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不幸の絶えない男

2016/08/26

本文修正しました

 



 キヨウの裏通りを歩く、二人の姿。

 ひとりは楓柳の羽織を纏った以外はこれといった特徴もない槍兵で、もうひとりは木製の盾を担いだ小柄な少年――もげ太だ。

 盾の大きさは普通なのだが、装備対象が小さ過ぎて後ろから見ると盾に足が生えて歩いている、とそんな風にも見えてしまう。

 これが親子や兄弟ならば微笑ましくもあるのだが、片や楓柳のメンバー、片や外部の人間と一見して分かるほどに装備も外観にも共通点はない。

 そんな二人は、傍目に一体どう映っているのか。


 ――特徴がバラバラでも、おそらくはそれに近しい関係に見えているだろう。


 というのは、対象の距離感にあった。

 少年は、槍兵から貰った餡子(あんこ)の和菓子を美味しそうに頬張る。

 そして食べ終えた後、槍兵は布巾で少年の口の周りを拭っていた。

 すれ違った町の女性も、「あらあら」なんて微笑ましげに通り過ぎていく。

 槍兵自身も献身的な性格ではあったが、特に面倒見が良いというわけではない。

 何故そういう行動に出たのか、思い返せば不思議に感じたかもしれない。


「甘味が好きなのか?」

「大好きです!」


 男が尋ねると、もげ太は即答した。


 彼も、保護した少年に御萩(おはぎ)を奢る羽目になるとは思いもしなかった。

 共にキヨウの町を歩き、常にあちらこちらを嬉しそうに楽しそうに、また興味津々といった(まなこ)で見回される。

 そんな時発揮してしまうのは、町人としての奉仕精神。

 楽し気な観光客をより楽しませようとするのは、地元の人間ならではか。

 槍兵も楓柳の一員、和を重んじるプレイヤーなのだ。


「そうか。それならば良かった」


 結論から言うと大成功。ここまで喜んで貰えるのならば財布の紐を緩めた甲斐もあったというもの。

 男はそんな風に考えていた。

 そうして丁寧に畳まれた懐の布巾までも取り出してしまっていたのは、本人も気付かぬ間の出来事だった。


「はい! ごちそうさまです!」


 もし、歳の離れた弟や妹が居たらこんな感じなのだろうか――と。

 槍兵が、そんな風に考えている時だった。

 二人の行く手を阻むように立ち塞がる人物が現れたのは。




 ◇




「いきなりごめんなさいね」


 現れたのは女性だ。

 艶やかな長い黒髪、白い着物を肩口から胸元まで大きく開き、帯紐は前に結んでいる。

 そして、しっとりと濡れたような声。

 槍兵の心臓は一瞬にして高まった。


「お、お疲れ様です――!」


 キヨウに居て知らないはずがない。

 槍兵は相手の名前を恭しく述べた。


「組長、スズラン様」


 花組を取り仕切る長、白花のスズラン。

 対する槍兵は月組の所属だったが、彼女が楓柳の三大幹部である事実に変わりはない。

 比較的最近加入した新参の彼にとっては雲の上の存在とも言えた。

 そのような地位の人物が、一体どのような理由で声を掛けてきたのか。

 わずかに黙考するものの、該当する心当たりは得られなかった。


「へーえ」


 そんな槍兵に対し、スズランはさして興味も関心もなさそうだ。

 わずかに頷くだけですぐに視線を外し、その隣の少年に向ける。

 身長差を埋めるため腰を屈め、目線の高さを合わせた。

 そして、品定めをするかのようにまじまじと顔を覗き込む。


「あ、あの……スズラン様?」


 小声で呼び掛けるが反応はない。

 彼女の視線は、少年に向いたままだった。


 ――この少年に、何かあるのか?


