……そうか。お前も、少しずつ変わってきているな』
安心したように彼は言う。表情をうかがうことは出来ないが、微笑んでいるだろうと何となく思った。
コーヒーカップを洗った後、二階に上がる。ヨッシーが寝ていることを確認すると、『ジョーカー』と話す。
『さすがに、あの男が怖かったな』
「あぁ……狛井の時もあそこまでの殺気はもらわなかったぞ」
後ろにいただけでもあそこまで感じたのだ、正面にいたならあまりの迫力に気絶していたかもしれない。度胸はかなりある方だが、あれに耐えられるかどうか……。
『それだけ、お前に恨みがあるということだよな……』
「そうだね……」
覚えていない昔の記憶であの男に何かやったのだろうか、自分は。やはり、覚えがないのだが……。
ソファで横になる。『ジョーカー』に『ベッドで寝ろ』と言われるが、蓮は動かない。
『全く、お前って奴は……』
「いいじゃん。ここで寝てもさ」
蓮としては、どこで寝ようが問題ない。どうせ寝ても『ジョーカー』に会うか、牢獄世界でシャーロック達と話をするか、悪夢に苛まれるかのどれかなのだから。最近は『ジョーカー』に会うことが多くなっているが。
『一応、女だろ?』
「それがどうした?」
どうやら聞く気はないようだ。『ジョーカー』は諦めたようで『じゃあ、後で会おうか』と言って静かになった。蓮は目を閉じ、意識を飛ばす。
目を開くと、『ジョーカー』がいた。あの牢屋の中かと起き上がる。
「本当にソファで寝たな……お前……」
「ヨッシー寝てたし、どこで寝ようが関係ないし。両親がいないからな」
「変なところでたくましくなるな」
『ジョーカー』にツッコまれるが、どこ吹く風か。蓮は「それにしても」と話を切り出す。
「あの男、誰なんだ?」
「さぁな。オレでも分からない。お前の因縁の奴というのは分かったが……」
「現実の誰かは分からないだけで、正体は分かっているんだろ?」
蓮が聞くと、『ジョーカー』は頷く。
「白き巫女伝説にも出てくる奴だ」
「あれ、本当の話なのか?」
その質問にはただ笑うだけだった。こういう反応をするということは当たっているのだろう。ずっとつきあっている中で彼の行動の意味は何となく分かっているつもりだ。
「……確か、巫女が悪神と戦う物語だったよな。最終的には相打ちになるけど……」
「あぁ、そうだ」
「それで、巫女が悪神を封印するために自らを生贄に捧げたんだっけ?」
ちゃんとは覚えていない。悲しい結末を迎えたというのだけ記憶している。本は好きなのだが、なぜかそれだけは読みたくなくて少し読んだだけで終わらせていたのだ。
「いろいろ省かれているけど、大まかに話せばそうなるな」
「省かれてる?物語自体が?」
「あぁ。オレはあの物語の真実を全て知っている」
真実……自分も、何か知っているハズだ。なぜか、そう思った。
――白い髪の女性の手に持っている、血に濡れたレイピア。それを投げ捨て、「誰か」を抱きかかえ、泣いている。そんな情景が思い浮かんだ。
「……………………」
『ジョーカー』がそんな彼女を愛おしく、しかし複雑そうに見ているのに気付かなかった。
次の日、久重に事の真相を聞き、白野を改心させることを決意する。明日から攻略を開始しようということになり、蓮は先に二人を帰す。
「レン?どうするつもりだ?」
「別に?」
ヨッシーに聞かれるが、静かに笑って誤魔化す。
蓮はヨッシーを連れてそのままアザーワールドリィに入る。
「ちょ……!レン!お前勝手に幻想世界に入るな!」
「なんで?」
ヨッシーが叫ぶが、蓮はまるで分からないと首を傾げる。
「全会一致したターゲットだけを改心させるって決めただろうが!」
「そうだね」
それぐらい、蓮だって覚えている。記憶力は常人より上だと自負しているつもりだ。そもそも、繰り返しているのだから忘れているハズがない。
「じゃあなんで……!」
「ターゲットを改心させるんじゃない。ただ、強くなりたいから」
単純な理由だ。蓮は強くなりたい。皆を守りきれるほどの力が欲しい。しかしそれにはどうしても地道な努力が必要なわけで。
「そんなの、皆がいる時でいいだろ?」
「それだけじゃ足りない」
そう告げるとヨッシーはため息をついた。
「お前、戦闘狂かよ?」
「まぁ、そうかもね。こっちに来ると気持ちが昂るし」
気持ちが昂るのは事実だが、本当は戦闘なんて避けたい。その気持ちを押さえつけ、蓮は怪しく笑う。
「……まぁ、ほどほどにしろよ?今日はつきあってやる」
呆れたように告げ、ヨッシーは探索する準備をする。しかし、
「ありがとう。……それじゃあ、武器を構えてくれ」
「は?エネミーと戦うんじゃないのか?」
彼女の言葉にヨッシーが驚いたような顔をした。蓮は「何のためにお前を連れてきたと思ってるんだ」と妖しげに笑う。
「……まさか」
冷や汗が流れる。そのまさかだった。
「ずっとお前と戦いたいと思ってたんだ。手加減するから、いいだろ?」
ニヤリと、目の前の少女は笑う。これは何を言っても無駄だと悟ったのか、彼はおとなしく小刀を握る。
ヨッシーは緊張していた。自身のアルターとサポートエネミーを多数使える彼女の能力がどれほどのものか、まだ理解しきれていなかったから。
「――リベリオン」
蓮は自身のアルターを召喚した。漆黒の翼の生えた、どこか彼女を思わせるアルター。
「トネール」
さっき、手加減すると言っていなかったか!?
弱点の雷呪文を唱えられ、ヨッシーは慌てて避ける。蓮の方を見ると、その目は本気だった。彼女は挑発するように指をちょいちょいと動かす。
「どうした?ヨッシー。オレに攻撃してこないのか?」
「おま、手加減するって……!」
「一応、エネミーにいつもくらわせているような力じゃない。これでもお前が死なない程度に手加減しているんだ。そもそもエネミーにも本気を出していない」
じゃあ本気出したらどんだけ強いんだよ!とは口が裂けても言えなかった。彼女の実力は傍で見ているヨッシーが一番よく知っている。
そのまま体感で一時間ほど鍛錬は続いた。ヨッシーはもうへとへとだ。
「ふむ……今日はもうやめた方がいいな」
蓮の言葉にヨッシーは膝をつく。やっと終わった。あんなに激しい鍛錬をしたというのに、目の前の少女は息が切れているということはない。
「お前……サディストか……?」
「何がどうなってそうなった?」
ヨッシーの呟きに蓮はわけが分からないと首を振った。いきなり幻想世界に連れてこられたと思ったら、いきなり自分と戦えと言われたのだ。そう思っても仕方ないだろう。
「そうじゃなけりゃ本物の戦闘狂か?」
「……それなら、エネミーをやってるだろ。わざわざお前と戦わなくてもいい」
なら、なんだというのだ。
「実は、ちょっと試したかったんだ」
「試したかった?何を」
仲間に内緒で幻想世界に入るだけの理由があるというのだろうか。
「丁度新しい呪文を覚えてな。相手を弱体化させるものなんだが、エネミーだとよく分からなくて。だからよく知っている相手がよかったんだ」
「今度からそういうことは早めに言ってくれ……」
ヨッシーがガクッとうなだれた。急に連れてこられたからなんだと思った。
「いい結果だったよ。これなら使えそうだ」
「ちなみに、どんなものだったんだ?」
「攻撃力と防御力が下がる呪文。どれだけ下がるかなって思ってたけど、案外効果があってな。今度から怪我をあまりせずにすみそうだ」
なるほど、道理で彼女にあまり攻撃が与えられていないと思ったわけだ。
「じゃあ、帰ろうか。今日のこと、あいつらには伏せていてくれ」
「……分かった」
癒しの力を使い、ヨッシーを回復させた後現実に戻る。ファートルに帰り、二階に上がるとヨッシーはすぐに伸びた。
「さすがに疲れたぜ……」
「そうか?ボクはそこまでなかったけど。むしろ、もっと戦いたかった」
「……この戦闘狂め」
本日三度目の言葉に蓮は困ったように笑う。
――実際は言うほど戦闘狂じゃないんだけどな……。
でも、演技をすると決めたのは自分だ。最後まで演じきる。
戦闘狂で、誰にも懐かない一匹狼のリーダー「ジョーカー」を。
次の日から、攻略が始まる。赤外線があるので面倒だが、気を付けていればこれ以上警戒はされない。と、思っていたのだがあの金の壺があるところを通ったところでマルスが「これ、どうすんだ?金になりそうだけどよ」と触った。
「あ、おいマルス――」
これまでの経験上どうなるか知っていたジョーカーが止めようとするが、手遅れだった。赤外線が張り巡らされ、瞬時に避けたジョーカー以外動けなくなってしまう。
(こうなるから触らなかったんだけど……)
そんなこと、同じ時を繰り返しているジョーカー以外知る由がない。仕方なく解除ボタンがある場所に行き、それを押す。
