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終末タンク  作者: 壱名
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スクラムズとスイベル

プライムスの港エリアに所在するカフェで休息を取っていたセイルとドナテロ市長の下に急ぎ取り乱した様相の青髪の少女ミラが飛び込んできた。


「おいおい、一体どうしたんだミラ、何をそんなに焦っている」

「ドナテロ、先ほど互助同盟の部隊が到着しました」

「ああ、艦隊が入港するところはここで見ていたよ。しかし来たのはスクラムズだろう、先ほどの軍艦にも見覚えがある」

「スクラムズは確かにおいでになりましたがその中にはスイベルの方々が」

「何スイベルだと……」


ミラから出されたスイベルの名にドナテロも動揺を覚える。ドナテロはあれやこれやと思案するがふと何かを思い立ちセイルの顔を覗き込む。たじろくセイル。


「セイル……そうか、目的は君かも知れん」

「え?」

「スイベルが何をしにきたかは知らんが、君にはいったん身を隠して貰った方がよさそうだな」

「ドナテロ、ちょっと待ってください。スイベルとはなんなのですか、説明してください」

「スイベルは互助同盟の特殊部隊のひとつだ。意味はよりもどし、チェーンなどにねじれが起こらないように取り付けるあの金具のことだ」

「よりもどしが部隊名?」

「特殊部隊のため正確な任務は把握しきれないが、スイベルは要人暗殺をしているとも云われている」

「つまり僕を殺しに来たと?」

「それはわからん。別の要件かも知れないし、プライムスの中で自ら預けたものを敵対人物として公然と殺すとも考えづらい。しかし交通事故に見せかけてというようなことくらいはやりかねん連中だ。事態がはっきりとするまではひとりで居るのは控えた方がいい」


そう言われてセイルは困惑するが誰かと一緒に居ろと言われてパッと思いつくのはタイガだろうか。ホミィに相談するのが恐らくは筋であろうが、性格がやや合わないとセイルは感じる。疑いたくはないがいささかリスクを感じる。


「ドナテロ、僕にはフリーのハンターをやっている友人が居るので一度彼に相談してみたいのですが」

「フリーのハンター?いやそんなのはダメだ。フリーのものなら最悪の場合は一緒に消される可能性がある。フリーのハンターなぞいざとなった時は人権は無いものと思った方がいい。これはファームの話ではないぞ、互助同盟の暗部はファームなどよりずっと辛らつだ。彼らは一枚岩などでは決してないからな」

「ではホミィではどうでしょうか」


疑ったばかりでこれは良心が痛むがほとんど知り合いの居ないセイルにはこの地に頼れる人物が少ない。


「あの、ドナテロ」


ミラが口をはさむとドナテロはなんだとばかりにミラに目を向けるがミラはセイルの方をちらりと見やる。目線の合ったセイルはこの緊張の最中でも思わず赤面を覚える。長く美しい青髪にイブニングドレスを身に纏うその姿はこの時代に似つかわしくないと思えるほど可憐であった。


「この方をうちで預かるというのはどうでしょうか」

「ミラのうちで?」

「お父様とお母様に事情を話して預かってもらうのです。セルビース家の客人とあらばスイベルといえど互助同盟、おいそれと手出しは出来ないと思うのです」

「うーむ……今回はスクラムズの艦隊に同行するくらいだしそれも一案か、しかしミラお前は……」

「はい私はこれから職務としてスクラムズの歓迎パーティを催さねばなりません。とはいえケータリングサービスの手配などは私でなくても出来ますし、簡単な挨拶は先ほど済ませています」

「よし、その手配を私の秘書にさせよう。スクラムズへの歓待なら新兵ぞろいで味のわからん連中の事だ、ミラにセッティングさせる程のものでもない。私もここに足を運んだと知られては挨拶には行かなかったことは問題になるだろうか」

「そうなる可能性は否定できません。いかなる敵意もそれを感じさせる痕跡を残す行為も慎むべきです」

「よし、第二秘書のフェイをここからホテルへ走らせよう」


そのような様子で手早く段取りを済ませるふたり。セイルは置いてきぼりではあるが事態が呑み込めないため黙って見ているより他はない。


「セイル、よろしいですか?」

「え、はい」

「私の家まで案内しますので一緒に来てもらえますか」

「はい」


ミラに誘導されるままにセイルはミラの乗ってきた黒塗りの高級車へと乗せられる。互助同盟が一枚岩でないということはベギンタウンから出たことのなかった彼には聞いたことのない情報である。とはいえ元々ジャービスの下でも自分の存在は「扱いに困る」であり、それが「暗殺の対象」となっても立場を考えればさほど違和感はない。唐突ではあるがありえる話である。自身の思いとは別に自分はアンタッチャブル側の人間である。違和感を感じるのはむしろ何故プライムスの市長や後部座席で自分の隣に座るこの少女が、そのスイベルを警戒し、自分を守ろうとしているのかということである。


(つまり一枚岩でないというのはジャービスやプライムスの立つプレートが同じで、スイベルの立つプレートはそうではないということなのか。プライムスの創始者は互助同盟の人間であったというし、プライムスの成りたちにも何か派閥の影響があったのかも)


セイルは今時点で彼に与えられている情報で事態を整理しようとするが、情報が足りないことを自認するとその行為が不毛であるとも感じた。彼はこの辺りで考えることをやめてミラと名乗る少女かその両親に教えを乞うべきだと思い至る。