 思わぬ事態に、槍兵も戸惑わざるを得ない。

 が、もしかしたら、とひとつの考えに至った。

 件の知人こそが、スズラン様なのではないかと。

 それならば、このような初心者がキヨウに居る事実にも納得がいった。


「もげ太君――か。ふふ、そういうことね」

「は、はい?」


 視線が一瞬だけ少年の頭上に移動し、自答しながらひとりで頷く。

 何か確信を得たように、女性が口を開いた。


「ようやく分かったわ。あなたが、彼の言っていた――――“もげっち”ね?」


 女性の指先が、少年の顎先をかすめる。

 初対面の相手から発せられた“愛称”に、もげ太は大きく驚いた。


「え? あれ、その呼び方は……?」

「その反応、やっぱりね。珍しい名前だからすぐにピンと来たわ」


 二人の会話から、やはり少年はスズランに招かれてやって来たのだろう――と胸を撫で下ろした。

 自覚はなくとも、既に保護意識が働いているのだろう。


「もしかして! あなたはななさん――」


 やや腰の引けていた先とは打って変わり、もげ太の方から質問を投げ掛けた。


「あ、いえ。ネームレスさん、のお友達ですか?」


 反射的に呼んでしまったニックネーム――ハンドルネームを文字った呼び名を訂正する。


「あら。あだ名で呼んだだけでで誰かまで分かるのね?」

「はい!」


 もげ太は、元気に頷いた。


「なるほど……。彼だけがあなたをそう呼んでる。そういうことかしら?」

「そうです!」

「仲が良いのね。少し妬けちゃうわ」

「なな――ネムさんとは、お友達です! そっかぁ……ネムさんもりるさんみたいにお友達が居たんですね~この町に」

「当たらずとも遠からず、かしら? まぁ、深い仲ではあるわ。将来的に、というか希望観測的にだけど」

「わぁ、羨ましいです!」


 意味が分かっているのか、分かっていないのか。

 傍目には歓談を続けているように映るため微笑ましくも感じた。

 しかし、間近の槍兵は、聞こえてきた物騒な名前(ネームレス)に耳を疑いつつ、何やら会話が噛み合っていないことに一抹の不安を抱く。


「ふーん」


 花組長は、もげ太の言葉に逡巡しながら、小声で問いを返した。


「……羨ましいの?」

「はい! ネムさんと仲が良くて羨ましいです!」

「そう」


 女性は小さく返事をし、小さく呟きながら考え込む。

 目線の高さの違いからは、呟きはもげ太には聞こえていないようだが、槍兵の耳ではかろうじて捉えることができたようだ。


 この子が男の子で本当に良かったわ――と。


 やがて、にっこりと微笑んだスズランは、もげ太に向かってこう尋ねた。


「……ね? わたしとも仲良くなりたくないかしら?」

「はい、もちろんなりたいです!」


 ここまでは、女性にも想定の通りだろう。

 微笑のまま、槍兵ですら耳を疑う質問へと繋げていく。


「じゃあ――もげ太くん。わたしのものにならない?」


 と。


「…………へ?」


 少年はしばらくきょとんとしていたが、槍兵は、


「…………」


 あんぐりと絶句した。

 心の奥では、マイルレベルのドン引き。


「え……は。スズラン様……? あ、そうか“勧誘”ですね?」


 槍兵は、ギルド――さらに限定的に言えば花組への勧誘だと思うことにした。

 白花自ら勧誘を行った――という話をこれまで耳にしたことはないが、知人であれば別だろう。


「違うわよ」

「…………」


 槍兵は再び言葉を失いつつ、二人を何度も見比べた。


 片や、つい甘やしてしまうほど愛嬌がある少年。

 おそらく性別を問わず、誰からも好かれるタイプなのだろう。

 片や、男なら誰しもが見とれてしまう、そんな妖艶の美女。

 ただし、ある程度目覚め(・・・)のある年齢という限定はある。少年は果たして該当するのか。


「こ、これは……」


 外見を変更できるアバターから実年齢を特定することは難しい。

 だが、会話を続ければある程度の憶測は可能である。

 余程の演技派でない限りは、見破ることができるだろう。

 そういった意味では、少年も女性も概ね外見の通りと見受けられる。

 それに加え、アバターの体格だけは誤魔化しが利かない。

 一人称視点で操作するVRにおいて、脳が認識している自身の体格というのは非常に大きな意味合いを持つ。

 脳は、自身の四肢の長さ、筋力、視野角度から想定される距離、平衡――それらの全てを一瞬で計算し、歩くあるいは走るといった動作を可能にしている。

 二足歩行ロボットが完全な自立型AIが開発されるまで実用されなかったのは、そういった理由も大きな割合を占めていた。

 つまり、現実世界と全く体格の異なるアバターをVRで動かすことは難しく、どこかでズレが生じてしまう。

 そして、そのズレが無くなってしまうと、今度は現実世界での動作に支障をきたすことになる。

 それでは、本末転倒だ。

 そうならないように政府に登録された個人情報――個人IDから身体記録までをも引用し、VRアカウントとアバターは生成されている。