「マルス……余計なものに触るな、危険だろう」
「う、す、すまねぇ……」
怒るというより呆れているジョーカーにマルスは謝る。
「いいか、オレが大丈夫だと言ったやつだけ触ってくれ。オレなら大体のことが分かる」
「お、おう……分かった」
ジョーカーのその言葉にテュケーは違和感を覚えた。
――確かに、彼女は不思議な力がたくさんあるが。
それ以外に、何かを隠している。昨日の、アザーワールドリィで鍛錬につき合った時、どこか儚げだった。しかし、それを言うのがはばかれて、彼女に「戦闘狂」とだけ言ってしまった。でも、空虚に見えたあの瞳は……。
「テュケー、行くぞ」
「……分かった」
テュケーは後から考えようと思考を外に出して、後をついて行く。
中庭のところで足止めをくらい、現実に戻る。あの開かない扉はあばら家の鍵がかかっているところと同じ模様だとヨッシーは言った。
「ワガハイなら、あの部屋開けられるぜ?」
しかし、時間はかかるからと誰かが足止めしないといけない。それが出来るのは必然的に絞られるわけで……。
「……分かった。オレが行くよ」
ジョーカーがため息をつきながらそう言った。元々そうするつもりだったが。
「いいの?あたしも行けるけど」
「時間を稼ぐだけだったら、モデルはボクでもいいだろ。そのかわり、二人には別の仕事を任せたい」
マルスとウェヌスに制御室の場所と切り方を教え、明日に備えるため現実に戻る。
ファートルに帰り、いつも通り幻想世界で鍛えようと考えているとヨッシーに聞かれた。
「お前、なんで制御室のことなんて知っているんだよ?」
一瞬だけなんと言おうか悩んだが、
「地図に書いてあったぞ」
地図の内容を思い出し、そう答えた。彼は「それにしては詳しくないか?パスワードがかかってないとか、電源が入ってるとか」と疑いの目で見られる。
……やばいな。
どこまでだったら気付かれないか、探りながら行動していたものだから細かいことは考えていなかった。
『どうする気だ?』
『ジョーカー』が楽しそうに聞いてくる。こいつ、他人事だと思って。
「……ちょっとね。何となく分かっただけだから、気にしないでいいよ」
「……ふーん……」
適当に誤魔化すが、なおも疑いの目を向けられる。背中に冷や汗が流れた。
「……まぁ、詳しいことは聞かねぇけどよ」
ヨッシーのその言葉に蓮は胸をなでおろす。誤魔化し切れる自信がなかったからだ。
「そのかわり、今日の用事は全てなしにしろよ」
「……分かりました」
ここで何か聞かれたら困るので、蓮はおとなしく言う通りにした。
ベッドに転がり、天上を見る。不意に尋問室のことを思い出した。
何度も殴られ、蹴られ、水を被せられ眠らせないようにされ、挙句自白剤の注射を何度も打たれ……皆を守るためとはいえ、少しトラウマになっている。
トラウマを思い出しそうな日は、寝てしまうに限る。目を閉じ、無理やり寝る。
――それがいけなかったのだろう。よりにもよって尋問室で痛めつけられた夢を見てしまった。
「おら!起きやがれ!」
気を失ってしまいかけた時、水をかけられ無理やり起こされる。椅子に座り、手は後ろで手錠をつけられ、身動きが出来なかった。
「早く自白しろって……言ってんだろ!」
お腹に蹴りを入れられ、椅子ごと飛ばされる。咳込み、吐きそうになる。しかし吐けるものなど胃の中からとうになくなっていた。床は蓮の嘔吐物と血で汚れていた。
尋問(果たしてこれは尋問と言えるのか疑問ではあるが)している男は蓮の頭を踏みつけ、
「人殺しもしたんだろ?フルコースだなぁ?なぁ、どうなんだよ!?」
グリグリと床に押し付ける。すり傷が出来て、そこから血がにじむ。だが、そんな小さな怪我など気にならないほど、蓮の身体は痛めつけられていた。どこにあざがあって、どこにどんな怪我があって、どこに注射痕があるのか分からない。
いつまでも黙っている蓮の髪を掴み、男は歪んだ笑みを浮かべた。
「ほら、早く言ってしまえよ……楽になるぞ?それとも、もう一本お注射いくか?」
やっていないことを認めるなんて、死んでもやるものか。それに、仲間達の命がかかっている。こんなところで屈するわけにはいかない。
男が殴ろうとした時、秋川が来たことが伝えられた。男は舌打ちをして、蓮の手錠を外す。男が出ると、かわりに入ってきたのは秋川だった。
そこで目が覚める。ファートルの天井。一瞬だけ尋問室の天井になった気がするのは気のせいだろう。汗で寝間着が濡れている。
スマホを見ると、まだ一時過ぎ。だが、二度寝しようにも眠る気になれない。シャワーを浴びた後、どうしようか悩んでいると、
『蓮。大丈夫か?』
『ジョーカー』が話しかけてきた。蓮は苦しそうな声で「……すっごくしんどい」と答える。
『まぁ、無理もない。あんなに痛めつけられたんだ。正直、子供に、しかも女にやるような所業ではないな』
「性的なことされるよりはマシだよ」
『それでも、あんなのは酷すぎるだろ。お前も毎回あれに耐えてるんだもんな』
たまにはオレを頼れ、と言われるが、蓮は首を振った。
「それは出来ない。怪盗団の罪は、ボクの責任だ。たとえお前であっても、かわりになってもらうことはしない」
強情な彼女に『ジョーカー』は『いつもそうやって自分の責任にするな、お前は』と言った。その言葉は少し悲しんでいるようだった。
『寝たらどうだ?』
「……お前に会えるんだったら、別に構わないけど」
そう言うと、『ジョーカー』は笑う。それは会えるという意味で、蓮は安心して横になる。
目を開くと、目の前に『ジョーカー』がいたのでその胸の中で泣き出しそうになり、それをグッと耐える。
「蓮、おいで」
彼はそんな蓮を見て、腕を広げる。その行動に耐えられなくなり、蓮は抱きつく。『ジョーカー』はすすり泣く彼女の頭を撫でた。
「つらいよな。怖いよな。まだ子供なのに、あんなに酷いことされて。しかも、最後には殺されて」
それはお前もだろ、と蓮は言いたかった。蓮が殺されるということはつまり、『ジョーカー』も死ぬということ。同じ恐怖を味わっているハズなのだ。しかも、多少意識がぼやけている蓮とは違い、彼ははっきりとしているハズ。それなのに彼は弱音一つ吐かない。それどころか蓮を励ましてくれる。
「……オレだって、死ぬのは怖いさ。だが、あれ以上の苦しみと絶望を味わったことがある。だから、オレは平気だ」
それは一体どういうことだろう?蓮は顔をあげる。彼は笑っていたが、どこか悲しそうで聞くことが出来なかった。
二十一日。モデルを引き受けると裕斗に連絡し、その前に話を聞いてほしいと返事が来た。良希と風花には先にデザイアで待機してもらっている。
あばら家に行くと、裕斗が待っていた。ここでは話せないと公園に行き、蓮は自動販売機でジュースを買う。一本を彼に渡すと、彼は弱々しく受け取った。
「苦しい……」
裕斗の呟きに同情し、蓮はその大きな背中を撫でる。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに苦々しいものに戻る。
「俺は、白野先生に……」
何かを言おうとして、しかし彼は言えなかった。虐待をされると誰にも助けを求めることが出来ない。蓮には痛い程分かった。
「……大丈夫。話せないのなら、無理に聞こうとしないから」
「成雲、さん……」
「行きましょう、時間がない」
蓮が立ち上がり、歩き出そうとすると彼は「待ってくれ!」と呼び止めた。蓮は彼の方に向き変える。
「どうしたんですか?」
尋ねると、彼は蓮を弱く抱きしめた。驚いたが、すぐに腕を背中にまわし、その頭を撫でる。
「助けてくれ、成雲さん……」
それに促されたように、裕斗は助けを求めた。
何分間、そうしていただろうか。裕斗が蓮から離れる。
「すまない……早く行こうか」
裕斗に言われ、蓮は頷いた。
あばら家で裕斗に気付かれないようにヨッシーを降ろし、誰もいないところがいいと告げる。そして、例の開かない扉のところまで行く。裕斗が慌てて蓮を止めようとするが、丁度白野が戻ってきて、その扉が開いたところを見せる。これで認知の変化があったハズだ。
「せ、先生!違うんです!これは……!」
裕斗が必死に言い訳をしようとしている。蓮は開いた部屋に彼を引きずり込み、電気をつける。
――そこにあったのは「サヤカ」の模写。しかも、たくさんある。
白野は言い訳を並べるが、蓮は「そんなわけないでしょう。ボクだって、一応絵を描きますが見ないで模写など出来ませんよ。写真を見てだとなおさら同じようには描けません」とそれを全て一蹴した。そして、布がかかった絵を見せる。それは、子供が塗り潰された本物の「サヤカ」だった。裕斗の目にも、そして蓮の目にも、これは偽物ではないということが分かる。
