気苦労の耐えない男
2016/08/25
本文改稿しました
[一件のメッセージが届いています]
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from:もげ太
遅くなってごめん!
今、ゲンマさんの作業場から出たとこだよ!
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[未読メッセージはありません]
◇
届いたメッセージを眺めながらエルニドは思った。
……ゲンマの作業場?
もげ太が居る場所とを結び付ければ、その人物が賊団の頭目ということだろうか。
その名前に聞き覚えや心当たりはあるのだが、人物像はともかくとしてどうしても賊のような野蛮なイメージと結び付かない。
しかし、同名のプレイヤーが存在しないことを思えば、少年の勘違いでない限りは当人なのは間違いないのだが……。
「どうにもきな臭いな……」
戦天は、賊団と言っていたが裏があるように思えてならない。
自分の想像と同一人物であるのならば彼は――
そんなエルニドの思考を中断させたのは、下から掛けられた小さな声だった。
「あっ、あの……」
声の方を見やる。
視線は大分下、腰の辺りにあった。
「うん?」
小さな少女だった。
顔だちも幼く、背丈も戦天や光天よりさらに低い。
アバターイコール実年齢とは限らないが――この男を良い例として――容姿通りであれば小学生に見える。
ただし、仮に見た目通り子どもだとして、このキヨウに足を踏み入れるプレイヤーだ。
町周辺MOBのレベルもそれなりに高く、もげ太のような初心者ということはあるまい。
そこまでを一瞬で考え、エルニドは言葉を続けた。
「俺に何か用かな?」
ここまで走って来たのだろう。
少女は背を伸縮し、深い呼吸を繰り返しながら胸に両手を当てて言った。
「エルニド……さんですよね?」
それは、頭上のネームを見れば一目で判別できることだ。
ただし、遠目からネームが見えるものではなく、それでもこの少女が駆け付けられたのはひとえにエルニドの容姿が目立っているせいだ。
オールバックのドレッド、獅子のクロスサスペンダーにショルダーガード付きのマント。下半身はサブリガにニーレッグガード。そして背には巨躯の丈以上もある大刀。
和装が標準となっているキヨウにおいて異様な浮き具合を与えるのは無理もない。
何故これほどアンバランスな見た目になったのかというと、全ては装備品のパラメータを重視した結果だった。
加えてこの外見を“奇”とは思わない彼の美的センスにも問題は多々あるのだが、アバターに資金を回すくらいなら能力をより充実させるという超堅実的な思考があり、その本人の実力が周りに有無を言わせなかった。
「そうだが、知ってるのか?」
「もちろんです!」
彼が問うたのは、自分の有名や噂について――の名前ではない。
自身との面識について尋ねたのだ。
それを肯定した少女に嘘を吐いている様子はなく、どこかで接触したことがあるのだろう。
エルニドは思い出そうとするが、やはり少女が誰かは分からない。
それでも少女はエルニドが当人であることに喜んだのか、こうして会話ができることを喜んだのか。
両手を組んで大きな笑顔を浮かべた。
「覚えてないかもですけど……わたし、エルニドさんに助けて貰ったことがあるんです」
「ふむ?」
「以前、誤って自分の手には負えないエリアに迷い込んでしまって……出られずにモンスターに囲まれて。もうダメだ――って覚悟した時に、颯爽とエルニドさんが現れたんです!」
陶酔――という言葉がぴったり当てはまるほど、思い出に馳せる少女の表情は恍惚としていた。
その時の“エルニドさん”とやらは相当に美化されているのだろう。
戦友にはマウント扱いされる彼だが、少女の中では白馬に跨った何某様でも不思議なさそうなくらいだ。
「そうか」
エルニドにとって通り掛かりの人助けなど、日常茶飯事とも言える出来事だ。
目の前に困っている人物が居て、自分に救う力がある。
そんな状況であれば、大抵の人間は手を差し伸べるのではないか? ――彼はそんな風に解釈をしていた。
ただ、そう素っ気無い返答をしたものの、心は嬉しくないわけでない。
むしろ、こうして覚えていて貰えるのは喜ばしい限りだ。
「だが、気にする必要はない」
無表情のままに告げるエルニドに、その本心までは伝わらない。
少女は意を決したように告げた。
「何か……わたしにお礼ができればいいんですけど……」
「いや――」
その心痛の表情から少女の言いたいこと、伝えたい気持ちは十分に分かった。
この少女にできるお礼で、トッププレイヤーであるエルニドを喜ばせられるようなもの。
単に世辞を含めた「ありがとう」ではなく、本当に役立つものを用意する――それが不可能なのは当然の話だった。
「別に見返りが欲しくてやったわけじゃない。その気持ちだけで充分さ」
これはエルニドの本心だった。