「犯罪の臭いが……」

「あら? 何かしら?」


 槍兵は結論付けた。

 二人の年齢は――


「通報……」

「それは、わたしが歳を取っていると。そういう意味で良いのかしら?」

「い、いえ、何でもありません!」


 ギロリと一瞥されただけで、男はバジリスクに睨まれたトードと化す。

 蛙はただ、少年に「上手く逃げてくれ!」と願うばかりだった。





 ◇





 そんなやり取りを聞いていた人物がひとり。


「……どうやらもげ太に危害を加える気はなさそうだな」


 エルニドだ。

 彼は路地角に身を隠し、様子を静観していた。

 何かあれば即飛び出すつもりでいたが、こうして物陰から窺っていたのことにはもちろん理由がある。


 白花がもげ太に関してどの程度の情報を得ているのか。

 それに対し、どういう行動を取るのか。


 賊団ともげ太の繋がりに関しては、先のやり取りでは判然としない。

 だが、ネームレスとの交流については知っているようだった。

 もし、白花がネームレスを立てるのであれば、彼女の手元にいる間、変に匿うよりもげ太の身は安全とも言える。


 しかし、白花よりも先んじてもげ太を発見していれば、そんな危険を犯さずとも自身で保護しただろう。

 最善ではない。後手に回ってしまった上での様子見だ。


「それよりも……気になることを言っていたな」


 ――わたしのものにならない?


 これは一体どういう意味だろうか。

 自分の勘が正しければ、白花の狙いはネームレスだ。

 まさか、もげ太に鞍替えを……?


「ふっ――もげ太の隠された魅力に気が付くとは。あの女、中々いい目をしている」


 白花への評価を改めねばならないな、と考えつつ、少年との長い付き合いの中での心配ごとのひとつ思い浮かべる。

 もげ太は、誰からも好かれ、可愛がられる対象ではある。――だが、異性として見られたことは一度もなかった。


「スズラン、か」


 少々、歳は行き過ぎているようにも思えるが…………うむ。10年も立てば気にならなくなるだろう。

 ショタコン扱いされるのも数年の辛抱だ。間違いなく、もげ太はイケメンに成長する。

 問題は、あの女がもげ太に相応しいか否かなのだが。


「どれ――」


 〈きゅぴーん!〉


 [エルニドはスズランにシャープアイ(改)を発動した]



【白花のスズラン】


 容姿……優

 体型……優

 年齢……やや難

 器量……可(幹部であることを加味)

 性格……難



「……悪くはない。が、内面に問題がありそうだ。――おっと」


 あまり身を乗り出すと隠れている意味がなくなってしまう。

 選択は、様子見の継続だ。

 他にも本人が聞けば怒るであろう評価を淡々と述べつつ、エルニドは再び物陰に身を忍び込ませた。




 ◇




 それとほぼ同時刻。


「はあっ、はあっ…………クソっ。もう追って来てねぇだろうな……」


 無惨な姿になりながらも、この日数回に渡る恐怖を潜り抜けた男――ネームレス。

 足裏を引き摺り、既に歩く気力も失いかけていた。


 ……そもそも、なんで寝てんのに疲れなきゃならねぇんだよ。


 ここは、現実とほぼ同等の世界――だが、それでもVRはVRだ。

 本人の身体はベッドの上に横たわっているし、脳が活性化しているだけで身体は休眠状態にある。

 思考疲労こそ回復しないが、このまま朝まで通しても翌日の生活に支障はない。

 そもそも、UWOを始めてから毎日、そういう生活を繰り返してきたのだ。


 だが、そんな彼もが思った――。


 このままログインしているより、むしろログアウトして本気で寝た方がマシなのではないか――と。


 そんな無意識の提案を棄却し続けられたのは、とある友人のおかげだ。

 もげ太の身の安全が確認できていないのに、自分だけのうのうと落ちられるはずがない。

 もしかしたら、今だってトラブルに巻き込まれて苦しんでいるかもしれない。


 そう考えるだけで、消沈しかけていた意思に赤い火が灯り始めた。

 火はやがて炎に変わり、男は双剣を握り締めて再び立ち上がる――。


「あ、負け犬発見ですー」

「…………あ?」


 ぷぎゃーな一言にいきなり出足を挫かれる。

 ぴょこんと現れたのは、薄ピンクのリボンに彩られた白いローブの少女。かっこはてな。


「光天……? テんメぇ、なんだってこんなとこ――」

「話が拗れると困るので。大人しくしててくださいねー」

「って、おい。その杖……釘が刺さっ、ちょ、待――」

「エクスカリバットォ!(低音)」


 ――ごりゅ。


 るーるーるー。



『皆さんは、綺麗な映像をお楽しみください♪』(少女の看板)



「てへっ。いっちょ上がりですー」


 友のため立ち上がった男は、心無き白い悪魔に連行され、またもその幕をひっそりと閉じることになった。




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