これで言い逃れは出来ないハズだ。しかし白野は怒りをあらわにし、裕斗もろとも警備会社に通報した。これは危険だと蓮は裕斗の腕を引き、足元にヨッシーがいることを確認して白野の目が逸れている内にゲンソウナビを開いた。
落ちて行っていることが分かる。ジョーカーがリベリオンを召喚すると、リベリオンは三人を抱える。
無事に着地した三人は周囲を見る。どうやら無事に解除出来たらしい。
「ここは……?」
裕斗がオロオロし始める。こんなところ、見たことがないと言いたげだ。軽く説明し、すぐに脱出しようと動けない彼に肩を貸して歩き出す。
中庭を抜けようというところで白野のフェイクがエネミーを連れて現れた。裕斗は彼に尋ねるが、全て非道な言葉だった。エネミーが裕斗に向かって攻撃しようとしてきたのでジョーカーが庇う。
そこで裕斗はアルターを覚醒させた。そしてエネミーを倒し、デザイアから脱出する。ファミレスに行き、事情を話すと彼は怪盗団に入りたいと言った。
「それから成雲さん……いや、蓮も敬語じゃなくていい」
「……分かった、裕斗」
最初の頃は疑っていたが、今は裏切ることはないと知っている。だから安心して彼と握手を交わした。
夜、いつも通りヨッシーが寝た後、白野のデザイアに入った。そして、白野のフェイクとあの男が話していることに気付く。隠れて聞くと、やはり狛井の時と同じような話をしていた。
「それに、あいつは殺すと決めているんだ」
あの男がそう言って狂ったように笑った。恐ろしい程の寒気が襲ってくる。そのせいか、その後の言葉が聞こえてこなかった。
ファートルに戻ると、ヨッシーがいないことに気付く。どこに行ったのかと思いながらソファに座る。
少しして、ヨッシーが戻ってきた。
「レン、戻ってたのか」
「どこに行ってたんだ?」
気になって聞いてみると、彼は「散歩だぜ。目が覚めちまってな」と答えた。
「それで、帰ってきてるってことはお前も用事、終わったんだよな?」
「まぁ、そうだね」
少し話をして、今日は寝ようとヨッシーに言われる。本当は『ジョーカー』と話したかったが、夢の中でいいかと彼に従った。
寝た後、『ジョーカー』が蓮を起こす。
「『ジョーカー』。どうした?」
目の前にいることはあっても、悪夢を見た時以外で起こすことは滅多にないので蓮は驚いた。彼は「お前、本当に危険な道に入ったな」と告げた。
「……あの男のことか?」
身を起こしながら尋ねる。確かに、かなり鋭く尖る茨の道を歩んでいると思う。誰なのか知らないが、あんなに強く恨まれていたら本気で身の危険を感じる。
「それでも、お前は進んでいくんだろ?」
「もちろん。ボクだってみすみすこの身を差し出すつもりはない。どんなに醜くても抗ってやるさ」
その瞳は強いものだった。それを見て、『ジョーカー』は笑う。
「やはり、お前はいつまでも変わらないな。その強い意志を持った瞳……オレは好きだ」
それはどういうことだろうか?聞きたかったが、強い眠気が襲ってきて聞くことが出来なかった。
次の日、裕斗も連れてデザイアに入る。裕斗のコードネームを「アポロ」にし、デザイアを攻略していく。
今回は二日に分けようとジョーカーは頭の中で計画を立て、進んでいく。中庭から進んで丁度中間まで行き、そこで帰ろうと言った。
帰る時、母親から連絡が来た。放っておけばいいのにと思いながらそれに出る。内容は悪い友達と付き合うなということと明日頼んでいたものが届くということだ。分かったと言い、電話を切る。
『来るのか』
「うん」
心の中で話していると、「誰からだ?」と裕斗に聞かれた。それに答えると、「そういや、お前の家族の話、聞いたことなかったな」とヨッシーが言ってきた。
「面白いものは何もないよ。まぁ、いろいろあるけど……」
そう答えて、少し考えてみた。
――最近、母親の様子がおかしかった気がしたが……。
それは気のせいだろう。ループの疲れでおかしくなっているのかもしれない。
「それより、次の攻略は明後日だ。それまでに武器の調達はしておく」
時間を見て、蓮はこの後バイトだと別れる。
バイトをして、ファートルに戻った時は夜の九時過ぎだった。藤森は既に帰っている。
「バイトなんてしなくていいんじゃないか?資金はたくさんあるわけだしよ」
ヨッシーに言われ、蓮は「いや、正直全然足りない」と答える。
「それに、バイトも学生を演じるうえで必要だからな」
「なるほど。怪盗だとバレないようにか。てか、あれで足りないのかよ?」
皆に内緒でデザイアとアザーワールドリィで鍛えて得たものもちゃんと回収しているが、これからを考えると全く足りない。今日もアザーワールドリィで鍛えに行こうかと考えているぐらいだ。
「今から出かけるなよ?もう遅いからな」
しかしヨッシーに先に釘を刺され、今日は諦める。
かわりに潜入道具を作る。すっかり慣れてしまったそれにヨッシーは首を傾げた。
「お前、筋がいいけどよ……なんか、やけに慣れていないか?」
「え?いや、そりゃあ、何回かやれば出来てくるけど……」
その言葉に彼は納得していないようだったが、やはり詳しくは聞いてこようとしなかった。
――ヨッシーにバレるのも時間の問題かもな……。
今更ながらに思う。むしろ、今まで繰り返してきた中でよくバレなかったなと思う。
――いっそ、彼には話してしまうか?
一瞬だけそんな考えが浮かび、しかしすぐに振り払う。そんなことしたら、絶対に止められる。やはり、ここは黙っていた方がいい。
『ジョーカー』が笑っていることに気付く。少しだけしかめるが、すぐ元に戻る。何も言ってこないところからして、ヨッシーには気付かれていないだろう。
『たまには他人を頼った方がいい。それがいいことだってある』
「……そう言われてもな」
死ぬ気でいる、なんて言ったら絶対に止められるのが目に見えている。それなのにわざわざ言う必要があるのだろうか。
『もしかしたら、お前の計画の近道かもしれないぞ?』
その言葉に揺らぎそうになる。が、やはり皆を巻き込めないと思った。
――冬木のことは、自分で何とかしないといけない。
りゅうにとっては母を殺した仇だし、ほのかにとっては婚約者を殺した実行犯なのだ。それなのに救いたいなんて、怪盗団が思うだろうか?恐らく、思わないだろう。なら、自分一人でやった方がいい。
「レン?大丈夫か?」
ヨッシーが心配そうに見てくる。きっと、今は酷い顔をしていたのだろう。蓮は「大丈夫」と小さく笑った。
「……そうか。あまり無理するなよ?」
もう寝ようぜ、と言われ、蓮は作った潜入道具を引き出しに入れた。これは自分がいなくなった時のために準備したものだったのだ。ヨッシーはそんなことを気にせず枕の横に丸くなった。蓮もベッドに寝転がり、ヨッシーの背を撫でた。
「……おやすみ。また明日」
あぁ、あと何回、この言葉が言えるだろうか?まだ罠にはめられていないけれど、そう思った。
次の日、母親から白き巫女伝説が届いたのでバイトを終えた後、それを読んだ。
「それ、なんだ?」
ヨッシーが覗き込んできた。蓮は「成雲家に伝わる伝説。アルターに似たような力が出てくるからな」と答えた。
「そうなのか?ワガハイも興味が出てきたぞ。もしかしたら、ワガハイの目的の近道になるかもしれないからな」
「なら、一緒に読んでみるか?」
別に見られて困るものじゃない。ヨッシーを膝に座らせ、一緒に読む。しかし、分厚い本なので一日で読み終わらなかった。
「また今度読もうか」
本を閉じると、ヨッシーは「その本に出てくる巫女、お前に似ているな」と告げた。
「……ボクに?」
「あぁ。強い意志に、曲げない心。どんなにつらい目にあっても決してくじけない……まさにお前みたいだぜ」
……ヨッシーからはそう見えていたのか。なんか、意外だった。蓮は、この物語がどうしてもつらくて見ることが出来なかった。
――なぜか、自分のことを書かれているような気がして。
自分には血の繋がったきょうだいはいないし、自分に従えている人もいない。それなのにそんな気分になってしまう。それが嫌で、今まで避けてきた。
「ワガハイ、この巫女に共感出来るぜ。他人に受け入れてもらえない苦しみ……それは計り知れないものだろうな」
その言葉にハッとなる。それはまるで、自分のことではないか。父にも母にも、誰にも認めてもらえず、ただ「肩書き」にしか興味を持ってもらえない。大人達は本当の「成雲 蓮」を見てくれないのだ。
「でも、一人でも受け入れてくれる人がいてくれるのなら……それは大きな支えになるんだろうな」
「……あぁ、そうだな」
確かにその通りだ。誰か一人でも本当の自分を見てくれる人がいる……それが何よりの支えだったし、自分の身を呈してでも守りたいと願った。きっと、この巫女も同じだったのだろう。なぜだか、そう思う。