「ミラ、申し訳ないけど僕は君が何者なのかまだ分かっていないんだ、自己紹介を頼めるかな」

「失礼しました。私はプライムス創始者一族のものでロビー活動を担うセルビース家の娘、ミラと申します」

「僕は……知ってるかも知れないけどセイルといって、どう説明したら良いものか、アンタッチャブルの人質……のようなものかな。自己紹介を頼んでおいてこちらからは酷い説明だけど」

「ふふ、プライムスの幹部は皆アーサーより事情を伺っています。それでしたらアンタッチャブルの穏健派から派遣されたエージェントとでも紹介すればよろしいのではないでしょうか」

「うん……まあそうなんだけど派遣されたと言われても僕は捨て子で親も捨てた者たちの存在も知らないから……」

「なるほど、あなたは難しい立場であるというのに失礼しました。それではあなたのプライムスでの立ち振る舞い方も一緒に考えていきましょう。セルビース家はロビー活動の家柄、お役に立てるかと思います」

「……うん、ありがとう」


自分より若く見えるのにずいぶんとしっかりとした振る舞いの少女にセイルは圧倒される。若くして自分の役割というものに誇りを持っているのだろう。


「それでミラ、保護してくれるという人にこういう質問も変だけど、なぜ君たちは僕を匿う必要があるのかな?それで君たちの立場が危うくなるなら僕は差し出されても仕方がないとも思うのだけど」

「互助同盟はひとつの組織の様に見えますが実はそうではありません。互助同盟は世間が世界を終末世界と呼ぶようになった頃に複数の組織が集い再編成された組織です」

「うん、それは知ってる」

「互助同盟は大別して2つの立場の異なる派閥が存在します。ひとつは互助同盟の本来の姿、その名の通りライフラインの存在する各都市で連携し効率化を図ることを目的とした派閥、ここには私どもプライムスや治安維持部隊のジャービス、またこの地の互助同盟の責任者ベルトランなどが属します」

「うん」

「もうひとつはかつて機能していた『国』に由来する連合組織、彼らは互助同盟として融和する意思が薄く、いうなればスポンサーという立場でかつての権力を維持することを目的としている派閥を作っています」

「うん」

「彼らは互助同盟に属しながらも云わばゲストかVIPかといった立場を気取り、互助同盟の議会が承認していない私兵を治安維持部隊に紛れ込ませているのです」

「そのひとつがスイベル?」

「そうです。元強国を背景とする派閥は設備の寄贈などを理由に権利を主張し、互助同盟に参加していない国家などと勝手に戦争を始めたりするので、本来の互助同盟のあるべき姿を守ろうとする者たちと軋轢を生みだしています」

「だったら互助同盟から出て行ってもらえばいいと思うのだけど」

「互助同盟の発足当初はそもそも参加を認めないとする向きがあったそうです。しかし互助同盟の基本的な役割は物資の融通であり人々を豊かにすることです。旧国家派閥は前の時代から引き継ぐ潤沢な資産を背景に多くの同盟都市はなし崩し的に彼らの参加を認めてしまったのです」


旧国家派閥が互助同盟に潜り込もうとした理由は旧時代の世界政府国家連合がアンタッチャブルに大敗し求心力を失い、新たに作られた互助同盟でも以前と同様の権威を得ようとしたためである。しかしアンタッチャブルに敵対視され戦争を起こされたのは他でもない旧国家派閥であると見られており、強国が支配する世界を取り戻さんとするこの派閥の存在を受け入れ難いものは互助同盟には多い。そういった者たちは新世界派閥として彼らと一定の距離をおいた。


「その旧国家派閥という陣営は僕を敵視してる、あるいはそう思われるってことか」

「はい。その派閥は未だにアンタッチャブルに対して強硬な姿勢を貫いており、一切の融和政策を認めていません。私どもも決してアンタッチャブルとの融和を望んでいるわけではありませんが、彼らのその手心の範囲内で社会を形成することは受け入れています」

「それは仕方なしに?それともアンタッチャブルの理念めいたものを理解できるから?」

「当然前者になりますが彼らは旧国家派閥と比べて公平な支配を望んでいると思われるので、声を大きくして対立を望むものは少ないのです」

「そうか」


新世界派閥にとってアンタッチャブルは味方よりはマシな敵対者という見方があり、プライムスには傭兵稼業を営むプライムスの事情もあるが、セイルを受け入れる姿勢を旧国家派閥に疎まれているのだとはセイルにも容易に想像できた。


「起きてる事態は理解できた気がする。僕の立場はあなた方の綱引き次第ということなのだろうけど、出来ることならちゃんとモンスターと戦って死にたいかな」

「ちゃんと……?」

「だって僕はそのために作られたのだし、むしろ互助同盟を助けるために存在するはずなのに、疎まれているからただ殺されるというのではあんまりな人生だよ」

「そうですよね。私はセイルの境遇を全て理解できるとは言えませんが、それでもそれはあんまりだと思います」

「ごめん、こんな愚痴を聞かせちゃって」

「いえ率直な気持ちをお聞き出来て私は嬉しく思います」


ミラの優しい笑顔にセイルは思わず安らぎを覚える。もっと緊張感を持つべきなのだろうがミラの雰囲気がそれをさせてくれなかった。セイルはセルビース家の豪邸に降ろされ、セルビース家の当主に直ちに保護された。ミラは急ぎホテルへと移動し、ドナテロの第二秘書フェイから仕事を引き継ぎ、何事もなかったかのようにスクラムズの歓迎パーティを催した。


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