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幻想怪盗団~罪と正義~  作者: 陽菜
19/42

九章 仲間割れとぶつかり合う想い 後編

 日曜日、皆が蓮の部屋に集まった時にそれは起こった。

「そういえばりゅう、ボク達が修学旅行に行ってる間何してたんだ?」

 蓮が聞くと、彼は「ちょっと調べてた」と答えた。

「何を調べていたんだ?」

「精神崩壊事件のこと。もみじのおねえさんも追ってるんでしょ?」

 裕斗が尋ねるとりゅうはパソコンを見せた。

「偉い人がそれに関わっている可能性が高いみたい。ちなみに、咲中も関わってるかもしれない」

「そうなのか?そういや、咲中って奴、サイトでもランキング一位だったよな」

 良希がスマホを取り出し、怪盗応援チャンネルを開く。

「すげぇな、りゅう。ヨッシーより役立つぜ」

 良希のこの言葉が引き金となった。

「……やはり、ワガハイは……」

「ヨッシー、どうした?」

 様子のおかしいヨッシーに蓮が話しかけると、彼は不意に言った。

「次のターゲットはどうするんだ?」

「次のターゲットって……」

 急にどうしたのだろう?何か、焦っているように見える。

「やっぱ、咲中って奴がいいんじゃねぇか?ランキング一位だし」

「デザイアもあることが分かってるし、いいと思うよ?」

 良希がそう言い、りゅうが頷く。しかし、蓮にしてみればヨッシーのその焦りようが気になった。

「いや、しかし今は少し冷静になった方がいいと思う。この熱狂ぶりは少し怖い……」

「ボクも同意見だ。今は冷静に……」

 裕斗と蓮が冷静な判断を言うが、それがいけなかった。

「なんだ?お前らここまで来て怖気づいているのか?意気地ねぇな」

「あぁ!?んだよこのネコ!いったん考えてみるだけって意見じゃねぇか!」

 良希が怒鳴ると、ヨッシーは明らかな怒りを見せた。

「なんだよ!別にいいじゃねぇか!悪人なんだからよ!」

「少しぐらい考える時間与えろよ!少なくとも蓮と裕斗が納得してないだろ!?」

「なら今決めろよ!大衆が望んでるだろ!?」

「俺がこいつらを説得させられるように話せると思ってるのか!?ふざけるのも大概にしろよ!」

 ヒートアップしていく大喧嘩にどうしようと皆が蓮を見る。

「良希、少し静かに。ヨッシー、お前も冷静になってくれ」

 いつも通り蓮が静かに止める。が、今回は意味がなかった。

「ワガハイには時間がねぇんだよ!」

 ヨッシーが蓮に怒鳴ったのだ。いつもなら蓮が無茶をした時ぐらいしか怒らないあの彼が、だ。それに驚き、蓮は目を見開いた。

「お前、蓮に怒鳴る必要はねぇだろ!」

「リーダーがくよくよしてるからだろ!」

「蓮はただ冷静にって言っただけじゃねぇか!」

 ヨッシーはいらだった様子のまま机から降り、こう告げた。

「それならワガハイ、一人でも行くぜ。ここにいても意味ないみたいだからな」

「え、ヨッシー……」

 蓮が戸惑ったように言うが、彼はすたすたと歩いていく。

「今日限りでお別れだ。じゃあな」

 そう言って、ヨッシーは家出してしまった。蓮は俯いたまま、何も言えなかった。


 この日は解散しようともみじの言葉に皆賛成した。夜、蓮は出ていったヨッシーを探しに行く。しかし、見つかることはなく、ファートルに戻った蓮は自分を責めた。

 ――あの時、ちゃんと悩みを聞いてあげてればよかった。

 そうすればきっと、ヨッシーがあんなに追い詰めることはなかったのに。

 ――お前が悪い。大切な相棒を傷つけた。

「いや……」

 ――お前がいなくなればいい。いっそ、この世から消えてしまえ。

「いやぁ!」

 蓮は衝動的にカッターで自らの腕を斬りつける。幻聴から逃れるために。いわゆる錯乱状態だが、それを指摘する者はもうここにいない。シーツが自分の血で赤く染まっても止められず、続ける。

 その後のことは全く覚えていない。ただ、朝起きた時に近くに血まみれのカッターが落ちていたところを見れば、気を失ってしまったと知るには十分だった。

 昼過ぎになっても、幻聴はおさまらなかった。その度にカッターで斬りつけ、傷が広がっていく。夜は幻聴が酷くなり、眠れなかった。


 次の日、同じように気を失うまでカッターで斬りつけた蓮は腕に包帯を巻き、シーツは布団で隠した。今度新しいシーツを買ってこないと、とぼやける頭で思っていると、

 ――なぜ、お前は生きているんだ?

「また……」

 ――お前は死ぬべきだ。

「いや……」

 ――お前は生きていても意味のない人間。

「あ、あぁああ……!」

 再びカッターを持った瞬間――、

「蓮!早くしないと遅刻しちゃうよ!」

 下から聞こえてきたりゅうの声に蓮は我に返った。時間を見ると、もう学校へ行く時間。慌てて下に降りると、藤森が心配そうに蓮を見た。

「大丈夫か?お前」

「大丈夫です……」

 返事にいつものような力が入らなかった。藤森もそれに気付いたのだろう、

「いや、絶対に大丈夫じゃない。蓮、今日は休め」

 保護司に言われては逆らえない。蓮はおとなしく学校を休むことにしたのだが、何もしなければあの声が襲ってきて、精神的にどんどん追い込まれていく。そして、自傷行為を繰り返す。夜も眠れないので悪化していく一方だ。しかも、食事も水さえ喉を通らない。

 そんな生活が何日も続き、休み続きの蓮を仲間達が心配した。

「大丈夫?蓮……」

「大丈夫だよ。心配かけてごめん」

 笑ってそう言うが、それがやせ我慢だということは誰が見ても明らかだった。目の下には彼女にしては分かりやすくクマが出来ているし、食べていないせいかどこか痩せた気もする。

「病院、行こ?」

 風花が言うが、蓮は「いいよ、そこまで酷くないし」と断った。それならヨッシーを探しに行こうと提案する。それに蓮は了承した。正直、リーダーがこの状態で大丈夫かと誰もが思っているが、恐らくヨッシーを連れ戻さないと彼女のこのバッドステータスは治らないだろうと判断したのだ。