「続き、楽しみにしてるぜ」
もう夜も遅いので寝ることにした。ヨッシーに「おやすみ」と言い、目を閉じた。
夢を見た。現実と勘違いしてしまうような、リアルな夢。
邪悪に満ち溢れた一人の男と、対峙している自分。その手にはレイピアを持っていた。
「あなたのその歪んだ心、頂戴いたします」
自分の意思に関係なく、口が動いていた。すると彼は狂ったように大声で笑い出した。
「お前は――――人を――――のにこの俺を改心させようというのか!」
重要なところは聞こえてこなかったが、なぜか心がざわついた。
――そう、「私」は――――人を――。
自分は何を思っただろう?分からない。何かを、忘れている……。
次の日、オタカラのルートを確保し、予告状を二十七日に出そうという話になった。
夜、蓮は白野のデザイアに入った。そして、情報が得られないか探す。しかし、今回は収穫がなかった。
『仕方ないかもな』
「そうだね」
ファートルに戻ると、またヨッシーがいなかった。散歩だろうか?自分も好きにやらせてもらっているので文句は言えない。ベッドに転がると、すぐにウトウトし始めた。最近動いてばかりだったから疲れが溜まっていたのかもしれない。ヨッシーを待たないと、と思うが眠気には逆らえなかった。
蓮が寝た後、ヨッシーが戻ってくる。自分より先に寝ている蓮にびっくりしたが、彼女のお腹の上で丸くなった。
「……こいつ……」
ヨッシーは呟いたが、少女の耳には聞こえてこなかった。
二十七日、ジョーカー達は予告状を出し、白野のデザイアに入る。そして、オタカラのところまで向かった。作戦通りにオタカラを盗み、中庭で拝借すると偽物だということに気付く。現れた白野が笑いながら、本物を見せてきた。
今回も『ジョーカー』と入れ替わり、見学する。最初の頃はアポロを守って気を失ったものだと過去を考える余裕さえある。
少しずつ相手の体力を削っていくと、白野が例の黒い絵の具を吹きかけようとした。
「皆、オレの傍に集まれ!」
『ジョーカー』の指示に三人は集まった。『ジョーカー』は絵の具が吹きかかる直前に壁をはる。それにベチャッと絵の具がついた。
「小娘の分際で、小癪なマネを……!」
白野が怒ったように『ジョーカー』を狙い始める。厄介だと思ったのだろう、これが『ジョーカー』の罠だということにも気付かず。
ニヤリ、と『ジョーカー』は笑った。宙に飛ぶと、連続で銃を撃つ。そんな『ジョーカー』に白野は黒い絵の具をかけようとする。
「果たして、その作戦は上手くいくかな――?」
挑戦的な笑みを浮かべると同時に、絵の具が吹きかけられる。しかし、それが『ジョーカー』にかかることはなく、見えない壁のせいではね返された。つまり、白野にかかったということだ。
「次からはちゃんと考えてやることだな。もっとも、お前に「次」などないがな」
なぜなら――。
「これが、お前の「最期のターン」なんだからな」
リベリオンを召喚し、「ダークネス」と唱える。全てが弱点となっている白野には相当なダメージで、元の姿に戻った。
倒れている白野を見ていると、背後から冷気が流れてきた。そちらを見ると、アポロがアルターを召喚していた。
「これにて、おしまい」
その言葉と同時に白野が凍った。
氷が割れると、白野はオタカラに手を伸ばした。それをアポロが制する。醜く命乞いをする白野を『ジョーカー』は冷めた目で見ていた。しかし最終的にはアポロに委ねると手を出すことはしなかった。
白野の口から白い男――冬木のことが出た。詳しく聞き出そうとするが、オタカラを取った後だったのでデザイアが崩れ始めた。車に乗り、『ジョーカー』が運転しながら白野の様子を見る。この時、不審な人物が現れることはなかった。
現実に戻り、アジトに向かう。そして本当の「サヤカ」を見て、裕斗が「この絵を見た時の衝動……嘘じゃなかった」と呟いた。少し話をして、裕斗が怪盗を続けるということで話はまとまり、この日は解散する。
蓮はファートルに帰る……のではなく、玩具屋に来た。
「どうしたんだ?レン」
「あぁ、今持っている車だと狭いだろ?だからキャンピングカーのモデルカーでも買おうかと思ってな」
そう答えるとヨッシーは「なるほどな。確かにその方がいいかもな」と言ってくれた。
「だが、なんでキャンピングカーなんだ?」
「いざとなったら材料を買ってくれば料理も作れるからな」
認知のおかげで火も水も使える、ハズだ。もちろん、確証はない。いざとなれば呪文でどうにかする。
「そこまで考えてるんだな。さすがリーダーだぜ」
「そりゃどうも」
「これで戦闘狂じゃなきゃな……」
「悪かったな、戦闘狂で」
実際、蓮の戦い方は最初の頃と比べて変わった。一人で特攻することも多くなった。その度に皆に止められるが、それでもやめない。呆れられている頃だろう。
「……なぁ、レン」
「なんだ?」
「今日はよ、前読んでたあの本、読まねぇか?」
急にどうしたのだろうか?ヨッシーからそんな提案が出されるなんて。
「……別に構わないけど」
「悪いな、お前も用事があるかもしれないけどよ、たまには休んだ方がいいんじゃないかって思ってよ」
その言葉に何かの意図が感じられた。しかし、深くは追及しなかった。
ファートルに戻り、読み始める。
――そこに書かれていたのは、まさに今の蓮だった。皆に一人で幻想世界に入り、皆に認められたくて、守りたくて鍛えて……それでも無意味だった。最後には悪神と戦い、相打ちになり、一人で悪神を封じ込めるために散っていった。従者と自らの幼い子を置いて。弟であり従者はその運命を恨み、それに従った姉を憎み、姉の子供を育て上げて、彼もまた散っていった。
「なんか、救われない話だな……」
「そうだな……」
ヨッシーの言葉に相槌を打つ。しかし、心は少しだけ焦っていた。
――ボクのやっていることは、無意味なのか?
いや、そんなハズない。だって、自分は……。
何を忘れているんだ?ボクは……。
心の中の『ジョーカー』が静かに笑った。いつもと違う笑い方に蓮は驚いた。
「どうした?」
「いや、何でもない」
感情を隠すように「コーヒー、飲むか?」とヨッシーに聞くと彼は「もちろんだ!」と答えた。下に降り、藤森が帰っていることを確認するとコーヒーを二杯作る。
「……『ジョーカー』」
『なんだ?』
「お前がコーヒー飲むか?」
蓮が尋ねると『いただこう』と言ったので『ジョーカー』と入れ替わった。
「……お前、時々目付き変わるよな」
ヨッシーに言われ、『ジョーカー』は「そうか?」と首を傾げる。やはり、姿は同じでも男性と女性で表情が変わってしまうものなのだろうか。
「まぁ、毎回寂しげな表情されるよりはマシだけどな」
「寂しげ?ボクが?」
「なんか、考えごとしてる時とかそんな顔してんだよ。……学校であんな扱いだったらそりゃあ嫌だろうけどよ」
かつての藤森が言っていたことはこれか、と心の中の蓮は思った。そんな蓮のかわりに『ジョーカー』が「悪い、いつも心配かけて」と謝っていた。
「別に構わねぇよ。それよりコーヒー飲もうぜ、冷えちまう」
ヨッシーが舌でコーヒーをなめると、「あちぃ!」と叫んだ。
「ネコ舌なんだから気をつけろ」
「ふぇほひゃふぇ!」
『ジョーカー』が笑うと、ヨッシーは涙目になりながらそう言った。訳すると「ネコじゃねぇ!」だろう。彼にとっては相当熱かったようだ。
『そういや、そろそろ夏か……』
扇風機でも買わないと冷房もない屋根裏部屋では暑いだろう。今度買いに行くか、と計画を立てていると、少し冷めたコーヒーを飲み終えたヨッシーが「今日はもう寝ようぜ」と言ってきたので頷いてコーヒーカップを洗った後、二階に上がる。そこで戻ってベッドに座った。
「……ごめん」
「急にどうしたんだよ?」
「いや、何となく言わないといけないと思ったんだ」
さっき謝ったのは『ジョーカー』だったから、自分も謝らないといけないだろうと思ったのだ。ヨッシーは不思議そうに蓮を見ていたが、「なんだよ、それ」と笑った。
「それに、謝るくらいならエネミーに一人で突っ込まないようにしてくれ」
「善処する」
「いやそれ、やめる気ないだろ……」
ため息をつかれ、蓮は苦笑いを浮かべる。ベッドに転がると、ヨッシーは横で丸くなった。
「おやすみ」
蓮が目を閉じ、ちゃんと寝たことを確認するとヨッシーも寝ようと目を閉じる。すると蓮がうなされ始めた。
「……またか」
何に苦しんでいるのか、学校か、地元のことか、それとも別のことか。何にせよ、彼女を苦しめるものがあるのだとヨッシーは考えながら寄り添う。
「……大丈夫、傍にいるから」
優しく語りかける。苦痛に歪めるその目元から雫が流れ落ちた。
「たすけて……兄さん……」
(兄さん?)