こういった心からの感謝の気持ちは、何にも代えがたい大切なものだ。
それこそゲーム内通貨で手に入るものではない。
エルニドは、少年が隣に居る時のような心の温かさを感じた。
それでも納得しない少女に、次の言葉を告げる。
「それでも気が済まない――って言うんなら」
「言うなら……?」
続く言葉を、緊張と期待が入り混じったような面持ちで待つ。
もし、ここで変なことを吹き込んだとしても、今の少女ならば実行してしまうかもしれない。
だから、あえてエルニドは笑顔ではなく苦笑を浮かべた。
「もし、同じように困ってる人が居たら……今度は君が助けてあげるといい」
「……えっ?」
少女からすれば寝耳に水だったのか。
思いも寄らなかった男の言葉に、目をぱちぱちと瞬かせた。
そんな少女に片目を瞑りつつ、さらに続ける。
「そうして、人と人との繋がりっていうのは広がっていくものなのさ。今の俺と君のように」
「え……エルニド……様ぁ……」
うっとりと目を細め、自らの両の指を絡める。
何やら少女からの敬称と眼差しが変わったような気もしたが……。
エルニドは特に介せずに片手を上げてその場を去ることにした。
◇
早くもげ太を探さなければ――。
路地を幾度も曲がり、少女がついて来なくなったことを確認すると、エルニドの心には焦りが生じた。
書いてあったの唯一の手がかりは、“ゲンマの作業場”。
考えうる限りで、これが危険な信号を発しているとすれば……
「戦天が言っていた隠れ家とやらがその作業場だった場合か」
もし、そうであった場合、楓柳の雪組とやらが突入を仕掛けるといった話だった。
四大ギルドの精鋭部隊の戦闘に巻き込まれれば、今のもげ太ではひとたまりもない。
両者の陣営に介入する気はないが、少なくとももげ太だけは無事救出しなければならない。
結果がどう転ぼうともだ。
エルニドは、さらに足を急がせて現場の捜索に当たる。
既に戦闘が始まっているのであれば平時より発見しやすいはずだが、いかんせんキヨウの都は広大過ぎる。
一介のギルドハウスやギルドベース、タウンとはいえ、最大で数千人の収納を可能とする町なのだ。
それは、既存の王国クラスの町並みといって過言ではない。
「…………なんて厄介な」
観光をする分には飽きないが、土地勘のない騒動としての状況は反対だ。
ただの迷子騒動ですら困難を極めかねない状況で、よくもまたこれだけのトラブルに巻き込まれたものだ。
細かい経緯まではともかく、大筋なら推測は立つ。
――迷子になっている時にたまたま知り合ってそのまま気に入られたのだろう。
長い経験則によって弾き出された答えがそれだった。
自己採点を行ってもそれが正解だろう。
何せ今まで外れたことがないのだ。悲しいことに。
問題は、その知り合う人物が変に大物だったり、接触によって何かしらの転機が訪れたり。
それらが最大のネックだった。
「あの時もそうだったな……」
エルニドは小さく思い出し笑いをする。
そういう時、少年は「断る」という選択肢をしない。
しないというよりも知らないのだろう。
だからこそ、少年はもげ太なのだ。
それは、彼の魅力であり能力でもある。
否応なく他人に“お節介を焼かせてしまう力”――。
今なお巻き込まれ続けている自分と、いつから巻き込まれているのか――影天と光天。
コミュに現れた人物まで含めれば、氷天までもと面識があるようだった。
自分が知らないだけで、まだ他にもコネクションを持っている可能性もある。
リアルでの彼らがどういった人物なのか知り様もないが、UWOにおける存在としては規格外だ。
影天――ネームレス。
十二天のひとり、かつて【千人斬】や【影鱗】の二つ名で呼ばれた赤ネーム。
その中でも生粋のPKerだ。
もげ太を仲介しての人当たりは噂よりも随分と丸く感じるが、これも少年の影響だろう。
初対面においてすら問答無用に切り掛かってきたのが何よりの証拠だ。
光天――リリル。
昔の二つ名は【極光】、自称は【魔法少女】――やや疑問が残る。
同じく十二天のひとり、ギルド≪森羅万象≫を率いるマスターだ。
その勢力は、楓柳と並ぶ四大に数えらえる。
というのも、サブマスターの地位に居るのが同列である十二天のひとり、氷天。
ひょんなことからリアル夫婦という事情を知ってしまったが……よほどのこと(リアルで)がない限り、二天が率いる森羅万象が破綻することはないだろう。
もはや鉄板だ。
そして、自分――焔天。
まだ十二天が“七天”と呼ばれていた時代から七人目として数えられてしまっているが、所属ギルド的にも肩書にも、ふたりと並べて特筆できるものはない。
ただ、単純にパラメータランキングや対人ランキングで常に上位に居たことからこの地位が与えられてしまったのだろう。
日々の消化は欠かさなかったが、長いプレイ時間を誇るだけならばベータテスターの誰しもが該当することだ。
違ったのは、運良く入手できた武器が強力無比であったことと、そして、育成していた能力が見事に相乗したこと。
それが最大の幸運だ。