 ヨッシーはきっと咲中のデザイアに行ったのだろう。そう思って咲中がどこをどう思っているか調べた。

「多分、会社だと思う。サキナカフーズ」

 蓮がそう言って入力すると、反応したので後はどう見えているかという話をした。会社で使っている名前は宇宙に関係しているものだったから……。

「宇宙基地、とか?」

 裕斗が言うと反応した。どうやら当たったらしい。今はとにかくヨッシーを連れ戻し、蓮の調子を戻さないといけない。

 デザイアに入り、少し進むと行き止まりだった。鍵がかかっているらしい。

「あなた達、何者なんです!?」

 突然そんな声が聞こえてきて、皆後ろを向く。そこにはヨッシーと銃士のような服の見知らぬ少女がいた。仮面と怪盗服を着ているところから見て、アルター使いだろう。

「ヨッシー……」

 蓮が彼の名を呼ぶと、彼は「お前とはもう縁を切ったんだ。もうこれ以上関わるんじゃねぇ」と無慈悲に言われた。その瞬間、頭に何かの衝撃が襲ってきた。

「……………………」

 蓮は黙りこんでしまう。仮面の下の顔は、かなり酷く傷ついていた。しかし、そんな中でも彼らの後ろにエネミーがいることに気付く。

「危ない、ヨッシー!」

 そう叫ぶと、ヨッシーと少女は驚いたようにエネミーの攻撃を避ける。

「おい、逃げるぞ!」

 そのまま二人は逃げていった。蓮達も二人の後を追いかけるが、デザイアから出た時にはもういなかった。

 蓮は、視界が歪んでいくことが分かった。これまでの無理がたたったのだろう。

「ちょっと、蓮!?」

「大丈夫か!?」

 風花と裕斗の声を最後に、蓮は意識を失った。

 怪盗団の皆は大慌てだ。当然だ、急にリーダーが倒れたのだから。

「ど、どうしよう……」

 風花が焦ったように聞いた。

「ファートル近くの診療所!あそこならいつも行ってるし、大丈夫だと思う!」

 りゅうの言葉に頷き、裕斗が蓮を背負い、全員で敷井のところに向かった。


「……栄養不足と貧血、脱水症状、それから寝不足による疲労ね」

 敷井が蓮の状態を見て、そう告げる。

「こんなに酷くなったのはいつから?」

「えっと……四日前だと思う……学校、いけなくなってて……!」

 りゅうのたどたどしい説明にすぐ分かってくれて、

「つまり、ペットのネコがいなくなってから酷くなったのね?」

 と確認した。裕斗が頷くと、敷井はふむ、と考え「本当は勝手に教えちゃいけないことなんだけど」と前置きをし、

「ちょっと見るに堪えないものかもしれないけど、知りたい?」

 と聞いてきた。

「何を?」

 良希が尋ねると、敷井は説明した。

「この子ね、自傷行為癖があるの。多分、腕に酷い裂傷痕があると思う。……それ、見てみる?嫌なら、待合室で待ってて」

 皆は顔を見合わせるが、誰も見たくないとは言わなかった。

「大丈夫です」

 もみじが代表して答えると、敷井は「それなら手当てと、点滴をしないとね」と言って蓮が着ている服の袖をめくる。腕には包帯が巻かれていて、ところどころ赤く染まっていた。それを解くと、敷井の言う通り酷い裂傷痕がたくさんあった。骨まで見えるのではないかと思う程だ。

「……相当ストレスだったみたいね。いつも以上に酷い」

 ここまで酷いとは思ってなかったらしく、敷井も顔をしかめた。

「……この子ね、最近幻聴も聞こえてくるようになったみたいなの。夏休み中に相談しに来てね」

 腕の手当てをしながら、敷井は話し出した。そこで初めて蓮が誰にも相談せず、一人で耐えてきたことを知った。

「点滴するけど、傍にいる?」

 綺麗な包帯を巻き終えた敷井が聞くと、全員が頷いた。点滴を打っている間、誰も口を開かなかった。

 点滴が終わり、蓮をファートルに連れて行くと藤森が驚いた表情をする。しかしすぐに「二階にあがっとけ」と言われ、全員二階にあがった。裕斗は蓮を寝かせようと掛布団をめくると、赤く染まっていて顔をしかめたが、気にせず蓮を横にした。

「……どうするよ?」

 良希が聞いた。ヨッシーがいなくなり、蓮も倒れ、もはや何をすればいいか分からない。今までどれだけ二人に頼り切っていたのかがよく分かった。

「とにかく、ヨッシーを見つけた方がいいわね」

 もみじが口を開く。ここまで緊急事態だとは思っていなかった。でも、考えてみればすぐに分かったことだ。蓮がどれだけヨッシーに信頼を寄せていたかなんて、ちゃんと見ていればすぐに分かることだったのだ。

「で、でも蓮はどうするの?」

 りゅうが心配そうに聞く。それに良希が「何か食べれそうなもん買ってきて、起きたら食べさせた方がいいんじゃね?」と言ったので風花が怒った。

「そもそもあんたが悪いんでしょ!」

「う……そうだけどよ……」

 良希としても、まさかヨッシーがあそこまで追い詰められているとは思っていなかったのだ。だからいつも通り喧嘩してしまった。

「どうするの?」

 しかし、すぐにもみじに止められ、皆ヨッシーを探しに行くということで同意した。

「じゃあ、明日ここに集合。どうするか考えるわよ」

 そう言って、解散した。


 次の日、ファートルに来てみるが蓮が目覚める気配はない。

「昨日、ヨッシーと一緒にいた子が分かったわ」

 そんな中、もみじがそう告げる。

「だ、誰?」

「凛条高校一年生の桜田 ほのかさん」

「接触は?」

「してみたんだけど……「仲間を思いやれないなんてどうかしてません?」と言われたわ」

 その言葉に、皆は思い出す。確かに自分達はヨッシーを思いやっていなかったかもしれない。

 なら、蓮は……?

 蓮は、どんな話でもちゃんと聞く人だ。きっと、ヨッシーにも手を差し伸べていたに違いない。それにあの日、良希とヨッシーが喧嘩した時も冷静に判断して止めていた。

 これはリーダーの力不足ではない、それは明らかだった。

「今日はもう遅いわ。依頼が勝手にこなされているところから見ても、アザーワールドリィに入っていることは確かよ。だから明日はアザーワールドリィに張り込むわよ」

 リーダーがいない今、この場を取り仕切るのは最年長であるもみじだ。彼女がそう言うと、皆頷いた。


 次の日、アザーワールドリィに張り込んでいると、予想通りヨッシーと桜田が入ってきた。すぐに出ると、二人は驚いた顔をする。

「ヨッシー、ゴメン」

 風花が謝るが、ヨッシーは「来るな!」と叫ぶ。

「ワガハイはもう、怪盗団じゃねぇよ!レンだって来てねぇだろ!」

 ヨッシーが叫ぶ。それに皆戸惑った。

「蓮は、その……」

 りゅうが戸惑って言えずにいると、

「今、気を失ってる」

 裕斗の言葉にヨッシーは目を見開いた。

「え……?」

「数日前から何も食べれてないし、水も飲めてない。そんな中、蓮はヨッシーを追いかけて来てたんだよ」

「それに、自傷行為も悪化してるらしい。それでも戻ってこないのか?」

 そんなになっているとは思っていなかったらしい。ヨッシーは俯いたが、

「だからって、あんなこと酷いこと言ったんだぞ?さすがのレンだって、もう、見捨ててるに決まってる……」

 ヨッシーはそう呟いて、また逃げるようにどこかへ消えていった。

「あ、ヨッシー!」

 桜田がヨッシーを追いかける。ヨッシーの様子を見る限り、まだ迷いがあるようだ。

「……今は待つしかない、か?」

 裕斗の呟きに全員が頷いた。言うことは言ったのだ、あとはもう、彼次第だろう。だが、もし彼が帰ってこなかったら……蓮は目覚めても、死ぬまで自傷行為を続けるだろう。そうならないように明日また話し合おうということになる。


 次の日、怪盗団の皆が蓮の見舞いに行った後、話し合いをするためにファミレスに行こうと渋谷を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「なぁ……ホノカ……」