彼女に兄がいたというのか。なぜそれを話してくれないのか。自分達は本当に彼女の支えになれているのだろうか。いろいろな思いがヨッシーの頭をグルグルと回る。
――誰でもいいから、こいつを助けてやってくれよ。
もし神様というものがいるのなら、彼女に厳しすぎはしないか。誰にも助けを求められず、一人で背負って……。
「……ワガハイじゃ、お前を支えることは出来ないのかよ……」
「……ん……ヨッシー……?」
ヨッシーが呟くと、蓮が小さく目を開いた。
「レン、大丈夫か?うなされてたぞ」
「ごめん……眠れなかったよね……」
撫でながら、申し訳なさそうにする彼女にヨッシーは「大丈夫だぜ、どうせ眠れなかったからな」と少しだけ嘘をついた。
「それにしても、お前兄貴がいたんだな」
「あにき……?あぁ、兄さんのこと?正確には、いとこの兄だよ。きょうだいじゃない。一つ上でね、いつも遊んでくれたし、ボクに優しくしてくれたんだ」
幸せそうに語る彼女だったが、「だけど……」と顔を曇らせた。
「その兄は、いなくなったんだ。まだ五歳に満たない時だったかな?遊んでたら不思議な世界に迷い込んじゃって。ボク達に危害を加えようとする奴らがいたんだけど、ボクを逃がすために囮になったんだ。……それからどうなったのかは、分からない」
あれ?とヨッシーは思った。
――ワガハイ、この話、知っている気がする。
彼女のいとこの兄がどうなったのかも、自分は知っているハズなのに思い出せない。
「どうした?ヨッシー」
「いや……何でもない。それより、もう寝ようぜ」
ヨッシーは笑って蓮に寝るよう促した。ぎこちないものだったが、寝ぼけている蓮は気付かず「うるさかったら起こしていいからな」と言って再び眠りについた。
「……こいつの兄貴、か……」
彼女を守るために行方不明になったという、いとこの兄。確か、彼の名前は――。
それから、夜にアザーワールドリィで鍛えながら仲間達や協力者達の絆を築いていき、白野の個展終了の日。白野の謝罪会見がテレビで流れていた。皆が喜んでいる中、周囲を見るともみじがこちらの様子を見ていた。
『この時には既に気付いていたんだな』
「そうだね」
さすが学校一の秀才だ。彼女は狛井の時点で少なくとも蓮が怪盗なのではないかと疑っていたのだろう。そこに来て白野の改心。しかも、門下生と関わっている。……情報としては十分だ。
「どうしたんだよ?蓮」
「次の打ち上げを決めるんでしょ?」
「そうだっけ?」
全く聞いていなかった。確か、日曜日にするハズだ。
「ねぇ、鍋でいい?蓮の居候先でさ!」
「……許可は取っておくよ」
いくら言っても無駄だと悟っている蓮は頭を抱えながらも藤森に許可を取ることを約束する。
「いいのか?レン」
「大丈夫、何とかなる」
藤森だって、友達と遊ぶことに関しては別に構わないと思っているハズだ。……まさか男子が泊まりに来るとは思っていないだろうが。
「お前が大丈夫ならいいけどよ……お前、毎日忙しそうにしているだろ?」
「別に、予定くらい合わせられる」
「それなら構わないが……休んだっていいんだぜ?」
「ボクだけのけ者にするつもり?」
冗談で言うと、ヨッシーは「そういうつもりはねぇよ」と答えた。
「だけどよ……お前、疲れているんじゃないか?」
「どうだろうな?」
彼の予想通り、毎日のように出かけていれば疲れていないわけがない。しかし、誤魔化そうとあえて笑った。
そんな二人の会話を無視して、風花は「じゃあ、決まり!蓮も許可取っててね!」と告げた。それに頷き、解散する。
渋谷を歩いていると、「おいしいバイトがあるんだけど、どうかな?」と声をかけられる。城幹の手下か……と思いながら断り、ミリタリーショップに向かった。
「買い取ってほしい」
そう言って幻想世界で手に入れた貴重品を取り出す。金井は不思議そうにしながらも換金してくれる。そして武器を買い、帰る。
ヨッシーが寝たのを確認すると、蓮はアザーワールドリィでエネミーを倒していた。あの男は、今日はいなかった。毎日来ているというわけではないのだろう。
ファートルに戻ると、蓮はコーヒーを淹れそれを飲む。そして、二階に上がり風花に向けての遺書を書く。書いていると、頬に何かが伝った。
『蓮、大丈夫か?』
「うん……大丈夫……」
それを拭いながら、書き進めていく。
――辛い……苦しい……。
でも、皆のためを思うならやらないといけない。それが、自分の役目だ。それでも、息が詰まりそうになる。
『蓮、今日はそこまでにしよう。まだ時間はある』
「……分かった」
見かねた『ジョーカー』が蓮を止め、そのまま寝るよう促した。
いつもの牢屋で目が覚めると、『ジョーカー』は蓮を抱き起こした。
「『ジョーカー』……」
「お前はいつもそうだ。そうやって、自分を苦しめて……」
苦しそうに呟き、力を込めて蓮を抱きしめる。
「なんでお前がこんな運命を背負わないといけないんだ。なんでお前がこんな目に遭わないといけないんだ。なんで……」
彼の肩は震えていた。泣いてはいないが、どこか悲しそうでどうしたらいいのか分からなかった。
「あいつだってそうだ。あいつも、冬木もこんな運命に遭わなくてよかったのに……」
冬木、という言葉に蓮はビクッとなった。なぜここで、彼の名前が出てくるのだろうか?しかし、それに気付いていないのか『ジョーカー』は続ける。
「悪いのは全て、悪神のせいだ……。あいつが、お前のことを……」
言葉の続きはなかった。蓮の前で彼が感情的になるのは、これが初めてだった。
――どこまで、彼を苦しめるのだろう。この運命は、どこまで自分達を追い詰めるというのか。
そんな疑問が頭をよぎった。彼は自分がこの世界に生まれ落ちる前からいたのだろう。なぜか、そんな気がした。だからこそ、これ以上彼を苦しめたくない。蓮はそう思った。
打ち上げの日、裕斗からあばら家を出ていくという連絡が入り、ファートルに泊めることになった。皆が来ると、藤森が裕斗の荷物を見て「帰る場所がない友達って、男の子だったのか?」と焦ったように聞いてきた。それに頷くと彼は「変なことがないようにな……」と頭を抱えながら告げた。前から思っていたが、変なことって何だろうか?
鍋をつつき、食べ終えると裕斗が「お前達はどんな過去を持っているんだ?」と聞いてきた。それに良希が先に答え、蓮も前歴のことを話す。話し終え、風花が起きてきた。
「あたし達、本当に似てるね」
その言葉に全員が頷く。居場所を失った子供達の集まり……それが幻想怪盗団なのだから。
ヨッシーが「ワガハイだけ違うな……振り返れるだけの記憶がない」と呟いた。それに「だから、その記憶を取り戻すためにアザーワールドリィに行くんだろ?」と答えてやると彼は「その通りだな!」と元気を取り戻した。この時はまだ、あんなに追い詰めてはいなかったのだろう。
夜も遅いと良希と風花が帰り、片付けを終えた後蓮はヨッシーを洗うついでにシャワーを浴びて、裕斗は近くの温泉に行った。
勉強をしていると裕斗が戻ってきた。
「あぁ、もうシャワー浴び終わっていたのか」
「いつも早く済ませるからな」
視線を感じ、蓮は裕斗の方を見る。彼は蓮を見ていた。正確には、さらしを巻いていない胸を。
「……どうした?」
「いや……君、本当に女なんだなと思ってな」
いつもそう言うと蓮は苦笑いを浮かべた。
「寝るときは外すようにしているんだ、さらし。さすがに苦しいからな」
「そうなのか」
そこまで気にしていなかったらしい裕斗はソファに座り、蓮を描き始める。蓮は気にせず勉強に専念した。
それからもみじに目をつけられ、目立たないようにするのが大変だった。さすがに夜まではつけてこないが、バレバレの尾行も逆にこちらが気遣わないといけないと毎回ひやひやしている。
裕斗が寮に入り、鍛錬を再開出来ると思っていると、
「レン、生徒会長はいいのか?」
ヨッシーに言われ、「大丈夫」と答える。それより心配なのは城幹の被害者達だ。
学校内で目立つのは蓮の噂以外ではやはり「おいしいバイト」というキーワード。それから、犯罪に加担させられているという噂。
『この問題を、もみじに全て丸投げしたんだから校長もクズだよな』
「大人なんて、そんなものでしょ。この世界全て腐っているんだから」
変に達観している彼女に『ジョーカー』は苦笑いした。
――こいつが一番、大人達の被害に遭ってるもんな。
両親も、周囲の人達も、ここの学校の人達も、誰一人本当の「成雲 蓮」が見えていない。
『シャーロックはなんて?』
「いつも通りだよ」
シャーロックは蓮に、必要以上に干渉しようとはしてこなかった。その方が二人からすればありがたいが、何かありそうで怖いというのもある。
『ユリナとマリナは?』
「あの二人も相変わらず。だけど時々、ボクを寂しそうな目で見てるね」
何かを思い出してほしいと言いたげなあの瞳を思い出す。純粋な、子供の目だった。
『……そうか』
何か言いたげだったが、『ジョーカー』はそれだけ呟いた。
ヨッシーが寝た後テレビを見ていると、冬木が怪盗団を批判していた。
『彼らがやっていることは私刑です。正義がない』
なるほど、確かに自分達は勝手に裁いている。でも、こんな世の中、怪盗団はいた方がいいことも確かなことだろう。世直しは、世界が変わらない限り続けなければいけない。
『その通りだ、お前が信じる正義を貫くがいい、我が主よ』
『ジョーカー』ではなく、リベリオンがそう告げた。全く自分の中のアルターや人格はこうして蓮に語りかけてくるのだから。最初の頃は驚いたが、もうその気力さえない。
「……分かってる。ボクは、ボクの信じる道を行く。そう決めたから」
そう呟いて、蓮は笑った。
もみじから依頼を受ける前の日。蓮は牢獄世界にいた。
「シャーロック?どうしたんですか?」
なぜ呼び出したのだろう。双子はやはり純粋な、それでいて寂しそうな瞳をしていた。
「世界を救う役目のあるトリックスターよ。お前は「反逆の正義」と言われたな?」
「……そうですね」
あの男の言葉だ。前から気になっていたことだった。
「先程も言った通り、お前には世界を救う役目がある。この世界は今、歪みに満ち溢れ、もはや破滅は免れない」
「破滅……」
「そうだ。そしてそれに抗い、変革を求める者……そのトリックスターのことを「反逆の正義」と言う。逆に、破滅を促す者……冬木 なぎとのことを「破滅の協力者」と言うのだ。お前達は、ある奴が仕組んだ理不尽なゲームに巻き込まれた」
「反逆の正義」と「破滅の協力者」……そして、理不尽なゲーム。それを仕組んだ奴が、黒幕だろうか?