最後は、今回の鍵となる戦天――キリュウ。
見た目は、可憐な少女だが、UWOにおいて[Lv.304]という最高値を誇るプレイヤーであり、十二天の中でも“三傑”に数えられている。つまり、廃人の頂点。
二つ名は【修羅姫】。戦場に狂うという逸話も、おそらく真実なのだろう。何せ、あの光天の友人だ。
――おっと、何やら背筋が。
ともあれ、四大ギルド≪楓柳≫を率いるマスターで、幹部にはかの月天も存在するらしい。
月天といえば、十二天に最後に加わったプレイヤーだ。
他天と大きくことなるのが、唯一、彼だけが後期プレイヤーであるという点だ。
十二天は原則、レベルの最高峰に位置しているのだが、月天だけは“二つ名持ち”クラスと大して変わらない。
それでも彼は、【無双円月】や【殺人機械】といった異名で赤ネームから恐れられ、“三傑”としても名高いのだ。
戦天に黒星を付けられて軍門に下ったという説もあるが、真実は定かではない。
「とんでもない面子だな……」
改めて思い返してもそう思う。
そして、月天を除けばそれらの面々が一同に会し、同じ一室で茶を啜っていたのだ。
本来であれば、武器を構えて以外で絡むことのない会合もあっただろう。
それも全ては、少年がこちらをひとつに繋ぎ止めているからだ。
少年、焔天、影天、光天という小さくも大きなパーティ。
なんと数奇な運命か。
今後の行方次第では、ここに戦天や月天までもが加わってしまう。
そんな未来があり得るのだろうか。
あの少年が船舵を握ってしまえば――。
昔を思い出そうとすると苦笑に変わってしまう自分を戒めつつ、エルニドは頭を振って事態を重く受け止め直した。
「…………最悪の場合だな。楽観はできんか」
そう、事態が悪化すれば、もげ太を起点として≪楓柳≫と抗争に発展してしまう懸念があった。
自身は立場上――≪鋼刃騎士団≫というギルドに所属している手前、表立って楓柳とことを荒立てることはできないが、いざとなれば少年を守る覚悟はある。
その時は、ギルドに迷惑を掛けぬよう脱退を申し出る他ない。
間違っても四大ギルドを敵に回すような事態を前にして助力を乞う真似はできないだろう。
そうなった場合に、楓柳を相手にもげ太を守り切れるかどうかと――そういった懸念もあるのだ。
影天――ネームレスはおそらく問題ない。
戦天を前にあれだけの啖呵を切ったのだ。
それ以前に、彼のもげ太に対する思い入れは、この自分でさえも目を見張るものがあった。
その一点に関していえば、ネームレスはもはや同志である。
大きな問題は、光天が最終的にどちらに転ぶのか分からないという点にこそある。
もげ太の友人のようだが、どうやら光天の友人でもあるようだ。
今はもげ太寄りの考えを持っている様子だが、それが最後まで絶対に変わらないという保証はどこにもない。
つまり、最も危険なのは、楓柳より土壇場で手の平を返した光天という無類の敵だ。
そうなると四大の楓柳に加え、戦天、月天、光天という三傑の揃い踏みを敵に回さなければならなくなるのだ。
影天とコンビを組んですら絶望的な状況を前にもげ太まで守り切らねばならないとなれば…………もやは神風に祈る他ない状況か。
手が無くなれば、影天に殿を任せてもげ太を連れて逃げよう。
何。戦天の背中を狙うなど宣戦布告までした男だ。もげ太さえ無事ならば文句は言うまい。
――うむ、尊い犠牲だな。
最悪の場合の備えが心中にできたことで、エルニドはわずかに胸を撫で下ろした。
あとは、そうならない為の対処を考えるのみだ。
そして、その答えならば既に出ていた。
「雪組よりも先にもげ太を見つける――これに限るな」
もし、先に雪組に見つかってもげ太がPKされでもしたら、それこそ影天の布告通りの事態になるだろう。
【影天】vs【戦天】
これで済めばいいのだが、おそらく自分や楓柳関係者とて平静では居られまい。
やはり、鍵は光天……あるいは、ゲンマか。
いや、賊団に期待を賭けるようでは終わりだ。
もげ太を守るためならば、ギルドすら秤に乗せることを視野にいれるべきか。
『マスター。やらかしてしまった』
『ふむ。何をだ?』
『楓柳と戦争だ』
『………………(どさっ)』
いやいや。
本気で心労で倒れ兼ねないぞ、それは。
それならばいっそ、白花とやらを味方に付けた方が効果的だろうか。
並々ならぬ感情があるようだし、報酬を用意すれば裏口くらいは開けて貰えるのではないか?
――と、そのような黒い考えに至ったところで、エルニドは視界の隅に動くものを捉えた。
「む? あれは……」
かなり距離が離れているので粒のような大きさにしか映らないが、見慣れたその動きを見間違えることはない。
「もげ太!!」
名前を叫ぶが、届いた様子はない。
少年の後ろ姿はこちらから離れようとしていた。
「くっ……!」
慌てて追い掛ける――その隣。
少年を誘導する存在があった。
男、楓柳の羽織を着た槍兵――それは、誰がどう見ても少年の連行現場と答えるだろう。