「どうしたの?」

「ワガハイ、やっぱり……」

「いいんじゃないかな?その蓮さんって人、多分怒ってないよ。自分が大変な中で来てくれたんだもん。ヨッシーのことがどうでもよかったら、そんなこと絶対にしないよ」

「でも……」

 ヨッシーと桜田だ。何を話しているのだろうと良希が声をかけた。

「おい」

「にゃ!?」

 予想外の人物達にヨッシーは悲鳴をあげる。しかしすぐに「お前ら……」と皆を見た。そして、

「なぁ、レン、起きてるか……?」

 目を伏せながら、そう尋ねた。

「いや……」

 裕斗が首を振ると、ヨッシーは「そうか……」と俯いた。

「ヨッシー、どうするの?」

 桜田がヨッシーに聞く。彼は言葉を詰まらせた後、覚悟を決めて、

「……レンのところ、連れてってくれないか……?」

 と頼んた。皆は頷き、桜田とヨッシーを連れてファートルに戻ってきた。

 二階にのぼり、ヨッシーは蓮の隣に座る。そして、少し痩せてしまった彼女の頬に触れた。

「……実はさ、 ワガハイ、気付いてたんだ。こいつに自傷行為癖があるって。それに、一人でいろいろ抱えてるってことも分かってた。でも、ワガハイじゃどうすることも出来なくて、ワガハイじゃこいつの支えにならないって思って……しかもワガハイ、正体も分からないから……だから出ていったんだ。こいつが一人で抱え込まなくていいくらい、強くなってから戻って来ようって思ってた」

 もちろん、それだけではないのだろう。きっと、彼はここに居場所がないかもと不安になって出て行ってしまったのだ。

「……あの、よ。ヨッシー、悪かった……気付かずにあんなこと言っちまって……」

 良希がヨッシーに謝った。実際、彼と喧嘩したのがこの状況を引き起こしたのだ、彼なりに責任を感じていてもおかしくない。

「いや、ワガハイこそ悪かった」

「謝るなら、蓮にしてくれ」

「そうそう。蓮、ヨッシーがいなくなってから酷くなったんだから」

 裕斗と風花がそう言うと、ヨッシーは「それもそうだな……」と蓮を見た。まだ起きる気配はない。


 夜、皆が静かに向き合っていると、

「う……ん……?」

 蓮の声が聞こえ、皆がバッと振り向いた。薄くだが、蓮は目を開いている。

「ここ、は……?」

 見覚えのある天井だ。確か自分は、咲中のデザイアでヨッシーに会って、それから……。

「ようやく目を覚ましたか……よかった……」

「ようやく……?」

 裕斗の言葉が理解出来ない。その様子を見た良希が言葉を付け加えた。

「お前、三日間気ぃ失ってたんだよ」

「三日……!?」

 ガバッと起き上がると頭が痛んだ。水分不足だろうか?もみじに水を渡され、それを一気に飲み干す。すると、頭の痛みが和らいだ。

 改めて見渡すと、ここは自分の部屋なのだということに気付いた。この様子だと、シーツを見られたのかもしれない。

「レン……」

「あ、ヨッシー……」

 机の上にはヨッシーが座っていた。蓮は立ち上がると、少しふらつく足でヨッシーに近付く。

「おい、レン。あまり無理――」

 ヨッシーが言い終える前に、蓮が彼に抱きついた。突然の行動にヨッシーは慌てる。

「お、おいレン……!」

「さみしかった」

 戸惑うヨッシーを無視して、蓮は告げる。

「こわかった……ずっと一人なんだって……」

「レン……ごめんな」

 少女の身体は震えていた。初めて聞いた弱音にヨッシーは申し訳なく思う。

「本当に悪かった。ワガハイ……」

「いいよ、ボクの方も悪かった。ちゃんと話、聞かなかったから……」

 目を伏せる蓮に、ヨッシーは「お前は何も悪くねぇよ」と言った。その手を取らなかったのは自分なのだ、彼女が責任を感じる必要はない。

「そういえば、なんで出ていったの?」

 蓮が顔を上げ、聞くとヨッシーは目を逸らした。それを見て、蓮はため息をついた後ウィッグをとって、

「こら、ちゃんと話なさい」

 と目線をあわせた。彼女のまっすぐなまなざしにこれは逃がしてくれないと思ったが、ヨッシーは口を開くことが出来なかった。醜い心情を、これ以上晒すわけにはいかない。

「ここまでやってもまだ話さないとか……はぁ……」

 確かに、蓮がここまでやるのは初めてだ。本当の姿で真剣に向き合おうとしている。

「……………………」

 どうすれば彼の本音を聴けるのか。そう考え、蓮はもう一度ため息をつく。そして、ある種の覚悟を決めた。

「仕方ないな……あまり話したくはなかったけど……教えてあげるよ」

「教えるって……?」

「地元でのこと。詳しく知りたがってただろ?」

 その言葉にヨッシーだけでなく他の皆も息をのむ。彼女のことを知っていると言っても、冤罪のことや今まで見てきたことしか分からないからだ。

 蓮は目を伏せながら話し始めた。

「……ボクさ、地元では「化け物」って呼ばれてたんだよ」

「化け物?なんでだよ?」

 疑問だった。だって彼女はヨッシーとは違って人間なのに……。その答えは、彼女自身の口から話された。

「不思議な力を使えるからだよ。ボクの持っている「癒しの力」は確かに人の役に立つけど、それと同時に他人にはない力だから恐れられてた。皆ぐらいだよ、知っていながら化け物って言わないの」

「……………………」

 髪をいじりながら話す彼女に、皆は絶句した。

「それだけだったら何ともなかったんだけどね、家では殴られたりするし、学校では影口言われるし、どこに行っても邪魔者扱いで地元には居場所なんてなかったよ」

「それって……虐待されてたってことかよ?しかも、地域ぐるみで」

 その質問に蓮はただ静かに、それでいて寂しそうに微笑むだけだった。それは肯定の意で……。

「お前……」

 誰よりもつらい状況で一人耐えてきたということだ。ずっと居場所のないところで、他人に頼ることも出来ずにいた。それが、どれだけつらいことか。皆には分からなかった。

「ほら、ボクは話したんだから次はお前の番だ」

 何事もないように振る舞える彼女は、やはり強いのだろう。誰よりも、ずっと。ヨッシーは喉を鳴らす。そして、話し出した。

「……ワガハイ、何者か分からなくなったんだ。影から生まれる夢を見て……もしかしたら皆を傷つけるような化け物なのかもって思って……」

 その言葉に蓮は目を見開いた。蓮も同じ不安を抱えていたからだ。

「それに、お前何も言わないから……ワガハイはいない方がいいんじゃないかって思ったんだ。もう少し強くなって、また戻って来ようって思ってた。お前のことよく考えずに出ていった。悪かった、あんなこと言って……」