「さて、そろそろ刻限……」
「時間だ、囚人」
「現実に戻りなさい」
三人の言葉に蓮の意識が飛んだ。
もみじから依頼を受けた次の日、情報収集をしようという話になった。蓮としては既に知っているので無駄足ではあるのだが、ヨッシーがいる手前、一人だけ情報を収集しないのもおかしいだろうと形だけ務める。後ろでもみじが城幹の手下に捕まっているのでそれを助けた。
明日集まろうと指示を出し、ファートルに戻る。そしてヨッシーを置いて、再び外に出た。今回はアザーワールドリィに行くわけでもなく、公園に向かった。そして、ベンチに座る。
『どうしたんだ?蓮』
「ちょっとね……考えごとしたくて」
そこで黙ってしまう。しかし彼には気付かれているわけだし、と蓮は口を開いた。
「……冬木のことだ」
『冬木のこと?突然どうした?』
「……シャーロックに、言われたんだ。あいつは破滅を促す者、「破滅の協力者」だって」
破滅に抗い、変革を求めるトリックスターのことを「反逆の正義」ということ。そして、これは誰かが仕組んだ理不尽なゲームであることを。
『ジョーカー』はそれを静かに聞いていた。そして、
『……つまり、冬木とお前は対になる存在ということか』
「多分、そういうこと。……ねぇ、あいつを、救い出すことは出来ないのか?」
蓮の呟きに『ジョーカー』が答えようとすると、話しかけてくる人がいた。
「あれ?キミ……成雲さんだよね?こんな時間にどうしたの?」
「あぁ……冬木か」
仕事帰りだろうか、荷物を持っている。
「ちょっと遅くなっちゃってね。キミはどうしてここにいるの?」
「散歩に行きたくなったんだ」
彼のことを考えていたと気付かれないようにつめると、彼は隣に座った。
「なんか、悩み?オレで良ければ、聞くけど」
「大丈夫、気にしないでくれ」
「キミ、何かあっても言わなさそうだよね」
冬木に言われ、蓮は確かにと笑う。少しならいいか、と口を開く。
「……実は、さ。ある人を助けたいんだ」
「助けたい?」
「あぁ。……そいつはさ、いつもは優しい雰囲気を持っているけど、本当は大人達に利用されているんだ。そこから、救い出してやりたい」
誰、とは言わなかった。冬木は蓮を見つめていた。
「……キミは、本当にお人好しなんだね」
「別に、そんなのじゃない。ただ、助けたいと思っただけだ。自分のエゴなんだ」
それがたとえ難しいことでも。
蓮のその瞳は図らずも慈愛を含んでいた。それを見て、冬木は顔を少し赤くする。しかし、蓮はそれに気付かなかった。
「悪い……お前には関係ないことだ、忘れてくれ」
立ち上がると、彼は「待って」と蓮を引き留めた。彼の方を見ると、急に抱きしめられた。蓮よりちょっとだけ低い身長だ。
「冬木……?」
「お願いだ……オレを、救ってくれ……」
弱々しい声。今まで繰り返してきて、初めて聞いた弱音だった。
「……分かった。助けてあげる」
優しくその頭を撫でてあげる。その光景は、まるで恋人のようでも、きょうだいのようでもあった。
次の日、集まると情報を共有する。しかし、有力な情報がなく、どうしようかと悩んでいるところに蓮が水谷のことを提案した。皆、それに賛成する。
早速連絡すると、今夜新宿のバーに来てくれと帰ってきたので良希と一緒に行くことになった。
夜、補導員に気付かれそうになった良希はどこかで時間を潰すと言ってどこかに行った。蓮はヨッシーが入ったカバンを抱え、バーに入る。
水谷から怪盗のネタと成雲家のことについて教えることを条件に城幹の名前と怪盗団のことを記事にしてくれると取引した。
そして早坂のところに行き、占いをしてもらう。そしてそこでも取引をした。
良希のところに行くと、やはり例の人達に絡まれていた。彼から助けを求める声が聞こえてきたが、どうやっても助けられないと蓮はそっとしておいた。
次の日、良希に睨まれたが蓮は悪くないハズだ。むしろいい判断をしたと言ってもらいたい。
そんなことはさておき、城幹の名前をナビに入力すると反応した。ではどこをなんと思っているのか、という話になるが……。
「……銀行」
蓮が呟くと、ナビが反応する。そして「多分、被害者の居場所なんじゃないか?」とそれとなくヒントを出した。良希が「おいおい、渋谷全体に被害者がどれだけいると……」と言うと裕斗が制止の声を出した。
「……ヒットした」
「なるほど、つまり……渋谷全体か」
物陰に隠れ、ナビを起動する。そして、フェイク達の情報を元に上を見上げると、そこに銀行が浮かんでいた。
どうやっても行けないという判断になり、現実に戻る。明日どうするか考えようという話になり、そのまま解散する。
次の日、皆で集まり、どうしようか悩んでいるともみじが来た。良希と風花が辛辣に当たったものだから、もみじは走ってセントラル街に向かった。蓮も慌てて彼女を追いかける。
いつもの場所で、いつも通り城幹の手下の車を追いかけて、城幹と対峙する。そして、城幹に成雲家の令嬢だと気付かれた。
「その髪、ウィッグなんだろ?」
蓮を前に立たせる。蓮は睨みつけながら、されるがまましている。ウィッグを外され、非道の笑みを浮かべた城幹に蓮は動いた。その手下を殴り飛ばしたのだ。
「この女――!」
手下の一人が蓮を捕らえようとするが、それも無駄に終わった。蓮が蹴りで吹っ飛ばしたのだ。
「……怪我したくなければ、早く生徒会長さんを返してくれませんか?」
あっけらかんとしている蓮に城幹はさらに笑みを深める。
「……へぇ、もっとおとなしいのかと思ってたが、案外血気盛んなんだな。よし、気に入った。もしこいつが払えなかったら、お前が身体売れよ。俺の部下を怪我させたわけだし、当然だよな?」
よし、と心の中でガッツポーズをした。これで奴は蓮にターゲットを変えた。もし仮に改心に失敗しても、もみじが被害に遭うことはないだろう。さっきの行動はわざとだったのだ。
ウィッグをつけ、外に出るともみじが申し訳なさそうに蓮達を見る。蓮達は彼女をデザイアに連れて行った。
そこでもみじもアルターを覚醒させ、怪盗団の仲間になった。
夜、いつも通りアザーワールドリィに行こうとするとヨッシーが「ワガハイもついて行く」と言って聞かなかったので仕方なくバイトの方に行くことにした。資金集めするならバイトよりアザーワールドリィに行った方が案外効率的なのだが。
――帰り道、事件が起こった。
公園で立ったままヨッシーと会話していると、背後から急に抱きしめられ、口元にハンカチを押さえつけられる。
「――――――――!」
薬か――!