「ううん、いいよ別に。もう気にしてないし」

 蓮は優しく微笑んだ。さっきとは違い、そこに寂しさはない。

「……なんでワガハイにここまでしてくれたんだ?ワガハイ、お前に何も返せてないだろ?」

 ヨッシーが不思議そうに聞いてきた。こいつは何も分かっていないと蓮は思う。はっきり言わないと分からないのならば、言ってやろう。

「何言ってるんだ?お前はボクの唯一無二の相棒だろ?お前の居場所はここだ」

「え……?」

「異論は認めない」

 そう言ってニヤリと笑う姿はまるでジョーカーだった。本気で異論を認める気はないようだ。いや、否定するつもりはないけれど。

「ワガハイでいいのか?」

「むしろお前じゃないと嫌だ」

 怖いと思いながら聞くと笑って大丈夫と頷かれ。

「化け物かもしれないんだぞ?」

「ボクだって化け物だから大丈夫」

 心配だと言うと優しく平気だと答え。

「ワガハイの方が異形だろ」

「人間なのに不思議な力を使える時点で皆から嫌われる覚悟は出来てる」

 不安を口にすると温かくお前は化け物ではないと言ってくれる。まるで救世主のように。

「お前な……やっぱりずれてるぞ」

「ボクがどこかずれてるのはいつものことだろ」

「自覚ありかよ。じゃあ改めろ」

「ずれてるのは分かってるけど、何が普通なのかが分からない」

「少なくとも、ここにいる奴らじゃ参考にならないだろうな」

 ここまで話して、二人は吹き出す。

「……最初から、こうして話してればよかったんだよな」

「そうだね。そうしたらもしかしたらお前もそんなことで悩んだりしなかったかもしれないし」

 今だリーダーとしてまとめられなかったという後悔は残っているが、今は置いておくことにした。

 下から足音が聞こえてきて、そちらを見ると藤森が階段をのぼってきた。

「蓮、起きたか?」

「はい、今さっきようやく起きて」

 もみじが答え、蓮の方を見る。蓮は藤森に「すみません、心配かけて……」と頭を下げた。三日も気を失っていたというのだ、相当迷惑をかけてしまった。

「気にするな。それより、そこまで追い詰められてるって気付かなくて悪い」

 飯作ったから持ってくる、と言って藤森は下に降りた。蓮は皆に向き合い、謝った。

「皆も悪かった、迷惑かけた」

「いや、こっちこそ悪かったよ。俺があんなこと言わなきゃこんなことになってなかっただろうしよ……」

 良希が申し訳なさそうに告げる。別に、こうやって戻ってきたのだからそんなこと気にしない。

「あ、そうそう。蓮が起きた時のためにってプリン買ってきたんだ。食べるよね?」

 りゅうがそう言って、下に降りた。下から藤森とりゅうの会話が聞こえてくる。

 数分後、二人が戻ってきた。藤森の手にはお粥とヨッシー用に魚の刻みが、りゅうの手にはプリンがあった。

「さすがにカレーはきついだろうから、これを食べろ」

「最近食べてなかったから、吐くかもしれないけど……」

 蓮はそれを受け取り、ベッドに座って一口口に含む。味が薄いのに吐きそうになるが、我慢してそれを飲み込む。ヨッシーは蓮の隣で食べていた。

「そういやレン。歌、歌ってくれよ」

 藤森が下に行ったのを見計らってヨッシーがそんなことを言ってきた。おかげで咳込んでしまう。

「ごほっ、ごほっ。急にどうしたんだ、ヨッシー」

「お前、歌上手かったじゃないか。だから聞きたくてよ」

 そういえばヨッシーには聞かせたことがあったことを思い出す。あれは確か、学校の音楽室でのことだ。しかし、

「それ、皆の前で言うことじゃないだろ……」

「いいだろ、事実なんだし」

 全く、この相棒は……と思いながらヨッシーを撫でる。

「え、聞いたことあるの?いいなぁ」

 りゅうが目を輝かせた。聞きたいと言いたげだ。

「……仕方ないな……」

 この二人にそんな顔されては断れない。蓮は目を閉じて静かに歌を歌い出す。前はピアノがあったが、今はそんなものもない。しかし、歌声は部屋を美しく包み込む。

「美しい……」

 裕斗が呟く。他の人達も感動したように聞いていた。

 歌い終えると、それぞれが感想を告げる。

「綺麗だった!」

「なんか分かんねぇけど、すげぇ!」

「聞いたことないぐらい綺麗で学園祭で歌ってほしいぐらいだわ」

「すごい!こんなに歌声が綺麗な人他に見たことない!」

「もう一度歌ってほしいぐらいだ」

「そうだね。なんていうか、何度でも聞きたい声してた」

「だろ?ワガハイの気持ち分かったか!」

 そこまで言われると、さすがの蓮でも照れる。そこまで上手くはないと思うのだが。

「ほ、ほら、ヨッシー!早く食べないと皿洗えないだろ?」

 照れ隠しのように早口になってしまう。「蓮が照れてるの珍しいー!」と風花に言われ、さらに顔を赤くする。

「お、おぉ……いいぞ、その表情!絵を描かせてくれ!」

 どうやら蓮の照れ顔は裕斗の感性に来たらしい。スケッチブックを取り出したかと思うとすぐに描き始めた。もう夜だというのによくそんな元気があるものだ。

「時間はいいのか?明日学校だろ?」

 時計を見て蓮は聞く。もう九時だ。裕斗以外の皆は「あ、もうこんな時間!?」と驚いていた。どうやら気付いていなかったようだ。

「じゃあ蓮、あまり無理しないようにね」

 もみじがそう言って下に降りた。他の人達も続いて帰っていく。残ったのは裕斗だけだ。

「……おーい、裕斗―」

 いくら呼びかけても反応がない。蓮は早くに諦め、チャットを見る。気を失っている間にバイト先から連絡が入っていてそれに謝罪していると裕斗が「何しているんだ?」と覗き込んできた。

「あぁ、この三日間でバイト先から入れないかって連絡が来てたんだ。それに謝っている」

「そうなのか?そういえば君、いくつもバイトしているんだったな。そういった疲れもあったんじゃないか?」

「まぁ、そうかも」

「君のかかりつけの医者から言われたんだ、栄養不足と貧血と脱水症状と疲労らしい」

 どれも心当たりがありすぎて何も言えなかった。そこでふと思い出す。

「そういえば、ベッドで寝てたってことは……」

「悪い、そのシーツ見てしまった」

「やっぱりか……」

 出来れば見られたくなかったが、気を失った自分が悪い。何か言われるだろうかと身構えていると、

「君、自傷行為癖があるんだな。……大丈夫か?」

 腕を触れられ、蓮はビクッとする。触れられたところが少し痛んだ。

「痛むのか?」

「そう思うなら触るな」

 腕を引っ込め、蓮は裕斗を睨む。すると彼は「あ、すまない」と謝った。それに蓮はハッとする。

「ごめん、ボクも強く言い過ぎた」

 彼は心配して言ってくれたのだ、それなのに今のは酷かった。確か、風花の時もそうだった気がする。

(嫌になるなぁ……)

 人の好意を素直に受け取れない自分に嫌気がさす。昔からこうだったと言えばそれまでだが、彼は仲間なのだ。傷つけたかもしれない。

 ――裏切られるのが怖いんだろ?

 幻聴が聞こえてくる。どうやらこれがおさまったわけではないようだ。

「じゃあ、俺は帰る。遅くまで悪かった」

 そう言って裕斗は帰っていった。時間はもう十時、皿を洗ってシャワーだけ浴びて寝ようと立ち上がる。

「ヨッシーはどうする?シャワー浴びるか?」

「そうする。ホノカの家でも洗ってもらっていたが、やっぱりお前が一番だぜ」

 そう言ってヨッシーはついてくる。上の服を脱ぐと、ヨッシーが「お前、その包帯……」と言ってきた。目線は腕に行っている。

「あぁ、気にしないでいいよ」

 蓮はそう言うが、彼は「いや、それ……ワガハイのせいだろ?」と申し訳なさそうに言ってきた。

「本当に悪い……ワガハイ気付いてたのに」

「いいよ、これぐらい。いつものことだし」

 知られたのだからもう隠す必要はないと包帯を解く。自分でも引くぐらい酷い傷だ。斬っている間は全く考えていなかった。

「うわ……痛いだろ、これ」

「まぁ、痛くないって言ったら嘘になる」

「そりゃそうだろ……確か傷薬買ってたよな。それちゃんと塗れよ」

「はーい……」

 気だるげに返事しながらバスタオルを巻くと、まずはヨッシーを洗う。

「なんか、こんなの初めてだな」

「そうだね、いつも服着てるから」

 最初の頃はヨッシーが恥ずかしがってやめろと言っていたハズだ。だが、今は慣れたのだろう、何も言わなかった。

 ヨッシーをドライヤーで乾かし、先に二階に行かせる。髪の毛を洗っていると幻聴が聞こえてきた。

 ――犯罪者!