すぐに判断した蓮は拘束が緩んだ隙にハンカチから顔を離し、後ろを振り返ろうとする。しかし、鈍器で頭を殴られたことによってカシャンとメガネが地面に落ち、衝撃に耐えるように右足を後ろに引いた。カバンが地面に落ちたが、その前にヨッシーは脱出していた。ポタ、ポタと頭から血が流れては地面に落ちる。はぁ、はぁ、と息が切れていることが自分でも分かった。
「……誰だ?お前は」
冷たく、轟くような低い声にも臆することなく殴った男は蓮のウィッグの髪を掴む。
「口の利き方がなっていないな。目上の人には敬語で話すってご両親に教わっていないのか?」
「少なくとも、あんたみたいな大人にまで敬意を払えなんて教わっていない」
いきなり薬で気絶させようとしたり、鈍器で頭を殴ってきたりする奴なんかに、敬語など不要だ。むしろそんな奴は警察の世話になるべきだと教えられるだろう。
すると、今度はお腹を蹴られた。その痛みに倒れてしまう。
「レン!」
ヨッシーが近付いてこようとするが、蓮は咳込みながらそれを制止する。
「ヨッシー。お前だけでも逃げろ」
ここは一人で大丈夫だから、と蓮は笑う。ヨッシーは目を伏せ、しかしこの姿ではどうすることも出来ないと走ってファートルに戻った。それを見て、蓮は安心したように意識を飛ばした。
男は気を失った蓮の手首に手錠をつけ、車に乗せた。そして人気のないところまで連れて行かれる。目が覚めると、そこは使われていない倉庫のようだった。起きたことに気付いた男は蓮の上にのしかかった。そこで蓮の怒りは爆発する。
「いい加減にしろ!ボクはお前の初恋の相手じゃない!かわりでもないんだよ!」
気付いていた。この男が朝の通学中や一人でいる時、後をつけていたことを。そしてその目は愛を求めていることに。しかし、あいにくと蓮にそんな感情はない。こいつは悪質なストーカーだという認識があっただけで。
男が蓮のズボンのチャックをおろそうとしてくる。それにカッとなって蓮は手を床につけ、回し蹴りをくらわせた。その勢いに乗って立ち上がる。運動神経はいい方だと自負している。しかし、少しふらついていた。
「おとなしくなったと思ったら……!」
「悪いが、ボクだって暇じゃないんだ。早く手錠を外して帰してくれ。そうすればお前を警察に突き出すことはしない」
もしこの状態で蓮が訴えたら、いくら前歴があるとはいえこの男に傷害罪が問われることは間違いないだろう。それをなしにすると言っているのだから我ながら随分譲歩していると思う。しかし、男は我を失っているらしい。
「まただ……いつもそうだ……皆そうやってわたしを避けて……わたしを受け入れてくれない……なんでわたしばっかり、こんな目に……」
どうやら、被害者は蓮以外にもいるらしい。それなら、ここで終わらせてやるのがこの男のためでもあるだろう。そう思って不自由ながらポケットに手を突っ込むが、スマホがなかった。
男はナイフを握った。そこで初めて蓮は焦りの表情を見せた。
次の日、藤森が仕込みをしようとファートルに来ると、扉の前でヨッシーがカリカリとやっていることに気付いた。
「どうした?ヨッシー……」
藤森が持ち上げると、ヨッシーはニャーニャーと鳴き出した。何かを訴えているようだ。
嫌な予感がして、藤森は店内に入りすぐ二階に行く。しかし、そこにいるハズの少女はいなかった。
少し前の藤森なら、問題を起こしやがってと思っただろう。しかし、ヨッシーや友達の様子を見て蓮が悪い奴じゃないと気付いていた。だから、夜遅くまで出かけていても怒ったりしなかったのに。
「何があったんだ?」
この賢いネコは何か知っているハズ。しかし、ニャーニャー鳴くばかりで何も分からない。とりあえず学校には休むという連絡をしないといけないと思い、すぐに電話をした。
「ゴシュジン!レンが……!レンが今危ない目に遭っているんだ!」
そう伝えたいけれど、何せ彼はヨッシーの声など聞こえていない。どうすれば伝わるのか?今ほど、この身体を恨んだことはない。
「落ち着け。……あいつに、何かあったんだな?」
藤森の質問にヨッシーは分かりやすく首を縦に振る。
「あいつ、頭を殴られて、血を流してたんだ!でも、大丈夫って言ってワガハイだけ逃がしてくれて……!早く……早くしねぇとあいつが……!」
「分かった。とりあえず警察に捜索願、出しとく」
藤森に頭を撫でられ、ヨッシーは静かになる。
――あいつらにも、話さないと……。
そう思いながら。
学校では、風花がいつも来ているハズの蓮が来ていないことに疑問を持っていた。長谷は風邪で休みだと言っていたが……。
昼休み、もみじと話したいと言って生徒会室に来た。
「どうしたの?春鳴さん」
もみじが風花に聞く。風花は「その……いろいろあるけど……」と言って、
「ごめんなさい!」
と勢いよく立ち上がり、頭を下げた。それにキョトンとするもみじ。
「あたし、狛井のことを全部生徒会長のせいにしてた。あいのことも、後から助けを求めていたことに気付いて……それも、全部」
「春鳴さん……ね、頭上げて」
もみじの言葉に従い、頭をあげる。
「私も、教師が言うから本当なんだってずっと思ってたの。私は悪くないって。だから、必要以上にあなた達に強く当たったと思う。……こちらこそ、ごめんなさい」
それに驚いていた風花だったが、二人して笑い出す。
「なんか、言ったらすっきりした。それから、あたしのこと風花でいいよ」
「分かったわ。そっちも、私のこともみじでいいから。……それで、他に話したいことがあるのよね?」
もみじが尋ねると、風花は「うん……」と蓮のことを話した。
「成雲さんが休み?……でも、今までそんなことなかったわよね?」
「うん……先生は風邪だって言ってたけど……」
「……そうね。とりあえず、居候先まで行きましょう。ヨッシーには会えるかもしれないわ」
皆に連絡、まわしておくわともみじがチャットで送る。しかし、蓮からの返事は一向に来なかった。それにますます不信感が募る。
『そういや、蓮は?』
『今日は休みらしいの。……ところで、蓮からそっちに連絡が来ていないかしら?』
『蓮から?……そういや、昨日個人的な相談したくてチャット送ったけど一向に既読にならねぇわ』
それで、風花やもみじの中の不信感が確信に変わった。これは、風邪ではない。
『放課後、ファートルに集合しよう』
『別に構わないが……蓮が困るのではないか?』
『普段ならね。でも、今回は非常事態』
『どうしてだ?』
『もし、これを蓮が見ていないとしたら?』
『それは、寝ているだけではないのか?』
『それなら、風谷君のチャットには反応しているハズでしょう?少なくとも、既読はつけるハズよ』
『そうだよ。蓮、連絡したらすぐ返事来るし。時間すっごく経ってるのに見ていないって、おかしいと思わない?』
『確かにそうだよな。俺、何度か相談に乗ってもらってっけど返事はすぐ来るし』
『そう言われれば、そうだな。彼女は必ず返事を返す』
『私はよく分からないけど、もし彼女の身に何かあったら……』
『あいつ、前歴あっからやべぇんじゃね?』
『無事だったらいいんだけど……』
そこまでチャットを打って、チャイムが鳴った。
『時間切れね。何もなければいいけど』
『俺、もう一回蓮に連絡してみるわ』
良希のチャットを最後に、スマホをポケットに入れた。
「とりあえず、教室に戻りましょう。また放課後ね」
「うん」
二人もそれぞれの教室に戻った。
放課後、アジトで集まる。
「ここがアジト……?」
「堂々としてれば大丈夫だよ」
ここで蓮が来てくれたらすぐにでもデザイア攻略と行きたかったが……。
すると、見覚えのある黒ネコがやってきた。
「お前ら、やっぱりここに来てたんだな」
「ヨッシー?なんでお前……」
「……事情、話しておかないといけないだろ」
ということは、彼は知っているということだ。
「……あいつ、実はストーカー被害に遭ってたんだ。それはあいつもワガハイも知ってた。だが、一向に相談するそぶりを見せなくてよ……昨日、あの後バイトに行ったんだが、帰る時公園で話してたらそのストーカー男に捕まって……レン、頭を鈍器で殴られて、血を流して……それでもワガハイだけ逃がしてくれて……それ以降はどうなったか分からないんだ」
「つまり、蓮はそのストーカー男に捕まっているというわけ?」
「恐らくは……。ゴシュジンも、午前中に警察に捜索願を出した」
つまり、リーダーは今危険な状況にいるというわけか。ストーカー男の目的が何か分からないが、とにかくこのままでは危ない。
「ヨッシー、とりあえずその公園まで連れて行って」
「分かった。こっちだ」
ヨッシーの後を追いかけ、四人は公園まで来た。地面にはかすかに赤色が混じっている場所があった。
「ここだ」
「この赤いところ……多分、蓮の血だよね……」
風花が顔を青くする。その時、警察が来た。
「君達、ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「昨日の夜、ここで男に襲われていた高校生がいるっていう情報があるんだけど、何か知らない?」
蓮のことを言われていると分かり、良希が答えようとする。しかし、それをもみじが制止する。
「その襲われていた人って、黒髪で癖毛の人でした?」
「よく分かったね」
「実は、うちの高校で今日来ていなかった人がいたんです。その人も黒髪の癖毛で……あぁ、私、学校の生徒会長をやっているんです。だから、心配で……」
もみじが当たり障りのない程度に答えていく。
「それじゃあ、その子の特徴を教えてくれないかな?」
「その……その子、男の子の服装をしていると思うんですけど、本当は女の子なんです。事情があって、男の子の格好をしているみたいで……それから、髪もウィッグをつけているので、本当は長い髪なんです。だから情報とは違う髪型をしているかもしれません」
「なるほど……」
「それから、その子昨日はバイトに行っていたみたいなんです。多分、帰る途中で襲われたんじゃないかと……」
「分かった。君達も遅くなると危険だから早く帰りなさい」
警察の言葉に四人は黙って頷いた。いくら怪盗といえど、まだ高校生。ターゲットの名前を知らなければ何も出来ない。
皆でファートルに行く。藤森は「あぁ……お前らか」と呟いた。
「あの……蓮は……」
「……悪いな、あいつは今いねぇよ」
心なしか、彼の表情は暗い。行方知れずの居候を心配しているのだろう。
「ニャー……」
ヨッシーが元気なさげに鳴く。藤森は彼の頭を撫で、「お前も心配なんだな」と言った。
その頃、蓮は刺されながらも男と対峙していた。ここに来て何時間経ったのか、蓮は分からない。少なくとも、もう一日は過ぎる頃だろう。頭の怪我に加え、首やお腹にも刺し傷がある。左目も斬られて開かない。正直、いつ意識が飛んでもおかしくはなかった。しかも、手が使えないときた。
「はぁ……はぁ……この……!」
男はまた蓮のお腹を刺した。ここまで来ると、もう狂気だ。
(スマホがあれば、異世界に逃げられたけど……)
このままだとヤバイ……。こんなところで、死ぬわけにはいかないのに……!
気を失うまいと必死に耐える。ここで倒れたら、確実に殺される。
その時、外が騒がしくなった。扉が無理やり開けられる。
「成雲さん!大丈夫!?」
蓮の傍に駆け寄ってきたのは冬木だった。蓮を誘拐し、怪我をさせた男は警察に捕らえられていた。
「これ、キミのカバンとスマホだよね?」
すぐに救急車を呼ぶから、と冬木が自分のスマホを握る。それに安心したのか、蓮は冬木の方に倒れた。
「成雲さん!?」
すぐに呼吸と脈を確認する。異常はない。気が緩んだのだろう、あんな目に遭っていたのだ、むしろよくここまで耐えていたと思う。
警察に後のことを任せ、冬木は蓮について行く。
夜、藤森が帰ろうとすると電話が鳴った。
「もしもし」
この時間に誰だろうと思いながら電話に出る。
『夜分遅くすみません。オレ、冬木 なぎとと言います。藤森 正平さんであっていますよね?』
「あぁ、そうだが」
『実は、成雲さんが見つかって、今病院にいます』
成雲、という苗字に藤森は反応する。
「蓮が見つかったのか!?」
『はい。……それで、急で悪いのですが彼女に会うことは出来ますか?』
「もちろん、すぐに向かう」
『あぁ、ペットも連れてきていいみたいですので連れて来てやってください』
「なんであいつがペットを飼っていること、知ってるんだ?」
『彼女とは知り合いなので。それでは、病院で』
そこで電話が切れる。藤森はヨッシーをカバンに入れ、病院に向かった。
病院に着くと、冬木が出迎える。
「藤森さんですね?」
「あぁ、お前がさっき電話かけてきたのか?」
蓮と同い年ぐらいの青年だったので藤森は怪訝そうな表情をする。
「オレ、探偵やってるんですよ。警察と成雲さんを探すために動いたんです」
まぁ、ここで立ち話もなんですし早く病室に行きましょう、と冬木は藤森を蓮がいる病室に連れて行った。蓮は目を閉じていた。
「蓮……大丈夫なのか?」
「はい。ただ寝ているだけですよ。ただ、頭を鈍器で殴られたり、刺し傷が至る所にあったりするみたいです」
冬木が話していると、蓮が薄く右目を開いた。
「藤森さん……?ここは……」
「大丈夫なのか?蓮」
「はい……」
蓮が起き上がろうとするが、傷口が痛むのだろう、端整な顔を歪めた。
「痛いなら、無理して起き上がるな」
「大丈夫、少し痛むだけですから……」
藤森の言葉に耳を貸さず、そのまま起き上がって周囲を見る。それで、ここが病院だと気付く。しかも個室だ。
頭には包帯を巻いてあり、いつもつけているウィッグを外している。左目には眼帯をつけており、首元からも包帯が見えた。服の下には刺されたという傷もたくさんあるだろう。
「成雲さん、無理じゃなかったらでいいから、この事件について話してくれないかな?」
「……分かった」
普通、被害者なら思い出したくもないことだろうが、蓮は何度も繰り返しているせいで精神がタフだ。数日前からあの男にストーカーされていたこと、昨日ついに襲ってきてあんなことになったことを話した。
「なるほど……」
「多分、他の人も被害に遭ってると思う。むしろここで止められてよかったよ」
その言葉に冬木は疑問符を浮かべる。
「なんで他に被害者がいるなんて思ったの?」
「あぁ……あいつ、いつもそうだとか、皆わたしを避けてとか言ってたからな。推測だが、その言葉からそう思うのは当然だろ?」
「なるほどね……キミ、あんな目に遭ってるのによくそんな冷静でいられるね。もっとパニックになるものじゃないの?」
冬木の言葉に藤森も確かにと思った。蓮はいつも男装しているが、中身はれっきとした女の子だ。それなのになぜ……?
「あぁ……まぁ、慣れてるから」
蓮はそれだけ言った。慣れているとは一体どういうことか。冬木も疑問に思ったが、
「それじゃあ、オレはこれで。明日、来れたら来るよ」
そう言って、冬木は帰っていった。それを見計らってヨッシーが顔を出した。
「あれ?ヨッシー、来てたんだ」
「ワガハイも連れて来ていいって言われたみたいだ」
「……病院って、ペット禁止じゃなかったんですか?」
藤森に尋ねる。ヨッシーは「ワガハイはネコじゃねぇ!」と叫んでいる。
「本当は駄目なんだろうが、今回はいいってさっきの奴に聞いたんだ」
「冬木に?」
「そうだ。……とりあえず、ヨッシーは俺の家で預かっておく。調子がよくなったらもう少し事情を詳しく教えろよ」
「分かりました」
「早く良くなるといいな」
それじゃあ、と藤森とヨッシーも帰っていく。
『……今回ばかりはひやひやしたぞ』
かわりに『ジョーカー』が話しかけてくる。それについては同感と蓮も苦笑いを浮かべる。
『ストーカーか……今後は気をつけないとな』
「そうだね……まさかあんなことになるとは思ってなかったから」
何周かするうちにあのストーカーの存在に気付いた。しかし、今まで襲われたことはなかったので何もしてこないだろうと油断していたのだ。
デザイア攻略をどうしようか悩むが、眠気が襲ってきた。
『今日はもう寝ろ。疲れているだろう』
「そうだね……おやすみ」
そう言って蓮は目を閉じた。
そこからは慌ただしい日々を過ごした。結局二日間程度入院し、一時は学校に行けなかった。学校には実家に帰っていると言っているらしい。しかしその間にも期限は迫る。仲間達が心配する中、怪盗の仕事を続ける。最初は蓮抜きで攻略しようと思っていたらしいが、何しろ「切り札」のコードネームを持っているほどだ、彼女抜きでは難しいということで無理しないという条件のもと一緒に攻略することになった。
もみじのコードネームを「アテナ」にし、デザイアの攻略が始まる。この日は土曜日ということもあり、一気にオタカラのルートを確保した。
「今回は早かったね……」
「ジョーカーの気迫が半端なかったぜ……」
「まさに鬼だったな……」
古参組がどこか震えて呟いた。アポロとアテナは疑問符を浮かべる。
「いつもあんな感じじゃないの?」
「いつもはもっと優しいよ。戦闘狂だけど」
「少なくとも無理はさせねぇよな。戦闘狂だけどよ」
「敵を一気に蹴散らすこともしないぜ。戦闘狂だが」
「皆して戦闘狂というのは彼女に失礼じゃないか?」
アポロが思ったことを言うが、当の本人に「一応、事実だから」と答えたものだから何も言えなくなってしまう。
「……君、見かけによらず強いんだな」
「別に、言うほど強くないよ」
一瞬、陰りが見えたのは気のせいだろうか。すぐに「決行は二十二日にしよう」というので分からない。
「でも、傷は大丈夫なの?右目だけじゃロクに見れないでしょう?」
仮面をつけていても、左目の眼帯が目立った。しかしジョーカーは、
「スリルを楽しむのも怪盗の醍醐味だ」
と言ってのけた。全くこの少女は……とアテナは思ったが、その瞳を見て呆然とした。
――その瞳には、何も映っていなかった。ただ、黒く深い闇だけがそこにはある。
洗脳かと思った。しかし、彼女は不思議な力で守られているのか状態異常はやけどと感電しか効かないと本人から聞いた。
気付けば、その瞳には光が戻っていた。さっきのあれは何だったのだろう?
現実に戻り、その日は解散となった。
夜、ヨッシーが寝たのを確認して城幹のデザイアに入る。すると例の男がいた。城幹のフェイクと話している。
「成雲家のお嬢様、気が強かったですね」
「当然だ、あいつは強いからな。お前程度じゃ屈服させることが出来ない」
似たような話をしている。これ以上情報は得られないと思い、帰ろうとすると男は狂った笑い声をあげた。
「あいつに後悔させてやるんだ!この俺があいつを屈服させてみせる!」
ゾッとした。この男は蓮に一体何を求めているというのだろうか?
逃げるように現実に戻った蓮はファートルに戻った。刺された傷がまだ痛む。
『……あいつも、堕ちるところまで堕ちたな』
『ジョーカー』の呟きが聞こえた。
「どういうことだ?」
『そのままの意味だ。あそこまで行くともう狂気の沙汰だ』
その通りだ。やばい奴だとは思っていたが、あそこまで行くともう正気の沙汰じゃない。狂人と言われてもおかしくないレベルだ。
――そんなにボクのことが憎いのか?
あんな狂気に身を預けてまで。一体、誰だというのか。
『……まぁ、今考えても無駄だ。今日はもう寝ろ』
「……うん、そうする」
ベッドに転がるとすぐに眠気が来たので従った。
決行日前日、痛みもある程度引いて学校にも行けるようになったのでアジトに集まる。予告状のことはもみじに任せ、解散した。
次の日、予告状が渋谷全体に張られていた。これで城幹の耳にも入っていることだろう。
デザイアに入り、オタカラのところまで行く。ちなみに、既に『ジョーカー』と入れ替わっている。
オタカラのところには城幹のフェイクがいた。戦闘になると、『ジョーカー』は城幹の羽根を撃ち抜いた。そして、皆で呪文を唱える。怒った城幹はブタの形をした丸い鉄球を出してきた。しかし、それもその鉄球が放ったミサイルで壊す。
勝負は怪盗団が勝った。城幹からも白い男の話を出され、皆で顔を見合わせる。
城幹が消えると、デザイアが崩れ始める。前に買ったキャンピングカーにオタカラをつめ、現実に戻る。そして、ファートルに戻った。
「これで改心したのよね?」
もみじの確認に「そのハズだ」と答えた。結果が出るまでは様子見だとこの日は解散する。
次の日、もみじから城幹は警察に捕まったと連絡を受けた。そして三十日、城幹の手下達も捕まったとニュースで流れ、怪盗フィーバーが起こり始めた。
――ここからか……。
ここから、怪盗団は黒幕の罠にはまってしまう。そっちがその気ならこっちだって受けて立つと蓮は誰にも気付かれず、怪しい笑みを浮かべた。