 これは確か……少し意識が遠くなるような感覚がした。

 ――そうだ、自分に味方なんていない。

 まだ皆を完全には信用しきれていないようだ。そのことに自嘲しながら蓮は服を着る。

 二階にあがるとヨッシーがベッドの上で丸くなっていた。その隣に座る。

「レン?大丈夫か、顔色が悪そうだが……」

 心配そうに見てくる。やめてくれ、そんな目でボクを見ないで。

 ――ボクは強い。仲間なんていなくても、この相棒さえいれば大丈夫だ。

 ヨッシーにだけ安心して身を預けられる。そのことを自覚した蓮は不意に聞いた。

「なぁ、なんで人間になりたいんだ?」

 その質問は予想外だったらしい、ヨッシーは目を見開いた後、

「だって、ワガハイ元は人間なんだぜ?元に戻りたいに決まってる」

「滑稽だとは思わないのか?」

 彼は今まで様々な人間の欲望を見てきたハズだ。それなのになぜ……?

「……なんかお前、おかしいぞ?」

「そうかな?……そうかも」

 月が空に浮いている。それを見ながら蓮は言った。

「……この世界は地獄だよ。夢は夢のままの時が一番きれいなんだ」

「……どうしたんだ?」

 ヨッシーが不安げに聞いてくる。急にそんなことを言ってくるなんて変だ。蓮らしくない。

「ううん、何でもない。ごめん、急に」

 蓮は謝り、ヨッシーの背を撫でた。

「……ヨッシー、ずっと隣にいてくれよ?ここがお前の居場所なんだから」

「もちろんだ、ワガハイ、もうお前を置いて出ていったりしねぇよ」

 二人は空に誓い合う。月はそんな二人を優しく、赤く見守っていた。

 ――しかし、蓮の心は既に壊れていた。


 次の日、制服を着て下に降りると藤森が「もう大丈夫なのか?」と聞いてきた。それに頷くが、彼は「今日まで休んだ方がいいぞ。昨日まで気ぃ失ってたんだからよ」と言った。

「ゴシュジンの言う通りかもな、言葉に甘えようぜ」

 ヨッシーにも言われたので今日まで休もうと二階に戻る。無理して倒れたら蓮としても困る。これ以上迷惑はかけられない。

 夕方、怪盗団の皆が蓮のところに来た。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は桜田 ほのか。凛条高校の一年です」

「ボクは成雲 蓮。えっと、なんて呼んだら……」

「ほのかでいいよ。それから、敬語も使わないで。あなた、他人に敬語を使う癖があるって他の人に聞いたの」

 恐らくもみじあたりがそう言ったのだろう。

「分かった。そうさせてもらうよ。それで、えっと……確か、ほのかは咲中の婚約者だったよな?」

 蓮が聞くと、「あ、知ってたんだ」と微笑まれた。

「少し調べたんだ。どうこうするつもりはないから安心してくれ」

「分かってるよ。皆からあなたがどんな人かかなり聞かされたからね」

 同じ学校なら前歴のことは知っているハズなのに動じないということは、本当にそうなのだろう。もしくは危機感があまりないか。まぁ、蓮としてはどちらでも構わないが。

「頼れる相棒だぜ。そこの金髪とは違って」

「んだとネコ!」

 ヨッシーと良希がまた喧嘩を始めようとするので蓮は間に入る。

「喧嘩はやめろよ。強力な呪文を放たれたいなら別だけど」

「おま、それマジでやめて。お前の攻撃シャレになんないから」

「ワガハイもお断りだぜ……」

 普段のエネミーに対する態度を思い出したのだろう、二人は少し顔を青くしながら止めてきた。

「それで、皆して何しに来たの?」

 今日は連絡してないし、集まる日ではなかったハズだが。すると風花が「蓮が心配だから来たんだよ」と言った。それに微笑むが、

 ――あいに何かやったら承知しないからね!「犯罪者」!

 急にそんな言葉を思い出した。確か、川口と初めて話した時だ。風花が川口の手を取って蓮から遠ざけた時に言われた台詞。

 それを合図にしたようにこれまでのことが思い出されていく。

 ――お前達が芸術に興味があるとは思えないが……。

 ――なら、正義を見せてくれる?

 ――この家が僕の墓場だから。

 自分は皆に何も出来ていない。ただ、特別な力があり、それが強力だから。だから慕われているだけ。それ以外に、ないのだ。

 一瞬だけ、牢獄世界の牢屋が見えた気がした。


 夜、「お前、やっぱり無理してないか?」と言われ、蓮は目を丸くした。

「どうしたんだ?急に」

「いや……お前元気なくってよ……夕方皆が来た時も、固い表情してたから」

 やはり、彼には隠し事が出来ない。ただ、正直に言うのもはばかれるので「いろいろ思い出してたんだ」とだけ告げた。

「そうか……嫌なこと思い出したんだな」

「ちょっとね。でも大丈夫、気にしないで」

 無理に笑顔を浮かべると、「ワガハイには遠慮しなくていいんだぞ」と言われた。

「お前はワガハイの相棒だからな、どんな時でも一緒だ」

「そうか。……なぁ」

 それに甘えて蓮は少しだけ口をこぼす。

「お前さ、影から生まれた夢見たって言ってただろ?それさ、ボクも同じなんだ」

「え?」

「その時から、ボクが何者か分からなくなって……正直、怖い。皆を傷つけてしまうのは、もしかしたら自分なんじゃないかって」

 それはそのまま、ヨッシーが抱いていた恐怖だった。自分のことが分からなくなった恐怖は計り知れない。ヨッシーの場合は人間だと思っているけど、蓮は反対に人間じゃないかもと思っている。正体不明と言うほど不安になるものはないのだ。

「そうだったんだな……大丈夫、お前がたとえ人間じゃなくてもワガハイは味方だ」

「……ありがとう、ヨッシー」

 化け物かもしれないのに、受け入れてくれて。そう呟いた蓮の表情は曇っていた。


 次の日、蓮の体調も本調子ではないが落ち着いたので改めてデザイア攻略をしようという話になった。

「ターゲットは咲中でいいのか?」

 蓮が皆に確認すると、ほのかが「えぇ。私は構わないよ」と答えた。

「挨拶の時に一度見学に行ってみたんだけど、従業員さんは皆辛そうだった。何日も寝ていないって。中には倒れる人もいて……。ブラック会社っていうのは本当なんだと思う」

「そうか、反対の奴はいるか?」

 その質問に手をあげる者はいなかった。それなら今日から攻略を始めようと蓮は言った。

 デザイアに入ると、「そういえば、コードネームは何がいい?」とジョーカーがほのかに聞いた。

「ちなみに、ジョーカー以外は皆神話の神から取っている」

 アポロがそう言ったので彼女は「じゃあ、皆が決めて」と答えた。

「そうだな……じゃあ、「ディアナ」なんてどうだ?月の女神の名前なんだが」

「それでいいよ」

 ほのか――ディアナは笑った。

 先に進むと、咲中のフェイクがいた。

「お前、なんで来たんだ?俺のフィアンセ」

「それは、あなたが悪い人だからです。人の心をすりつぶして得た利益で、誰が幸せになるというんですか?」

 ディアナが彼に聞いた。すると彼は「従業員は全員道具だ!だから俺が利用してやってるんだよ!」と高笑いした。

「お前だって、俺にとっては道具なんだ。道具は道具らしく俺に従え」

 その言葉にディアナの顔は曇った。こんな奴が彼女の婚約者だという。

「クズだな」

 ジョーカーが吐き捨てると、たくさんのロボット達が現れた。ざっと見、百体ほど。エネミーではないが、彼らが行く手を阻む。

 不意に一体のロボットがディアナに向かって攻撃を仕掛けようとしてきた。

「危ない!」

 彼女の前に立ち、ロボットを睨みつける。しかし、感情のないロボットは問答無用で近付いてきた。

「ジョーカー!」

 テュケーが叫ぶ。しかし、血が飛び散ることはなかった。

 なんと、目の前には見えない壁があってジョーカー達を守っていたのだ。

「ふぅ……間に合ってよかった」

 間一髪だったとこぼす。それに皆が唖然としていた。

 この壁はジョーカーが作ったものだ。「防御の術」と言ったもので、成雲家に伝わる秘術の一つ。ちなみに、練習すれば柔らかくすることも出来る。

 動けないロボットに飛び乗り、ジョーカーはナイフで腕を切断する。これが生身の人間やエネミーだったら、なかなかにグロテスクな光景になったことだろう。ナイフについている丸い装飾の内八個が光っていることに気付いたが、気にしないことにした。

 時が止まっていたように動かなかった怪盗団だが、ハッと我に返りジョーカーに続いて呪文を唱えた。

 ロボット達を倒し終えると、咲中のフェイクがいなくなっていた。どこかに逃げたのだろう。いつものことだ。

 皆、息が乱れていることに気付く。せめて近くの安全地帯だけでも確保しておこうと思い皆を励ます。

「ジョーカー、お前は大丈夫なのか?」

 テュケーが聞いてくる。確かに一人だけ疲れた様子がない。

「オレは大丈夫。だてに身体、鍛えてないよ。お前が一番よく知ってるだろ?」

 多少の無理が通るぐらいには身体も出来ている方だと思っている。

「そうだけどよ……やっぱり心配だぜ?お前、女なんだし」

「男女差別だぞ、それ。やるからには平等だ」

 リーダーだから特に女だから、などという言い訳は許されない。不敵の笑みを浮かべるジョーカーにテュケーは「それもそうだな」と少し呆れたように告げる。相変わらず自分には厳しい女だ。

 しかし、テュケーが心配しているのはそれではなかった。

(こいつ、本当は――)

 先程の戦いを思い出しながら少し考える。しかし、先に進んでしまうジョーカーに置いて行かれそうになり、慌ててついて行く。

 途中、ジョーカーを主力にエネミーと戦いながら安全地帯を探す。今回はなかなか遠い。

 ようやく安全地帯を見つけ、中に入るとジョーカーは敷井診療所から買った栄養ドリンクとカレーを広げた。

「計画変更だ。皆で食べてくれ。出来れば地図まで見つけたい」

 そう言ってジョーカーは端に陣とる。どうやら本人は食べる気がないようだ。

 中心でワイワイしている仲間達を見ながら、ジョーカーはこの先を考える。

(今回の敵はロボットと……状態異常を使うエネミーが多いな。ディアナは状態異常の呪文が主で武器も弓と後方支援専門だ。幸いにも水と光、それから万能以外の呪文を使えるサポートエネミーがいる。それ使って……皆には出来るだけ温存してもらわないと)

 頭が痛んだ。それに気付かないふりをしていると足元に僅かな体温が伝わり、そちらを見るとテュケーがカレーを持って立っていた。

「お前も疲れてるだろ?これ、食えよ」

「大丈夫、さっきも言っただろ?オレは身体丈夫だって」

 だから大丈夫、とジョーカーは笑う。その様子にテュケーは「……それならいいけどよ、あまり無理すんなよ」と言って仲間の輪に戻った。

(……ヨッシー)

 彼の名前を心の中で呼ぶ。今回はこうして戻ってきてくれたが、もし戻ってこなかったら……そう思うとゾッとする。

 ――自分の力は確かに特別だ。だけど、それだけでは皆を救えない。

 そう気付いてしまったから。いくら成雲家の秘術が使えても、たくさんのサポートエネミーの力を使えても、それで救えないものもある。柄にもなくうぬぼれていたのだ、自分は。この力さえあればたくさんの人を救えるのではないか、と。

 ――力がなければ、この居場所はなくなってしまう。

 ガラガラと、足場が崩れるような音が聞こえてきた気がした。怪盗団という居場所を失いたくなかったハズなのに、あの時自分は何も言えなかった。リーダーとして、何もしてあげられなかった。ただ黙って、その場の空気に流されるがままだった。

(大丈夫、オレは強い。だから、この居場所を失うことはない)

 しかし、不安になる。もしこの力がなくなってしまったら。きっと、皆自分を必要としなくなってしまう。居場所を、失ってしまう。

(そんなのは、いやだ……)

 叫んでしまいそうになるが、唇を噛むことで押さえ込む。目を閉じ、冷静になる。

(居場所を失うのが怖いのなら、強くなればいい)

 心が歪んでいることが分かった。しかし、そんな弱さも不敵の笑みで隠す。

「それじゃあ、そろそろ行くか」

 皆が食べ終わった頃、ジョーカーはそう言って動き出した。


 地図を探していると、巨大なゾウのような姿のエネミーに苦戦した。

(物理反射持ち……しかも闇呪文以外がほとんど耐性……なら)

 ジョーカーが動くと、それに合わせてエネミーも彼女に呪文を放った。それを華麗に避けて「ダークネス!」と呪文を唱える。

(まだ始末出来てない……ならもう一度!)

「おい、ジョーカー!これ以上呪文使うな!」

 焦ったようなテュケーの言葉も聞かず呪文を唱えようとすると頭の裏側が酷く痛んだ。ゴホッと、何かを吐き出す。見ると、それは血だった。時間差で口に鉄の味が広がる。

(なん、で……)

 状況が理解出来なかった。なぜ、なぜ、なぜ――?

(強く、なきゃ――)

 しかし、身体が言うことを聞かず黒衣の少女はその場に倒れ込む。既に意識がほとんどなかった。

 誰かの声が聞こえてくる。それが相棒の声だと気付くのに時間がかかった。

 無意識の内に立ち上がった。そして、ふらつく足でまだエネミーと戦おうとしていた。しかし、エネミーは風にやられて消えていた。

「強くなきゃ、皆を守れない」

 そう、確か自分はそう言っていた。そう言いながら、先に進もうとした。足に飛びついて叫んでいる何かにも気付かず、ただ先に。ただ前に。自分に残された道はそれだけだと。肩に力を入れられ、ガクンと今度は目の前の男に倒れ込む。それはアポロだった。テュケーが足から胸に乗ってきて、初めて足に彼がしがみついていたことを知る。

 ――強く、なきゃ……。

 しかし、頭に浮かぶのはその言葉だった。

「レン!強いってのは一人で立っているだけじゃない!皆に背中を預けられて初めて強いって言えるんだよ!それ教えてくれたのお前だっただろ!?お前、ワガハイの居場所になってくれるって言ってくれただろ!?じゃあワガハイを一人にすんなよ!」

 その言葉で意識が少しクリアになる。

「あ、テュケー……」

 どうして、こんな……。

 聞く前に咳込んでしまって聞くことが出来なかった。ただ、手を彷徨わせて「どこ……?」と力なくテュケーを探した。その手が小さな手に掴まれ、それに安心して意識を落とした。


 意識を落としたジョーカーに、テュケーはホッとする。

 あの時、ジョーカーの体力も気力も限界だったことに気付いていたのはテュケーただ一人だった。彼女は何でもないように振る舞っていたが、あんなにエネミーに攻撃していれば疲れていることはすぐに分かる。だてに四六時中彼女の傍にいない。

 ――強く、なきゃ……居場所をなくしちゃう……。

 呟いていた言葉を思い出す。そうだ、彼女は誰よりも失うことを恐れている。それに気付いていたハズなのに、出て行ってしまった。心のよりどころを奪ってしまった。

 最初の頃を思い出す。周囲からの罵倒に深く傷つきながらも何でもないと告げていた。誰も気付かなかった、テュケーだけが気付いていた真実だ。だが、何も言えずただ黙っているしか出来なかった。

 ジョーカーの身体がボロボロになっていくのが分かった。ここまで無理をしていたのだ、居場所を失いたくないがために。

 テュケーは回復の呪文を唱えながら、自分の言葉を思い出した。

 ――もういい、これ以上はいいから……。

 ――レン!もう止まれ!お前もう限界なんだよ!戦いすぎだ!これ以上はいい!頼むからこれ以上傷つけるな!

 ずるずると引きずられながら、コードネームも忘れ叫び、懇願した。自分らしくなかったが、彼女を止めるにはそうするしかなかった。

 少女はアポロに背負われる。彼は「気付かなかった……」と苦しそうに呟いた。ジョーカーは普段表に出すことがないから、テュケーと違って気付くことが出来なかったのだろう。

 ――いつか、こいつを救い出すことが出来たら……。

 テュケーはそう思いながら、デザイアを出た。


 ファートルに戻っても、蓮の意識が戻ることはなかった。呼吸はしているのに身体は冷たく、まるで生気がない。全員が黙ったまま、その様子を見ている。

「……レンはよ」

 沈黙の中、口を開いたのはヨッシーだった。

「あんま表情変わんないけど、いつも顔をしかめてるんだ。周りが全員敵って感じで……そんな中、唯一自分でいられるところが怪盗団だったんだ。でも、多分……ワガハイが出て行ってしまってから変わった。強くないと皆を守れないって、全てを失ってしまうって、そう思って……だから無理してた」

 つまり……。

「ワガハイが、ナリクモ レンの心を壊してしまったんだ……」

 それに反応したのは周りの空気だった。覚えのある、歪んだ感覚。

『場所を入力してください』

「……ゲンソウナビ?」

 りゅうが蓮のスマホを覗く。どうやらナビがついていたらしい。

「成雲 蓮……?」

「なんで……だってこいつはアルター使いで、デザイアは生まれないハズ……!」

 ヨッシーがそう言って、

「いや、心が壊れたのなら……ありえなくはない、のか……?」

 と一人納得していた。

「とにかく、早くしねぇとリーダーが……!」

 良希が焦ったように言った。確かにこのままだと二度と目覚めないかもしれない。

「蓮はどこを何と思っているのか分かる奴はいるか?」

 裕斗の言葉にヨッシーは思い出した。あの日の夜、彼女の言っていた言葉を。

「……世界、地獄」

『ヒットしました。ナビゲーションを開始してください』

 ヨッシーが言うと、ナビは反応した。予想通りだ。皆は頷き、ナビを開始した。


 そこは狭い部屋だった。しかし足元には見覚えのあるものばかりが転がっている。

「これは……絵?俺のものか?」

「これ、あたしの雑誌……」

「俺の漫画もあるぞ」

「これは私の勉強道具?」

「これって、もしかしてヨッシーのネコ缶?」

 警戒されていないのか、ヨッシー以外は怪盗服になっていないことに気付く。

「ここ、地獄だったよな?なんでこれが地獄に……」

「失うことは怖いことだから」

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきて、全員がそちらを見る。そこにはウィッグもメガネもつけていない蓮が立っていた。

「おい、蓮!お前どうしたんだよ!」

「何もない方がいい」

 良希の言葉も聞かず、蓮は呟く。

「違う、そいつはレンじゃない」

 ヨッシーが言うと、蓮は顔を上げる。その瞳は青色だった。フェイクなら、瞳の色が黄色になるハズなのに、だ。やはり彼女には何か秘密がある。

 いや、今はそれどころではない。急に吹いてきた風が皆の頬を撫でる。振り向くと、先程までなかった扉が開いていた。そこに、足元にあったものが吸い込まれていく。蓮は歩いて行くと、扉に鍵をかけた。

「お前、それ皆との思い出だろ!?いいのかよ!?」

「なくなっちゃうくらいなら、最初からいらない」

 思わずヨッシーが叫ぶと蓮は吐き捨てて、鍵を彼の足元に投げた。それをとって、ヨッシーが扉を開くと、そこはごみ屋敷のようになっていた。

「お前、まさか……皆との思い出を捨てているのか?」

 それには答えず、蓮はヨッシーを引き剥がすと再び閉じた。そして、ヨッシーを抱き上げる。途端、温かな体温とかすかにコーヒーの香りがした。

「人間なんて、いいことないよ、ヨッシー」

 優しく言ってくるその声。覚えのあるものだった。

「レン……お前、レンなのか?」

 その言葉に蓮は頷く。どうやら本物のようだ。よく見ると、確かに瞳の色が灰色に戻っている。その顔は申し訳なさそうにしていた。

「ごめん、もう、どれがボクなのか分からないんだ」

 困ったように告げられ、ヨッシーは頬に手を伸ばす。

「お前、こんなところにいたら本当に壊れるぞ」

「ふふ、そうだね。こんなところに入っちゃったから壊れたのかも」

 そう言うと同時に、周りから声が聞こえてきた。

『あいに何かやったら承知しないからね!「犯罪者」!』

『お前達が芸術に興味があるとは思えないが……』

『なら、正義を見せてくれる?』

「……うるさいよ」

 冷たい口調で言う蓮に皆ゾッとした。しかも、今聞いた言葉には心当たりがある。

「これ、確かあたしが言った言葉……」

 蓮について何も分かっていなかった頃。前歴のことも、蓮がどんな人なのかということも何一つ知らなかった。何気なく言ったことだったが、それを言われた時彼女はどんな気持ちだったのだろうか?考えたことなかった。

 ――大丈夫。何でもないよ。

 そう言って小さく笑う彼女は、本当は深く傷ついていたのだ。その優しさに甘えて、何一つ気付かなかった。

 今度はいつの間にか現れていたテレビに映像が流れた。蓮はヨッシーを抱えたまま静かに、それを見ている。その表情に、感情は宿っていなかった。

 その映像は、蓮に似た小さい子が親と思われる人に殴られているところだった。身体中にあざが出来てもやめてもらえず、泣けば泣くほど殴られ蹴られの暴行を受けていた。それだけではない、周囲から「化け物!」や「お前なんて、生きていていいわけないだろ!?」と言った暴言を浴びせられている。それで、これが蓮の幼い頃の記憶なのだということに気付いた。

「酷い……」

 裕斗が呟く。彼も白野に虐待されていたことがあったが、ここまで酷くなかった。彼女は周囲に味方なんていなかったのだ。そんな中で生きてきた。そりゃあ人間不信にも、人間恐怖症にもなる。子供の頃に必要な「愛情」が全く与えられなかったのだから。

 しかし、蓮の顔は驚くほど無表情だった。こんなものを見せられているのだから少しぐらい感情が揺らいでもいいと思うのだが、それすらない。いや、これが日常だったのだ。もしかしたら、自分達と同じように既に諦めているのかもしれない。

「……こんなの見ても、皆にいいことないよ」

 そう言って、蓮はテレビを消した。

「ほら、もう帰りなよ。こんなところにいてもいいことなんてないよ」

 蓮はヨッシーを降ろし、皆を帰そうとする。

「いや、だからお前も一緒に帰るんだよ!」

「そうだよ!こんなところにいたら蓮がつらいだけだよ!」

「君を一人で置いて行けない」

「私達、あなたを助けるために来たの」

「僕、蓮がいたからあの世界から抜け出せたんだよ」

「私、まだあなたのことよく分からないけど……それでも、いい人ってことは分かるの」

「お前、ワガハイを相棒って言ってくれただろ?それなら一人にすんなよ」

 皆が蓮に呼びかける。しかし、彼女はただ首を振って「だめ。ボクはここに残らないといけないの」と呟いた。

「なんでだよ?なんでそう思うんだよ?」

「ここにいれば、皆を傷つけずに済む。もう、皆を傷つけたく、ない……」

 ヨッシーの言葉に蓮は俯き、そう答えた。まるでそれが使命であるかのように。

「何言ってるの?傷つけたのはむしろあたし達の方だよ」

「ボクは化け物……皆を傷つける存在……生きていちゃ、いけない……」

 風花の言葉も聞かず、蓮はしゃがみ込んだ。ヨッシーが近付くと、その顔に雫が落ちてきた。

(泣いてる――?)

 初めて見せたその表情に思わず背中を撫でる。

「大丈夫、ワガハイ達はそんなこと思ってない。だから泣くな」

「ヨッシー……?」

 慰めたヨッシーに、蓮は目を見開く。それと同時に部屋が揺れた。

「――!駄目、早く逃げろ!」

 途端、蓮はハッと慌てたような声を出す。急にどうしたのだろうと思って見ると、あの扉が震えていて、あそこが震源だということが分かった。

「どうした!?」

 裕斗が叫ぶ。蓮は「暴走しかけてる……!やめ、やめろ!皆を傷つけるな!」と必死に止めていた。

(暴走……?もしかしてエネミーか!こいつはエネミーが出てこないように必死に押さえつけている!)

 そう気付いた途端、ヨッシーは叫んでいた。

「レン!その手を離せ!ワガハイがお前の心を探してやる!」

「え、でも……!」

 蓮は戸惑った顔をした。扉は開きかけている。もう制御しきれていないようだ。

「大丈夫、ワガハイを信じろ!」

「だめ、傷付いちゃう!早く逃げ……!」

「レン!信じろ!」

 ヨッシーがそう叫ぶと、蓮は彼を見る。

「助けて、くれるの?」

 どこか怯えたような表情に、ヨッシーは頷く。皆は怪盗服ではない。なら、自分が行くしかない。それに……。

「お前が壊れたのはワガハイのせいなんだ。だから、当たり前だろ?」

 そう、自分のせいで蓮はデザイアに閉じ籠った。皆を傷つけたくないと、彼女はそう言った。彼女は他人を信頼することを拒んでいる。そこから救い出したい。

 扉が壊れ、蓮は飛ばされる。ヨッシーはアルターを召喚した。

「どれがお前か、なんかじゃねぇ」

 目の前のエネミーは姿かたちないものだった。どんどん大きくなっていくその物体は風を起こしていた。

「全部お前なんだよ。リョウキをからかっているお前も、ユウトと絵を見ているお前も。フウカの買い物につき合って不思議そうにしているお前もモミジと勉強しているお前もリュウに甘えられて嬉しそうにしているお前もホノカとの距離感をはかってそわそわしているお前も。全部お前なんだ、見失ったわけじゃねぇ。お前がたくさんの心を持てるのは、お前が空っぽだからじゃない、いろんなことを感じ取れるからだろ?それを受け入れたらいい。誰もお前を責めたりしないさ。トラスト!」

 風呪文を唱えると、その物体はいともたやすく消えていった。と、同時に部屋が壊れ、周囲が綺麗な草原になった。困っている人に手を差し伸べ助けるような温かく優しい少女が、様々なサポートエネミーを包み込み、持てる少女の心が、あんなに狭く暗いわけがなかったのだ。

「綺麗……」

「これが、蓮の本当の心の中……」

 今までの悪党達とは違って澄んだ空気だ。欲望なんて、全くない。

 蓮の後ろには、リベリオンの姿があった。

『思い出したか?』

「うん、ちゃんと聞こえるよ、リベリオン」

『お前は、何かを間違えていたのか?』

「いや、何も間違えていない。ボクは、ボクの信じた道を行く」

『失うものは多いぞ』

「大丈夫、皆と一緒に行く」

『そうか。なら、行くがいい』

 リベリオンが蓮の背中を押す。りゅうが彼女の手を握った。

「よかった、蓮が無事で」

「ごめん、迷惑かけて」

「レン、帰ろう」

 下から聞こえてきた声に蓮は頷いた。


 現実に戻るが、蓮はまだ目覚めていなかった。

「大丈夫、だよね?」

 風花が心配そうに呟くと、蓮は目を開いた。

「えっと、ここは……?」

「あ、蓮!よかった……」

 起き上がると、りゅうが泣きながら抱きついてきた。彼の頭を撫でていると、風花が「あ、あの……」と言いにくそうに蓮を見た。

「どうした?」

「その……ごめん!あんなこと言っちゃって……」

 突然謝られ、蓮はキョトンとする。続いて裕斗ともみじも謝ってきたので、さらに疑問符を浮かべた。

「え、何?ボク、謝られるようなこと、された?」

「ほら、その……最初の頃、犯罪者とか、言っちゃって……」

「……もしかして、デザイアのこと、気にしてるのか?」

 突然言われた言葉に、皆が驚いた。

「え、覚えてるのか!?」

 ヨッシーが代表して聞くと、蓮は「あぁ、もちろん」と頷いた。

「あれは、その……ボクの方こそごめん」

「なんで蓮が謝るの?あれはあたしが悪かったから」

「むしろ、気にするなという方が難しいだろうな……」

「私も、偉そうなこと言ってごめんなさい」

 皆から再び謝られると、蓮は目を伏せ、「酷いリーダーだよな……」と呟いた。

「皆のこと、信用してなかったって言っているようなものだった」

「失うことは誰だって怖いさ。ワガハイだって怖かったから、逃げ出した」

「それに、あんな過去があったんだ。他人を信用出来ないのも仕方がないことだろ?」

 ただ、これだけは言わせてくれとヨッシーが代表して蓮に言った。

「ワガハイ達はどんな時でも、お前の傍にいる。時間がかかってもいい、ワガハイ達を信用してくれ」

 再びキョトンとしていたが、しばらくすると蓮の瞳から雫が落ちた。

「す、すまねぇ!嫌だったか!?」

 まさか泣き出すとは思っていなかったので慌てる。

「え、いや、その……そんなこと、言われたことなかったから……」

 ごしごしと目をこすりながら蓮は答えた。泣くことさえ今まで忘れていたのに。

「ほら、もう泣くな。お前達、今日はもう帰ってやれ。蓮はワガハイが何とかするから」

 それに安心したヨッシーの言葉に全員が頷き、また明日、と言って帰っていった。その場には蓮とヨッシーだけが残される。

「ごめん、泣いちゃって……」

「いいぜ、今ワガハイしかいないから存分に泣けばいい」

 さっきと言っていることが違うと思ったが、その声が優しくさらに涙が溢れ出していた。ヨッシーは寄り添いながら短い手で背中を撫でていた。

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